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第29話 医者の決断
しおりを挟む病室の入口に清水医局長が立っていた。
「間君の処分はまだ決まってない。処分保留中の問題人物を手術台の前に立たせるわけにはいかない」
清水医局長は冷たくそう告げた。
その宣告を栄一郎は心から受け入れた。
そうだ……
俺には無理だ……
最初から無理だったんだ……
俺が医者なんて……
誰かを助けるなんて……
「いえ、間は手術に入れます」
絶望の淵にいる栄一郎をよそに、山本が強く言い放った。
「何?」
山本の意外な言葉に清水医局長は眉根をぴくりと動かした。
「一昨日から今日に至るまで、間の勘は尽く当たってます。動物的勘か、霊感か、神のお告げか知らないが、こいつの勘は役に立ちます」
「そんな理由が認められると思っているのか!?」
「一条沙耶香さんは、俺と間の患者です!! 誰がなんと言おうと、手術は俺たちでやります!!」
山本の啖呵に清水医局長は思わずたじろぐ。
「山本、お前も変わらんな……その研修医に昔の自分でも重ねたか?」
「御冗談を。こいつは昔の俺よりよっぽど行儀がいい。ま、解釈はどうぞご自由に」
そして、山本は視線を栄一郎に戻した。
「間、お前はどうするんだ? やるのか? やらないのか? 当然ながら術者は俺、お前は助手だ」
栄一郎はまだ呆然自失だった。
「無理ですよ……俺には無理です……」
「何を理由に急に萎れちまったのか知らないが、今朝言っただろ?最後まで残るヤツは、どんなに痛い目を見ても患者のためにリスクを背負い続けられるヤツだ。それは外科医に限らない。お前がこれからどの科の医者になっても同じだ!!ここで降りたら、今度こそお前は医者失格だ!!」
山本の言葉に栄一郎はそれでも沈黙していた。
「ああ……もううるさいなぁ……」
不意に弱々しい声でそんなつぶやきが聞こえてきた。
「山本先生……うるさい……人がメチャメチャお腹痛いのに……」
沙耶香であった。
体を丸めお腹を痛がりながら絞り出すように声を出していた。
つい先刻、点滴の鎮痛剤が始まったところだが、まだ効果が出る時間ではなく激痛は持続しているはずだ。
「あ……」
沙耶香のクレームに山本はそんな間抜けな声を上げて固まってしまった。
冷静になれば、そこは病室で、沙耶香もいれば、他の患者もいるのだ。
「でも、間……山本先生の言う通りだよ……間、最後まで私の治療に付き合ってよ……」
沙耶香の言葉に、栄一郎の目に光が戻ってくる。
「いいのか……俺、研修医1年目だぞ……」
栄一郎は自信なげにそう聞いた。
「間が全部やるわけじゃないでしょ……それに、間言ってたじゃん……私を助けてくれるんでしょ……」
沙耶香のその言葉で、栄一郎は昨晩の決意を思い出した。
そうだ……
俺は、昨日一条に必ず助けるって言ったんだ……
栄一郎は、沙耶香の傍らに佇む死神を再び睨みつけた。
もうこのあと、俺に何ができるかわならない……
何もできないかもしれない……
でも、一条のために最後まで足掻いてやる……
栄一郎は山本の方に視線を移した。
「山本先生。すみませんでした。俺を、手術に入れて下さい!」
栄一郎は山本に向かって深く頭を下げた。
山本は、余計な手間取らせやがってという顔をしている。
「よし、とりあえず、CT行くぞ!」
「はい!」
栄一郎と山本は、沙耶香のベッドサイドに駆け寄りベッドのロックを外し、ベッドごと沙耶香を病室の外に運びだして行った。
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