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第32話 手術準備
しおりを挟む「んじゃ、こっちもぼちぼち始めますか」
山本はそう言って手術室の端に置いてあったモニターを手術台の横にごろごろと持ってくる。
その様子を見て、栄一郎は山本に聞いた。
「山本先生、もしかして腹腔鏡でやるんですか?」
「ん? ああ、そうだけど」
「穿孔してるし、開腹の方が確実で早いんじゃないですか?」
腹腔鏡下手術は近年主流になっている手術方式で、腹部に小さい穴を数カ所開け、その穴に細長いカメラと細長い鉗子を使ってモニター越しに手術を行う術式である。
一方、開腹術は昔からの術式で、文字通り腹部を開いて直視下に手術を行う。
疾患や病状、患者の身体要因等にもよるが、一般的に腹腔鏡の方が手術時間が長いとされている。
「うわー、お前、嫁入り前の女の子の腹を迷わず掻っ捌こうなんてどんな神経してんだよ?できるだけ傷残さないほうがいいに決まってんだろ」
腹腔鏡はその術式故、開腹に比べ圧倒的に傷が小さく目立ちにくい。
また出血等の合併症が起こりにくいといったメリットもあり、今日、開腹術よりも腹腔鏡下手術のほうが圧倒的に主流なのである。栄一郎もそれは十分にわかっていた。
しかし、今はとにかく時間がない。
開腹術ならば、沙耶香の死亡予定時刻に間に合うかもしれないと思っていたのだが。
「また、お得意の勘か?」
「えーと……」
栄一郎は言葉に詰まった。
さすがに術式にまで口は出せない。
もし余計なことを言って手術室からつまみ出されたら、それこそ本末転倒だ。
「ま、心配するな。腹腔鏡にはちょっと自信があるんでね」
山本はそう言って作業を続けた。
栄一郎も作業を手伝ったが、頭の中で昼間の山本の発言を思い返していた。
『ああ、わかってるよ、午前の俺の手術が1時間もおしたからだろ!?』
『うん、ああ、わかった、わかったよ!俺は、手術がノロマのヘボ外科医ですよ!これで満足か!』
不安は尽きなかったが、もう山本以外に頼れるものがない。
今は山本の腕を信じるしかないと考え、栄一郎は作業を続けた。
手術台周辺の準備が整い、栄一郎と山本は手術室の脇で手洗いをしていた。
ただの手洗いではない。
外科手術のための手を完全に滅菌状態にする専門的な手洗いだ。
手洗いが終わった後、二人は手に雑菌がつかないよう、手を宙に浮かせた状態で手術室に戻った。
そして、看護師の介助の元、滅菌ガウンを身に着け、滅菌手袋をはめた。手術の身支度が終わった頃、手術室にある人物が現れた。
「状況は?」
病棟医長の川崎であった。
「今から始まるところです。てっ、川崎先生なんでまたわざわざ手術室に?」
「教授と医局長から、しっかり見張っておくよう釘を刺されてね。問題人物が自分の予言通り患者を死なせてしまわないようにと」
そう言って川崎は栄一郎を睨んだ。
栄一郎は思わず目を反らした。
「ま、ご自由に」
山本はそう言いながら、消毒液で術野を消毒していく。
そして、術野周囲に滅菌の布をかけていく。
準備は整った。
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