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第二章:他罰性の化け物
第二十四話 小悪魔の問いかけ
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遅れましたがようやく更新です。
お待たせして申し訳ありません。
***
「はぁ……ひどい目に遭ったわ」
アシュリンの魔法によって一気に城へとやって来た私たちは一直線に氷夜の部屋を目指していた。
「大袈裟ですねぇ。ちょっと空を飛んだだけじゃないですか」
「ちょっとってあんたねぇ」
いきなり300メートル上空に連れていかれたこっちの身にもなってほしい。
あんなの人間ロケットにされたようなものだ。
「だいたいなんであんたは平気なのよ?」
「私はムチャ様の加護がありますので」
「くっ……」
そうだった。
言葉で聞いた時は何も思わなかったけど。
神をその身に宿しているなんて冷静に考えたらズルすぎないかしら。
「羨ましいですか?」
「別に? ないものをねだっても仕方ないでしょ?」
半分は本心、もう半分は強がりでそう言うとアシュリンは嫌ったらしい笑みを向けてくる。
「その通りですね。私は強くて小春様が弱いだけです。ざーこざーこ♡ざこ小春様」
「はいはい」
煽られるのはもう慣れた。
こういう雑な煽りはまともに相手にしないのが吉ね。
幸いにも氷夜の病室は城の西側にある。
正門からは少し遠いけどいつもの調子を取り戻すには最適な距離だった。
「入るわよ氷夜」
ノックをして中に入る。
当然、返事はない。
ベットに腰をかけて覗き込んでみても、私の幼馴染は相も変わらずきれいな顔で眠っている。
「…………氷夜」
こうして見ていると何もできなかった自分を思いだして腹が立つ。
でもくよくよしてたって仕方がない。
「……やるわよアシュリン」
ばちっと頬を叩いて私は気合を入れなおした。
「ロクサムはフラワーアレジメントにするのがいいのかしら?」
「はい。粉末にして風邪薬にする他、アロマとしても活用できますが、その形が一番オーソドックスかと」
「……そっか。そういう使い方もあるのね」
ロクサムの意外な活用方法に感心していると、アシュリンは澄ました顔で軽口を飛ばしてくる。
「……最も効果的なのは小春様のキスだとは思いますが」
「するわけないでしょ!?」
「そうですか。残念ですが仕方がないですね~。ムチャ様~出番ですよぉ~」
「了解よぉ」
気だるげなアシュリンの呼びかけに応じて、ムチャ様は貯め込んでいたロクサムをぶちゃっと机の上に吐き出した。
「どぉ? ちゃんと食べずに保存できてたでしょぉ? ゲプっ」
「最後ので台無しよ!」
確かに変にべたついていたりはしていないけど、吐き出し方が嘔吐の時のそれだったので触れたくはない。
「ぐっ……でも贅沢は言ってられないわね。いいわ。さっさとやりましょう」
「はい」
私たちは机に散らばったロクサムを手に取り、作業に取り掛かった。
作業と言ってもやることは簡単。
近くに置いてあったピクニックバスケットの底に土台となるスポンジを敷き詰める。
そしてロクサムを適切なサイズにカット。
切り口を叩き潰して長持ちするようにした後、全体のバランスを見ながらロクサムを一本ずつ土台のスポンジに挿していく。
「……小春様、ロクサムだけだと味気ないので他の花も入れたほうがいいかと」
「でもそれだとロクサムが余らない?」
「余った分はドライフラワーにしてしまえばいいんですよ。そちらは私たちでやっておきますから」
「そうね。じゃあそっちは任せたわよ」
断る理由もないので手に持っていた数本のロクサムを手渡すと、アシュリンはわざとらしくお辞儀をする。
「承知しました。凄腕メイドのアシュリンちゃんにお任せあれ」
「はいはい」
ほんと……調子がいいわね。
アシュリンの人を小馬鹿にしたかのような態度は最初から変わっていない。
でも数時間も一緒に過ごしていればなんとなくの人となりは掴めてきた。
「…………案外、悪い奴じゃないのよね」
頼んだことはきっちりやってくれるもの。
「何か言いましたか?」
「何でもないわ」
なんてアシュリンと話しながら作業に取り掛かること数十分。
ついにロクサムを使ったフラワーアレンジメントが完成した。
「よし」
これで氷夜も多少は良くなるはずよ。
私は期待を胸に作り上げたフラワーアレンジメントを氷夜の傍にある小さな机の上に置く。
でもいつまで経っても氷夜が目覚めることはなかった。
「気は済みましたか?」
「え?」
はっきりと突き刺すかのようなアシュリンの言葉。
それを理解できなかったのか、それとも理解したくなかったのか。
思考が凍り付いてしまった私にアシュリンはさらに冷や水を浴びせる。
「ロクサムは癒しの効果があるだけのただの花。あくまでも気休めにしかなりません。それくらいあなただってわかっていたでしょう?」
「そう……ね」
わかっていた……つもりだった。
ロクサムを手に入れたところで氷夜は目覚めないかもしれないって。
でも心のどこかではなんとかなると考えていた。
だからこそ氷夜が目覚めないという現実が重くのしかかる。
「…………氷夜」
どうしよう。
どうしたら氷夜は目を覚ますの?
このまま氷夜が一生目を覚まさなかったら私は……
「――もういいじゃないですか」
「っ!?」
「小春様はやるべきことをなされたと思います。氷夜様への償いが必要であるかはそもそも疑問ではありますが、そうだとしても充分すぎるほどでしょう」
「…………」
確かにそうかもしれない。
これ以上は私の責任ではないのかもしれない。
「かもしれないけど、そういうことじゃないでしょ?」
「はぁ……強情ですね。氷夜様を好いているわけでもないでしょう?」
「ええ、そうね。別に好きじゃないわ」
「ではなぜ? 発言の八割は虚言、頼りがいもなく、怯えてばかりの顔面偏差値五十五。そんな救いようもない男を救わなければならない理由とは一体なんです?」
「それは…………」
アシュリンが生半可な言葉では納得しないことくらいわかっていた。
だから私も覚悟を決めて、思い浮かんだ一つの答えを口にする。
「――目の前に困っている人がいる。助ける理由なんてそれで充分でしょ」
「はぁ?」
アシュリンは何を言っているのかわからないとばかりに口をパクパクとさせる。
でもそれも一瞬のことで、どっと腹を抱えて笑い出した。
「ぷっふぅ! 何を言い出すかと思えば小春様……そ、そんな小学生みたいな…………」
キャラが崩れているのも気にせず、けらけらと三下みたいな笑い方をするアシュリン。
そうしてしばらく笑って満足したのか、いつもの調子に戻って冷たく吐き捨てる。
「…………小春様は馬鹿なんですか?」
「ええ。悔しいけど否定はできないわ」
理由なんてうまく説明できない。
なんでそうしたいのかも本当のところは私にもわかっていない。
でも一つだけわかることがある。
このまま氷夜を見捨てたら私は一生後悔するって。
「だから悪いけど私は氷夜を諦めないわよ」
さっきまで軽く絶望してた癖に開き直ってそう言うと、アシュリンは大きくため息を吐いた。
「はぁ……わかりましたよ。私の負けです。負けたついでに一つ話しておくと、ロクサムなんかよりもずっと確実な方法がありますよ」
「ほ、本当!?」
「落ち着いてください」
思わず詰め寄ってしまった私を制止しつつ、アシュリンは続ける。
「私たちのガルザーネ族に伝わる秘術・精神合一。それを使って氷夜様の精神世界に直接入り込んでたたき起こしてしまおうという寸法です」
「な、なんでそんな大事なことを先に教えてくれなかったのよ!?」
「聞かれませんでしたから。そもそも秘術なのでそう易々と教えるものではないですし」
くっ……どこまでが本気でそう言ってるかはわかりそうもないわね。
とはいえ秘術と言われてしまえば納得するしかないし、本題はそこじゃない。
「じゃあアシュリン、今すぐ氷夜の精神世界へ行って氷夜を起こして」
「無理です」
即答だった。
「ど、どうして!?」
「この魔法は自分に好意を抱いている者にしか使えません。誰だって嫌いな人間には自分の心を覗かれたくないものでしょう? 私は氷夜様から嫌われていましたからまず不可能ですね」
「そう? 氷夜が誰かを嫌いになるってあんまり想像がつかないわよ?」
「同族嫌悪というものですよ。私はそんな氷夜様が大好きなのですが」
「あんたねぇ……さっきは頼りないだとか氷夜のことを散々こき下ろしてたじゃない?」
「頼りないのと好きかどうかは全く別の話ですよ。決して手に入らない宝石を追い求めるよりも、すぐに手に入る腐りかけのパンの方が腹を満たすにはちょうどいい、それだけのことです」
「…………アシュリン」
誰かを好きになる理由がそんな悲しい理由でいいの?
諦観に満ちたアシュリンのセリフに、衝動的にそう言ってしまいたくなったけれど、それはなんだか傲慢なことに思えて、私は二の句が継げなくなる。
「さて話を戻しましょう」
そんな雰囲気を感じ取ったのか、アシュリンは小さく咳払いをして話題を強引に切り替えた。
「ここまで話せば小春様も察しがついているでしょうが、今から小春様には私たちの秘術を覚えて頂きます。秘術と言っても術式魔法に分類されるので小春様も習得できるはずです」
先程までとは打って変わって、いつものように明るい調子でアシュリンは続ける。
「いちいち教えるのは面倒ですので実際に小春様の精神世界へ入ってそこで教えることにします。小春様の心に直接術式を刻んだ方が手っ取り早いかと」
「それはいいけど私は何をすればいいの?」
「とりあえず横になってください。精神世界に入っている間は意識がなくなっていますので」
「わかったわ」
アシュリンの指示に従って、氷夜の隣のベットに横たわる。
するとアシュリンはどこからか取り出した鎖を私に巻き付けてきた。
「ちょちょっと!? これは何なの?」
「私と小春様を繋ぐパスの代わりとなるものです。そうお気になさらず」
……気にするななんて無理に決まってるでしょ。
私はそう口にする代わりにアシュリンにジト目を向けるが、当の本人はどこ吹く風だ。
「まずは私の手を握ってください。それからゆっくり深呼吸」
「ええ」
アシュリンの呼吸に合わせて私も深呼吸。
「「……………」」
う、うん。
これはこれで恥ずかしいわね。
「次に私と同じものをイメージしてください。今回はロクサムを」
「了解よ」
言われるがまま、アシュリンと行った花畑を頭の中に描く。
すると不思議なことに段々と意識が遠のいていく。
「では行きますよ。精神合一」
アシュリンが言霊を唱えた次の瞬間、私の意識は別の世界へと移動していた。
お待たせして申し訳ありません。
***
「はぁ……ひどい目に遭ったわ」
アシュリンの魔法によって一気に城へとやって来た私たちは一直線に氷夜の部屋を目指していた。
「大袈裟ですねぇ。ちょっと空を飛んだだけじゃないですか」
「ちょっとってあんたねぇ」
いきなり300メートル上空に連れていかれたこっちの身にもなってほしい。
あんなの人間ロケットにされたようなものだ。
「だいたいなんであんたは平気なのよ?」
「私はムチャ様の加護がありますので」
「くっ……」
そうだった。
言葉で聞いた時は何も思わなかったけど。
神をその身に宿しているなんて冷静に考えたらズルすぎないかしら。
「羨ましいですか?」
「別に? ないものをねだっても仕方ないでしょ?」
半分は本心、もう半分は強がりでそう言うとアシュリンは嫌ったらしい笑みを向けてくる。
「その通りですね。私は強くて小春様が弱いだけです。ざーこざーこ♡ざこ小春様」
「はいはい」
煽られるのはもう慣れた。
こういう雑な煽りはまともに相手にしないのが吉ね。
幸いにも氷夜の病室は城の西側にある。
正門からは少し遠いけどいつもの調子を取り戻すには最適な距離だった。
「入るわよ氷夜」
ノックをして中に入る。
当然、返事はない。
ベットに腰をかけて覗き込んでみても、私の幼馴染は相も変わらずきれいな顔で眠っている。
「…………氷夜」
こうして見ていると何もできなかった自分を思いだして腹が立つ。
でもくよくよしてたって仕方がない。
「……やるわよアシュリン」
ばちっと頬を叩いて私は気合を入れなおした。
「ロクサムはフラワーアレジメントにするのがいいのかしら?」
「はい。粉末にして風邪薬にする他、アロマとしても活用できますが、その形が一番オーソドックスかと」
「……そっか。そういう使い方もあるのね」
ロクサムの意外な活用方法に感心していると、アシュリンは澄ました顔で軽口を飛ばしてくる。
「……最も効果的なのは小春様のキスだとは思いますが」
「するわけないでしょ!?」
「そうですか。残念ですが仕方がないですね~。ムチャ様~出番ですよぉ~」
「了解よぉ」
気だるげなアシュリンの呼びかけに応じて、ムチャ様は貯め込んでいたロクサムをぶちゃっと机の上に吐き出した。
「どぉ? ちゃんと食べずに保存できてたでしょぉ? ゲプっ」
「最後ので台無しよ!」
確かに変にべたついていたりはしていないけど、吐き出し方が嘔吐の時のそれだったので触れたくはない。
「ぐっ……でも贅沢は言ってられないわね。いいわ。さっさとやりましょう」
「はい」
私たちは机に散らばったロクサムを手に取り、作業に取り掛かった。
作業と言ってもやることは簡単。
近くに置いてあったピクニックバスケットの底に土台となるスポンジを敷き詰める。
そしてロクサムを適切なサイズにカット。
切り口を叩き潰して長持ちするようにした後、全体のバランスを見ながらロクサムを一本ずつ土台のスポンジに挿していく。
「……小春様、ロクサムだけだと味気ないので他の花も入れたほうがいいかと」
「でもそれだとロクサムが余らない?」
「余った分はドライフラワーにしてしまえばいいんですよ。そちらは私たちでやっておきますから」
「そうね。じゃあそっちは任せたわよ」
断る理由もないので手に持っていた数本のロクサムを手渡すと、アシュリンはわざとらしくお辞儀をする。
「承知しました。凄腕メイドのアシュリンちゃんにお任せあれ」
「はいはい」
ほんと……調子がいいわね。
アシュリンの人を小馬鹿にしたかのような態度は最初から変わっていない。
でも数時間も一緒に過ごしていればなんとなくの人となりは掴めてきた。
「…………案外、悪い奴じゃないのよね」
頼んだことはきっちりやってくれるもの。
「何か言いましたか?」
「何でもないわ」
なんてアシュリンと話しながら作業に取り掛かること数十分。
ついにロクサムを使ったフラワーアレンジメントが完成した。
「よし」
これで氷夜も多少は良くなるはずよ。
私は期待を胸に作り上げたフラワーアレンジメントを氷夜の傍にある小さな机の上に置く。
でもいつまで経っても氷夜が目覚めることはなかった。
「気は済みましたか?」
「え?」
はっきりと突き刺すかのようなアシュリンの言葉。
それを理解できなかったのか、それとも理解したくなかったのか。
思考が凍り付いてしまった私にアシュリンはさらに冷や水を浴びせる。
「ロクサムは癒しの効果があるだけのただの花。あくまでも気休めにしかなりません。それくらいあなただってわかっていたでしょう?」
「そう……ね」
わかっていた……つもりだった。
ロクサムを手に入れたところで氷夜は目覚めないかもしれないって。
でも心のどこかではなんとかなると考えていた。
だからこそ氷夜が目覚めないという現実が重くのしかかる。
「…………氷夜」
どうしよう。
どうしたら氷夜は目を覚ますの?
このまま氷夜が一生目を覚まさなかったら私は……
「――もういいじゃないですか」
「っ!?」
「小春様はやるべきことをなされたと思います。氷夜様への償いが必要であるかはそもそも疑問ではありますが、そうだとしても充分すぎるほどでしょう」
「…………」
確かにそうかもしれない。
これ以上は私の責任ではないのかもしれない。
「かもしれないけど、そういうことじゃないでしょ?」
「はぁ……強情ですね。氷夜様を好いているわけでもないでしょう?」
「ええ、そうね。別に好きじゃないわ」
「ではなぜ? 発言の八割は虚言、頼りがいもなく、怯えてばかりの顔面偏差値五十五。そんな救いようもない男を救わなければならない理由とは一体なんです?」
「それは…………」
アシュリンが生半可な言葉では納得しないことくらいわかっていた。
だから私も覚悟を決めて、思い浮かんだ一つの答えを口にする。
「――目の前に困っている人がいる。助ける理由なんてそれで充分でしょ」
「はぁ?」
アシュリンは何を言っているのかわからないとばかりに口をパクパクとさせる。
でもそれも一瞬のことで、どっと腹を抱えて笑い出した。
「ぷっふぅ! 何を言い出すかと思えば小春様……そ、そんな小学生みたいな…………」
キャラが崩れているのも気にせず、けらけらと三下みたいな笑い方をするアシュリン。
そうしてしばらく笑って満足したのか、いつもの調子に戻って冷たく吐き捨てる。
「…………小春様は馬鹿なんですか?」
「ええ。悔しいけど否定はできないわ」
理由なんてうまく説明できない。
なんでそうしたいのかも本当のところは私にもわかっていない。
でも一つだけわかることがある。
このまま氷夜を見捨てたら私は一生後悔するって。
「だから悪いけど私は氷夜を諦めないわよ」
さっきまで軽く絶望してた癖に開き直ってそう言うと、アシュリンは大きくため息を吐いた。
「はぁ……わかりましたよ。私の負けです。負けたついでに一つ話しておくと、ロクサムなんかよりもずっと確実な方法がありますよ」
「ほ、本当!?」
「落ち着いてください」
思わず詰め寄ってしまった私を制止しつつ、アシュリンは続ける。
「私たちのガルザーネ族に伝わる秘術・精神合一。それを使って氷夜様の精神世界に直接入り込んでたたき起こしてしまおうという寸法です」
「な、なんでそんな大事なことを先に教えてくれなかったのよ!?」
「聞かれませんでしたから。そもそも秘術なのでそう易々と教えるものではないですし」
くっ……どこまでが本気でそう言ってるかはわかりそうもないわね。
とはいえ秘術と言われてしまえば納得するしかないし、本題はそこじゃない。
「じゃあアシュリン、今すぐ氷夜の精神世界へ行って氷夜を起こして」
「無理です」
即答だった。
「ど、どうして!?」
「この魔法は自分に好意を抱いている者にしか使えません。誰だって嫌いな人間には自分の心を覗かれたくないものでしょう? 私は氷夜様から嫌われていましたからまず不可能ですね」
「そう? 氷夜が誰かを嫌いになるってあんまり想像がつかないわよ?」
「同族嫌悪というものですよ。私はそんな氷夜様が大好きなのですが」
「あんたねぇ……さっきは頼りないだとか氷夜のことを散々こき下ろしてたじゃない?」
「頼りないのと好きかどうかは全く別の話ですよ。決して手に入らない宝石を追い求めるよりも、すぐに手に入る腐りかけのパンの方が腹を満たすにはちょうどいい、それだけのことです」
「…………アシュリン」
誰かを好きになる理由がそんな悲しい理由でいいの?
諦観に満ちたアシュリンのセリフに、衝動的にそう言ってしまいたくなったけれど、それはなんだか傲慢なことに思えて、私は二の句が継げなくなる。
「さて話を戻しましょう」
そんな雰囲気を感じ取ったのか、アシュリンは小さく咳払いをして話題を強引に切り替えた。
「ここまで話せば小春様も察しがついているでしょうが、今から小春様には私たちの秘術を覚えて頂きます。秘術と言っても術式魔法に分類されるので小春様も習得できるはずです」
先程までとは打って変わって、いつものように明るい調子でアシュリンは続ける。
「いちいち教えるのは面倒ですので実際に小春様の精神世界へ入ってそこで教えることにします。小春様の心に直接術式を刻んだ方が手っ取り早いかと」
「それはいいけど私は何をすればいいの?」
「とりあえず横になってください。精神世界に入っている間は意識がなくなっていますので」
「わかったわ」
アシュリンの指示に従って、氷夜の隣のベットに横たわる。
するとアシュリンはどこからか取り出した鎖を私に巻き付けてきた。
「ちょちょっと!? これは何なの?」
「私と小春様を繋ぐパスの代わりとなるものです。そうお気になさらず」
……気にするななんて無理に決まってるでしょ。
私はそう口にする代わりにアシュリンにジト目を向けるが、当の本人はどこ吹く風だ。
「まずは私の手を握ってください。それからゆっくり深呼吸」
「ええ」
アシュリンの呼吸に合わせて私も深呼吸。
「「……………」」
う、うん。
これはこれで恥ずかしいわね。
「次に私と同じものをイメージしてください。今回はロクサムを」
「了解よ」
言われるがまま、アシュリンと行った花畑を頭の中に描く。
すると不思議なことに段々と意識が遠のいていく。
「では行きますよ。精神合一」
アシュリンが言霊を唱えた次の瞬間、私の意識は別の世界へと移動していた。
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