新しい人生インストールしませんか?

阿々 亜

文字の大きさ
上 下
2 / 4

第2話 彼の人生

しおりを挟む
「どういうことなんですか、これは!?」

 春樹は全力で奥田を問い詰めた。

「いや、えーと、ご希望の京王大生ですが......」

「ツッコミどころがありすぎて、どこからつっこんだらいいのかわからないっすよ!? いったい、何がどうなったら、こうなるんですか!?」

「それは、これを読んでいただくのが早いかと......」

 奥田はそう言って、懐から手紙を取り出した。

「山内由衣さんからあなたへのお手紙です」

「由衣から!?」

 春樹は手紙を受け取り、中を確認した。



 春樹へ

 春樹もNew Lifeの人格移植バンクに登録したと聞いて驚いたわ。
 私も少し前に登録していて、ドナーが見つかったの。
 イケメンのIT社長の妻なんだけど、独身に戻りたいって言って人格移植バンクに登録したんだって。
 こんなの二度とないっていうくらいの超優良物件よ。
 その旦那さんの写真見たんだけど、私一目惚れしちゃって、速攻で契約しちゃった。
 春樹がこれを読む頃には、私はイケメンでお金持ちの旦那さんに愛されて、幸せな第二の人生で送っていると思う。
 それで本題なんだけど、春樹、私の体と人生もらってよ。
 春樹、なんでか知らないけど、京王行きたがってたでしょ。
 おめでとう。
 春から美人京王大生よ(笑)
 それじゃあ、元の人生のことも、私のことも忘れて、新しい人生を楽しんでね。

 由衣



「嘘だろ......」

 春樹は絶望した。

 由衣が......
 どこの誰だかわからないおっさんのものになっちまった.....

「奥田さん!!由衣が移植されたのはどこの誰なんですか!?」

「そんなの言えませんよ!!守秘義務に反します!!」

 そんな.......
 じゃあ、もう二度と由衣に会えないのか......
 俺が、由衣として生きていくしかないのか......

「は、ははは......そんなのありかよ......」

 春樹は笑った。
 泣きながら笑った。
 ひとしきり泣いて、笑ったあと、奥田に勧められ、とりあえず由衣として由衣の家に帰ることにした。

 春樹を送り出したあと、奥田はため息をついた。

「こんなのすぐバレますよ......」



 その日から鈴村春樹は山内由衣として過ごした。

 現在の日付は、京王の合格発表から1か月が経過していた。
 学校のカリキュラムはもう終わっており、あとは卒業式くらいだった。
 ぼろがでないように春樹はもう学校には行かないことにした。
 由衣の友人たちには体調が悪いということにして会わないようにした。

 問題は由衣の両親だったが、そこはむしろ春樹は自信があった。
 幼稚園、小中高と、ずっと由衣と一緒に過ごしてきて、由衣のことならなんでも知っていた。
 無論、由衣の父親と母親のこともよく知っており、由衣になりすますのは春樹にとってさほど難しいことではなかった。

 困ったのは着替えや入浴だった。
 もうこの体は春樹のものとは言え、元は由衣の体である。
 春樹は律儀にもできるだけ目をつぶって、由衣の体を見ないようにしていた。

 そして、卒業式の日がきた。
 春樹は卒業式も休もうかと思っていたが、結局当日でることにした。
 幼稚園、小中高ずっと由衣と同じ学校に通い、由衣と同じ学校に通えるのは今日が最後である。
 そう思うと、何となく卒業式に出たくなったのだ。

 春樹はマスクをして、こほこほと咳をしながら、「感染するうつすといけないから」と言って、まわりとできるだけ会話をしないようにした。

 卒業式はつつがなく進行し、そして、卒業生代表の答辞が始まった。
 答辞を読むのは生徒会長の矢野で、春樹ともそこそこ仲の良かった人物だ。
 矢野はクールで有名な男だったが、マイクの前に立ったときにはすでに泣いていた。
 春樹は、さすがの矢野もこういうときは泣くのか、と微笑ましく思った。
 が、しかし......

「今日という日を......卒業生全員で迎えられなかったことが......残念でなりません......」

 矢野はむせび泣きながら、そう切り出した。

 そして、檀上では裾野から春樹のクラスの担任が現れる。
 両手で大きな写真を抱えていた。
 その写真に写っていたのは、鈴村春樹だった。

 え......

 写真を見て春樹は驚愕したが、矢野の答辞の続きを聞き、春樹の頭はさらに混迷を深める。

「鈴村春樹は、僕たちのよき友人であり、そして素晴らしい男でした。皆さんもご存知の通り、彼は大学の合格発表の帰りに、トラックに轢かれそうになっていた幼児を身を挺して守り、自身が意識不明の重体になりました。救命センターで手厚い治療を受けましたが、その日のうちに彼は帰らぬ人となりました。僕は彼を仲間として誇りに思います。僕たちはこれから、それぞれの道を歩み、社会人になっていきますが、僕たちは彼のような素晴らしい人間になると、天国の彼に誓いたいと思います」

 矢野の答辞はそれからあとも続いたが、春樹の頭にはもう入ってこなかった。
 激しい頭痛とともに、あの日の記憶が蘇ってくる。

 あの日、奥田と別れたあと、赤信号で横断歩道を渡っている幼児を見つけ、とっさに道に飛び出した。
 激しい衝撃と痛みを感じたあと、そこからの記憶がない。

 春樹は自分に何が起こったのか理解した。

 そうか......
 俺は......
 死んだんだ......


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

形而上の愛

羽衣石ゐお
ライト文芸
『高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。パスワードを変更してください。』  そんなメールを無視し続けていたある日、高専生の東雲秀一は結瀬山を散歩していると驟雨に遭い、通りかかった四阿で雨止みを待っていると、ひとりの女性に出会う。 「私を……見たことはありませんか」  そんな奇怪なことを言い出した女性の美貌に、東雲は心を確かに惹かれてゆく。しかしそれが原因で、彼が持ち前の虚言癖によって遁走してきたものたちと、再び向かい合うことになるのだった。  ある梅雨を境に始まった物語は、無事エンドロールに向かうのだろうか。心苦しい、ひと夏の青春文学。

行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗
ライト文芸
 流介と太一の通う私立音弧野高校は勝利と男気を志向するという、時代を三周程遅れたマッチョな男子校。  そんな音弧野高で声優部を作ろうとする流介だったが、基本的にはスポーツ以外の部活は認められていない。しかし流介は、校長に声優部発足を直談判した!  同じ一年生にしてフィギュアスケートの国民的スター・氷堂を巻き込みつつ、果たして太一と流介は声優部を作ることができるのか否か?!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】人前で話せない陰キャな僕がVtuberを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件

中島健一
ライト文芸
織原朔真16歳は人前で話せない。息が詰まり、頭が真っ白になる。そんな悩みを抱えていたある日、妹の織原萌にVチューバーになって喋る練習をしたらどうかと持ち掛けられた。 織原朔真の扮するキャラクター、エドヴァルド・ブレインは次第に人気を博していく。そんな中、チャンネル登録者数が1桁の時から応援してくれていた視聴者が、織原朔真と同じ高校に通う国民的アイドル、椎名町45に属する音咲華多莉だったことに気が付く。 彼女に自分がエドヴァルドだとバレたら落胆させてしまうかもしれない。彼女には勿論、学校の生徒達や視聴者達に自分の正体がバレないよう、Vチューバー活動をするのだが、織原朔真は自分の中に異変を感じる。 ネットの中だけの人格であるエドヴァルドが現実世界にも顔を覗かせ始めたのだ。 学校とアルバイトだけの生活から一変、視聴者や同じVチューバー達との交流、eスポーツを経て変わっていく自分の心情や価値観。 これは織原朔真や彼に関わる者達が成長していく物語である。 カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

飛び立つことはできないから、

緑川 つきあかり
ライト文芸
青年の不変なき日常に終わりを告げるように、数多の人々が行き交う廊下で一人の生徒を目にした。 それは煌びやかな天の輪っかを頭に載せて、儚くも美しい女子に息をするのさえ忘れてしまう。 まるで天使のような姿をした少女との出逢いが、青年の人生を思わぬ形で変えていくことになる。

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

処理中です...