死神はそこに立っている

阿々 亜

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第19話 決意

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「そういえば、なにか用事?」

「あー、いや、ちょっと様子を見に来たんだ」

 栄一郎はそう言って、沙耶香の傍らに目をやった。
 そこには変わらず、死神が立っていた。
 沙耶香自身の様子もさることながら、死神の変化を確認したかったのだ。
 栄一郎はポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。

 19時25分、そろそろか?

 栄一郎は再び死神に目を移す。

「間?」

 沙耶香は、神妙な面持ちで宙を見つめる栄一郎を不可思議に思い声をかけるが、栄一郎は何かに集中し答えない。
 数秒後変化は起きた。死神の胸元の黒水晶の中の赤い数字が2から1に変わったのだ。
 栄一郎は息を飲んだ。

 昨日数字が変わった時刻と全く同じだ。
 やはりこの数字の単位は日数だ。
 そして、もし、この数字が寿命を示しているのだとしたら、一条は……

 栄一郎は額に手をあてよろめく。

「大丈夫?」

 様子のおかしい栄一郎の顔を沙耶香が下から覗き込む。

「いや、大丈夫だ。色々と仕事でやっかいなことがあって……」

 栄一郎はそう言ってごまかしながら、思考を巡らせる。

 残された時間はあと24時間だ。
 どうする?
 どうしたらいい?
 俺に何ができる?

 この事実を知っているのは、地球上で栄一郎一人だけだ。
 この重圧に、今更ながら栄一郎は押し潰されそうになっていた。

「やっぱりお医者さんて大変なのね」

 当の沙耶香は、そうとは露知らず、栄一郎に労いの言葉をかけた。

「ねえ、間って、何科のお医者さんになるの?」

「え?」

 沙耶香の唐突な質問に栄一郎は戸惑う。

「研修医って色んな科を回ったあと、専門に進むんでしょ。間はどうするの?」

「あ、えと、いや……」

 栄一郎はしどろもどろになる。
 考えていないわけではないが、自分が何をやりたいのか、自分に何が向いているのかわからず、かねてより進路を決めかねているのだ。

「まだ、決まってない。研修で色々回りながら決めようと思ってる」

「そっか、だったら、間さ、救急とか、命を助けるところに行きなよ」

 沙耶香の突拍子もない提案に栄一郎はさらに困惑する。

「なんだよ、いきなり……」

「だって、間、そのために医者になったんじゃないの?つまり、その、あのときの…」

 沙耶香はそこで言葉を濁し、栄一郎の様子を伺う。

「トモエのことか……」

 栄一郎が落ち着いていることを確認し、沙耶香は話を進める。

「間はきっと、トモエのことを助けたかったんだよ。だから、医者になったんじゃないの?」

 栄一郎は沈黙した。
 はっきりと意識していたわけではないが、確かにそうかもしれない。
 ずっとあの日の光景を夢に見続け、あの光景をなんとかしたい、あの光景をなかったことにしたい、そういう思いからいつの間にか医者を目指すようになっていたのかもしれない。

「確かに意識していないと言えばウソになる。だけど、俺は……」

 栄一郎はそこで言葉を濁す。
 自分はやはり人に話せるような立派な思いはない。
 ただ、あの光景から逃げたいだけなのだ。

「なってよ、間。トモエや、私のお父さんみたいな人を助けられる人にさ」

 沙耶香は期待と、そしてどこか悲しみを抱えたような表情で、栄一郎にそう言った。
 栄一郎は戸惑った。
 こんなふうに人から医者として期待をかけられたのは初めてだった。
 しかし……

「簡単に言ってくれるな。医療は万能じゃない。どうやっても助からない人は一定数出てくる。そもそも俺は、医者として優秀な部類じゃない。そんな立派なものにはなれないよ」

 沙耶香の期待とは裏腹に、栄一郎は現実を告げた。
 人はいずれ死ぬ。
 医学とはその死ぬまでの時間を少し伸ばすだけに過ぎないのだ。

「そっか、そうだよね。ごめんね。変なこと言って」

 栄一郎の言葉に沙耶香は落胆しながらも、笑顔を作った。

「すまない、もう行くよ……」

 栄一郎は沙耶香に背を向け、仕切りのカーテンに手をかける。

「でも……」

 栄一郎は振り返り、沙耶香の傍らに佇む死神を睨んだ。

「一条、君だけは助けるよ」

 栄一郎はそう言い残して部屋を出ていった。
 残された沙耶香は唖然としていた。

「なに……今の……」

 栄一郎の言葉の意味がわからず、様々な憶測をめぐらしもやもやとしながら、沙耶香はふとんに潜り込んだのだった。


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