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第一章:自罰的な臆病者
第八話 悪夢とメロアのマジックレッスンday2
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「…………ごめんなさい…………ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
僕が壊しちゃった。
僕が我儘だったから! 優しくなかったから!
大切なものが全部壊れちゃった。
「僕は一体どうすれば……」
「優しい○○くんのままでいてね」
「あ、ああ…………」
「そうだ。僕は優しい人間でなければならなかったのに。あの子にも言われてたのに」
「そうよ。あなたが母さんに優しくしてくれなかったから」
「お前が父さんに優しくしてくれなかったから」
「「だから……全部壊れた」」
「うわぁああああああああああああ!」
ごめんなさいごめんなさい!
これからはもっと優しくなります。
誰も傷つけない優しい人間になります。
「そのために……僕は……」
***
「…………氷夜、氷夜っ!」
誰だろう。
俺を呼ぶ声がする。
「起きて! 起きてってば」
それでいてどこか懐かしいような……って違う違う。
相手はどうせあのばあさんだ。
同じ手を二度もくらうものかよ。
「……起きなさいよぉ」
はいはい。
悲しそうな声を出したって騙されないからな。
「……起きろ」
あれ?
「起きて―ひよよん」
何かがおかしい。
カトレアおばさん、こんなに声が若かったかな。
それに今、メロアちゃんの声もしたような……
「…………ちらっ」
「ふふっ」
「…………」
ふぅ。落ち着こう。
なんか目があった気がするけど気のせいだろう。
冷静に考えて二人が俺の部屋にいるわけないし。
よし、こんな時こそ二度寝を……
「…………起きないと潰すわよ」
「グッモーニン。今日も素晴らしい朝だね!」
命の危険を感じて、俺は即座に降伏した。
***
「全く……起きてるならさっさと返事しなさいよね」
「ごめんごめん。お布団ちゃんが俺くんを放してくれなくてさ」
「起きるのが面倒だっただけでしょ」
「ばれたか」
てへっと可愛らしく誤魔化そうとしたらゴミを見るかのような目を向けられたので、俺は本題に入ることにした。
「で今日はどうしたの? 二人して俺くんの部屋を訪ねてくるなんてさ」
「ええ。その……実はさっきまでメロアにお城の中を案内してもらってたんだけど、そのままの流れで魔法の練習にも付き合って貰うことになったのよ」
『そしたらあんたも誘おうってメロアがね』と嫌々そうに語る小春。
一方のメロアちゃんはそんな小春を見てにやにやと笑っている。
「ふふっ。だってちょうどひよよんの部屋の近くまで来てたんだもん。ひよよんがいてくれた方が楽しそうかなって思ったの。それに二人は幼馴染だよね? だったらお互いの部屋くらい知っておいた方が良いと思って」
「はぁ……どうして幼馴染なら知ってないといけないのよ」
「え? だって……」
「はいはーい。そこまで! 幼馴染云々はさておき、なんとなくの事情はわかったよ。つまり俺は賑やかし担当ってわけね」
「うん☆ それでどうかな? ひよよんも来る?」
ちょうど俺としても魔法の勉強をしなきゃと思ってたところだ。
断る理由がない。
「もっちろん! 行かせてもらいますとも!」
「そうこなくちゃ♪ 小春もそれでいいよね?」
「ええ。構わないわ」
「こ、小春ぅ~」
「何よ。別にここであんたを拒否するほど私は冷たくないってだけよ」
はいはいツンデレ乙。
小春が俺くんに冷たいのもそう思えば受け入れられる気がしてきた。
まぁ……そんなわけないんですけどね。
「それじゃ私たちは外で待ってるから支度が済んだら教えて」
「りょーかーい」
「ほら行こ、メロア」
「うん」
「……二度寝するんじゃないわよ氷夜」
「わかってるって」
軽く返事を返すと、二人は部屋から出て行った。
「ふぅ…………」
いつになく賑やかな朝だったな。
でも悪くはなかった。
おかげで今朝の悪夢を忘れられた。
二人には感謝しかない。
「……っと。いけね。考え事してる場合じゃないって」
いつまでも二人を待たせるわけにはいかないもんな。
俺は急いで身支度を始めた。
***
「それじゃ魔法の練習を始めるよ♪ 二人とも準備は良い?」
「おっす隊長! 万全ですとも!」
「……私も平気よ」
「ふふっ。ひよよんはいつも通りだね。新しいことをする前に、まずは昨日の復習をしようかな」
メロアちゃんはにこにこしながら、小春に尋ねる。
「小春、魔法ってどんなものだったか覚えてる?」
「ええと……魔法とは異能の力によって引き起こされる現象のことで、魔法陣とかが必要な術式魔法とその人にしか使えない固有魔法の二つに分けられる。だったわよね?」
「正解! さすがだね!」
「とはいえ術式ってものがわからないから術式魔法はまださっぱりだけど」
「固有魔法が使えるだけでも大したものだよ。それに今日は術式魔法についても教えるから。一応、復習として昨日やった魔力操作の練習をやってみようか」
「ええと……確かこうだったかしら」
小春は確かめるように手をにぎにぎした後、大きく息を吸う。
「リベラシオン!」
詠唱を終えると同時に淡い光が解き放たれた。
「うん。ばっちしだよ♪ 復習も出来たところでいよいよ術式魔法に挑戦してみようか」
メロアちゃんは昨日と同じように魔法で文字を描きながら説明を始めた。
その内容を要約するとこんな感じだ。
術式魔法で重要になるのは「術式の理解」と「適性」の二つ。
術式の理解とは術式を構成する魔法陣や詠唱などに対する理解である。
まともに術式を理解していない状態ではそもそも魔法を上手く扱うことができない。
そしてもう一つの適性。
こちらも読んで字のごとく魔法に対する適性の高さを示す。
扱う魔法に対して適性がなければ、魔法本来の力を引き出すことができない。
つまりは術式の理解と適性の両方があって初めて術式魔法を使いこなすことができるようになるのだ。
……んで、肝心の小春の適性が何かというと、
「小春には光の魔法の適性があるね♪」
「それって……どうなの?」
「うん。とっても凄いよ! だって光の魔法に適性がある人はかなり珍しいから!」
珍しいのもそうだが、光の光の魔法は強力なものも多い。
それに適性があるというのはかなりのアドバンテージだ。
とはいえ全ての魔法に適性があるメロアちゃんと比べてると霞むけど。
え? 俺くんはどうかって?
俺くんは全ての魔法に適性がありません。
……悲しいね。
なんて自分の才能のなさを今一度認識して落ち込んでいると、唐突に肩を叩かれた。
「ひよよん、いきなりで悪いんだけど何でもいいから術式魔法を唱えてみてくれないかな?」
「え? 俺のでいいの?」
「うん、お願い」
ひよよんにやってほしいんだと嬉しいことを言ってくれるメロアちゃん。
自他ともに認めるチョロインの氷夜くんはそれだけでやる気が出る。
「よし! わかったよ。遠慮なくやらせてもらいまっせ!」
俺はポケットから一枚の布切れを取り出し、それを優しく床に置いた。
布切れには小さな魔法陣。
その上に掌を重ね、静かに目を閉じる。
イメージするのは水の数式。
空気中の水分と己の魔力を足し合わせて、少しずつ増やしていくイメージで、
あとはそれを一気に解き放つ!
「メルセラ!」
詠唱を終えて浮かび上がったのは野球ボール程の小さな水の塊。
ぷかぷかとこの世の物理法則から外れた動きを見せた後、それは重力に負けてあっけなく飛び散った。
「どう? 今のが術式魔法だよ」
「……なんだか思ってたよりもしょぼいわね」
「しょぼいとはなんだ! せっかく氷夜くんが実演してあげたのに!」
「まぁまぁ。今のはあくまでも見本としてやっただけだから。ひよよんだってもっと凄い魔法使えるもんね?」
「もっちろん! 氷夜くんが本気を出したら山の一つは楽勝だって」
「……へぇ、そうなの」
俺は堂々と胸を張るが、小春は訝しんだままだ。
「ちなみにメロアがさっきの魔法をやるとどうなるの?」
「ん? ええと…………こう?」
おずおずと言った感じでメロアちゃんが魔力を開放すると八尺玉程の大きさの水球ができあがった。
「わーお。詠唱なし術式なしで俺くんの数十倍はでかいのが出来てるなぁ~」
「……不思議ね。同じはずなのにどうしてこんなにも差があるのかしら」
「そりゃ同じ魔法でも術式への理解度や使用者の力量に差があるからで……って皆まで言わせないで!?」
「ほ、ほら! 気を取り直して本題にいくよ!」
まざまざと才能の差を見せつけることになってバツが悪くなったのか、メロアちゃんは強引に話を切り替えた。
「今日、小春には水の術式魔法・メルセラ、火の術式魔法・イグニス、そして光の術式魔法・クラルスの三つの術式魔法を覚えてほしいの。この三つはさらに強力な魔法を習得する上で基礎にもなる魔法だから覚えておいて損はないと思うんだ」
「そうなんだ。だったらやるしかないわね。まずは魔法陣の書き方からかしら?」
「えっと……魔法陣は別に自分で用意する必要はないから大丈夫だよ。今日はメロアが用意しておいたから」
そう言ってメロアちゃんが取り出したのは赤、青、黄色の水晶石。
「青色にはメルセラの、赤色にはイグニスの、そして黄色の水晶石にはクラルスの魔法陣が刻んであるよ。自由に使ってね」
「あ、ありがとうメロア! 大事に使うわ!」
よっぽど嬉しかったのか。
小春はクリスマスプレゼントを貰った子どものようにはしゃいでいる。
「ねぇ、これに手をかざせば、氷夜みたいに魔法が使えるのよね?」
「ううん。使えるには使えるんだけどちゃんと術式を理解した状態でやらないと本来の力をほとんど引き出せないの」
「……そうだった。術式の理解が大事だったのよね」
「でも安心して。術式を理解するのは難しくないよ。書いてあることをそのままやるだけだからとっても簡単なの。さっきメルセラだったらバシャバシャドッカーんって感じで……」
「メロアちゃ~ん。もうちょい簡単な表現でプリーズ」
「え? これでもわかりやすく話してるよぉ」
俺にからかわれていると思ったのか、メロアちゃんはぷりぷりとしていたが、小春を見て表情を変えた。
「もしかして通じてない……のかな? 本当に書いてあることをそのまま再現するだけなんだけど……」
「…………」
ああ、わかるよ。
俺もきっと同じこと考えてる。
「オーケーメロアちゃん。ここは俺くんに任せてくれない? 才能はないけどゼロから魔法を学んできただけはあるから小春と同じ立場から説明できると思うんだ」
「……うん。お願いひよよん。役に立たなくてごめんね」
「何言ってるのよ。昨日に引き続き今日も魔法の練習に付き合ってもらってメロアには感謝しかないわ」
落ち込むメロアちゃんの頭をポンポンと撫でる小春。
百合百合してますな。
なんてほっこりしたのもつかの間、小春は俺に冷たい目を向けてくる。
「氷夜、わかってると思うけどおふざけはなしだからね」
「わかってますって」
俺だっていつもふざけてるわけじゃない。
気持ち真面目モードに切り替えて、俺は話を始めた。
「術式をどうやって理解していけばいいかってことだけど、全く未知のものをそのまま理解しようなんて俺たちには土台無理な話なんだ」
「しょぼーん」
「あ、違うよ。別にメロアちゃんを非難してるわけじゃないから。俺が言いたいのはそのままで理解できないなら何かわかりやすい法則に当てはめてみればいいってこと」
意図せぬ流れ弾を食らわせてしまったメロアちゃんをフォローしつつ、俺は続ける。
「例えば数学。術式を数式に置き換えて、魔力と自然物を足し算して魔法という結果を導き出す……ってイメージさ」
「確かにそう考えたらとっつきやすいわね」
「でしょ。せっかくだし俺くんと一緒にやってみよっか。ひとまず三つの石をセットして」
「わかったわ」
小春は言われるがままメロアちゃんから受け取った三つの水晶石を地面に置く。
「よし。じゃあ次は魔力の移動だ。一番最初にやった魔力操作の応用で魔法陣……今回は青色の水晶石に魔力を流し込む」
「ええと……こうだったかしら」
恐る恐ると言った感じで小春が手をかざすと、水晶石に魔力が流れて行った。
昨日始めてやったばかりのはずだが、魔力操作に関しては完璧と言っていいだろう。
「んでそれが出来たら後は満たした魔力と自然の要素、つまりは水を足し合わせるイメージで……」
空気中の水分が魔力に反応して輝きだす。
「最後に詠唱!」
「「メルセラ!」」
言霊によって魔法陣が起動。
膨れ上がった魔力が一点と収束し、水の塊へと変化した。
「できた……の?」
「うん。ちゃんとできてる。じゃなきゃこんな水が宙に浮いてたりしないって」
「そうよね。あんたと出てきたのがあんたがやったのと同じ大きさだったから失敗したのかと思ったわ」
「地味に氷夜くんの扱いがひどい!?」
俺=失敗ってことですか!?
「まぁ……マジレスすると適性外の魔法だったらこんなもんだよ。例えば……」
黄色の水晶石に触れながら、俺は言霊を込める。
「クラルス」
そして魔力を開放すると、豆電球ほどの小さな光が浮かんできた。
「こういう風に適性がない俺くんがやってもこんなしょぼいのしか生み出せないって訳さ」
「じゃあ、私がやるともっと大きなのが生み出せるってことよね」
「そうそう。今やった要領で他の魔法もやってみ。光の魔法・クラルスなら俺くんよりもずっと凄いのができるはずだからさ」
「言われなくても……イグニス!」
持ち前のセンスでイグニスも楽々と成功させた。
そして勢いそのままに黄色の水晶石にも手をかざす。
「クラルス」
眩い光と共に解き放たれる魔力。
だが水晶石からあふれ出した光は俺の時よりも僅かに大きいだけに留まった。
「あれれ? 魔力調節ミスった?」
「普通にやったつもりだけど」
「そっか。じゃあもう一回ってことで」
「ええ」
もう一度水晶石に手をかざすと、今度もさっきと同じ大きさの光の球体が現れる。
「駄目ね。これ以上は大きく出来ないわ」
「おかしいな」
少なくとも光の術式魔法《クラルス》に関しては俺以上には使えるはずなのに。
何か不備でもあったのだろうか。
「うーん。見た感じひよよんのやり方は小春には合ってなさそうだね」
とそれまで静観していたメロアちゃんが口を開いた。
「自分にとって理解しやすい法則に置き換えて考える、それは確かにひよよんたちには有効だと思うよ。でも数学は本当に二人にとって理解しやすい法則なのかな? 少なくともひよよんは数学があまり得意じゃないよね」
「うぐっ」
「自分が苦手な方法で世界を観ようとしているから魔法の力が限定されちゃってるんだと思うな。法則なんて難しいことは考えなくていいの。二人にとっての原点、もしくは二人の核になってることを想像してみて」
「俺にとっての原点……」
原点なんてそんな立派なモノが俺の中にもあっただろうか。
生憎、友情も努力も勝利も俺に当てはまる気はしない。
俺を構成しているのは無数の虚偽と虚構。
体裁だけを取り繕うことに特化した俺が最も得意とするのは言い訳か、
あるいは、○○○○?
「っ……駄目だ。さっぱり思いつかない。小春は………ってどうしたん? なんだか顔が赤いけど」
「何でもないわよ! 私も特に何も思いつかなかったわ」
困ったな。
俺はまだしも小春もわからないとは。
メロアちゃんにしたってさすがに小春の核をなす考え方なんてわからないだろうし。
このままやっても上手くいく望みは薄い。
となれば、俺の答えは決まっていた。
「よし諦めよう」
「ちょっと何言ってるの氷夜!?」
「いや、わかんないものにどれだけ時間かけても仕方ないじゃん。それよりかはもっと他のことに時間を使った方が良くねっていう氷夜くんの感想」
あっけらかんと答える俺にメロアちゃんも続く。
「うーん。そうだね。小春は固有魔法の方が伸ばしやすそうだし、術式魔法の練習はここまでにしておいて固有魔法の練習をした方が良いかもね」
「もう……メロアまで。本当に良いの? 今日は術式魔法をやるって言ってたじゃない?」
「もちろん術式魔法も使いこなせるようになるのがベストだよ。でも手っ取り早く魔物と戦えるだけの実力を手に入れたいなら、ひよよんの言う通り、伸ばしやすい方に集中した方が良いと思うの」
「……わかった。まずは固有魔法に専念するわ」
メロアちゃんのアドバイスもあって小春のとりあえずの方針が決まる。
「じゃあメロアは固有魔法の練習にちょうどいい道具が部屋にあるから取って来るね。二人はその間に固有魔法の練習をしててほしいな」
「了解よ。具体的には何をすればいいの?」
「うーん。そうだねえ。昨日の段階で小春は固有魔法の基礎をマスターしてたから、今日は動きながら魔法を使うことを意識してみるといいかも」
「要は魔物相手に戦えるようになろうってことね」
「うん。小春はそれでいいよ。ひよよんは……伸びしろもないしメロアが言えることは何もないかな」
……うぐ。
事実上の戦力外通告。
氷夜くんにはまだ未来がありますよ!と叫んでやりたいが、実際その通りなので否定できない。
「それじゃ、またあとでね」
ショックを受けている俺をよそに可愛らしく手を振ると、メロアちゃんはどこかへ転移していった。
僕が壊しちゃった。
僕が我儘だったから! 優しくなかったから!
大切なものが全部壊れちゃった。
「僕は一体どうすれば……」
「優しい○○くんのままでいてね」
「あ、ああ…………」
「そうだ。僕は優しい人間でなければならなかったのに。あの子にも言われてたのに」
「そうよ。あなたが母さんに優しくしてくれなかったから」
「お前が父さんに優しくしてくれなかったから」
「「だから……全部壊れた」」
「うわぁああああああああああああ!」
ごめんなさいごめんなさい!
これからはもっと優しくなります。
誰も傷つけない優しい人間になります。
「そのために……僕は……」
***
「…………氷夜、氷夜っ!」
誰だろう。
俺を呼ぶ声がする。
「起きて! 起きてってば」
それでいてどこか懐かしいような……って違う違う。
相手はどうせあのばあさんだ。
同じ手を二度もくらうものかよ。
「……起きなさいよぉ」
はいはい。
悲しそうな声を出したって騙されないからな。
「……起きろ」
あれ?
「起きて―ひよよん」
何かがおかしい。
カトレアおばさん、こんなに声が若かったかな。
それに今、メロアちゃんの声もしたような……
「…………ちらっ」
「ふふっ」
「…………」
ふぅ。落ち着こう。
なんか目があった気がするけど気のせいだろう。
冷静に考えて二人が俺の部屋にいるわけないし。
よし、こんな時こそ二度寝を……
「…………起きないと潰すわよ」
「グッモーニン。今日も素晴らしい朝だね!」
命の危険を感じて、俺は即座に降伏した。
***
「全く……起きてるならさっさと返事しなさいよね」
「ごめんごめん。お布団ちゃんが俺くんを放してくれなくてさ」
「起きるのが面倒だっただけでしょ」
「ばれたか」
てへっと可愛らしく誤魔化そうとしたらゴミを見るかのような目を向けられたので、俺は本題に入ることにした。
「で今日はどうしたの? 二人して俺くんの部屋を訪ねてくるなんてさ」
「ええ。その……実はさっきまでメロアにお城の中を案内してもらってたんだけど、そのままの流れで魔法の練習にも付き合って貰うことになったのよ」
『そしたらあんたも誘おうってメロアがね』と嫌々そうに語る小春。
一方のメロアちゃんはそんな小春を見てにやにやと笑っている。
「ふふっ。だってちょうどひよよんの部屋の近くまで来てたんだもん。ひよよんがいてくれた方が楽しそうかなって思ったの。それに二人は幼馴染だよね? だったらお互いの部屋くらい知っておいた方が良いと思って」
「はぁ……どうして幼馴染なら知ってないといけないのよ」
「え? だって……」
「はいはーい。そこまで! 幼馴染云々はさておき、なんとなくの事情はわかったよ。つまり俺は賑やかし担当ってわけね」
「うん☆ それでどうかな? ひよよんも来る?」
ちょうど俺としても魔法の勉強をしなきゃと思ってたところだ。
断る理由がない。
「もっちろん! 行かせてもらいますとも!」
「そうこなくちゃ♪ 小春もそれでいいよね?」
「ええ。構わないわ」
「こ、小春ぅ~」
「何よ。別にここであんたを拒否するほど私は冷たくないってだけよ」
はいはいツンデレ乙。
小春が俺くんに冷たいのもそう思えば受け入れられる気がしてきた。
まぁ……そんなわけないんですけどね。
「それじゃ私たちは外で待ってるから支度が済んだら教えて」
「りょーかーい」
「ほら行こ、メロア」
「うん」
「……二度寝するんじゃないわよ氷夜」
「わかってるって」
軽く返事を返すと、二人は部屋から出て行った。
「ふぅ…………」
いつになく賑やかな朝だったな。
でも悪くはなかった。
おかげで今朝の悪夢を忘れられた。
二人には感謝しかない。
「……っと。いけね。考え事してる場合じゃないって」
いつまでも二人を待たせるわけにはいかないもんな。
俺は急いで身支度を始めた。
***
「それじゃ魔法の練習を始めるよ♪ 二人とも準備は良い?」
「おっす隊長! 万全ですとも!」
「……私も平気よ」
「ふふっ。ひよよんはいつも通りだね。新しいことをする前に、まずは昨日の復習をしようかな」
メロアちゃんはにこにこしながら、小春に尋ねる。
「小春、魔法ってどんなものだったか覚えてる?」
「ええと……魔法とは異能の力によって引き起こされる現象のことで、魔法陣とかが必要な術式魔法とその人にしか使えない固有魔法の二つに分けられる。だったわよね?」
「正解! さすがだね!」
「とはいえ術式ってものがわからないから術式魔法はまださっぱりだけど」
「固有魔法が使えるだけでも大したものだよ。それに今日は術式魔法についても教えるから。一応、復習として昨日やった魔力操作の練習をやってみようか」
「ええと……確かこうだったかしら」
小春は確かめるように手をにぎにぎした後、大きく息を吸う。
「リベラシオン!」
詠唱を終えると同時に淡い光が解き放たれた。
「うん。ばっちしだよ♪ 復習も出来たところでいよいよ術式魔法に挑戦してみようか」
メロアちゃんは昨日と同じように魔法で文字を描きながら説明を始めた。
その内容を要約するとこんな感じだ。
術式魔法で重要になるのは「術式の理解」と「適性」の二つ。
術式の理解とは術式を構成する魔法陣や詠唱などに対する理解である。
まともに術式を理解していない状態ではそもそも魔法を上手く扱うことができない。
そしてもう一つの適性。
こちらも読んで字のごとく魔法に対する適性の高さを示す。
扱う魔法に対して適性がなければ、魔法本来の力を引き出すことができない。
つまりは術式の理解と適性の両方があって初めて術式魔法を使いこなすことができるようになるのだ。
……んで、肝心の小春の適性が何かというと、
「小春には光の魔法の適性があるね♪」
「それって……どうなの?」
「うん。とっても凄いよ! だって光の魔法に適性がある人はかなり珍しいから!」
珍しいのもそうだが、光の光の魔法は強力なものも多い。
それに適性があるというのはかなりのアドバンテージだ。
とはいえ全ての魔法に適性があるメロアちゃんと比べてると霞むけど。
え? 俺くんはどうかって?
俺くんは全ての魔法に適性がありません。
……悲しいね。
なんて自分の才能のなさを今一度認識して落ち込んでいると、唐突に肩を叩かれた。
「ひよよん、いきなりで悪いんだけど何でもいいから術式魔法を唱えてみてくれないかな?」
「え? 俺のでいいの?」
「うん、お願い」
ひよよんにやってほしいんだと嬉しいことを言ってくれるメロアちゃん。
自他ともに認めるチョロインの氷夜くんはそれだけでやる気が出る。
「よし! わかったよ。遠慮なくやらせてもらいまっせ!」
俺はポケットから一枚の布切れを取り出し、それを優しく床に置いた。
布切れには小さな魔法陣。
その上に掌を重ね、静かに目を閉じる。
イメージするのは水の数式。
空気中の水分と己の魔力を足し合わせて、少しずつ増やしていくイメージで、
あとはそれを一気に解き放つ!
「メルセラ!」
詠唱を終えて浮かび上がったのは野球ボール程の小さな水の塊。
ぷかぷかとこの世の物理法則から外れた動きを見せた後、それは重力に負けてあっけなく飛び散った。
「どう? 今のが術式魔法だよ」
「……なんだか思ってたよりもしょぼいわね」
「しょぼいとはなんだ! せっかく氷夜くんが実演してあげたのに!」
「まぁまぁ。今のはあくまでも見本としてやっただけだから。ひよよんだってもっと凄い魔法使えるもんね?」
「もっちろん! 氷夜くんが本気を出したら山の一つは楽勝だって」
「……へぇ、そうなの」
俺は堂々と胸を張るが、小春は訝しんだままだ。
「ちなみにメロアがさっきの魔法をやるとどうなるの?」
「ん? ええと…………こう?」
おずおずと言った感じでメロアちゃんが魔力を開放すると八尺玉程の大きさの水球ができあがった。
「わーお。詠唱なし術式なしで俺くんの数十倍はでかいのが出来てるなぁ~」
「……不思議ね。同じはずなのにどうしてこんなにも差があるのかしら」
「そりゃ同じ魔法でも術式への理解度や使用者の力量に差があるからで……って皆まで言わせないで!?」
「ほ、ほら! 気を取り直して本題にいくよ!」
まざまざと才能の差を見せつけることになってバツが悪くなったのか、メロアちゃんは強引に話を切り替えた。
「今日、小春には水の術式魔法・メルセラ、火の術式魔法・イグニス、そして光の術式魔法・クラルスの三つの術式魔法を覚えてほしいの。この三つはさらに強力な魔法を習得する上で基礎にもなる魔法だから覚えておいて損はないと思うんだ」
「そうなんだ。だったらやるしかないわね。まずは魔法陣の書き方からかしら?」
「えっと……魔法陣は別に自分で用意する必要はないから大丈夫だよ。今日はメロアが用意しておいたから」
そう言ってメロアちゃんが取り出したのは赤、青、黄色の水晶石。
「青色にはメルセラの、赤色にはイグニスの、そして黄色の水晶石にはクラルスの魔法陣が刻んであるよ。自由に使ってね」
「あ、ありがとうメロア! 大事に使うわ!」
よっぽど嬉しかったのか。
小春はクリスマスプレゼントを貰った子どものようにはしゃいでいる。
「ねぇ、これに手をかざせば、氷夜みたいに魔法が使えるのよね?」
「ううん。使えるには使えるんだけどちゃんと術式を理解した状態でやらないと本来の力をほとんど引き出せないの」
「……そうだった。術式の理解が大事だったのよね」
「でも安心して。術式を理解するのは難しくないよ。書いてあることをそのままやるだけだからとっても簡単なの。さっきメルセラだったらバシャバシャドッカーんって感じで……」
「メロアちゃ~ん。もうちょい簡単な表現でプリーズ」
「え? これでもわかりやすく話してるよぉ」
俺にからかわれていると思ったのか、メロアちゃんはぷりぷりとしていたが、小春を見て表情を変えた。
「もしかして通じてない……のかな? 本当に書いてあることをそのまま再現するだけなんだけど……」
「…………」
ああ、わかるよ。
俺もきっと同じこと考えてる。
「オーケーメロアちゃん。ここは俺くんに任せてくれない? 才能はないけどゼロから魔法を学んできただけはあるから小春と同じ立場から説明できると思うんだ」
「……うん。お願いひよよん。役に立たなくてごめんね」
「何言ってるのよ。昨日に引き続き今日も魔法の練習に付き合ってもらってメロアには感謝しかないわ」
落ち込むメロアちゃんの頭をポンポンと撫でる小春。
百合百合してますな。
なんてほっこりしたのもつかの間、小春は俺に冷たい目を向けてくる。
「氷夜、わかってると思うけどおふざけはなしだからね」
「わかってますって」
俺だっていつもふざけてるわけじゃない。
気持ち真面目モードに切り替えて、俺は話を始めた。
「術式をどうやって理解していけばいいかってことだけど、全く未知のものをそのまま理解しようなんて俺たちには土台無理な話なんだ」
「しょぼーん」
「あ、違うよ。別にメロアちゃんを非難してるわけじゃないから。俺が言いたいのはそのままで理解できないなら何かわかりやすい法則に当てはめてみればいいってこと」
意図せぬ流れ弾を食らわせてしまったメロアちゃんをフォローしつつ、俺は続ける。
「例えば数学。術式を数式に置き換えて、魔力と自然物を足し算して魔法という結果を導き出す……ってイメージさ」
「確かにそう考えたらとっつきやすいわね」
「でしょ。せっかくだし俺くんと一緒にやってみよっか。ひとまず三つの石をセットして」
「わかったわ」
小春は言われるがままメロアちゃんから受け取った三つの水晶石を地面に置く。
「よし。じゃあ次は魔力の移動だ。一番最初にやった魔力操作の応用で魔法陣……今回は青色の水晶石に魔力を流し込む」
「ええと……こうだったかしら」
恐る恐ると言った感じで小春が手をかざすと、水晶石に魔力が流れて行った。
昨日始めてやったばかりのはずだが、魔力操作に関しては完璧と言っていいだろう。
「んでそれが出来たら後は満たした魔力と自然の要素、つまりは水を足し合わせるイメージで……」
空気中の水分が魔力に反応して輝きだす。
「最後に詠唱!」
「「メルセラ!」」
言霊によって魔法陣が起動。
膨れ上がった魔力が一点と収束し、水の塊へと変化した。
「できた……の?」
「うん。ちゃんとできてる。じゃなきゃこんな水が宙に浮いてたりしないって」
「そうよね。あんたと出てきたのがあんたがやったのと同じ大きさだったから失敗したのかと思ったわ」
「地味に氷夜くんの扱いがひどい!?」
俺=失敗ってことですか!?
「まぁ……マジレスすると適性外の魔法だったらこんなもんだよ。例えば……」
黄色の水晶石に触れながら、俺は言霊を込める。
「クラルス」
そして魔力を開放すると、豆電球ほどの小さな光が浮かんできた。
「こういう風に適性がない俺くんがやってもこんなしょぼいのしか生み出せないって訳さ」
「じゃあ、私がやるともっと大きなのが生み出せるってことよね」
「そうそう。今やった要領で他の魔法もやってみ。光の魔法・クラルスなら俺くんよりもずっと凄いのができるはずだからさ」
「言われなくても……イグニス!」
持ち前のセンスでイグニスも楽々と成功させた。
そして勢いそのままに黄色の水晶石にも手をかざす。
「クラルス」
眩い光と共に解き放たれる魔力。
だが水晶石からあふれ出した光は俺の時よりも僅かに大きいだけに留まった。
「あれれ? 魔力調節ミスった?」
「普通にやったつもりだけど」
「そっか。じゃあもう一回ってことで」
「ええ」
もう一度水晶石に手をかざすと、今度もさっきと同じ大きさの光の球体が現れる。
「駄目ね。これ以上は大きく出来ないわ」
「おかしいな」
少なくとも光の術式魔法《クラルス》に関しては俺以上には使えるはずなのに。
何か不備でもあったのだろうか。
「うーん。見た感じひよよんのやり方は小春には合ってなさそうだね」
とそれまで静観していたメロアちゃんが口を開いた。
「自分にとって理解しやすい法則に置き換えて考える、それは確かにひよよんたちには有効だと思うよ。でも数学は本当に二人にとって理解しやすい法則なのかな? 少なくともひよよんは数学があまり得意じゃないよね」
「うぐっ」
「自分が苦手な方法で世界を観ようとしているから魔法の力が限定されちゃってるんだと思うな。法則なんて難しいことは考えなくていいの。二人にとっての原点、もしくは二人の核になってることを想像してみて」
「俺にとっての原点……」
原点なんてそんな立派なモノが俺の中にもあっただろうか。
生憎、友情も努力も勝利も俺に当てはまる気はしない。
俺を構成しているのは無数の虚偽と虚構。
体裁だけを取り繕うことに特化した俺が最も得意とするのは言い訳か、
あるいは、○○○○?
「っ……駄目だ。さっぱり思いつかない。小春は………ってどうしたん? なんだか顔が赤いけど」
「何でもないわよ! 私も特に何も思いつかなかったわ」
困ったな。
俺はまだしも小春もわからないとは。
メロアちゃんにしたってさすがに小春の核をなす考え方なんてわからないだろうし。
このままやっても上手くいく望みは薄い。
となれば、俺の答えは決まっていた。
「よし諦めよう」
「ちょっと何言ってるの氷夜!?」
「いや、わかんないものにどれだけ時間かけても仕方ないじゃん。それよりかはもっと他のことに時間を使った方が良くねっていう氷夜くんの感想」
あっけらかんと答える俺にメロアちゃんも続く。
「うーん。そうだね。小春は固有魔法の方が伸ばしやすそうだし、術式魔法の練習はここまでにしておいて固有魔法の練習をした方が良いかもね」
「もう……メロアまで。本当に良いの? 今日は術式魔法をやるって言ってたじゃない?」
「もちろん術式魔法も使いこなせるようになるのがベストだよ。でも手っ取り早く魔物と戦えるだけの実力を手に入れたいなら、ひよよんの言う通り、伸ばしやすい方に集中した方が良いと思うの」
「……わかった。まずは固有魔法に専念するわ」
メロアちゃんのアドバイスもあって小春のとりあえずの方針が決まる。
「じゃあメロアは固有魔法の練習にちょうどいい道具が部屋にあるから取って来るね。二人はその間に固有魔法の練習をしててほしいな」
「了解よ。具体的には何をすればいいの?」
「うーん。そうだねえ。昨日の段階で小春は固有魔法の基礎をマスターしてたから、今日は動きながら魔法を使うことを意識してみるといいかも」
「要は魔物相手に戦えるようになろうってことね」
「うん。小春はそれでいいよ。ひよよんは……伸びしろもないしメロアが言えることは何もないかな」
……うぐ。
事実上の戦力外通告。
氷夜くんにはまだ未来がありますよ!と叫んでやりたいが、実際その通りなので否定できない。
「それじゃ、またあとでね」
ショックを受けている俺をよそに可愛らしく手を振ると、メロアちゃんはどこかへ転移していった。
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