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第1章 日本の変革

1.11 父帰る/西山大学技術開発研究所の設立

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 牧村芳人は五十六歳のエンジニアであり、西山機工株式会社に勤務して現在アメリカの支社の取締役支店長をしている。西山機工は大きな会社ではないが、工場のラインなどの設置を得意としており、ニッチな市場の知る人ぞ知るといった存在である。

 芳人は、息子の誠司と同じ西山大学であるが、機械工学科卒業でまだベンチャーであった今の会社に親しかった先輩に誘われて入社したものである。現在、会社は従業員5百人で年商2百5十億の中小企業であるが、アメリカに進出したのは、ひいきにされていたある会社がアメリカに進出するというのでラインの設置を請け負ってのものであった。

 それがきっかけで最初は日系企業の設備を手掛けていたが、現在では受注の半分以上は現地企業が相手である。すでに、ロサンゼルス郊外にも工場を作って、現在年商は八十億になっており会社でもそれなりの位置を占めている。
 芳人は2カ月ほど前にロスにある日本総領事館の一等書記官と言う人から訪問を受け、奇妙な申し出を受けている。

 それは、息子の誠司が国にとって重要な仕事をしており、それに某国が触手を伸ばしていて、すでに娘の洋子が誘拐されて救い出されるという事件があった。このばあいは幸いにして無事救い出されたが、父である芳人にもその手が伸びる可能性があるので、出来れば早く帰国してほしいというものである。

 芳人も洋子は誘拐されたというのを本人から直接聞いて驚き心配したが、誠司が頑張って救出したというので、その時は大きな取引が決まりかけていたこともあって、帰国しないままになっている。誘拐された理由は、メールではちょっと書けないが後ろ暗いことではないということでそのままになっているが、その後は十分な警備がされているということでまあ納得していた。

 しかし、領事館からその訪問を受けた段階では、まだ仕事が大事な時期でとても離れられる状態ではなく、そのように言ったところ、結局現地の探偵事務所に依頼してガードをつけるということになった。その後、実際に常時一人が張り付き何人かがローテーションを組んで警備をしており、彼らの言うことには怪しげな東洋人が出没しているということで、実際に危ないのを自覚せざるを得ない。

 アメリカ事務所も三十七歳の優秀な若手社員が育ってきており、任せてもいいかなとは思ってきたところであり、さらに息子の誠司から帰国するようにメールがあった。
「お父さんの会社にぴったりの、有望な仕事があるのだけど、メールでは書けないので一度話をしたい。それと、警備上の問題から出来るだけ早く日本に引き揚げてほしい」

 そのこともあり、アメリカでの今のガード体制にどれだけの費用が掛かっているかは知らないが、貧乏性の芳人としてはあまり政府に負担を掛けるのも気が引けるのもあって、この際支社はその若手佐治に任せることした。そこで、任せたい旨を佐治に話すと「残念です」とは言っているが、任せられて喜んでいるのがみえみえで、こんなことならもっと早く引き継げばよかったと思う芳人であった。

 その旨を大使館の一等書記官に告げると、あからさまにほっとした様子で、帰りの便を確認してロス空港まで、さらに成田空港から西山市までの警備の手配をする旨を告げられた。これを聞いても如何に日本政府がその誠司がやっているという仕事を重視しているかが伺える。

 日本に帰る機中で、芳人は久しぶりに会う家族のことを思った。妻の早苗は3年前にガンで亡くなったが、肝臓がんが発見されてもう手遅れと告げられた時のショックは今でも忘れられない。若いころは会社も小さく給料の遅配もあって苦労させたが、いつも優しく励ましてくれた。

 そうした、優しい穏やかな妻であり子供2人のよき母親だったが、やせ衰えていって臨終のとき、苦しい中でにこりと笑った「ありがとう。………幸せだった」とかすれた声で言ったその姿がいまでも瞼に焼き付いている。こうして思い出すと、涙がこみ上げてきて、窓を向いて顔を隠して涙を拭いた。

 そして、息子の誠司と娘の洋子は、母親である早苗亡き後、自分がアメリカに長期出張して不在の間、2人で助け合ってやってきたようだ。誠司は、理数系の成績が馬鹿に良い半面で、文系がさっぱりだったので、名門の私立であれば十分入れたのだが、すでにがんが分かっていた母親のことも考えて「金もかかるから」と言って、地元の西山大学を選んだものだ。

 大学での成績、特に専門分野は相当に優秀であることは成績表を見ればわかるが、専門分野については本当に趣味の延長の領域らしく、相当に突っ込んだ研究をしているようだ。この後は、博士課程に進むつもりらしいが、具体的にどうするか決めなくてはならない。最近のメールでは、あまり書けないことが多いらしくあまり具体的なことを書いてこないが、メールのセキュリティまでそこまで気を遣うというのが、芳人にとってはピンとこない。

 洋子については、誘拐されたと聞いたときは本当に驚いたが、すぐに助け出されたと聞いてほっとしたものの何でそういうことになったのか。誠司の研究のせいだということなのだが、アメリカの領事館の書記官も内容は知らないようだったので、これもちゃんと聞かないといけない。

 洋子は、最近の写真を見ると、若いころの早苗に本当に良く似た容貌になってきたが、優しいもののどちらかと言うと気が強い方で、結婚すると旦那を尻に引く方かな。この前あったセンター試験はいい成績で終わったということで、志望校である西山大学の医学部に合格する見込みは高い。早苗は、母を殺したガンの敵を取ると言っている。

 ロスを夜出て、成田には午前中に着き羽田まで行き、国内便に乗り換え、西山市のある県の空港まで飛ぶ。この点は日本の空港網は不便であり、成田発着のローカル空港行は非常に少ない。この成田で、すでに護衛のものが待っており、羽田まで車で送り、その飛行機に乗るまで同行する。

 昼頃、ほぼ1年ぶりに西山市まで百㎞の距離のある空港に着き、ゲートをくぐりロビーにでると、誠司と洋子が待っていた。荷物は、宅急便で仮の住まいとして知らされた家まで送ってある。
「お帰りなさい!おとうさん。お疲れ様」

「父さん。お帰りなさい」

「おお、出迎え有難う。2人の顔を見ると帰ってきたという感じがするよ」
 洋子、誠司の歓迎の言葉に芳人が答える。

 見ると、同行者と言う雰囲気で一人の精悍な感じの三十代の男がおり、誠司が紹介する。
「この人が今日のガードの白川さん、今日は西山市まで一緒に行ってくれることになっているよ」

 さらに誠司は「そのかばんを持つよ」と言って芳人のキャスターのついた大きめのカバンを取って出口に向かって歩き始める。

 外に待っていると、黒塗りの大型のセダンが止まり、白川が後部座席ドアを開けて座席に座るように促すと誠司が「じゃあ、父さんは奥へ、僕が真ん中に座るよ」と言ってと荷物は白川に預ける。
 白川が、これを後部トランクに荷物を入れて、さらに前部の助手席に座って西山市までの百㎞のドライブに出る。高速道路があるので僅か1時間しかかからない。

 車中で、芳人は誠司からマドンナのこと、核融合発電機のこと、さらにマドンナに機能によって始まっているさまざまな開発のことの説明を受けた。最後に、誠司が芳人に仕事上の話として、大きなビジネスチャンスとして西山機工で扱うのに適した開発品の話もした。これについては、2人でもっと詰めようという話になった。
 その日芳人が落ち着いたのは警備がしやすいということで、四つ菱重工の工場構内の一戸建ての一軒である。誠司と洋子は、前のやはり構内のアパートからすでにそこに移っている。

              ー*-*-*-*-*-*-*-*-

 理学部長の山科教授の部屋に付属する会議スペースで、山科を中心にマドンナを活用して何らかの成果を上げたか挙げつつある人々が集まっている。物理学科の重田恭介准教授、電気工学科湯川良治教授、機械工学科の三井さつき教授、医学部角田幸子准教授、誠司以外はすべて教員であり、全員が博士号をもっている。

「ええ、急にお願いして集まって頂きましたが、大体大学当局とも話がつきましたので、皆さんにご相談したくこの会合を設けました。
 ここに居られるのは、私も含めて牧村君のマドンナに様々な質問をしてその答えに基づいてそれなりの成果を挙げられた人ばかりですね。実際は、そういう質問をして答えを得られた方はまだ五十人ほどいますので、同様な例は今後続々と生まれてくると思います。

 相談と言うのは、西山大学技術開発研究所という社団法人を作りたいということです。皆さん研究者ですから、研究費が得られないことの悲哀はずっと味わってこられたと思います。実際、日本の科学研究費はどんどん下がってきており、近年は日本人のノーベル賞の受賞が毎年続いていますが、これも研究費の削減よって近く途絶えるだろうと言われています。

 そして、今ここに我が西山大学発の巨大な発明がなされたわけです。すでに、核融合発電、SAバッテリー、及びMMモーターについては基本特許の公開まで進んでおり、全く新しい概念に基づくものであることから全く異議申し立てはないようで、近く特許証が下りると考えています。

 さらに角田さんのガンの画期的な電磁療法、私の地震の予知法これも電磁波の変化を分析することによるものですが、特許明細書は出来てまもなく申請します。
 少なくとも核融合発電、SAバッテリー、MMモーターは巨大な特許料を生みます。またガンの電磁治療法もそうでしょうが、私の地震予知法は金を生むかどうかはわかりませんがね」
 山科教授は苦笑いをする。

「しかし、先生の方法はほぼ百%の精度です。人命を救うという意味ではそれこそ巨大な成果を生みますよね」
 重田准教授が真剣に言う。

 山科教授はありがと言うように手を軽く上げ続ける。
「まあ、その話は置いておいて、要は私が提案するのは、少なくともマドンナを活用して成果を上げて特許を取得してそれが金を生む場合には、さっき言った西山大学技術開発研究所が一旦その金をプールするという仕組みにしたいということです。
 そのプールしたお金は、無論その発明によってその利益を生み出した人にも個人的に還元しますが、多くは学校、あるいは中小企業の研究者たちの研究補助金を出そうというものです。そして、成果を上げた場合にはある程度の見返りは要求するわけです。
 学長の西村さんには話をしまして、了解してくれましたが、どうでしょう? 特にこれは牧村君が了解してくれないとどうにもならないがね。まず順不同で牧村君から左回りでお考えをお願いしましょうか」

 誠司は基本的には聞いていたのですぐ答える。
「はい、私は大変いいことだと思います。マドンナの働きの成果がこういう風に目に見える形で世の中に貢献するというは大変うれしいです。賛成です。
 マドンナを使っていただくことそしてその成果が特許料と言う形でその開発研究所にプールすることは賛同します。しかし、ちょっと考えていることがあって一つ条件を付けさせてもらいます。それは皆さんのお考えをうかがった後申します」

「私は賛成です。もっとも私にとってはほとんど開発と言う意味では直接的な貢献はありませんが」
 重田が言ったが、電気の湯川教授から以下のような言葉があった。

「いや、重田さんのもともとの論文からの原子の電子貯留に係る理論解明がなかったら、私たちの装置かも全くなかったわけですから、むしろSAバッテリーについては重田さんの貢献の方が大きいですよ」
 その湯川教授も賛成し結局出席者全員が賛成する。
「ありがとうございます。では、皆さんから了解を得たということでいいのかな?」

 山科の言葉に皆が力強く頷く。
「では、牧村君の条件と言うのを聞こうか」

 向きなおって山科が聞く。
「はい、私は防衛問題にたいへん関心がありまして、とりわけ最近の朝鮮半島と中国を取り巻く情勢とアメリカが内向きになっていることを大変懸念しています。
 今こそ、日本はあの憲法を改正して自己防衛が出来る国にならないと、今こうして核融合発電他の技術の実用化がなされたわけですが、防衛すら基本的に禁じた憲法を持っている状態では、他国から見たら甘くておいしいご馳走に見えるでしょう。
 核融合ほかの技術が発表されたら、アメリカだって日本を殺してその死体に群がるアリの一匹ならないとは限らないですよ」

 誠司は平静であるが、中に燃えるものがある目で皆を見る。
「しかし、日本には反日日本人と左巻きマスコミ、またそれに踊らされるお花畑日本人が多すぎます。いまの緊迫した情勢においても憲法改正に反対するものが半数です。
 これは、私には一にかかって広報の問題に写ります。
 今現在インターネットが発達してだいぶ是正はされましたが、まだ一日中テレビを見ている人、また新聞が正しいと思っている人は、はっきり言ってマスコミに完全にその意見を左右されています。

 私はだから、新聞社とテレビ局を買いたいのです。それと並行して、歴史の真実、今の憲法がどういう意図をもって作られたか、世界の腹黒さ、どれだけ日本がその中で食い物にされてきたか、加えて、反日マスコミがどれだけの都合の悪いニュースを隠し、世論を操ってきたかも系統的、かつ徹底的にインターネット及び書籍に流します。

 さらに、特にとりあえず中韓に係る歴史上の嘘はインターネットで十か国語程度に訳して徹底的に流します。場合によっては、アメリカ及び他の欧州の歴史上の都合の悪い事実も暴きます。
 そのため、1千億円必要です。これについては、マドンナを通じて研究した技術でまだ御報告していないものがあり、これの権利を売って金を作ります。私のお願いはこれを例外として認めてくださいということです」

 これについては、必ずしも政治的な面では誠司の意見に賛成でないものもいた。しかし、なにしろマドンナは誠司のもので、彼以外に使えず、さらに今のところ彼らが知らない技術についてその金を使うというのであれば反対できないということで決着した。

 会議が終わってから、重田が研究室で誠司と協議している。
 現状では誠司は殆ど研究室にはいないが、論文の報告会は済ませており、修士課程の卒業は決定している。
「牧村君、さっき言っていた技術と言うのはこの前から見せてくれている、あの空間と重力に関する理論かな」

「はい、何度か相談しましたよね。最終的にはこういう形にまとまりまして、電磁力学的に場を形成して一定の操作を加えることによって重力を操作できることがわかりました」

 誠司が論文の束を重田の前に置く。
「これを元に重力エンジン、GVエンジンの概念フローをこういう風に作りまして、機器仕様も決めて今プロトタイプの製作に入っています」誠司はさらにチャートを見せる。

「ふう!重力エンジンか。つくづくとんでもないな。まあ、マドンナの助けがあるとしても、これだけのものをわずか数カ月で実用化しようとは!」
 重田がソファに体を預けて言う。

「ええ、幸い、核融合の方については周りが優秀な人ばかりですから、私が作業をする必要はないもので、意外に時間はあるのです」 

「ふう、まあ、話は変わるが、君は結局博士課程に進学はしなかったのだが、君の待遇については大体話がまとまりつつあってね。
 とりあえず、大学本体の無給助手ということにして、例の西山大学技術開発研究所ができたら、そちらの特任教授ということにしている。異例中の異例だが、核融合が実現した時点で文句を言うものはいないさ。それと、私も4月から教授になることになる」

「それは先生おめでとうございます。三十五歳の国立大学の教授というのはいないのではないですか?」


「まあ、君の、というよりマドンナのおかげだ」
「ところで、先生、深山さんとのご結婚は今年なんでしょう?」

 重田は顔を赤らめて認める。
「う、うん、まあそうだ。六月の第二日曜日に予定をして式場の予約をしているところだ」

「それは重ね重ねお目出とうございます。まさにジュン・ブライドですね」
 誠司は微笑む。

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