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第22話 素質
しおりを挟む「間、あんまり変なことを考えるなよ」
山本は、間の考えを察し釘をさした。
「わかりました。すみません、お時間を頂いてありがとうございました」
栄一郎は資料を片付け立ち上がった。
山本も立ち上がりそれぞれ逆方向に歩きだした。
「間!」
互いの距離が数メートル離れたところで、山本は振り返り栄一郎を呼び止めた。
「お前、もしかすると外科向きかもしれないな」
山本の唐突な指摘に栄一郎は困惑した。
「外科医ってのはまず第一に手術の腕がいいことだが、もう一つ大事なことは手術に踏み切るかどうかの見極めだ」
「だったら、俺は向いてないんじゃないですか?現時点で適応があるとは言えない手術を強く推し進めようとしたんですから……」
栄一郎はそう言って下を向いた。
元々自分に医者としての才能があるなどとは思っていないが、この1ヶ月研修医としても何もうまくいっていないのだ。
「本当に手術すべきかどうかってのはベテランの外科医でも判断が難しいことは少なくない。俺より上の人たちでも、やるかどうか悩みながら手術に踏み切ることはある。いやむしろ、経験年数を重ねれば重ねるほど、手術で苦い経験をして、次第に手術を躊躇うようになる。中には手術自体が恐くなって、手術から離れて、他の診療科や研究や教育に行く者もいる。最後まで残るのは、手術でたとえどんなに痛い目をみても、患者のためにリスクを背負い続けられる奴だ」
「俺にはそんな覚悟なんてありませんよ」
栄一郎は首を横にふった。
「お前は、今、一条さんの手術を躊躇っていないだろ。若いうちから手術を躊躇うような奴は、経験を重ねるうちに、やるべき手術まで躊躇うようになる。患者のために手術を躊躇わない。それだけで十分素質がある。腕と判断力は、後からでもついてくる」
栄一郎は沈黙した。
複雑な気持ちだった。
自分は決して手術に積極的なわけではない。
だが、あの死神が見えている以上、何もせずにはいられない。
今の自分にできることは、手術に向かうよう周りを動かすことしかなかったのだ。
「ま、まだ医者になって1ヶ月と数日だしな。これからゆっくり自分を見極めればいい」
山本は最後にそう言い残して去っていった。
「自分を見極めるか……」
一人その場に残された栄一郎はぽつりとそう呟いた。
自分にできること……
自分だけにできること……
俺にはあの死神が見える。
そして他の誰にも見えていない。
だったら、あの死神に憑かれた一条をなんとしても助けなければならない。
栄一郎は決意を新たに歩みだした。
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