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第35話 解明
しおりを挟むその心電図を見て、山本は怪訝な顔をする。
「心電図? 心電図は術前回診で確認してるだろ。俺も一応確認したが、正常洞調律だった」
「川崎先生、今、外科病棟にもう一人『一条沙耶香さん』が居ますね?」
それを聞いて、栄一郎は昨日の朝のことを思い出した。
『その部屋の一条沙耶香さんは、昨日憩室炎で入院になった人で、先生がお探しの人じゃないですよ』
『そう、困ったことに同姓同名なんですよ。しかも字も一緒』
「ちょっと待て、まさか……」
病棟医長の川崎はあることを思い出し、みるみる青ざめていく。
病棟医長は自科の入院患者をほぼ全員把握している。
それぞれにどういう問題があって、どういう検査や治療を行っているかも把握している。
「もう一人の『一条沙耶香さん』は憩室炎で入院になったが、入院時の心電図でV1-V3に異常が見つかり、今日循環器内科に紹介になった。だが、循環器内科が心電図を再検したら、異常は消えていた」
「異常は消えたんじゃなくて、その患者さんには最初から異常がなかったんですよ」
「回りくどい言い方をするな! いったい何がどうなってるって言うんだ!?」
事態が飲み込めない山本がしびれを切らして、声を荒らげた。
「心電図が入れ替わっていたのよ。その異常のある心電図は、ここにいる一条沙耶香さんのものだったのよ」
その事実を聞いて栄一郎は慌てて翳された心電図を見た。
そして、V1-V3誘導に右脚ブロックのような波形とST上昇を認めた。
その所見を見て、栄一郎の頭の中でこの3日間のいくつかの記憶が繋がっていく。
『一条さん、意識を失って、倒れてしまったんですよ。おそらく、強い痛みによる神経調節性失神です』
違う……
あれは……
一過性の心室細動だったんだ……
『父親のこと思い出しちゃって。私が中学のとき、死んじゃったんだけど、そのとき、この病院に運ばれたんだ』
『その時の救急の先生は、心筋梗塞からのシンシツなんとかだろうって』
違う……
一条の父親は心筋梗塞じゃない……
『プロポフォール開始、時間55』
『プロポフォール、時間55、開始しました』
『プロポフォールの高用量長時間投与中に、横紋筋融解、急性腎不全、高カリウム血症等を起こす致死的合併症です。注意すべき前駆症状として、乳酸アシドーシス、徐脈、Brugada型心電図変化等があります』
最後の引き金は……
プロポフォールか……
栄一郎は考えをまとめ口を開いた。
「一条は入院時に失神を起こしています……」
その言葉で、その場の全員が栄一郎に目を向けた。
「一条の父親は、彼女が中学生のときに突然死しています……」
栄一郎は続ける。
「この心電図はBrugada型波形です……」
栄一郎はそれらの情報を一度飲み込むかのように息を吸い、その診断名を口にした。
「一条は、『Brugada症候群』です……」
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