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第二章:他罰性の化け物

第四十話 光輝想造

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「そう! 僕の固有魔法は他者否定! 奪う能力も、卓越した剣技も、王家の加護も、魔法を解析する魔眼も! 才能も努力も技術や技量も! その人間に関することなら全て否定できる! 最強にして完全無欠の能力さ」

 極夜が告げた言葉に私は震えあがっていた。

「何それ……」

 他者否定?
 他者の全てを否定できる? 
 そんな強力すぎる力が許されていいの?
 そもそも氷夜の固有魔法は完成された孤高の所業マスターオブディードだったはずじゃ…… 

「――違うよ。虚構世界ホロウ・ザ・ワールドこそが僕の本当の能力さ」

 極夜は私の心を見透かしたかのように言った。

「かつて固有魔法を教える際にメロアも言ってただろ? 自分の原点を思い浮かべてってさ。僕は他者否定という自分の原点、すなわち自らの本質を理解したからこの力を得たんだよ。固有魔法を極めるとは自らの本質を理解することだからね」

「っ……」

 駄目だ。
 まだ現実を受け止めきれない。

「じゃあ兜花の過去を知ってたのはどうして!? あれも他者否定だって言いたいわけ!?」
 
 感情のままに問いただすと、極夜は首を縦に振った。

「そうだよ。他者否定とは他者を知り、己と区別するといった人間の営みそのものの。存在すら知らない人間を誰しも否定できないように他者を知ることで初めて他者を否定できる。だから僕はこの世界に取り込まれた他者の記憶を垣間見ることが出来るのさ」

「チ、チート能力も大概にしなさいよ!?」

「いや、そうでもないよ。この力は空間に他者を閉じ込める類のものじゃないからね。外へ出ること自体は容易にできるし、外へ出てしまえば僕の否定は及ばなくなる。まぁ……全てを否定された状態でそれができればの話だけどね」

 機嫌よく答えた後、極夜は一転して冷たい声音に切り替える。

「さてと……質問タイムはもう終わりさ。僕の遊びを邪魔した責任を取ってもらうよ?」

 地面に伏すアキトとメロアに視線を移すと、極夜は詠唱を開始した。

「デス・イグニス」

 漆黒の火球がアキトとメロアの二人に襲い掛かる。
 当たる直前、アキトはメロアを庇うように前に出た。

「ぐっ……ぁああああああ!」

 正面からもろに火球を食らい、悶絶するアキトを見て極夜は仰々しく拍手を送った。

「ブラボーだよアキトくん。今度はちゃんと守れたじゃないか。あの時と違ってさ。でも本番はこれからだよ?」

「っ」

 ……まずいわね。
 極夜によって弱体化させられたこの状況であれを食らい続けたらアキトの体がもたない。

「極夜! もうやめて!」

 極夜の前に立ち塞がると、極夜はにやにやと笑みを浮かべた。

「無駄だよ。体が恐怖ですくんで動けないだろう?」

「何を言って……っ!?」

 反論しかけて異変に気付く。
 体が動かない!?

「言ったろ? って。君は既にいつもの勇敢な鈴崎小春じゃない。否定されて凡人になり下がった君が僕に立ち向かえるわけがないよ」

「そんなこと……」

 そんなことないって強く否定したかった。
 でも極夜の言うことは事実で、私は金縛りにあったかのように動けないでいる。
 
「まぁ……そこで見ていなよ。あいつらがぐちゃぐちゃになるところをさ」

「あんたっ……」

 極夜は立ちふさがる私を押しのけると、

「じゃあもう一回行くよォ?」
 
 再び漆黒の火球を放った。

「ぐ……ぁあああああああ!」

 アキトはまたもやメロアを庇って火球を受け止める。

「アキト様! メロアのことは気にせずお逃げください!」

「駄目……だ……そんなこ……と……できる……はずが…………ない」

 メロアに言われてもアキトの意思は固かった。

「ぎゃははは! イイね! もっとその声を聴かせてくれよ」

 その姿に興奮したのか極夜はボルテージを上げた。

「デス・イグニス! デス・イグニス? デース・イグニスゥゥウウウウウウ!」
 
 決して致命傷にならないように威力を調整しながら極夜はアキトに漆黒の火球を浴びせ続ける。
 だが、 

「まも……る。メロ……ア……だけは」

 アキトはぼろぼろになりながらもまだ立ち続けていた。

「やめて! これ以上はアキト様が死んじゃう!」

「何を言ってるんだい? まだまだ始まったばかりだよ? せめてあのゴミクズよりかは楽しませてもらわないとさ!」

 メロアの懇願を嘲笑う極夜。
 駄目押しとばかりに手にしていたダガ―を投擲しようとして、

「っ!?」

 唐突に後ろを振り返った。

「――正幸様はゴミクズなんかじゃありません」

 極夜に振り返らせたのは兜花の取り巻きの一人・マーガレットだった。
 いつの間に起き上がっていたのか。
 マーガレットは不自然に折れ曲がった腕を抑えながらも極夜に訴えかける。

「確かに……最初の出会いは良くなかったかもしれません。でも正幸様のおかげで今があるんです。正幸様が連れ出してくれなければ私はただ親に決められただけの結婚相手と過ごすだけの日々を送るだけでした」

「おいおい、脳味噌がご都合主義でできてるのかい? その後、あいつは他の女にも手を出したじゃないか。君だけを愛するなんてほざいてた癖にさ」

「元より承知の上です。私一人に収まるようなお方とは思っていませんから。それにそういう人間らしいところも愛おしいと……っ!?」

 思いますと言いかけたマーガレットの顔面を極夜は掴んだ。

「ははっ……人間らしい? 愛おしい? 女を洗脳にして手籠めにすることが? 性欲に負けて他の女に手を出すところが?」

「正幸様は…………私たちを愛して……」

「気色悪いんだよ!!!」
 
 極夜は絶叫と共にマーガレットを地面に思い切り叩きつけた。

「ああ、気色悪い! 気色悪い! 気色悪いぃ!!! 気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い!」

 地団駄を踏みながら頭を掻きむしる極夜。

「…………極夜が苛立っている?」

 …………どうして苛立つ?
 嫌なことがあるなら気にくわないことがあるなら否定すればいい。
 それだけの強力な能力を極夜は持っているのに?
 とここまで考えて、ある疑問が浮かぶ。

「なんで……みんなは極夜に立ち向かえたの?」

 お互いを守ろうとするアキトとメロア。
 兜花を侮辱されて怒るマーガレット。
 全てを否定されているのなら誰かを想って行動することさえできないはず。

「もしかして…………誰かを想う心だけは否定できないの?」

「っ!?」

 思わず漏れた声に極夜は一瞬だけ肩を震わせた。
 
「やっぱり…………そうなのね」

 今のでわかった。
 まだ私にもやれることがある。 

「あんたは誰かが誰かを想う心だけは否定できない。そうなんでしょ氷夜?」

 そう問いかけると、は不機嫌そうにこちらを振り返った。

「うっざいなぁ。それがわかったところでどうしたっていうんだ?」

「それがわかれば十分なのよ」

 氷夜は変わってしまったかもしれないと思ってた。
 第二の人格とかいう極夜に乗っ取られていなくなってしまったのかと思っていた。
 でも違う。
 氷夜は確かに極夜の中に生きている。

「すべてが否定できる? とんだ大ウソつきね」

 本当に他者の全てを否定できるのなら想いだって否定しまえばいい。
 でもそれをしなかった。
 いや、できなかった。
 氷夜は他者を否定できても、誰かを想う心を尊いと感じる自分自身は否定できないのだから。

「つまりあんたは今までと何も変わらない、ださくてかっこ悪い私の幼馴染の高白氷夜よ」

 とびっきりの啖呵を切って、私は詠唱を開始した。

「ライトニングクリエイション…………」

 私の固有魔法は光を形にするもの。
 ならば光で想いを形にすればいい。
 やったことはない。
 でも今の私ならできる。
 だって魔法を極めるとは自分の本質を理解すること。
 氷夜の本質が他者否定なら、私の本質はきっとっ――!

「バレッドスピアー!」

 詠唱を終えた次の瞬間、私の手には光の槍が握られていた。

「まったく…………私もとんだ恋愛脳ね」

 氷夜に助けられてばかりの弱い自分から変わろうと思ったおかげで今の私がある。
 認めたくはないけど私の本質は歪になった氷夜への想い。
 すなわち拗らせた初恋だったというわけで、
 
「ああ、もう! 黒歴史を思い出させた責任は取ってもらうからね!」

 私は気恥ずかしさを誤魔化すように光の槍を氷夜に突きつける。
 それを氷夜は笑いもせず、感心したように口を開いた。

「…………驚いたよ。まさか僕の否定を超えてくるなんてね。でも魔法が使えたらなんだって言うんだ? 君の魔法如きで僕に勝てるとでも」

「そうね」

 仮に勝てたとしても問題の解決にはならない。
 きちんと解決するためには精神合一ク・リストランゼを使って氷夜の心の中へ入り、本当の氷夜を呼び覚ますしかない。
 そのために必要な触媒ならちょうど持っている。
 あとは接近さえできればいい。
 だからまずは隙を作る。

「シャイニングマイン!」

 目を瞑ってから私は手に持っていた槍を炸裂させた。
 
「くっ……目が!?」

 ベルゼの時にも使った即席の閃光弾だ。
 効果は抜群で氷夜は目を抑えて悶絶している。
 その隙に氷夜の懐に入り込むと、私はポケットからカトレアさんの宿のルームキーを取り出した。

 前回はダメだった。
 でも今ならきっといけるはず!

精神合一ク・リストランゼ

 魔法の発動に必要な二つの魔方陣を浮かべながら触媒となるカギを氷夜に押し当てた。
 だがいつまでたっても魔法は発動しなかった。

「そんなっ!?」

 またダメだった!?
 動揺したのもつかの間、氷夜は回し蹴りを放ってくる。

「っ!?」

 咄嗟に後ろに大きく飛んで回避するが、そのせいで氷夜との距離が離れてしまった。

「……甘いよ。固有魔法が使えたら他の魔法も使えるとでも思ったのかい? 君は依然としてされたままさ」

「そういうこと……ね」

 氷夜が否定できないのは想いであって魔法じゃない。
 私の拗らせた初恋から生まれたライトニングクリエイションなら想いを形にすることで回避できたけど、精神合一ク・リストランゼは否定されてしまう。
 
 ……迂闊だった。
 もう少し考えてから行動すべきだったわ。

「さて君の狙いも分かった以上、もう容赦はしないよ」

 氷夜は冷たく吐き捨てると、漆黒の火球を放ってきた。

「バレッドスピアー!」

 私も光の槍ですかさず撃ち落とす。
 しかしその間に氷夜は私からさらに距離をとっていた。

「「……」」

 お互いに沈黙が続く膠着状態。
 氷夜は精神合一ク・リストランゼを完全に警戒している。
 例え精神合一ク・リストランゼが使えるようになっても、これでは近づきようもない。
 しかも、

「きついわね」

 想いを形にするという慣れないことをしているせいか、魔力の消費が激しい。
 遠くないうちに私の魔力が尽きてしまうだろう。

「氷夜に否定されずに精神合一を使うには…………」
 
 あらゆる答えを模索した後、私は一つの結論に至った。

「うん、やっぱりあれしかないわね」

 何も難しい話じゃない。
 使える魔法がライトニングクリエイションしかないのであれば、精神合一ク・リストランゼの術式を内包したものを想いで具現化すればいい。

 でもこれは賭けだ。
 ただでさえ魔力を多く消費する方法でより複雑な物を創ろうとしているのだ。
 おそらく撃てて一回こっきり。
 つまりこれが私の最後の攻撃になる。
 
「さぁ! いくわよ氷夜。私の最高の一撃を見せてあげる」

 自分を鼓舞するように大見得を切ってから、私は詠唱を開始した。

「ライトニングクリエイション……」

 作るのは想いの弾丸。
 私が氷夜と出会ってからの全ての想いをたった一発の弾丸に集約する。
 さらにそこへ二つの魔法陣を刻み込み、私と氷夜の心を映し出していく。
 
「僕が見過ごすとでも!?」

 いつもとは異なる私の魔法に、ただならぬ気配を感じ取ったのだろう。
 氷夜は即座に詠唱を開始する。

「っ!?」

 まずい。
 弾丸はまだ半分もできていない。
 最悪、食らってでも完成させるしかない。

「デス・イグニ……」
 
「そうは……させない!」

 氷夜が魔法を唱えようとしたその時、アキトが後ろから羽交い絞めにした。

「うっざいなぁ! いいところなんだから邪魔しないでよ!」

 氷夜が振りほどこうと右腕を振ると、今度は兜花がその手を抑え込む。

「ったく王様にばっかカッコつけさせられねぇだろ」

「どいつもこいつも!」

 氷夜は力任せに暴れて二人からの拘束を無理やり振りほどく。
 しかしその直後、どこからか召喚された無数の剣が氷夜の動きを止めた。
 
「――デアルタ・ベルシュガット。虚構世界の外に出れば否定が及ばない。弱点を自分から教えたのは早計だったね、ひよよん」

「メロア!」

 どうやら氷夜の注意が逸れてから密かに移動していたらしい。
 虚構世界の外からメロアは私に声をかける。

「小春! あとは頼んだよ!」

「ええ、任せてちょうだい!」

 ……みんな、ありがとう。
 私は心の中で感謝を述べながら想いの弾丸を完成させた。

「クソがぁああああああああ!!!!」

 そして発狂する氷夜に向かって想いの弾丸を打ち出す。

光輝ライトニング想造クリエイション…………愛おしき日々の記憶プレシャスメモリーズ

 氷夜を貫くと同時に私の意識は氷夜の中へと吸い込まれていった。
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