45 / 72
第4章 人類の宇宙への進出
4.8 所得3倍増計画ーベトナムの場合1
しおりを挟む
所得3倍増計画として、地球頭脳が策定し、地球政府設立準備機構及び参加主要国が同意した骨子が決まった。
地球が確保する予定の十惑星のうち、帝国の住民数が少なく住民移転が進んでいる2つの惑星、ホープ及びホライゾンが開発対象として選ばれた。
惑星ホープの直径は地球より1割小さく、重力は0.95倍、大気圧は0.95倍で人間が住むのに全く支障はない。陸地の面積自体は地球の8割程度で、3つの大きな大陸からなっており、鉱物資源や石油、石炭等の資源に恵まれている。
ラザニアム帝国人が5億人人住んでいたため、そのための都市インフラ、農業インフラが残されており、一から開発するのに比べると非常に楽に移住が開始できることになる。もっとも、ラザニアム帝国も10億人の先住民を滅ぼしてそのインフラ跡を使っていた。ホープには8年間に十億人の移住を計画している。
惑星ホライゾンの直径は地球より5%割大きく、重力は1.05倍、大気圧は1.02倍で人間が住むのに全く支障はない。陸地の面積自体は地球の1.1倍程度で、3つの大きな大陸からなっており、すこし地球に比べて重力が大きいが生活に支障はない。
鉱物資源は地球並みにはあり石炭は豊富だが石油はほとんどない。ラザニアム帝国人が8億人住んでいた都市インフラ、農業インフラが残されているが、この場合も先住民3億人を滅ぼしている。ホープにも8年間に10億人の移住を計画している。
ガイア型宇宙艦がホープ、ホランゾンそれぞれ当初2百艦ずつが開発のための移送艦として改装されてそれぞれホープ1~200、ホランゾン1~200と名づけられた。
これは客船型が、1万人乗り込みで150隻、輸送船型が最大30万トン積み込みで50隻であり、5日で往復可能である。この編成で年間にそれぞれ1億人の移住が可能になる。8年間の移住予定を満たすために、客船型を順次増やしていく予定になっている。
惑星開発に要する莫大な費用は、世界中の様々なファンドの金を殆ど吸い上げて使うことになる。なにしろ惑星2つ分、20億人が住む地域の開発が始まる訳である。
これは、4人家族とすればその家を5億作ることになるのであるから、都市インフラその他を含めて仮に一戸20万ドルとすれば百兆ドルになる。しかし、これらは直接費用であって、そのためのさまざまな製品の製作のための工場の建設等の間接的費用を含めれば、さらにこの額は膨らむ。
基本的に、地球上の開発途上国の都市の密集地の住民の半数以上はこうした移住対象に含まれ、その代わりにこれら密集地は全て再開発を行う。
これは、現地政府が後押ししての、民間デベロッパーの手による開発であり、政府保証の低利融資を用意する。所得3倍増計画の発表による心理的な影響は大きく、いわゆる途上国の若者すべてが、近い将来の豊かな自分を描き、現状の収入から言えば莫大なローンを背負うことをためらわなくなった。
さらに、所謂途上国に集中的にインフラ投資を行って、利便性を高め、土地の価値を高める。このための原資は、一つはガイア型宇宙艦の同盟諸国への販売、さらに再開発後の土地を担保とした借り入れである。インフラとしては、道路、港湾、電力、上下水道、土地区画整理等である。
電力については現在日本で核融合発電機、十万㎾機の全力を挙げた製造がおこなわれており、これが世界中に送られている。世界的な水道の水源の不足が問題になるが、水道専用の核融合発電機の割り当てにより潅水の膜による淡水化、または海水の蒸発による淡水化等も使って造水費の安い水を作っている。
これらのプロジェクトは地球頭脳によって、資金手当て、人材、資材の製造、必要な土地取得など必要なアクションが全て実行可能なように、また様々な変数があっても対応できるように最適に計画されている。
これらの計画全ては、準備機構代表カージナルの発表の半年後には一斉に動き始めている。
ー*-*-*-*-*-*-*-
ベトナムのハノイのスラムとは言えないが、バイクしか通れない複雑怪奇な道で繋がっている住宅密集地に住むナム・グエンは、近くの店に勤める妻のホアと1歳の息子ダンと共に、兄一家と一緒に2階建ての1室に住んでいる。
二十七歳のナムは地方の高校を卒業してハノイに住んでいる兄のタンを頼って出てきて、兄が借りている家に同居しているときに、2歳年下の小柄だけどスタイルが良くて優しい笑顔のホアと知り合って、懸命に口説いて結婚したのだ。
彼は、ハノイで続々と建てられているビルの建築現場で、25階建ての20階から22階の監督として働いている。
今は、節約のためにこの古い貸家の狭い部屋で住んでいるが、一生懸命貯金をしてマンションを買おうと頑張っている。妻のホアは子供が小さいので、近くの食堂で手伝って少し収入があるだけだが、子供が3歳になったら皆と一緒のようにたくさんある保育園に預けて働きに行く予定だ。
彼女は、英語に才能があって、高校を卒業して専門学校に通った結果TPEICが850点以上あり、フルタイムで働けばナムより収入が良くなるかもしれない。ナムは家が貧しくて、農家の親を助けてアルバイトに精を出してようやく高校を卒業したのみであったが、大学に行けなかった点は、自分の頭には自信があっただけに悔しい思いをしている。
今働いている建設会社でも、ナムは最優秀であり、であればこそ27歳でそれなりの範囲を任されている現場監督に抜擢はされているが、自分より劣ると思うものが大学を出ているということで、自分より上の立場にいる。
その朝、見送ってくれるホアとダンにバイバイをして、バイクに飛び乗り、同じように走るバイクと車の洪水の中を抜けて職場に出勤して間もなく上司に呼び出された。
このビルの総監督でもある、上司のイエンはやはり、大学を出ていないたたき上げであり、穏やかで決断力に優れた、ナムが尊敬している人だ。彼が言い出したのは、移住の話であった。
「このホライゾンへの移住の出発は、1ヵ月半後の今年(2025年)の6月2日だ。君の奥さんの英語能力が高いということも評価されたようだな。私も君のような優秀な人材を失うことは残念だが、君にとっては大きなチャンスだ。現地に行っても頑張って、ベトナムのエンジニア魂を発揮してくれ。
とりあえず、四月一杯あと2週間は我が社に勤めることになるが、今週中働けば後は休んでも今月中の給料はちゃんと払う。来月からは、惑星ホライゾン開発会社の社員になるので、そちらから給料がでるぞ。とりあえず、今日はいいから奥さんに知らせてあげなさい」
イエンは柔和な笑顔でナムに話してくれる。
「あ、ありがとうございます。で、でも今日は23階フロアーのコンクリート打ちですから居ないわけにいきません。あと、今週中に抜けるというのはちょっと厳しいと思いますよ。引継ぎはグエンですか?」
「うん、グエンだ。ただ、私も引継ぎに入っておこう。それで、来週の始めには抜けられるだろう。そうだな、今日は、午前中はちょっと君が抜けるわけにはいかんだろう。すまんが、めどがついたら奥さんに知らせてやってくれ」
その日は、すぐにミキサー車が来てポンプ車でコンクリート打ちが始まり、それを監督しながら、ともすればにやにや顔になるのを必死で引き締めながら、作業員に指示を飛ばし、自らもバイブレータをかけるナムであった。
結局、その日は抜け出すどころではなく、気がついたら終業時間になっており、ナムはいつものようにバイクの洪水の中を帰って行くが、現場を出る前には携帯で電話をしている。
「ああ、ホア、今日はすごくいいことがあったんだ。今日は外で皆で食べよう。義姉さんに声をかけておいてよ。食事代はうちが持つからとね」
「え、ええ、わかったわ。ああ、あれ!決まったの!」
「ああ、そうだ」
「わかった。ダンと待ってるわ」
家に着いて、部屋に駆けあがりドアを開けると、ホアが手を繋いでいたダンを離して抱き着いてくる。
「良かったわねえ、ナム。本当に良かった」
夫を強く良く抱きしめてうめくように言う。そう、ベトナムで建設技術者対象に募集のあった、ホライゾン開発要員の条件は驚くほど良い。これは、惑星ホライゾンでラザニアム帝国の住民が残していった、都市インフラを復旧して出来るだけ早急に一般人の受け入れ態勢を整えるものだ。
それで土木、建築、建築設備、機械、電気、上下水道等の監督及び施工経験者を出来るだけ途上国から多く集めてホランゾンに送り込むものである。
対象は、出来るだけ若い妻帯者または近く結婚する者たちであり、工事の後はホランゾンに住み着くことが条件になっている。その給与は大体日本レベルの先進国の若手並みのもので、年収が八十万円足らずのナムにとっては夢のようなレベルであり、その上先行して現地住み着いたのちは、縁戚のものも一定の数呼び寄せることが出来る。
その夜は、ほどなくして帰ったきた兄のクエン、兄嫁のイアンさらに兄たちの6歳と3歳の娘と共に、近くの普段は少しお高いレストランに出かけて、兄と最初はビール、その後は旧ソ連の影響で普通に飲まれているウオッカを痛飲した。
「しかし、ナム良く選ばれたなあ。俺は畑違いだったから、最初から話にならなかったけど、どうも応募したうちの1割も選ばれなかったようだぞ」
「うん、どういう基準で選ぶかははっきりしなかったけど、ちょっと変わっていたのはホアも性格テストみたいなことをしたことと、俺は2時間ほどのペーパーテストと性格診断みたいなことをやったな。
イエンさんが言っていたけれど、ホアの英語が良くできるのも有利に働いたようだ。確かにべトナムからも沢山行くようだけど、世界中から人が行くから共通語は英語になるからね。 ホアみたいに英語が得意な者はいろいろ活躍できるだろう」
ナムは酔って赤くなった顔で愛妻を見つめる。
「しかし、なにより選ばれた特典は、親戚を呼ぶ権利があることだ。たぶん、3年から5年後になるけど、その頃は俺たちの国も、準備機構のプロジェクトがあれこれ進んでいて、ずいぶんいいように変わってくると思う。でも、その頃、兄さんも向こうの方がよさそうだと思ったら来てくれよ」
「うん、行ってみたくもあるけど、俺たちの国がどう変わるかもずっと見てみたい気もあるよ。でも父さんと母さんは行きたがらないと思うな」
法律関係の事務所に勤めて、弁護士の資格の取得を目指している兄のクエンが言う。
「いずれにせよ、まだ父さんたちには話をしていないから、来週には皆で帰ってじっくり話して来る」
「うん、そうしてくれ。ふるさともゆっくり見てきたらいいよ」
その後、ハノイから南西に3百㎞の実家への帰省で、両親に惑星ホランゾンへの移住を打ち明けた結果、父親は淡々と言う。
「どのみち、俺たちが耕しているこの場所には、お前たちが食っていくほどのものはない。しかし、近くこの地区にも大きなプロジェクトが始めるらしいので、先祖代々の農地も手放すことになるかもしれんの。
そうは言っても、ここではどんなに変わっても今回お前が掴んだような大きなチャンスは無い。俺たちはお前が学校を卒業した時から、離れて暮らすのは当然だと思ってきた。今度行くところはとんでもなく遠いようだが、移動時間で言えば、まあ地球の反対に行くくらいのものだ。
連絡は出来るようなので、無事は知らせてくれ。出来たら、孫が大きくなるのは見たいものだな」
そう言う父の横で母が涙を拭いているが、父もしゃべりながら目をつぶりその目の端から涙がこぼれる。
「うん、父さん、絶対かえって来るよ。向こうでは稼ぎがいいからね。それに、一回は一家で家に帰る費用は会社が出してくれるんだよ。向こうはいいところらしいよ、ほんとうによかったら来てもらいたいと思っているんだ」
ナムが言うと父は笑って、
「こっちもいろいろ変わるらしいから、ひょっとしたらお前たちが帰りたいと思うかもしれんぞ」
そう言う。その夜、ナムは父と夜が更けるまでゆっくり語り合うのであった。
ベトナムの人口は95百万人、一人当たりのGDPは最近の経済の大発展にもの関わらずちょうど人一人生きて行くに限界である3200百ドルであるので、全体としてのGDPは約3千億ドルである。
所得3倍増計画において、ベトナムの場合の2030年の名目GDPの目標は1万5千ドルであるので、地球頭脳の計算によると外部からその3分の1程度の投資をすれば、あとはそれに触発された内部の投資等で自律的にGDPは目標まで上がっていくということになっている。
すなわち、機構を経て4千5百億ドル強の投資が予定されているが、ベトナムのみならずこうした共産国特有の問題は、役人の腐敗である。こうした莫大な投資がある場合は、必ず政府の役人が暗躍してどこかここかで中抜きしようとする。
中国ほどではないにせよ、ベトナムも長く中国文化の影響を受けたせいか、その点は人後に落ちないものがあるので、この点の担保がないと資金の投入は出来ない。
そこで、地球頭脳の出した解によって、準備機構がベトナム政府に突き付けた要求は、財政実施権の譲渡である。すべての国・県レベルの予算の策定・執行は、地球頭脳の端末によるものとするということだ。
これは、国内に1500の端末を置き、それについては準備機構が任命した職員を貼り付けるという条件であり、これを受け入れた場合の初年度の投入金額は1千5百億ドルである。この金額ベトナム政府の年間予算の1.6倍に当たる。当然、予算の執行を他にゆだねるというのはとりわけ共産国にとってはあり得ないことである。
しかし、この計画はベトナムのみならず全世界に渡って行われており、ベトナムの場合には各年の投資金額の及びその期待される効果も発表されており、国民の間には極めて大きな期待が高まっている。
これに対して、財政の執行を他に委ねるのは主権を譲るに等しいと抵抗してみても、単に賄賂が欲しいだけという解釈をされるようになると、いかなる政治家も抵抗しようがなく、結局、財政の効率化の面から、全予算が地球頭脳に握られることになった。
地球が確保する予定の十惑星のうち、帝国の住民数が少なく住民移転が進んでいる2つの惑星、ホープ及びホライゾンが開発対象として選ばれた。
惑星ホープの直径は地球より1割小さく、重力は0.95倍、大気圧は0.95倍で人間が住むのに全く支障はない。陸地の面積自体は地球の8割程度で、3つの大きな大陸からなっており、鉱物資源や石油、石炭等の資源に恵まれている。
ラザニアム帝国人が5億人人住んでいたため、そのための都市インフラ、農業インフラが残されており、一から開発するのに比べると非常に楽に移住が開始できることになる。もっとも、ラザニアム帝国も10億人の先住民を滅ぼしてそのインフラ跡を使っていた。ホープには8年間に十億人の移住を計画している。
惑星ホライゾンの直径は地球より5%割大きく、重力は1.05倍、大気圧は1.02倍で人間が住むのに全く支障はない。陸地の面積自体は地球の1.1倍程度で、3つの大きな大陸からなっており、すこし地球に比べて重力が大きいが生活に支障はない。
鉱物資源は地球並みにはあり石炭は豊富だが石油はほとんどない。ラザニアム帝国人が8億人住んでいた都市インフラ、農業インフラが残されているが、この場合も先住民3億人を滅ぼしている。ホープにも8年間に10億人の移住を計画している。
ガイア型宇宙艦がホープ、ホランゾンそれぞれ当初2百艦ずつが開発のための移送艦として改装されてそれぞれホープ1~200、ホランゾン1~200と名づけられた。
これは客船型が、1万人乗り込みで150隻、輸送船型が最大30万トン積み込みで50隻であり、5日で往復可能である。この編成で年間にそれぞれ1億人の移住が可能になる。8年間の移住予定を満たすために、客船型を順次増やしていく予定になっている。
惑星開発に要する莫大な費用は、世界中の様々なファンドの金を殆ど吸い上げて使うことになる。なにしろ惑星2つ分、20億人が住む地域の開発が始まる訳である。
これは、4人家族とすればその家を5億作ることになるのであるから、都市インフラその他を含めて仮に一戸20万ドルとすれば百兆ドルになる。しかし、これらは直接費用であって、そのためのさまざまな製品の製作のための工場の建設等の間接的費用を含めれば、さらにこの額は膨らむ。
基本的に、地球上の開発途上国の都市の密集地の住民の半数以上はこうした移住対象に含まれ、その代わりにこれら密集地は全て再開発を行う。
これは、現地政府が後押ししての、民間デベロッパーの手による開発であり、政府保証の低利融資を用意する。所得3倍増計画の発表による心理的な影響は大きく、いわゆる途上国の若者すべてが、近い将来の豊かな自分を描き、現状の収入から言えば莫大なローンを背負うことをためらわなくなった。
さらに、所謂途上国に集中的にインフラ投資を行って、利便性を高め、土地の価値を高める。このための原資は、一つはガイア型宇宙艦の同盟諸国への販売、さらに再開発後の土地を担保とした借り入れである。インフラとしては、道路、港湾、電力、上下水道、土地区画整理等である。
電力については現在日本で核融合発電機、十万㎾機の全力を挙げた製造がおこなわれており、これが世界中に送られている。世界的な水道の水源の不足が問題になるが、水道専用の核融合発電機の割り当てにより潅水の膜による淡水化、または海水の蒸発による淡水化等も使って造水費の安い水を作っている。
これらのプロジェクトは地球頭脳によって、資金手当て、人材、資材の製造、必要な土地取得など必要なアクションが全て実行可能なように、また様々な変数があっても対応できるように最適に計画されている。
これらの計画全ては、準備機構代表カージナルの発表の半年後には一斉に動き始めている。
ー*-*-*-*-*-*-*-
ベトナムのハノイのスラムとは言えないが、バイクしか通れない複雑怪奇な道で繋がっている住宅密集地に住むナム・グエンは、近くの店に勤める妻のホアと1歳の息子ダンと共に、兄一家と一緒に2階建ての1室に住んでいる。
二十七歳のナムは地方の高校を卒業してハノイに住んでいる兄のタンを頼って出てきて、兄が借りている家に同居しているときに、2歳年下の小柄だけどスタイルが良くて優しい笑顔のホアと知り合って、懸命に口説いて結婚したのだ。
彼は、ハノイで続々と建てられているビルの建築現場で、25階建ての20階から22階の監督として働いている。
今は、節約のためにこの古い貸家の狭い部屋で住んでいるが、一生懸命貯金をしてマンションを買おうと頑張っている。妻のホアは子供が小さいので、近くの食堂で手伝って少し収入があるだけだが、子供が3歳になったら皆と一緒のようにたくさんある保育園に預けて働きに行く予定だ。
彼女は、英語に才能があって、高校を卒業して専門学校に通った結果TPEICが850点以上あり、フルタイムで働けばナムより収入が良くなるかもしれない。ナムは家が貧しくて、農家の親を助けてアルバイトに精を出してようやく高校を卒業したのみであったが、大学に行けなかった点は、自分の頭には自信があっただけに悔しい思いをしている。
今働いている建設会社でも、ナムは最優秀であり、であればこそ27歳でそれなりの範囲を任されている現場監督に抜擢はされているが、自分より劣ると思うものが大学を出ているということで、自分より上の立場にいる。
その朝、見送ってくれるホアとダンにバイバイをして、バイクに飛び乗り、同じように走るバイクと車の洪水の中を抜けて職場に出勤して間もなく上司に呼び出された。
このビルの総監督でもある、上司のイエンはやはり、大学を出ていないたたき上げであり、穏やかで決断力に優れた、ナムが尊敬している人だ。彼が言い出したのは、移住の話であった。
「このホライゾンへの移住の出発は、1ヵ月半後の今年(2025年)の6月2日だ。君の奥さんの英語能力が高いということも評価されたようだな。私も君のような優秀な人材を失うことは残念だが、君にとっては大きなチャンスだ。現地に行っても頑張って、ベトナムのエンジニア魂を発揮してくれ。
とりあえず、四月一杯あと2週間は我が社に勤めることになるが、今週中働けば後は休んでも今月中の給料はちゃんと払う。来月からは、惑星ホライゾン開発会社の社員になるので、そちらから給料がでるぞ。とりあえず、今日はいいから奥さんに知らせてあげなさい」
イエンは柔和な笑顔でナムに話してくれる。
「あ、ありがとうございます。で、でも今日は23階フロアーのコンクリート打ちですから居ないわけにいきません。あと、今週中に抜けるというのはちょっと厳しいと思いますよ。引継ぎはグエンですか?」
「うん、グエンだ。ただ、私も引継ぎに入っておこう。それで、来週の始めには抜けられるだろう。そうだな、今日は、午前中はちょっと君が抜けるわけにはいかんだろう。すまんが、めどがついたら奥さんに知らせてやってくれ」
その日は、すぐにミキサー車が来てポンプ車でコンクリート打ちが始まり、それを監督しながら、ともすればにやにや顔になるのを必死で引き締めながら、作業員に指示を飛ばし、自らもバイブレータをかけるナムであった。
結局、その日は抜け出すどころではなく、気がついたら終業時間になっており、ナムはいつものようにバイクの洪水の中を帰って行くが、現場を出る前には携帯で電話をしている。
「ああ、ホア、今日はすごくいいことがあったんだ。今日は外で皆で食べよう。義姉さんに声をかけておいてよ。食事代はうちが持つからとね」
「え、ええ、わかったわ。ああ、あれ!決まったの!」
「ああ、そうだ」
「わかった。ダンと待ってるわ」
家に着いて、部屋に駆けあがりドアを開けると、ホアが手を繋いでいたダンを離して抱き着いてくる。
「良かったわねえ、ナム。本当に良かった」
夫を強く良く抱きしめてうめくように言う。そう、ベトナムで建設技術者対象に募集のあった、ホライゾン開発要員の条件は驚くほど良い。これは、惑星ホライゾンでラザニアム帝国の住民が残していった、都市インフラを復旧して出来るだけ早急に一般人の受け入れ態勢を整えるものだ。
それで土木、建築、建築設備、機械、電気、上下水道等の監督及び施工経験者を出来るだけ途上国から多く集めてホランゾンに送り込むものである。
対象は、出来るだけ若い妻帯者または近く結婚する者たちであり、工事の後はホランゾンに住み着くことが条件になっている。その給与は大体日本レベルの先進国の若手並みのもので、年収が八十万円足らずのナムにとっては夢のようなレベルであり、その上先行して現地住み着いたのちは、縁戚のものも一定の数呼び寄せることが出来る。
その夜は、ほどなくして帰ったきた兄のクエン、兄嫁のイアンさらに兄たちの6歳と3歳の娘と共に、近くの普段は少しお高いレストランに出かけて、兄と最初はビール、その後は旧ソ連の影響で普通に飲まれているウオッカを痛飲した。
「しかし、ナム良く選ばれたなあ。俺は畑違いだったから、最初から話にならなかったけど、どうも応募したうちの1割も選ばれなかったようだぞ」
「うん、どういう基準で選ぶかははっきりしなかったけど、ちょっと変わっていたのはホアも性格テストみたいなことをしたことと、俺は2時間ほどのペーパーテストと性格診断みたいなことをやったな。
イエンさんが言っていたけれど、ホアの英語が良くできるのも有利に働いたようだ。確かにべトナムからも沢山行くようだけど、世界中から人が行くから共通語は英語になるからね。 ホアみたいに英語が得意な者はいろいろ活躍できるだろう」
ナムは酔って赤くなった顔で愛妻を見つめる。
「しかし、なにより選ばれた特典は、親戚を呼ぶ権利があることだ。たぶん、3年から5年後になるけど、その頃は俺たちの国も、準備機構のプロジェクトがあれこれ進んでいて、ずいぶんいいように変わってくると思う。でも、その頃、兄さんも向こうの方がよさそうだと思ったら来てくれよ」
「うん、行ってみたくもあるけど、俺たちの国がどう変わるかもずっと見てみたい気もあるよ。でも父さんと母さんは行きたがらないと思うな」
法律関係の事務所に勤めて、弁護士の資格の取得を目指している兄のクエンが言う。
「いずれにせよ、まだ父さんたちには話をしていないから、来週には皆で帰ってじっくり話して来る」
「うん、そうしてくれ。ふるさともゆっくり見てきたらいいよ」
その後、ハノイから南西に3百㎞の実家への帰省で、両親に惑星ホランゾンへの移住を打ち明けた結果、父親は淡々と言う。
「どのみち、俺たちが耕しているこの場所には、お前たちが食っていくほどのものはない。しかし、近くこの地区にも大きなプロジェクトが始めるらしいので、先祖代々の農地も手放すことになるかもしれんの。
そうは言っても、ここではどんなに変わっても今回お前が掴んだような大きなチャンスは無い。俺たちはお前が学校を卒業した時から、離れて暮らすのは当然だと思ってきた。今度行くところはとんでもなく遠いようだが、移動時間で言えば、まあ地球の反対に行くくらいのものだ。
連絡は出来るようなので、無事は知らせてくれ。出来たら、孫が大きくなるのは見たいものだな」
そう言う父の横で母が涙を拭いているが、父もしゃべりながら目をつぶりその目の端から涙がこぼれる。
「うん、父さん、絶対かえって来るよ。向こうでは稼ぎがいいからね。それに、一回は一家で家に帰る費用は会社が出してくれるんだよ。向こうはいいところらしいよ、ほんとうによかったら来てもらいたいと思っているんだ」
ナムが言うと父は笑って、
「こっちもいろいろ変わるらしいから、ひょっとしたらお前たちが帰りたいと思うかもしれんぞ」
そう言う。その夜、ナムは父と夜が更けるまでゆっくり語り合うのであった。
ベトナムの人口は95百万人、一人当たりのGDPは最近の経済の大発展にもの関わらずちょうど人一人生きて行くに限界である3200百ドルであるので、全体としてのGDPは約3千億ドルである。
所得3倍増計画において、ベトナムの場合の2030年の名目GDPの目標は1万5千ドルであるので、地球頭脳の計算によると外部からその3分の1程度の投資をすれば、あとはそれに触発された内部の投資等で自律的にGDPは目標まで上がっていくということになっている。
すなわち、機構を経て4千5百億ドル強の投資が予定されているが、ベトナムのみならずこうした共産国特有の問題は、役人の腐敗である。こうした莫大な投資がある場合は、必ず政府の役人が暗躍してどこかここかで中抜きしようとする。
中国ほどではないにせよ、ベトナムも長く中国文化の影響を受けたせいか、その点は人後に落ちないものがあるので、この点の担保がないと資金の投入は出来ない。
そこで、地球頭脳の出した解によって、準備機構がベトナム政府に突き付けた要求は、財政実施権の譲渡である。すべての国・県レベルの予算の策定・執行は、地球頭脳の端末によるものとするということだ。
これは、国内に1500の端末を置き、それについては準備機構が任命した職員を貼り付けるという条件であり、これを受け入れた場合の初年度の投入金額は1千5百億ドルである。この金額ベトナム政府の年間予算の1.6倍に当たる。当然、予算の執行を他にゆだねるというのはとりわけ共産国にとってはあり得ないことである。
しかし、この計画はベトナムのみならず全世界に渡って行われており、ベトナムの場合には各年の投資金額の及びその期待される効果も発表されており、国民の間には極めて大きな期待が高まっている。
これに対して、財政の執行を他に委ねるのは主権を譲るに等しいと抵抗してみても、単に賄賂が欲しいだけという解釈をされるようになると、いかなる政治家も抵抗しようがなく、結局、財政の効率化の面から、全予算が地球頭脳に握られることになった。
11
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話
猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。
バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。
『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか?
※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です
※カクヨム・小説家になろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる