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第2章 1年が過ぎた

2-1 3年生になった僕

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 僕は中学3年生になって最上級生だ。成績の学年1番はもはや定位置であって、2番で追っている城田君も僕を抜くことは諦めているようだ。とは言え2年生の終わりにあった関東地区の模擬試験では、彼も5番になっていたから立派なものだ。僕?僕は1番だったな。

 ところで、僕が学校で授業を受けられるのは精々月に6~7日くらいで、その半分は途中で抜けている。そして、もはや僕には専属の調整官がついていて、スケジュール管理をしてもらっている。だから授業を抜ける時も学校や担任に自分で言う必要がなくなったけど、微妙に有難いとは思えない。

 秘書ではない調整官は、桐川みどり、ひらがなの“みどり”さんで30歳台のキャリアの女性だ。 “キャリア”というのはその通りで、国家公務員上級職のお方であるから当然優秀である。そして、彼女は僕の様々な機関や会社、個人との面談あるいは処方等のスケジュール管理が仕事であるわけだ。だから、そうした面談に当たっての、様々な申し入れやら頼まれごとについて、断る場合は彼女が主体で断ってくれるので助かっている。

 僕の学校の授業受講については、たぶん僕の知らないところで様々な話があったのだと思う。そして、“義務教育”である以上は籍を抜くことはまずいということで、可能な限り受けさせるこということのようだ。今のところ、僕にとって授業は退屈ではあるが、息抜きの時間でそれなりに貴重だ。

 みどりさんの性格は、頑張ってキャリアに合格するだけはあって上昇志向は強いし、頑張り屋だと思う。僕は彼女に、なぜ僕の秘書みたいな役になったのか聞いたことがある。

「この仕事は私が買って出たのよ。あなたのことは自分なりに調べたわ。異世界の賢者を頭に宿していて、魔法、いえWPが使えて現在続々と生まれているWP能力者の多くを処方した人、だけど中学の2年生。
 そして、様々な世の中を変えるWPCを生み出していて、政府はそれを何とか量産して、産業に生かそうとしているわね。だから、今後この日本が変わっていく様々な動きの中心にあなたがいるわ。

 でも、可能かどうかはまだ分らないけど、あなたしかやれないことが、世の中の人の多くがやれるようになったら、あなたは用済みになるかもしれない。私はその中心にいてその過程を経験したいのよ。いえ、というより、中学生のあなたとバーラムという賢人が融合した個人に興味はあるということかも知れない」

 彼女はそう言ったので、僕はこう応じたよ。
「賢者じゃ無くて“大賢者”ね。そこを間違えるとバーラムが気を悪くするから、気を付けて」

 彼女は、本質的には優しい人だと思う。そう思うのは重篤な患者に対して僕に医療のWPCを使って欲しいという要請があった時だ。事故で瀕死の重傷だった広田さんの治療を、僕がして助かったが、あのレベルの重傷の場合にはキーを使った医者では助けられないし、医者がWPを発現しても無理だ。僕が能力を一杯に出す必要がある。

 多分バーラムが重いと言う僕のWP能力の故だろうと思っている。CS病院からくる、そのような要請への彼女の対応をみていると、それを突き放せないのだ。そして、そうした自分を嫌がっているようなんだけど、僕はそこが彼女のいい所だと思うよ。

 ところで、中学は義務教育だからか、出席日数が足りなくても留年などはないそうだ。不登校なんかもあるからね。ただ、高校受験には不利になるそうなんだよね。3年生ともなれば、同級生の皆は進学する高校を意識し始めるようだ。そういうことに無関心そうな荒木なんかも言いだしたからね。

 僕の場合にはまだ白紙だけど、一度彼女に言ってみた。
「僕は、中学は碌に出席できなかったけど、高校はどうなるんだろうね?」

 みどりさんは呆れた顔で僕に言ったよ。
「おさむ君、君、高校に行けると思っているの?」

「え!行けないの?だって皆行くよ。僕だって人並みの生活は送りたいもの」

「おさむ君ね、今受けても大学に受かりそうなあなたが、高校なんて必要ないじゃないの。中学は義務教育だから、まあ仕方がないということだったけど、皆卒業を待っているよ」

「こ、高校は勉強だけじゃないでしょう。ほら、青春とか、女子高生とか………」

「そっちかあ。大丈夫、高校に行かなくても青春できるから。可愛い子にだって出会えるから」

「ええ、そう?ああ、でも僕はそういう人生なんだね」
 僕はしょげたよ。

「だから、君がいなくても動くようにすればいいのよ。そうすれば、高校は無理にしても、大学時代を青春して送れるよ。そのために、なお気合を入れて頑張ろうね」
 そんな風に励まされてしまったよ。その時はバーラムの存在を少し疎ましく思ったなあ。

 ちなみに、今僕が3年生になった4月の初めに、WPを発現した能力者は5千人を越えた。1年前は僕一人だったから随分な伸びだけど、国民全員を能力者にしようという国の目標ははるか彼方だ。この5千人の中には僕の家族や周辺の人々は皆含まれている。

 だから、僕の家の隣にできた意心館道場の最初のメンバーは全員が能力者であり、身体強化をしてとんでもないパフォーマンスを見せている。この道場は15m四方で3㎝厚の強化プラスチックの床に、同じ材質の壁と天井になっている。天井は1.5㎝と流石にすこし薄くなっているが、これは僕との身体強化しての試合を経験した広田さんが提案してそうなったのだ。

 さらには、ガラス窓は、壁の中に仕舞えるようになっており、練習は窓を仕舞って行う。こうでないと、床は3mを跳ぶ踏切りに耐えられないし、壁は体が飛んで来てぶち当たるのに耐えられない。そして、窓ガラスは同様の理由で練習中は仕舞っておくのだ。

 意心館というのはWP能力をもじった流派であり、実際的にはピートラン式の格闘技とKC会館流空手のミックスである。開祖は、広田さんということで彼が館長になっている。当然、ピートラン式の格闘技は僕が伝えたのだけど、剛のKC館と、柔で人体の構造の知識を生かしたピートラン式のミックスは、最強ではないかと思う。

 そういうことで、僕はWP能力に目覚めて以来、道場が出来るまでは自分の中学校の体育館を借りて、広田さんたちと練習してきた。その中で、広田さんは仲間と共に意心館流格闘技を体系づけてきたのだ。彼と仲間には早いうちに処方を行っていたので、彼等の知力の増強は格闘技の体系の確立に向かったのだ。

 だからか、彼等の進歩は早かった。広田さんはもともと、KC会館の世界大会でベスト8に残るレベルだったそうだけど、昨年の秋の大会ではどうしても勝てなかったライバルを破って優勝してしまった。それは、大きくはピートラン式の格闘技を身に付けたことがあるが、クレバーな戦い方ができるようになったためも大きい。

そ こで、意心館流格闘技を打ち立てることを宣言して、出来上がった道場を意心館道場としたのだ。僕と姉は門下生だよ。隣にあるんだから使わなくちゃ。それに道場は、浅香家のもので広田さんには無料で貸しているから僕らの会費は只だよ。

 広田さんとは、10年の契約を結んでいて、家賃の代わり浅香家のものには道場で教える会費は無料にすることになっている。彼には金銭面で心配せずに武の道を極めてほしいんだよね。幸い最近では、道場生も150人を超えているので、経営的には心配なさそうだ。

 ところで、母がみどり野製菓から分社して、主として医療用のWPCを売るために資本金1億円でWPC製造㈱を作ったのだけど、これには政府の横やりもあって、100億円に増資されて乗っ取られてしまった。だから、最初はWPC製造㈱の所有だった道場を我が家の資産に移したのだ。

 乗っ取られたと言っても、当方も承知済みのことだから譲ったという方が正しいだろう。もともと、間違いなく世界的な大事業になるWPCの事業を、僕を含めた浅香家がコントロールなどできない。それはやりたい人、やれる人にやってもらえれば良いのだ。

 ところで、みどり野製菓だけど、3か月前に月産1千万枚を達成してしまった。そして、それは作られ次第売れてしまうし、消費者への直接販売だから、莫大な日銭が流れ込んでいる。従業員も今や2千人を超えており、各地の販売所も100個所を超えた。そして、どこも売り出した途端に売れてしまうために、手に入れられない人々からの要望はすでに苦情になってきている。

 これは、一度食べた人は病みつきになるためであり、需要はまだまだ大きく、現在は日本でしか売っていない“いのちの喜び”は日本のみで月間5億枚を超えると言われている。さらには、食べた人は日本人に限らず、海外からも売って欲しいという強い要望が出されている。

 このことは、母は早くから予想していて、自社はこれ以上の拡大をせずに、他社に製造販売を譲り渡すつもりであった。そのため、大手5社の菓子メーカーに「いのちの喜びの製造・販売権の譲渡について」ということで集まることを呼びかけた。これは、社長から全権を委託された母の独壇場であった。

 当然、各社は3人以下という出席条件に社長を含めて出席した。7か月前のその時点ではいのちの喜びの生産量は月間6百万であって、全く需要に追い付いていないことを各社知っていた。そして、彼らは日本のみで需要は月間5億枚を超える可能性が高いことは承知している。

 さらに、彼らなりに原価を計算して、利益率がすさまじく高いことは承知していた。その製造・販売権の譲渡をするというのだ。これは、千載一遇のチャンスである。呼ばれて来ない訳がない。
 彼等からすれば、しょぼいみどり野製菓の会議室に座って、今や遅しと出てくる人物を待つ。彼らは必死の調査で、全権を握っているのが、社長の娘で取締役の浅香佐紀であることを承知していた。果たして、現れたのはネームプレートに浅香とある佐紀と社長の皆川健太郎さらに秘書役の女性である。

「今日は私どもの都合でお呼び出したにもかかわらず、ご出席ありがとうございます」
 彼らの向かいの机の中央の席で立って佐紀が挨拶して、社長の皆川と共に頭を下げる。出席者は、受付時に作られたネームプレートをつけて頷いた。

「今日皆さんをお呼びしたのは、すでにお知らせしたように、いのちの喜びの製造・販売権の譲渡を致したいということです。ご存知のように、わが社は現在月間6百万枚を製造しておりますが、全く需要で応じておりませんので、お客様の不評を買っております。

 当社の分析では、日本のみの“いのちの喜び”の需要で、5億枚を超える可能性があると思っています。この需要は残念ながらわが社の能力を超えていると思っています。さらには、これは海外からの販売の希望が殺到しており、日本のみに留まりません」
 佐紀は言葉を切って出席者を見渡す。

「いやあ、誠に羨ましい話で、できれば私どもにお任せいただければありがたいのですがね」
 製菓業界会長で最大手のEG製菓の会長でもある西田が禿げ頭をたたいて言う。

「はい、いのちの喜びの製造・販売権というか、製造方法を皆さん全社にお渡しします。私ども作ったものを越えるいいものを作って日本と世界の需要に応えてください」
 佐紀がにこやかに言って、唖然とする出席者に向けて話を続ける。

「先ほど言ったように、月間5億枚の需要が正しいとして、値段をそのままとすると、月間の売り上げは5千億円です。これは、最大手のEG製菓さんの手にも余るのではないでしょうか。ですから、製造方法を指導しますので皆さんそれぞれで作って下さい。

 ただ必須の材料の2つについて、買って頂くことになりますが、これは1枚について100円位のものです。それ以外に、そうですね。技術指導料として、各社1千万円を頂きましょうか」
 しばらく会場には沈黙が落ちたらしい。

 その中で、口を開いたのは先ほどのEG製菓の会長である。最初に咳ばらいをして話し始める。
「え、ええ。私も85年生きてきましたが、これほど驚いたのは初めてです。菓子業界の奇跡ともいわれる“いのちの喜び”の製造のノウハウを譲られると言われる。皆川社長、これは誠のことですかな?」

「はい、本当です。と言うより“いのちの喜び”は浅香取締役に任せていますから、彼女の決定はわが社の決定です。 しかし、この“いのちの喜び”は世界に出ていけるでしょう。是非皆さんには世界に打って出て戦って下さることを望みます」
 皆川健太郎は業界の会長に敬意をもって答える。その後に、母佐紀が再度口を開く。

「ところで、皆さんに製法は御譲りしますが、わが社が“いのちの喜び”の生産を停止するわけではありません。月間生産量1千万枚はそのまま続けます。そして、わが社としては今の値段はそのまま据え置くつもりです。
 しかし、皆さんの会社が値段を下げるなら、それに追随せざるを得ませんが、私どもとしては、原価は別として、“いのちの喜び”は今の価格の値打ちがあると思っています。とは言え、私どもとしても、独占禁止法で摘発されることは望みませんので、各社の賢明な対応を望みます」

「S製菓の志賀川です。そう言われるということは、我々は独自の価格を付けてもよいと、いうことですか?」
 別の会社の社長が聞くのに、佐紀は答える。

「むろん、という製品を各社でそれぞれ作り販売する場合は、私どもが価格を指示なり、お願いをすればそれこそ価格協定になります。だから、お好きにお付けになってよろしいですよ。ただ、いずれにせよ、出来るだけ早く大量に生産して、消費者の皆さんにお届け願いたいと思います」

「ええと、O製菓の三村です。そういう意味では、みどり野製菓がこのまま、“いのちの喜び” の販売を独占的に続けていくと、公取に目を付けられという可能性もありましたね」
 若い経営者からそう言われて佐紀は笑みを浮かべた。

「ええ、独自の菓子を開発して、それを独占して売るのは当然と思ってきましたが、弁護士さんにそのように指摘されましたよ。でも私はいずれこの製法を譲るつもりでした。これは私ども会社には大きすぎます。私どもは、“いのちの喜び”に培ったノウハウで、皆さんに喜んでもらえるお菓子をほどほどに売っていきたいと思っています」

 そのような会議を経て、“いのちの喜び”はみどり野製菓の独占品では無くなった。
 だけど、僕が3年生になったころには、日本製菓という会社から月産3千万枚という量で、“いのちの喜び”が売りだされ、1年後には2億枚まで生産を伸ばすと公約された。

 この会社は、日本の大手5社に中堅7社が共同で出資して設立した会社であり、“いのちの喜び”のみを生産することを定款に述べている。
 彼等は、みどり野製菓から製法を伝授されたと公称しており、みどり野製菓も顧客の増産の要請に答えるためと、それを認めている。
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