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第4章 人類の宇宙への進出
4.9 所得3倍増計画、ベトナムの場合2
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なお、ベトナムの場合の軍事費は60億ドルで国家予算の6%であるが、実質的に地球防衛軍がある以上、地域紛争は起きようがなく、最も警戒していた中国もすでに政権が交代し、今は時代錯誤な近隣諸国を威嚇するようなことはしていない。
時代錯誤的な計画として代表的な、この中国が精力的に進めていた、南沙諸島の軍事基地化はすで完全にストップしている。従って、軍備を全廃しても支障がないのだが、軍人を無職にするわけにはいかないので順次他の部署に配置転換しつつ人件費は残すが装備の更新費はほぼゼロになっている。
ベトナムに注ぎ込まれる、1千5百億ドルもの巨額の資金は、一つには公務員の2倍に及ぶ給料アップに使われ、大部分はインフラ整備に使われた。これは農村部の道路・河川の氾濫対策、上下水道、地方拠点都市の区画整理等の他、大都市内の災害に極めて脆弱な迷路のような都市構造の更新のための区画整理、道路整備及び水資源の保全のための下水道整備が主なものであった。
当然のことながら、また建設業は空前のブームになったし、建設労働者には公務員と同様に今までの倍の賃金が支払われる方針であったために、当然他の業種、主として農業からの人のシフトが大変な勢いで始まった。また、それは商店等で雇われていた人に対しても同様で、ベトナムの人件費はあっという間に2倍以上になってしまった。
当然、これには反作用があり、人件費に係る費用が増した結果、インフレが進んだが、公共料金は意図的に抑え、工業製造については効率改善を進めて値上げを最低限に抑えた結果、インフレ率は収入の上昇を大きく下回った。
一方で、べトナムは貧しい国ではあるが、社会の組織化はきちんとしているため知能向上処方の進みは早く、このベトナムへの所得3倍増運動の適用が始まった時点ではすでの半分が終わって、後1年もあれば全て終了となるところまで来ていた。
これは、しかし一面では大きな問題を産んでいる。処方の対象が12歳から20歳となったため、対象は人口の23%を占める。実際の改善効果としては、12~16歳では100%の効果が出るものの、それ以降は徐々に効果が落ち、20歳では知能向上効果は5%足らずである。
なお、21歳以上では処方としての効果は殆ど見込めないが、血管注射をしている薬品を薬剤として服用することで継続的な効果はあり、成人でも10~20%の知能改善効果、さらに60歳以上では知能の減退を防ぐ大きな効果があることがわかっている。
このブレイン・インプループ剤は、こうした効果が知られて、当然世界中で莫大な需要があるので、特許権を持っている西山大学技術開発研究所にはこれまた莫大な収入源になっている。
その人口の、それも若年層の知能が突然1.5倍になったらどういうことが起きるか。
これは、最も早く処方が終わった日本ですでに起きていることであるが、当然のことながら、現行の学校教育が意味をなさなくなってしまう。
日本では、まず処方を受けた生徒には、パソコンを与え、基本的に9割は自習、1割を授業にして、教師とコンピュータのインストラクターを組ませて、空いた時間を全て使って、30分から1時間の電子授業のメニューをどんどん増やして、それを自習として消化させていった。
これらの中には当然テストメニューも含まれており、定期的にテストを行って効果が確かめられている。しかし、シリアスであるのは知能向上の効果を100%享受できる16歳以下と、5%足らずである20歳である。
当然、年齢の補正をかけなくても16歳以下の方の知能が高くなるのだ。しかし、その意味ではいわゆる大人は皆そうなので、過渡的な時期としてあきらめるしかない。ということで、処方を受けたものでも特に効果の高い者に指導して、社会的な摩擦を起こすような言葉、行動をとらないようにさせ特別な指導を行っている。
世界で最初に処方を受けた一人である、誠司の義弟の恵一は、大学の知能向上の開発チームからその指導を受けており、今では完全にその必要性を理解して積極的にそれを教えるために教材を作って自ら走り回っている。
幸い、日本の場合にはとりわけその処方の結果として驕慢になるものはほとんど出なかったので、その点では、社会的に大きな問題にはなっていない。
また、日本ではこれら処方を受けた者は、大学教育を早めて早ければ16歳以上になれば、地球防衛軍や惑星ホープとホランゾンの初期建設班に加わっているほか、今から世界での処方を受けた若者の指導に世界に散らばっている。
ベトナムのみならず、途上国において、とりわけ大幅に所得を向上させる必要がある場合においては、地球頭脳の方針で、これら知能が大幅に向上した若者を、これら所得増加プロジェクトに積極的に活用した。
これは、これらの多くは、授業等を受けなくても、適切な教材があってそれなりの教育プログラムがあれば、むしろ座学より実地を踏ませた方がより勉強になるということと、より容易に地球頭脳の方針を理解して、その道を示してやれば実施も的確で早いということに尽きる。
かれらのうち、基本的には15歳以上のこれらの若者が大活躍して、所得3倍増計画は期待以上のペースで進んでいった。ちなみに、ベトナムからの移民はすべて惑星ホランゾンになったが、初期の建設班のうち100万人と家族250万人が行くことになっており、8年以内には合計3千万人の移住が予定されている。
ナムとホアそれにダンの家族に出発の日がやってきた。それまでの、一ヵ月余りの慌ただし日々を夢のように感じながら、ホアは手荷物のリュックを背負って、ハノイの街中にある空軍基地に着陸しているガイア型旅客船に乗り込む長い列に加わっている。
息子のダンは、夫のナムが胸元に抱いている。ホアの両親はハノイに住んでおり、父親は建設技術者で母親はマーケットで野菜を売っている。弟と妹がいるが、それぞれ15歳と17歳と歳が離れているが、両方ともほとんど知能向上の効果の高い年齢であったため、17歳の妹はすでに所得3倍増計画の一翼を担って働きながら学んでいる。
弟のクワンは、「僕もホランゾンに行くよ。たぶん1年位の間には行けると思う」と言っている。
彼ら夫婦は、自分たちが家を買おうと必死で貯めてきたアメリカドルで1万ドル余りを、自分たちが今後は高い収入が見込めるので、すべてナムの両親に残してきた。
実際に、惑星ホライゾン開発公社の社員として最初の給料は手取りで、今まで500ドル余りから5倍余りになっていて、その額面を見て驚いたものだ。
持っていけるものは、10歳以上についてそれぞれ容量200㍑の旅行カバン様の立方体の容器が配られて、それを出発の2日前に回収に来ている。そのほかに、やはり配られたリュックに詰められるだけのものが持っていけるほかに、ギター等自分の席で抱えられるものは持っていけることになっている。
長い列も30分余りでようやく自分たちの番がやってきた。自分たちが乗る宇宙船は、見れば見るほど巨大である。長さは170mほど、幅は50mほど、地上3mに底がある船体だけで高さは25mほどもある。列の先頭になったそこは幅3m長さ10mほどのエレベータになっており、百人ほどが乗り込んで上がるようになっている。
艦内は5層に仕切られ、それぞれ居住区角は3段ベッドが並んだ居住区と千㎡程度のトイレ・シャワー等が含まれる共通区があった。各層の収容人数は十歳以上で2千人だから、全部で1万人である。しかし、幼児は母親と一緒に寝るということで、実際には乗船、ガイヤ・ホライゾン55号艦の乗船人数は1万2千5百人となる。
乗船して、30分ほどするとベトナム語で放送がある。
「ただいま、全員の乗船が終了しました。25分後に離陸しますので、身の回りを片つけてください。この船の駆動は重力エンジンによっていますので、大きな揺れや重力の変化はありませんが、合図があったら乗客は必ず各自のベッドに横になってください。
違反者には1ペナルティを課しますのでご注意ください。なお、乗船時間は約45時間であり、出発後2時間後、船内時間の毎12時に昼食が出され、さらにそれぞれ船内時間18時、8時にそれぞれ夕食、朝食が出されます。
アルコールを含む飲み物は、各フロワーの十か所にある自動販売機で買ってください。
食事はパック入りものを、時間前に自動販売機の横に出されますので、各々取っていってください。なお、共通スペースには全員の席はありませんので、原則として、自分の寝台で食べてください。ゴミの処分等は各寝台にある案内メモに従ってください。
なお、共通スペースのカフェテリアは自分の腕章の色の時間帯にのみ使用できます。
案内メモの指示に従わない各項目について、それぞれ0.5ペナルティを課しますのでご注意ください。この案内はメモにも書いていますのでよく読んで起きてください」
この音声案内の後、予告通り、「今から離陸します」と案内があって、話の通り船が動くのを感じるが、ゆっくり走っているバスの中の程度のゆれと動きである。
なお、ぺナルティ1はその家族の働き手の月給の1%減額ということなので、そう小さくないペナルティであるので、親は真剣に子供にルールを言い聞かせている。
ベッドのマットはしっかりしているが、十分柔軟であり、シートがかかって、同様にシーツのかかった薄い上掛けおいてある。寝台の幅は1m、長さ2.2m、高さ1.5m程度で幼児が一緒の場合は、幼児用の寝台が引き出せるようになっているし、十分な大きな棚も引き出せる。
2つの寝台が向かい合っており、その間に幅1mの通路がある。まあ、プライバシーを保つのは各寝台のカーテンであるが、列車の寝台車に比べればましであり、2日程度の旅だと立派なものであろう。
幼児のダンは不安そうなので、出発の時はナムが抱いて横たわり自分の不安を紛らわせるためにも話しかける。「ここは、宇宙船の中なのよ。もうすぐ出発よ。ダンもお母さんもお父さんもホライゾンという星にいくのよ。
それ動いた。出発したわよ。ほら、あの画面を見てごらん。どんどん空に登っているわね。地上がどんどん遠ざかって行くわ。おじいちゃん、おばあちゃん、ホアン、ミスラさよなら!」
突き当りの壁に架けられたスクリーンの画面の中で小さくなっていく地上を見て、ホアは思わず涙ぐむ。地上では、ホアの父母、妹と弟さらにナムの兄がぐんぐん上昇している巨大なガイア・ホライゾン55号を見送っている。
「行ってしまったな」
見送っていた、ホアの父が言う。
「今度いつ会えるのかしら」
母が、涙声で言う。
「俺もすぐ行くからね。母さん!」
弟のホアンは元気よく言う。
「会えますよ。そんな先ではなく会えますよ。帰りの船はガラガラですからね」
ナムの兄のクエンが言い。一行は空を時々見上げながらゆっくりと、車とバイクを置いた駐車場に向かって歩き始めた。
ガイア・ホライゾン55号の中では、大気圏を抜けて全加速の十Gで突進し始めた段階で、寝台から出て歩き回っていいとの放送があった。すでに地球の上空1万㎞に達しており、これから黄道面とは直角の方向に5億㎞の距離で超空間ジャンプを行うのだ。
放送後、ベッド最下段のナムが半身を起こすとダンも起きあがって、寝台から外に出たがる。そこに、ちょうどナムがベッドのはしごを下りてきて、「ダンはいい子にしていたかな」とのぞき込む。
ダンがそれを見て、「父ちゃん、父ちゃん」とようやく覚えた父への呼びかけをして手を差し出すので、ナムが抱き上げる。
「じゃあ、おれはそのあたりの連れて歩いてくる」
ナムがいうと、「ここでは靴は要らないわね。じゃあ、お願い。私は少し休むわ」ナムは言って、抱かれたダンと夫にバイバイをする。
2人が見えなくなると、向かいの中段の寝台に座っている、ほっそりして細面のやはり若い女性が「かわいい子ね。一歳かな?」そう声をかける。
「ええ、1歳と7ヵ月です。2日間お隣ですがよろしくお願いします。私はホア・ダナンで、さっきの夫はナム、息子はダンです」
ナムはその女性と、最上段で顔をのぞかせている夫らしき色の黒い逞しい男性に挨拶する。
かれらは、ロンとサリーという名の新婚の夫婦で、最下段でカーテンを閉めて寝ている母親と一緒に惑星ホランゾンに行くところであり、ロンが土木技師、サリー建築設備技師らしい。
ちなみに、ナムたちの寝台の最上段には三十歳位の重機のオペレータのグエンがおり、彼も陽気で優し気な男であり、ナムとホアは良き隣人に恵まれて到着までの2日間をゆったりと過ごすことが出来た。
毎食に出された食事は、パックに入った飛行機のエコノミークラスで供される程度のものである。しかし、アルコールを含む自動販売機とパンやその他の軽食も、与えられたカードが使える自動販売機で自由に買えるし、5時間に1時間はカフェテリアを使え、そこでも、飲み物や軽食はカードで買える。
さらに、飛行機と違ってある程度歩きまわることも出来るし、なにより十分な広さの寝台もあるので、それなりに快適に過ごせた。
予定通りの時間に艦は超空間ジャンプを行って太陽系から恒星ホライゾンの軌道に出る。
この超空間ジャンプは振り舞わされる感じで気持ちが悪くなるものもいたが、わずか十秒足らずの時間であったため、吐いたりするところまで行くものは出なかった。
スクリーンで見る恒星ホランゾンは黄色みかかって太陽に似ており、それから望遠鏡が振られてスクリーンの焦点が合わされた、どんどん近づいてくる惑星ホランゾンはまさに青い美しい星であった。
どんどん近づいてくる惑星を、ホライゾンを殆どの乗客は夢中で見つめており、ただの青と緑の星から、青い海にくっきりと浮かぶ緑と茶色や黄色の大陸や島がはっきり見えるのを魅せられたように見る。
その中の、とりわけ大きい陸地の海岸に近いところに焦点は近づいて行く。やがて、薄いグレーの広場に近寄って行くのがわかり、その周りにいろんな建物、さらに近くには建物に埋め尽くされた街が見え、どんどん下降して行く。やがて、がたんという感じでショックがあり完全に停止し、後は船内で何かが動いているかすかな振動を感じるのみになる。
「みなさん、惑星ホランゾンに降下しました。ようこそ、ホランゾンへ」
放送が聞こえる。
時代錯誤的な計画として代表的な、この中国が精力的に進めていた、南沙諸島の軍事基地化はすで完全にストップしている。従って、軍備を全廃しても支障がないのだが、軍人を無職にするわけにはいかないので順次他の部署に配置転換しつつ人件費は残すが装備の更新費はほぼゼロになっている。
ベトナムに注ぎ込まれる、1千5百億ドルもの巨額の資金は、一つには公務員の2倍に及ぶ給料アップに使われ、大部分はインフラ整備に使われた。これは農村部の道路・河川の氾濫対策、上下水道、地方拠点都市の区画整理等の他、大都市内の災害に極めて脆弱な迷路のような都市構造の更新のための区画整理、道路整備及び水資源の保全のための下水道整備が主なものであった。
当然のことながら、また建設業は空前のブームになったし、建設労働者には公務員と同様に今までの倍の賃金が支払われる方針であったために、当然他の業種、主として農業からの人のシフトが大変な勢いで始まった。また、それは商店等で雇われていた人に対しても同様で、ベトナムの人件費はあっという間に2倍以上になってしまった。
当然、これには反作用があり、人件費に係る費用が増した結果、インフレが進んだが、公共料金は意図的に抑え、工業製造については効率改善を進めて値上げを最低限に抑えた結果、インフレ率は収入の上昇を大きく下回った。
一方で、べトナムは貧しい国ではあるが、社会の組織化はきちんとしているため知能向上処方の進みは早く、このベトナムへの所得3倍増運動の適用が始まった時点ではすでの半分が終わって、後1年もあれば全て終了となるところまで来ていた。
これは、しかし一面では大きな問題を産んでいる。処方の対象が12歳から20歳となったため、対象は人口の23%を占める。実際の改善効果としては、12~16歳では100%の効果が出るものの、それ以降は徐々に効果が落ち、20歳では知能向上効果は5%足らずである。
なお、21歳以上では処方としての効果は殆ど見込めないが、血管注射をしている薬品を薬剤として服用することで継続的な効果はあり、成人でも10~20%の知能改善効果、さらに60歳以上では知能の減退を防ぐ大きな効果があることがわかっている。
このブレイン・インプループ剤は、こうした効果が知られて、当然世界中で莫大な需要があるので、特許権を持っている西山大学技術開発研究所にはこれまた莫大な収入源になっている。
その人口の、それも若年層の知能が突然1.5倍になったらどういうことが起きるか。
これは、最も早く処方が終わった日本ですでに起きていることであるが、当然のことながら、現行の学校教育が意味をなさなくなってしまう。
日本では、まず処方を受けた生徒には、パソコンを与え、基本的に9割は自習、1割を授業にして、教師とコンピュータのインストラクターを組ませて、空いた時間を全て使って、30分から1時間の電子授業のメニューをどんどん増やして、それを自習として消化させていった。
これらの中には当然テストメニューも含まれており、定期的にテストを行って効果が確かめられている。しかし、シリアスであるのは知能向上の効果を100%享受できる16歳以下と、5%足らずである20歳である。
当然、年齢の補正をかけなくても16歳以下の方の知能が高くなるのだ。しかし、その意味ではいわゆる大人は皆そうなので、過渡的な時期としてあきらめるしかない。ということで、処方を受けたものでも特に効果の高い者に指導して、社会的な摩擦を起こすような言葉、行動をとらないようにさせ特別な指導を行っている。
世界で最初に処方を受けた一人である、誠司の義弟の恵一は、大学の知能向上の開発チームからその指導を受けており、今では完全にその必要性を理解して積極的にそれを教えるために教材を作って自ら走り回っている。
幸い、日本の場合にはとりわけその処方の結果として驕慢になるものはほとんど出なかったので、その点では、社会的に大きな問題にはなっていない。
また、日本ではこれら処方を受けた者は、大学教育を早めて早ければ16歳以上になれば、地球防衛軍や惑星ホープとホランゾンの初期建設班に加わっているほか、今から世界での処方を受けた若者の指導に世界に散らばっている。
ベトナムのみならず、途上国において、とりわけ大幅に所得を向上させる必要がある場合においては、地球頭脳の方針で、これら知能が大幅に向上した若者を、これら所得増加プロジェクトに積極的に活用した。
これは、これらの多くは、授業等を受けなくても、適切な教材があってそれなりの教育プログラムがあれば、むしろ座学より実地を踏ませた方がより勉強になるということと、より容易に地球頭脳の方針を理解して、その道を示してやれば実施も的確で早いということに尽きる。
かれらのうち、基本的には15歳以上のこれらの若者が大活躍して、所得3倍増計画は期待以上のペースで進んでいった。ちなみに、ベトナムからの移民はすべて惑星ホランゾンになったが、初期の建設班のうち100万人と家族250万人が行くことになっており、8年以内には合計3千万人の移住が予定されている。
ナムとホアそれにダンの家族に出発の日がやってきた。それまでの、一ヵ月余りの慌ただし日々を夢のように感じながら、ホアは手荷物のリュックを背負って、ハノイの街中にある空軍基地に着陸しているガイア型旅客船に乗り込む長い列に加わっている。
息子のダンは、夫のナムが胸元に抱いている。ホアの両親はハノイに住んでおり、父親は建設技術者で母親はマーケットで野菜を売っている。弟と妹がいるが、それぞれ15歳と17歳と歳が離れているが、両方ともほとんど知能向上の効果の高い年齢であったため、17歳の妹はすでに所得3倍増計画の一翼を担って働きながら学んでいる。
弟のクワンは、「僕もホランゾンに行くよ。たぶん1年位の間には行けると思う」と言っている。
彼ら夫婦は、自分たちが家を買おうと必死で貯めてきたアメリカドルで1万ドル余りを、自分たちが今後は高い収入が見込めるので、すべてナムの両親に残してきた。
実際に、惑星ホライゾン開発公社の社員として最初の給料は手取りで、今まで500ドル余りから5倍余りになっていて、その額面を見て驚いたものだ。
持っていけるものは、10歳以上についてそれぞれ容量200㍑の旅行カバン様の立方体の容器が配られて、それを出発の2日前に回収に来ている。そのほかに、やはり配られたリュックに詰められるだけのものが持っていけるほかに、ギター等自分の席で抱えられるものは持っていけることになっている。
長い列も30分余りでようやく自分たちの番がやってきた。自分たちが乗る宇宙船は、見れば見るほど巨大である。長さは170mほど、幅は50mほど、地上3mに底がある船体だけで高さは25mほどもある。列の先頭になったそこは幅3m長さ10mほどのエレベータになっており、百人ほどが乗り込んで上がるようになっている。
艦内は5層に仕切られ、それぞれ居住区角は3段ベッドが並んだ居住区と千㎡程度のトイレ・シャワー等が含まれる共通区があった。各層の収容人数は十歳以上で2千人だから、全部で1万人である。しかし、幼児は母親と一緒に寝るということで、実際には乗船、ガイヤ・ホライゾン55号艦の乗船人数は1万2千5百人となる。
乗船して、30分ほどするとベトナム語で放送がある。
「ただいま、全員の乗船が終了しました。25分後に離陸しますので、身の回りを片つけてください。この船の駆動は重力エンジンによっていますので、大きな揺れや重力の変化はありませんが、合図があったら乗客は必ず各自のベッドに横になってください。
違反者には1ペナルティを課しますのでご注意ください。なお、乗船時間は約45時間であり、出発後2時間後、船内時間の毎12時に昼食が出され、さらにそれぞれ船内時間18時、8時にそれぞれ夕食、朝食が出されます。
アルコールを含む飲み物は、各フロワーの十か所にある自動販売機で買ってください。
食事はパック入りものを、時間前に自動販売機の横に出されますので、各々取っていってください。なお、共通スペースには全員の席はありませんので、原則として、自分の寝台で食べてください。ゴミの処分等は各寝台にある案内メモに従ってください。
なお、共通スペースのカフェテリアは自分の腕章の色の時間帯にのみ使用できます。
案内メモの指示に従わない各項目について、それぞれ0.5ペナルティを課しますのでご注意ください。この案内はメモにも書いていますのでよく読んで起きてください」
この音声案内の後、予告通り、「今から離陸します」と案内があって、話の通り船が動くのを感じるが、ゆっくり走っているバスの中の程度のゆれと動きである。
なお、ぺナルティ1はその家族の働き手の月給の1%減額ということなので、そう小さくないペナルティであるので、親は真剣に子供にルールを言い聞かせている。
ベッドのマットはしっかりしているが、十分柔軟であり、シートがかかって、同様にシーツのかかった薄い上掛けおいてある。寝台の幅は1m、長さ2.2m、高さ1.5m程度で幼児が一緒の場合は、幼児用の寝台が引き出せるようになっているし、十分な大きな棚も引き出せる。
2つの寝台が向かい合っており、その間に幅1mの通路がある。まあ、プライバシーを保つのは各寝台のカーテンであるが、列車の寝台車に比べればましであり、2日程度の旅だと立派なものであろう。
幼児のダンは不安そうなので、出発の時はナムが抱いて横たわり自分の不安を紛らわせるためにも話しかける。「ここは、宇宙船の中なのよ。もうすぐ出発よ。ダンもお母さんもお父さんもホライゾンという星にいくのよ。
それ動いた。出発したわよ。ほら、あの画面を見てごらん。どんどん空に登っているわね。地上がどんどん遠ざかって行くわ。おじいちゃん、おばあちゃん、ホアン、ミスラさよなら!」
突き当りの壁に架けられたスクリーンの画面の中で小さくなっていく地上を見て、ホアは思わず涙ぐむ。地上では、ホアの父母、妹と弟さらにナムの兄がぐんぐん上昇している巨大なガイア・ホライゾン55号を見送っている。
「行ってしまったな」
見送っていた、ホアの父が言う。
「今度いつ会えるのかしら」
母が、涙声で言う。
「俺もすぐ行くからね。母さん!」
弟のホアンは元気よく言う。
「会えますよ。そんな先ではなく会えますよ。帰りの船はガラガラですからね」
ナムの兄のクエンが言い。一行は空を時々見上げながらゆっくりと、車とバイクを置いた駐車場に向かって歩き始めた。
ガイア・ホライゾン55号の中では、大気圏を抜けて全加速の十Gで突進し始めた段階で、寝台から出て歩き回っていいとの放送があった。すでに地球の上空1万㎞に達しており、これから黄道面とは直角の方向に5億㎞の距離で超空間ジャンプを行うのだ。
放送後、ベッド最下段のナムが半身を起こすとダンも起きあがって、寝台から外に出たがる。そこに、ちょうどナムがベッドのはしごを下りてきて、「ダンはいい子にしていたかな」とのぞき込む。
ダンがそれを見て、「父ちゃん、父ちゃん」とようやく覚えた父への呼びかけをして手を差し出すので、ナムが抱き上げる。
「じゃあ、おれはそのあたりの連れて歩いてくる」
ナムがいうと、「ここでは靴は要らないわね。じゃあ、お願い。私は少し休むわ」ナムは言って、抱かれたダンと夫にバイバイをする。
2人が見えなくなると、向かいの中段の寝台に座っている、ほっそりして細面のやはり若い女性が「かわいい子ね。一歳かな?」そう声をかける。
「ええ、1歳と7ヵ月です。2日間お隣ですがよろしくお願いします。私はホア・ダナンで、さっきの夫はナム、息子はダンです」
ナムはその女性と、最上段で顔をのぞかせている夫らしき色の黒い逞しい男性に挨拶する。
かれらは、ロンとサリーという名の新婚の夫婦で、最下段でカーテンを閉めて寝ている母親と一緒に惑星ホランゾンに行くところであり、ロンが土木技師、サリー建築設備技師らしい。
ちなみに、ナムたちの寝台の最上段には三十歳位の重機のオペレータのグエンがおり、彼も陽気で優し気な男であり、ナムとホアは良き隣人に恵まれて到着までの2日間をゆったりと過ごすことが出来た。
毎食に出された食事は、パックに入った飛行機のエコノミークラスで供される程度のものである。しかし、アルコールを含む自動販売機とパンやその他の軽食も、与えられたカードが使える自動販売機で自由に買えるし、5時間に1時間はカフェテリアを使え、そこでも、飲み物や軽食はカードで買える。
さらに、飛行機と違ってある程度歩きまわることも出来るし、なにより十分な広さの寝台もあるので、それなりに快適に過ごせた。
予定通りの時間に艦は超空間ジャンプを行って太陽系から恒星ホライゾンの軌道に出る。
この超空間ジャンプは振り舞わされる感じで気持ちが悪くなるものもいたが、わずか十秒足らずの時間であったため、吐いたりするところまで行くものは出なかった。
スクリーンで見る恒星ホランゾンは黄色みかかって太陽に似ており、それから望遠鏡が振られてスクリーンの焦点が合わされた、どんどん近づいてくる惑星ホランゾンはまさに青い美しい星であった。
どんどん近づいてくる惑星を、ホライゾンを殆どの乗客は夢中で見つめており、ただの青と緑の星から、青い海にくっきりと浮かぶ緑と茶色や黄色の大陸や島がはっきり見えるのを魅せられたように見る。
その中の、とりわけ大きい陸地の海岸に近いところに焦点は近づいて行く。やがて、薄いグレーの広場に近寄って行くのがわかり、その周りにいろんな建物、さらに近くには建物に埋め尽くされた街が見え、どんどん下降して行く。やがて、がたんという感じでショックがあり完全に停止し、後は船内で何かが動いているかすかな振動を感じるのみになる。
「みなさん、惑星ホランゾンに降下しました。ようこそ、ホランゾンへ」
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さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
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枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
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一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
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はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
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