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第2話 間 栄一郎
しおりを挟む「うあああああっ」
彼はそんな叫び声を上げながら飛び起きた。
はあ、はあ、と息をつきながら、周りを見回す。
都内のワンルームマンション。
この4月から住み始めた彼の家だ。
現実を識別し、彼は安堵とともにため息をつく。
また、あのときの夢か……
次の瞬間、彼はあることを思い出した。
今日がゴールデンウィーク明けの月曜日であることを。
急いでスマホを起動して、時刻を見る。
時刻は7時34分。
「やっべ」
彼は大急ぎで身支度を済ませ、マンションの駐輪場から自転車を出し職場に向かった。
通勤ラッシュピークの少し手前。
サラリーマンたちはまだゆっくりと歩いている。
が、しかし、彼はすでに大遅刻だった。
なぜならば月曜日は早朝からカンファレンスがあるのだ。
彼が全力で漕ぐ自転車は人混みをすり抜け、そこにたどり着いた。
東亜医科大学付属病院。
彼がこの4月から勤めている職場である。
彼は自転車を裏口で乗り捨て、更衣室で白衣に着替え、階段を駆け上がり、目標地点に向かった。
「今週のスケージュールは以上です。次に、消化器外科学会の地方会の演題の締め切りが近づいており……」
東亜医科大学消化器外科教室の月曜早朝カンファレンスは終盤に近づき、司会進行の清水医局長が連絡事項を読み上げていた。
「以上です。最後に、1年目初期研修医、間栄一郎先生!!」
清水医局長は、カンファレンスルーム後方の出入口から遅刻がバレないように息を殺して部屋に入ってきた彼、東亜医科大学初期研修医1年目、間栄一郎にこれ見よがしに声をかけた。
栄一郎は腰を低くして、カンファレンス参加者の目線より下に体を押し込めていたが、このように注目を集められては、逃げようがなく、全てを諦め、潔く立ち上がった。
「間先生、おはようございます。間先生のお持ちの時計で、現在の時刻は何時ですか?」
清水医局長の問いに、栄一郎はしぶしぶ答える。
「8時5分です」
「先生の時計は正確なようですね。ということは、研修開始前のオリエンテーションで、当科の月曜カンファレンスの開始時刻について、私の情報提供に問題があったようですね?」
栄一郎は法廷に立たされた被告人のごとく、清水医局長の尋問に答える。
「いえ、清水先生、私は午前7時開始と伺っておりました」
「なるほど、情報の授受に問題はなかったようです。では、なぜ、先生が1時間遅れて到着されたのか。間先生、昨晩はよほど良い夢でもみられていたのですか?」
栄一郎は数十分前の思い出したくない記憶を振り返り、数秒沈黙した後こう答えた。
「いえ、ひどく悪い夢を見ました」
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