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第1章 日本の変革

1.6 核融合発電、闇からの危機

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 翌日は、牧村はすでに西山市に帰って山科教授の部屋で協議をしている。

  まず、重田から昨日の経産省への出張の結果の報告がされた。
「思ったよりずっとうまく行きましたが、これは結局吉村君の村田官房副長官への根回しの成果でしたね」
 昨日帰りに、重田から根回しのことを聞かれ、吉村はあっさり白状したのだ。

「しかし、予算の枠が取れたのは大きい。四菱重工の線は、私が広田教授には話をして大体は納得してもらったのだが、とりあえず話はしてみるけれど、本決まりにするには重田君と牧村君の話を直接聞きたいということだ。まあ、広田さんも信用にかかわるから、そう簡単にはごり押しは出来ないよね」

 山科教授がそう言ったところに、内線電話が鳴って「ちょっと失礼」と言って受話器を取って話を始める。
「ああ、広田さん、ちょうどあなたの話をしていたところだよ。え、ええ?四菱に話をしたら、経産省からすでに話があってすぐ話し合いをしたいと?
 へえ、相手はもう乗り気だと。出来たら、場所を案内したいので来てもらいたいと言っているわけですね。わかりました。それは話が早いですね、行きましょう。これからでもいいのですか。はい、はい、こっちは4人ですね。ですから私の車で行きます。
 そちらは、手助けを出すつもりの院生を2人ですね。では、通り道ですから、工学部の正門前で待ち合わせをしましょう。では、十五分後に」

 電話を切って山科教授は皆に話しかける。
「聞いていただろうが、経産省から四菱の技術担当副社長に協力依頼があったそうだ。その副社長からすぐ協力するように命令があったそうで、とりあえず部屋を用意するので見てほしいということだ。また、協力する担当を紹介したいということだ。では、行きましょうか」

 西山大学から教授2人、准教授1人院生が5人で押しかけて、四菱重工の西山事業所長とまず会見した。取締役である所長は突然の話で驚いているようであったが、核融合発電機という極めてとっぴな話に、経産省を通じて本社から協力の指示があったことに納得はしかねている様子だ。

 しかし、すでに用意された部屋は百㎡程度もあって、真新しい三十人から四十人には問題なく入れるであろう部屋で、もともと設計室として新しく作られたもので近く引っ越しの予定だったらしい。
 そう言う意味では、出来立ての立派な部屋で申しわけがないくらいだ。

 四菱からの人員は、とりあえず三十代後半のベテランが2人ついて、順次様子を見ながら増員していくということになっているようだ。
 その部屋で、早速話し合いが始まった。まず、指揮は同種のプロジェクトをいくつも手掛けている広田教授がとることになった。設計のチーフは四菱の四十歳の課長級である三国博隆、購買のチーフで、設計がある程度進んでから入る四菱の佐川恭太、製造はこれまた設計がある程度進んでから入る工場のベテランが選ばれることになっている。

 結局、責任者は民間人ばかり(広田教授は大学人であるが、元は四菱の技術者であった)であるが、これは実務経験の差が考えれば、やむを得ない人選である。 
 しかし、皆マドンナの存在を知らないまでも、現状で全体について掌握してるのは誠司のみであって、彼が居なければ進まないことは承知している。だから、結局誠司は技術管理者という立場になって、彼の承認なしには前には進めないというシステムにしている。

 そこで、非常に厳しく確認されたのは秘密厳守であり、完成まで家族であっても内容を漏らしてはならないことが徹底的にメンバーに叩き込まれた。この点は、四菱重工にはその専門部署があって、その部署が情報漏洩防止の管理することになった。

 翌日から、設計が開始された。
 経産省からは、局長の話の通り、深山が西山市にきて、同じ部屋に詰めることになったが、誠司にとっては大変助かっている。
 彼はこの装置とその原理については最も理解してはいるが、なにぶん社会経験がなく、またあまりコミュニケーションが得意とは言えない。深山は、さすがに三十歳を過ぎて、いい意味で社会ずれがしているので、誠司が説明していても周りが理解できない場合には、内容をよく理解している彼女が助け舟を出すケースが多い。

 彼女の助け、しかも有能な民間人、さらに加えて広山教授のリーダーシップがあることから設計は急速に進み、1カ月後にはシステムチャートが出来上がって機器リストがほぼ出来上がるところまで来ている。その間、誠司は1日、十五時間部屋にこもっている状態が続いている。

 その間、妹の洋子は一人で家にいることになるが、彼女の受験の追い込みであるため、あまり本人も気に留めていなかった。十二月の半ばを過ぎて、街にはクリスマスの飾りつけとイルミネーションが瞬くころ、夜の九時を過ぎても設計室は煌々と明かりがついて、いまだ設計がたけなわである。誠司の携帯が鳴った。

 電話番号は妹からである。「もしもし、おお洋子か」呼びかけるが返事がない。
「もし、もし、どうした、洋子!」

「牧村誠司さんだね。妹さんは預かった。今すぐ、私の言う所にきなさい」
 妹の携帯から男の声が言う。

「だれだ、お前は!洋子はどうした。声を聞かせろ」
 思わず大きくなった誠司の声に皆が見つめる。

 すこし、間があって「お兄ちゃん、私よ、洋子よ。あの………」まぎれもない洋子の声だ。

 だが、再び男の声に変わる。
「わかったろう、すぐに君のバイクで出てこい。出てきたらまた指示をするので、携帯はもっていろ。出るときは君のマドンナを忘れないようにな。君のPCを持ってこない場合、また5分以内に外に出て来ない場合には、また誰かが一緒の場合には、君は二度と妹さんに会えなくなる。わかったらすぐ出てこい」
 プツリ、と携帯が切れる。

「うぬ。くそ!」
 誠司は心配そうに見つめる皆を振り返って叫ぶ。
「妹が誘拐された!くそ一人で置いといた俺が悪い。言われるとおり出て来るしかない」

 誠司は、マドンナをケースに入れようとしたが、居合わせた広山教授が
「まて、牧村君、これを持っていけ!」
 同じ機種の同じ色のPCを手渡す。

「ええ、これは?」
 戸惑ったが、聞いている暇はない。手早く入れ替えて、小走りに駆け出す。

 残されたものは、広山教授を見つめるが、教授はすでに携帯で誰かと話している。
 誠司は、駐輪場の自分のミニバイクに飛び乗って走り始める。門でバッジを見せて今度は一転ゆっくり走る。外に出るのを見張っているはずだから、相手の条件を満たした以上やみくもに慌てて走ってもしょうがないのだ。
 携帯に着信の明かりが灯ったので、誠司はバイクを路肩に寄せて、着信を押す。先ほどの男の声がしゃべる。

「よろしい、マドンナは持ってきたな?」
「ああ、持ってきた」
「では、港一丁目の方向に向かって時速四十㎞以上で走れ。そこで着信があったらまたとまれ。急げよ。十分以上かかったら、妹に会えなくなるぞ」

 その口調は実に腹立たしいが、今は我慢するしかない。
「くそ!くそ!」を叫びながら走ると、港一丁目の付近で着信のランプがつく。

 再度路肩にとめて、携帯の着信を押す。
「よし今度は、二丁目の交差点を右に曲がって港の倉庫街へ行け、急げよ」

 誠司は携帯に向かって叫ぶ。
「まて、洋子は無事でいるんだろうな。声を聞くまで動かん」
「お前は妹の命が惜しくないのか?」

「お前のことなんか信じられるか。どうせ、嘘つきの中国人だろう?」
「このやろう、ふざけやがって、本当にお前の妹を殺してやるぞ」

「ああ、やってみろよ、使い走りのちんぴらが。おれは今からそこの警察に駆け込む。あばよ!」
「ま、まて、声を聞かせてやる」言ってしばらくごそごそ声がするして

「お兄ちゃん、こいつすぐ殴るのよ。どうせ、こんな奴……」
 どうも口をふさがれているようだ。

 再度男の声がする。
「わかったか。生きているだろう。指示通りにしろ」
「ああ、行くよ」
 怒りに頭を沸騰させながら、再度発信して指示通り、港の倉庫街に向かう。

 T字路で再度着信のランプが点く、車は来る様子はないので道の真ん中で再度バイクを止めると、今度は海沿いを走るように指示がある。
そこは最終的には行き止まりのはずだがと考えながら進んでいくと、人気がない片側が護岸で波が打ち寄せている場所に、車のテールランプが浮かんでいる。

 誠司が、そこへ着くと車の後部から男がでてくる。さらに、海には黒い船が浮かんで並みに揺れていて、その後部デッキにも2人人影が見える。
『これは、やばい』誠司は思ったが、洋子を確認しないことには動きが取れない。
 男が拳銃を持っているのが、テールランプではっきりわかる。身長は誠司くらいでがっちりした体格だが、顔は良く見えないのもあるがあまり特徴はないようだ。

 後部座席で手を振っている人影が洋子だろうが、別の人影に抑えられている。さらに、また運転者もいるので、車だけで3人敵がいるわけだ。
「さて、牧村誠司君、生意気な事を言ってくれたな。まず、マドンナとかいうパソコンを貰おうか」

「まて、まず中のものが本当に洋子か確認したい。外に出せ」
「やれやれ、しぶといことだな、まあ、当分船で一緒だから、可愛がってやるよ。まあ、いい。その娘を見せてやれ」

 別の男が、洋子の腕をつかんだままでその体を外へ突出して自分も出てくる。
「お兄ちゃん!」洋子が叫ぶ。
「これで、得心しただろう。さあPCをよこせ。そのリュックごとだ」
 銃を突き付けて催促する。

「ああ、仕方がない」
 誠司は、PCの入ったリュックを背からおろして男に渡す。
 男はリュックからPCの入ったケースを出して、色をあらため「おお、この色だな」と一瞬そちらに気を取られる。

 そこに、誠司は思いっきり踏み込んで、ややかがみ気味になっている男の顔を蹴り上げた。高校の3年さらに大学で4年やったラグビー・ナンバー8の渾身のトーキックだ。鼻に当たりぐしゃりとつぶれると、共に後ろ仰向けにすっ飛び、落ちた後ピクリともしない。手の拳銃は後ろの草むらに飛ぶ。

 さらに、誠司は洋子を捕まえている男に向かって走って踏み込み、あわてて銃らしきものを引っ張りだそうとするところをお構いなしに胴を狙って蹴り上げる。足の甲がちょうど銃を引っ張り出した手に当たり、手首がポケットに引っかかった手首をへし折る。

 続いて胴体に蹴り込むと後ろにすっ飛ぶ。この男は銃を抜くため洋子を突き飛ばしたので、引っ張り出した銃は飛んで行って海にぼちゃりと飛び込む。男は倒れた状態で痛みに思わず中国語であろう言葉で叫ぶ。
 さらに、車に向かおうとした誠司に向けて、運転席から銃が差し出され、バス!と銃火が光る。まだ体を狙っていない。

「そこまでだ」
 なまり強い声で、男が言い、ドアを開けて出てくるが銃口は全く誠司から外れない。
 ちらりと、倒れている男を痛みにうめいている男を見て冷静に言う。

「やってくれたものだな。これだけやってタダで済むと思うなよ。まずその足癖の悪い足を使えないようにしてやろう」いうや、銃口を下げて足を狙おうとするが大人しく撃たれる誠司ではない。さっと頭を下げて男に飛び掛かるが、軽くかわされ無力に地上に横たわる。

「本当にしぶとい奴だな。さて、では膝を撃ってやろう。これでもう一生まともに歩けないようになるな」
 男が狙いを着けようとする。
「お兄ちゃん」
 洋子が男に駆け寄ろうとするが、その前に銃火が一瞬走って、銃を持った男が殴られたよう横に飛ばされる。

 とたんに、百mほど離れたところから、ヘッドライトが現場を照らす。岸壁についていたボートから声が聞こえ、エンジンが吹かされ逃げ去っていくが、誠司にも追う余裕はない。
 ヘッドライトが近づいてくるが、その光のなかで誠司が立ち上がってみると、先ほどの男は胸を打ち抜かれており、血がどくどくと出てくるのが見える。

 完全に死んではいないようだが、長くはないだろうし、誠司もいかにも人を殺し慣れている男の生死には関心はない。それより、手が骨折した男はよろよろしながらなにか探している。最初の男の銃だ。あれが見つかったらやばい。誠司は全速で、男を追いかけると、ちょうど男が銃を拾い上げている所で、勢いの付いた誠司は蹴る余裕はなく両足を掬って強烈なタックルをする。

 男はようやく銃を拾い上げた所に、全速で走ってきた体重七十二㎏のラガーマンに足を両手で巻かれて掬われ地面にたたきつけられて、折った手首をさらに巻き込んで骨が皮膚を突き破って痛みのあまり気絶も出来ないという哀れなことになった。
 無論、銃は再度すっ飛んでしまっている。

「やれやれ」と誠司は起き上がって、
「大丈夫、お兄ちゃん!」叫んで抱き着いてくる洋子を受け止める。

「ああ、お前こそ、大丈夫か?」
「うん、一応、でもあいつら本当に嫌な奴らよ。中国語だろうと思うけど、何言っているかわからないけど。何度も小突かれて。本当にあたまに来る」

 そうしゃべっているところに、ヘッドライトが現場について、4人の屈強な男たちが下りてくる。
 中の一人が柔道マンの安田だ。
「牧村大丈夫か?」

「おお、安田か、すまんな。でもちょっと遅いよ」
 誠司はほかの3人に向かって言う。

「いや、確かに遅かったですね。申し訳ないです。牧村さんがいろいろ時間を延ばしてもらって助かりました」
 他の2人は、撃たれた男、蹴られて気絶している男、タックルで倒された男を見ているが、リーダーらしい40代前半に見える人に誠司が話しかけてくる。

「いや、僕もこのバッジにはGPSは仕込んでいるのは知っていたので、誰かがついてくれているのだろうとは思っていましたが、本当に危機一髪でした。最後の狙撃には助けられました。あれを撃ったのは?」

「ああ、今来ました。もう1台の車は狙撃手をひろっていたのです。それと、私は斎藤圭吾ともうしまして、今後牧村さんたちのプロジェクトの警備を担当します。今後、とりあえずは今進んでいるプロジェクトが終了するまでですね。ああ、来ました、先ほどの狙撃を担当した木川です」

 斎藤はそのように誠司に紹介して、続けて本人をねぎらう。
「木川君、ご苦労だった見事な狙撃だった」

「は!任務ですから」とあっさり言うが、誠司は同じくらい背丈の若い木川に近づき、手を差し出す。

「ありがとうございました。あやうく、足を壊されるところでした。殺されることはないと思ってちょっと無茶をしましたが、確かに彼らからすれば、別に頭さえ無事ならいいわけですからね」

 木川はちょっとためらったが、誠司の手を握り少し笑った。思ったよりシャイな感じだ。
「どうも、船で運ぶつもりだったようですね。そういえばあのボートはどうしましたか。逃げたのかな」

 誠司の言葉に斎藤が冷静に言う。
「いや、気がつかなければ別ですが、船では逃げられませんよ。ほら」
 海の上の遠くを指さす。

 そこには、暗いなかで白波を蹴立ててボートが走っているが、いつの間にかヘリコプターが上を舞っている。
「そういうことは、最悪でも船で助けられたわけですか」

「ええ、まあ、そうですが、一番困るのは盾にされることなので、今日は理想的な終わり方ですよ」
 斎藤が言う。
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