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第2章 1年が過ぎた

2.2 僕の日常とWPCの産業利用

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 さて、僕の日常を紹介しよう。朝、5時に起きるのは中学1年生から続けていて、いつも通りだ。定常的な運動とバーラムの指導で、僕は今では身長は172㎝あって体重は65㎏のスポーツマン体形になっている。嘗てのぽっちゃりの写真を見ると感慨深いものがあるよ。

 朝、姉が付き合ってジョッキングに行くのは変わっていないが、今は意心館の人たち、館長広田さん以下8人が同行する。意心館道場は2階建てであり、2階は館長と道場生のためのアパートになっていて、そこには広田さんと道場生が7人住んでいるから、彼等は隣の道場から来るわけだ。

 広田さんがまだ26歳、道場生はそれより若くて、皆さわやかナイスガイであるため、それほどむさくるしくはないけど女性はいないのが残念だ。道場の上のアパートは、女性の道場生を受け入れていないものね。
 彼らは実際のところは、僕と姉の護衛も兼ねている。そして、市民公園までの3.5㎞には、どんどん合流してくる人たちが増え、目的地の公園では各方面から集まっている人が500人を超えている。彼らは、大部分がWP処方済であり、身体強化ができるようになることに備えた運動、あるいはその継続という人々だ。

 ちなみに、WP能力の発現のための処方の効果が知れ渡るにつれて、当然ながら処方を望む者が増えている。一方で他の人に処方を出来るのは、1年ほどの間はバーラムの助けを借りた僕だけであった。ただ、その頃にはWP能力のことは知られていなかったので、僕としては気のおもむくまま、また頼みで応じて、僕や姉の学校関係やみどり野製菓の従業員や医療関係者の人々を処方していた。

 さらに、父の頼みに応じて、T大学で何度も処方をしているが、これらの人数は総計では数千人になっている。しかしそうする中で、今後も自分一人で処方を続けるのは敵わないと自覚して、何とか僕以外の出来るだけ多くの人が他に処方を出来るようにすることを考えた。

 そこでバーラムと父に相談したが、割に早いうちに僕とバーラム、さらにWP能力とWPCのことはT大学内に広まっていて、頼もしい優秀な協力者はたくさん出来ていた。とりわけWPCについては、その発展性は注目されており、WP回路についてはすでに各分野で早いうちに研究が始まっていた。

 その結果として、WPを発現した能力者が、普通の能力者でもそれを使って処方ができるWPCが開発された。加えて、処方から能力発現までの期間を短縮できないかの研究も進められた。これについては、まず、“いのちの喜び”にも含まれていて、WPの増加を促進する成分の濃度を高めたサプリメント“循環飴”が開発された。

 加えて、WP循環を効率化するための手段として、“循環棒”が開発された。これは単3電池2本を差し込んで微弱なWPを発する太さ4㎝で長さ20cmの棒で、循環中にこれを握っているとその促進が図れるというものだ。循環飴は10個入り千円で1日1粒が適量、循環棒は1万円である。

 売り出されたのは僕が能力を発現した頃であり、まだ処方を受けた人は限られていたこともあって、勧められたほぼ全員がそれを買い効果を試した。今では、処方を受けた人で、この2つを併用した場合には、概ね半年以内には能力を発現することが判っている。

 さらに、姉が能力を発現し、さらに“循環飴”と“循環棒”の効果もあって、続々と生まれ始めた能力者は、日本政府のスケジュールに沿って、全員が一定の人数の処方を行うことを非公式ではあるが義務付けられた。そして、その結果が今の5千人のWP能力者であるが、今後は幾何級数的に増えていく予定になっている。

 “循環飴”は日本製菓、“循環棒”はWPC製造㈱が作っていて、販売というか割り当ては政府がやっていて料金も徴収している。これらの需要は急激に増えるが、一巡すれば一気に減ることになる。ただ、若年者への処方は継続的にあるので一定の需要はある。また、世界を考えた場合には需要は莫大であるため、なるほど政府が仕切るのが正しいのかも知れない。

 政府は海外へのWPの処方、WPCの知識伝播については、国内への一巡を優先としてまだはっきりした方針は示していないが、外交面でのキーに使おうという思惑が透けて見える。

 話が大きく逸れたが、公園では大人数が数十のグループに分かれて、おのおの体操というにはハードな柔軟やパートラン武道の動きを含めた運動をしている。広田さんが一つのグループを率いていて、僕と姉もその中に加わっている。ちなみに雨の日は各々自宅や、近くの体育館で運動をしているが、僕と姉は無論お隣の道場を使う。

 スーツに身を包んだ桐川みどり調整官のお出ましは、7時50分であり、僕が学校に行く場合はその5分後に出発だ。それまで、彼女は我が家の応接室で控え、大体何かの書類を読んでいる。今日は登校する日であり、桐川さんと玄関を出ると、護衛の意心館の道場生でありみどり野ガード㈱の社員でもある仁科健吾ともう一人が、会社のユニフォームを着てそこで待っている。

 彼等は、僕らの学校までの道に付き合うのだ。ちなみに、政府が管理する護衛は、もっと外でドローンを使った監視をしていて、必要に応じて出動できる武装車・武装ドローンが控えている。この点は、朝のジョッキングも同じように見張られていて、襲撃の車両・飛行体に備えている。

 政府は、僕がこのことに気が付いていないと思っているようだけど、“探査”能力が使えて、電波を追える僕には彼らの動きは概ね掴めている。また、“敵意”には気が付くようになっている僕は、たぶん人がカメラを通して行う見張より的確に“敵”の存在に気が付くと思う。

 学校の玄関で、意心館の2人は帰っていく。桐川さんは僕と一緒に校舎に入り、「それじゃあ、おさむ君。今日も一日頑張ってね」そう言って、職員室に入って行く。彼女は職員室に机を確保しており、そこで主としてパソコンを使って仕事をしているのだ。
 学校については、僕が登校している時には、警官が一人校門のところに立っており、校内各所の防犯カメラ、さらにドローン3機で常時見張られている。なにかあった時は戦闘車、武装ドローンが非常出動することになっている。

 僕は、学校では基本的には算数、理科などのすでに大学レベルまで理解している科目の授業は“無駄”ということで受けず、音楽、社会などは極力受けるということになっている。体育については、毎日ジョッキングと激しい体操をして、短時間でも意心館で鍛えている僕には不要ということだ。

 朝のホームルームは、出校時には出席することにしている。僕は教室に入って元気に挨拶する。
「おはよう、みんな!」

「「「「おはよう」」」」って返ってくるよ。正木中学校の皆はすでに処方を受けているからね。僕には愛想がいいはずだよね。でも、そう思う僕は汚れているなあ。

 1時間目は算数だから僕はパスだ。僕は、早速「じゃあ、僕はちょっとね」そう言って教室を抜けて、校舎の裏に作られた小屋に入る。教室の同級生は愛想よく送り出す。面積が20㎡足らずのこの小屋は工作室であり、最大5人がWPCを活性化する作業ができる。同級生の何人かもWPC製作がノルマなんだ。

 僕は医療用のWPCの製作のノルマを負っている。現状では、残念ながら医療用のCR-WPCとIC-WPCを活性化する能力者は見つかっていない。だから僕が活性化するしかないから、寸暇を惜しんでやっているのだが、週に50台はなかなかしんどい。

 僕はすでに、CR-WPCとIC-WPC を含めて2500台を作って送り出したが、全国から寄せられている購入希望数はさらに2千基を越えている。さらに海外からはその10倍の要請があがっていて、政府もそれを無視できず、国内に2千台を超えた時点で、僕の作る90%は海外に送られている。

 このため、全国の病院はその争奪戦が起きており、必要な病院に次々に回されてどこかに使われず置かれている状態はまずないらしい。そして、多くのWPCには専属の運搬員が付いていて、必要な場所にどんどん運んでいる。この状態はセキュリティ的には危険であり、実際に12件の強奪事件が起きて、7件は実際に奪われている。

 曲がりなりにも、何とか必要に応じきれている日本とは違い、未だ政府を通じての正式な輸出が全部で500台弱にとどまる海外の、闇市場では医療のWPCは5千万円を超えていると言われる。ちなみに、WPCの海外への輸出価格は運賃抜きで2万ドルであるが、貧しい国には無償援助しており最も歓迎される援助物資になっている。

 だから、政府はやむを得ず、WPCの運送を担当する部署を自衛隊に作って輸送を担当させている。命が掛かっている場合が多いのでおろそかな対応ではできないのだ。実際にWPCが奪われた場合に、それが原因で少なくとも8人の患者が治療できずに死亡したと言われている。

 IC-WPC、CR-WPCの活性化は最初1時間かかっていたけど、今でも大体20分は必要だ。だから1週間均して平均8台の目標で頑張っているので、大体1日に3時間はそれに当てているんだ。
 医療用に限らずWPCの製造はWPC製造㈱に限られているが、この会社の株の半分は政府が持って支配している。だけど、僕の母さんは役人が経営することは反対だったし、僕もその尻馬に乗ったこともあって、経営層には役人とそのOBは排除されている。僕がそうでないと、医療用のWPCは別の会社で売ると言ったからね。

 ところで、癌の治療を目的としたCR-WPCはずっと広い応用範囲があることが判ってきた。これは、体に悪いものを見つけて取り囲んで除去するという機能を持つ。だから、原菌、ウィルスにも効果があるのではないかと試されて、実際に効果があることが判った。

 そのためCR-WPCは、現状では人命に関わる治療にしか使う数がしかないけれど、感染症などの治療で回復を早めるためにも使えることになり、さらに需要が膨らむことになった。僕が、早く治療用のWPCを作れる別の能力者を見つけて欲しいというのは無理がないでしょう?

 僕はそういうことで過去多数の医療用WPCを作ったけど、これは有償であり、1台につき10万円を受け取っている。このお金は母さんが管理しているが、税金で半分持っていかれているようだ。だけど、残るお金が年間1億円以上になるようだし、中学生の僕にそんなに使い道はないよね。

 ところで、医療用WPCで、僕は代わりに作ってくれる人がいないために、大変な思いをしているけれど、政府の本命のWPCはそこではなくて産業用だ。父さんも、同僚の大学の先生連中もそっちに注力しているから、僕が大学に呼ばれて、バーラムを呼び出して話をしているのはそちらが多い。

 それは、前にも言ったと思うけど主として発電のB-WPCと、回転のR-WPCであって、発電はすこし複雑だけど回転のWPCは単純だから、WP能力者の1/5位の人が活性化は可能である。その意味ではキーの役目をするWPCも同程度である。これが、発電のWPCになると、活性化が可能な能力者は全体の1/20足らずである。

 パートランでも、WPCを使うために皆能力者になろうとするが、それを作れる素質を持つ者は数十人に一人であると言われていたそうだ。しかし、それはその職人は金属母材に回路の刻み込みをも含めてやるからで、日本で実際に始まっているように、CADで回路を描いてエッチングで正確に写すことで形は出来上がる。

 そして、それにWP能力を注ぎこんで活性化するのみとなれば、今言われているように可能なものが増えるのは当然である。このB-WPC、R-WPCについては、作成する能力者が生まれていない時から実用化を目指して開発が続けられてきた。
 それは、原理を解析しながらの回路設計から始まっているが、僕が能力に目覚めた時にはすにで、T大学においてB-WPCとR-WPCのどちらもプロトタイプは出来ていた。

 僕が活性化したそれを稼働して試験運転をして、改良を模索していたが能力者が千人を超したころには、実用化レベルの回路が完成して、産業用のNF-B-WPCとNF-R-WPCが出来ていた。NFとはNon-FUNCTIONで活性化されていないので機能しないという意味で、この頃から普遍的に使われるようになった。

 先述したように、R-WPCは単純で活性化できる術者も多く、早めに処方を受けた者が多いT大学にも多く生まれたので、数千のR-WPCが活性化された。それは、車の車軸の中心部に使われて、電流を流すことで回転を起こす。これはモーターの回転を、車軸に伝える代わりに車軸そのものを回転させるものであり動力は電力である。

 ピートランでは人がWPで起動するが、この場合はキーによって起動するようになる。この場合の動力の電力はB-WPCによって蓄電されたEXバッテリーによって供給される。B-WPCは、接続された銅シリンダー中の電子を効率よく取り出せるように条件付けして賦活するものである。
 
 この銅シリンダーをケーシングで包んで、電極をセットしたものが自動車用のEXバッテリー(EXB)であり、径15㎝×高さ10㎝、重量3㎏のバッテリーで100kW時の容量がある。R-WPCはモーターに比べ効率が良いので、プロトタイプのセダンの乗用車であれば、上述のEXBで通常千㎞走ることが可能であることが判った。

 この場合の、充電はB-WPCに接続することによっても可能であるが、むしろB-WPCを備えた工場で賦活化したEXBを、交換した方が合理的と判断されている。このことで、燃料不要の自動車走行が可能になるが、B-WPCには電力供給が必要である。しかし、賦活化により生み出される電力に比べて、消費量は1/10程度なので場内で賦活化した電力を使えば良い。

 この仕組みは、バッテリーとしての電力発生にも適用可能であるが、発電にも生かせる。ただ、このようにコンパクトに高容量の電池が作れるなら、現在の地球のように導線によって電力を運び配ることは却って効率が悪い可能性もある。
 ただ、地球においては、既存の電力供給の在り方が発電所で産んだ電力を送電線で消費者に届けると言う方式なので、それを変えるのは莫大な投資が必要である。

 だから、B-WPCを用いて発電所を燃料不要の設備にしようということだ。そのため、B-WPCの回路と機能が徹底的に解析されて、今のようにバッチ式でなく、連続式の電力取り出しが可能であるという結論になった。この試験設備の試運転が、僕が3年生の夏に行われた。
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