異世界の大賢者が僕に取り憑いた件

黄昏人

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第1章 大賢者が僕に憑りついた

1.2 僕の学校生活

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 僕は村山市立、正木中学校1年2組の32人クラスの一員だ。正木というのは、古くからの地名らしいが、辺りはすっかり都市化されて、アパートやマンションも沢山ある。だから、僕の中学校は1年から3年まで8クラスあって全校生徒は千人を少し超えている。

 村山市には東京までの私鉄が乗り入れていて、都心まで40分で接続している。だから、僕の父は最寄りの駅から徒歩5分を入れても、職場である大学まで1時間で着くという。母は、祖父が経営する会社の役員を務めているので、その市内の会社で働いている。

 この祖父の会社は地元で古くからやっている大きな菓子店で、時代の波にも飲み込まれず、支店を首都圏まで出すなど業容をむしろ拡大している。父母は幼馴染であるから、当然父もサラリーマンの家庭であったが地元の出身で、その祖父母は近所に住んでいるので、良く家にも来るし僕らも遊びに行く。

 僕のクラスは男16人、女16人のちょうど半数ずつのクラスで、残念ながら僕にとってはあまり雰囲気がいいとは言えない。それは、一つには村山市のあるS県を拠点とする大手の流通グループの城田という経営者の息子が同じクラスに居て、なにかと幅を利かせているためだ。また、大っぴらではないが、いじめもあるようだ。

 特に僕については成績が急に上がったために、学年トップだった城田がそのあおりを食ったため、最近は僕への圧力が高まっている。まあ、父兄が彼の会社に関係のあるクラスの者も数人いて、彼の意を受けてなにかとちょっかいをかけてくるくらいなので、それほどのことではないが。

 今も、その取り巻きの一人の春日が僕の机にわざわざぶつかって通り過ぎていったため、僕の筆箱が机から落ちてしまった。僕は、こういう場合にははっきり反応することにしている。バーラムが取り憑く前だったら、臆病だった僕は黙って我慢するしかなかったけどね。

 だが、僕もバーラムの人生経験を共有することになって、良くも悪くもふてぶてしくなってしまった。だから、僕はバーラムに『僕の初々しさを返してくれ』と冗談で言っているのだが、春日の嫌がらせ位は微笑ましいくらいだ。だけど、はっきり反撃してエスカレートを止めることも必要なのだ。

「おい、おい、春日君。わざわざ僕の机に当たらなくても通れるだろう?謝るくらいはしたらどうだ?」

 柔道をやっていて筋肉質の春日は、それに対して中学生にしてはいかつい顔で僕を睨みつけて怒鳴る。
「うるさい!そんなところにお前がいるのが悪い!」

「ふーん。君はこれだけスペースがあるのに、ぶつからなくては歩けないのか。柔道をやっているというけど、大丈夫かい?柔道って間を掴むこと、それにバランスも大事だよ」

 僕が思っきり挑発してやったら、春日は顔を真っ赤にして怒ったね。つかつかと寄って来て、僕の学生服の襟をつかんで持ち上げようとした。だけど、僕だってバーラムの身に着けていた格闘技を知っている。そして、ジョッキングの到達点の公園で、毎日やっている体操の中でその動きを練習しているから、体も動くのだ。

 ピートランの世界は人の体を知ることについては、地球より大きく進んでいる。レントゲンとか超音波や電磁波による検査はできないが、より精密に人体の深部を探ることができる探査魔法がある。さらには、様々に魔法で人体の各部を刺激、保持することで、外傷や病気を治すことも地球よりはるかにうまくやれる。

 だから、僕は伸びてくる春日の腕を逸らして、手首を極めて右手を抱えこんだ。
「ああ、いっつつ!」
 春日は叫んで、俺の足元に膝をついた。これは、合気道にある技だよね。バーラムは合気道の映像を見て、『おお、ミバラーシャ流格闘技に近い。合理的だ』と感心していた。その意味では、柔道については『合理的な面はあるけど、実際の試合は力に頼りすぎ』と評価は辛かった。

 ともあれ、そこで親分の城田の仲介が入った。
「おい、浅香、乱暴はやめろ!春日も机にぶつかったのは謝れ!」
 美男子で優等生の彼が立ち上がって言う。

「まあ、弱いものいじめはいかんよね。春日君悪かったね」
 それに応えて、僕が白々しく言うと何人かがクスリと笑っている。その瞬間春日は「うー。このー」と唸っていたが、僕が手を離すと立ち上がって顔を真っ赤にして僕を睨んでいた。でも、親分に目をやってから、いやいや頭を下げて「すまん」とぼそりと言った。

「うん。いいけど、今後はぶつからないように注意深く歩いてね。解った?」

 俺の言葉に、春日はこぶしをぎゅっと握りしめたが、かろうじて我慢して荒々しく教室を出て行った。それを見送りながら、筆箱を拾い下げて僕は城田を正面から見て言ったよ。
「いやあ、城田君。仲裁ありがとう。流石に学級委員だね。教室で乱暴をいかんよね」

「ああ、もちろんだ。教室で暴力はいかん。その意味で浅香、さっきのはいかんぞ!」
 城田は色白の顔を少し赤らめて言ったが、俺もシャーシャーと返した。

「いや、あれはどう見ても正当防衛というものだよ。僕はたまたま自己防衛できたが、出来なかったら柔道のエキスパートの春日君に首を絞められていたぞ。なあ、そうだろう、みんな?」
 僕が注目している教室の同級生を見渡すと、半数ほどが頷いているので、再度彼の顔を見て言った。

「な!みんなもそうだと言っているぞ。教室で乱暴はやめようね。それと、隅のほうでこそこそ一人を取り囲んで嫌みを言うのもやめようね。そういうのも、城田君に注意してほしいなあ」

 それは女子でいくつかグループを作っている者達がいて、よく教室の隅で一人を囲んで、なにやら言葉を浴びせていることがあるのだ。あれは多分いじめだよね。

 だから、この際だから言ってみたけど、城田も気が付いているはずだ。

「あ、ああ……」
 城田は応じかけて、僕を睨んで少し空白を置いたが、仕方ないとばかりに言った。
「そうだな。こんど気が付いたら注意するよ」

『おぼっちゃんだが、癇癪を抑え込むところは、それほど悪い人間ではないな』
 バーラムが頭の中で言い、僕も同意したよ。

 その後の昼休みの給食後、僕の数少ない友人の荒木が話しかけてくる。
「おい、浅香。お前どうしたんだ。あんなことを言うなんて。それに柔道の春日に勝つなんて。あいつは凄く期待されていて、黒帯も近いらしいぞ」

 荒木は、中学からの友人で、スポ少のサッカー部のレギュラーだったスポーツに秀でている男だ。背は高く日に焼けていて、引き締まった顔と体だから女子に人気がある。成績はそこそこで、それよりは成績の良かった僕が勉強のことを聞かれては、何かと教えてやっていた。

 彼がスポ少で忙しいので時間はなかなか合わないが、家が近所のこともあってお互いの家に出入りして、お互いの部屋でまったりしている。最近は、こっちが訓練で余裕がなくその機会もなかった。

「俺は運動には自信があるけど、春日は相手にしたくはないな。それに、あの城田に逆らうとは……。最近のお前は随分変わったと思ったんだ。成績が学年一番になったんだろう?確かにお前は頭がいいから、勉強すれば出来るだろうけど、そんなに勉強するタイプじゃなかっただろうよ。何があった?」

「うん。まあ、数少ない友達の荒木君には言っておくよ。実はな………」
 僕は母と姉にした説明を荒木にもしたが、途中で昼休みが終わって時間切れになってしまった。放課後、荒木が目を光らせて僕に迫ってきたよ。

「おい、浅香。続きだ。続きを教えてくれ」
 僕はその勢いにひるんだね。そうなると、姉と同じ処置をしてやるしかなかった。流石に、人目があるところでは出来ずに、体育館の中のマットなんかをしまっている倉庫の中でやった。マットは土臭いというか、古びたというかとにかく臭いので、倉庫も臭かった。

「今日はこの臭い倉庫の中で、俺の初体験だね」と荒木は言ったが、冗談でもそういうことは言って欲しくなかったから、僕は言い返したよ。

「初というかどうせ一度だけだ。相手が女の子だったらまた違ったかも。でもこの倉庫ではなあ。まあ、でも魔法を使えるまでは時間がかかるぞ。どれだけ“循環”に真剣に取り組んで時間をかけるかだ。僕がようやく胸のあたりまで来たからね。到達点の心臓まであと何か月かな」

「うん、うん。頑張るよ。でも、その前に頭が良くなるんだろう。小遣いを上げてもらうぞ!」
 気楽に言う荒木に僕は呆れて念押ししたよ。

「気楽に言うなよ。このことは僕がいいと言うまで人に絶対言うなよ!」

「解った、解った。言わないって」

 翌日から、荒木もジョッキングと、公園でのピートラン式というかバーラム式の体操に取り組み始めた。僕と姉のさつきは朝5時に目を覚ます。僕の場合には最初こそ目覚ましに頼っていたが、今では体内時計がきちんとできていて自然に目を覚ます。バーラムは最初から自分で起きろということで、朝に目を覚ますのに力は貸してくれなかった。

 姉は、まだ目覚まし時計に頼っているようだ。顔を洗って着かえて5時10分に家を出て、少し速いペースで走り始める。市民公園までまっすぐ行くと2.5㎞弱だが迂回していくので距離はほぼ3.5㎞になる。その3.5㎞を20分で走るペースである。

 僕は最初の日に2㎞を20分走るのに精いっぱいであったが、バーラムの叱咤激励のもとに2ケ月かけて今のペースになった。姉さんも部活をやっていても最初はついてこれなかったが、さすがに2週間後にはどうにかカバーするようになった。市民公園では、バーラム体操にもある腕立て・腹筋をしてから、跳躍、前転、後転、柔軟、武道の型のような運動を合計ほぼ20分みっちりやる。

 それからは家までまっすぐ帰るので、家には7時過ぎには着く。それから、慌ただしくシャワーを浴びて、朝食を摂り8時前には慌てて家を出て登校するということになる。幸い、家から僕は徒歩で10分、姉は自転車で10分なので学校には悠々と間に合うが慌ただしいことではある。

 ちなみに、僕の身長は4月の身体測定において148㎝で少し小柄だったが、11月の今は155㎝で平均以上になった。これは、成長期ということもあるが、バーラムの食事指導と彼がいろいろ体内を調節してくれているかららしい。父が167㎝だから、その程度にとどまるはずだったようだが、たぶん180㎝くらいにはなるだろうというバーラムの託宣である。僕も男の子として高い身長にはなりたいのだ。

 ところで、バーラムは最初に地球の科学、とりわけ物理と化学を学ぼうとした。彼に言わせるとピートランに比べてとりわけ進んでいるのが、その2つの科学の部門だそうなのだ。だから、当面僕に学校の教科書を集めさせてそれを読んでいった。教科書が基本的に基礎から書いてあって理解しやすいという彼の見解だ。
 小学校のものは要らないのかって?僕は小学校の教科書の内容はちゃんと頭に入れているよ。

 そして、それを理解するためには読まなくてはならないけど、それをやるのは僕なんだ。その内容は今の学年の中学一年は特に問題なく僕も追えたよ。また2年も3年もなんとか頭は追いついていけた。だけど、高校になるととりわけ数学や物理・化学・英語など、とても頭が追い付いていかないのだけど、バーラムは凄い速さで楽々理解していくんだ。

 でも、やっぱり魔素の循環をやっていくにつれて、頭の働きが良くなっていったんだろうね。最初頭には残ってはいても理解をしていなかった事柄が、徐々に薄皮ははがれていくように理解できるようになってきたんだ。
 それに、バーラムは自分の興味の強い教科だけでなく、満遍なく全ての教科を網羅して読んで理解しようとしたんだ。彼の興味は日本や世界の政治経済、歴史、地理、音楽や体育、さらに語学としての英語に至るまで、広がっており、それらを喜びを持って学んでいった。

 だけど、それを中学から高校までの6年間の教科書を、わずか3か月で読み通して理解し、多くを覚えたという点を考えると、彼は元の世界で特別な人であることは確かだろうね。でも、それを理解するための脳細胞は僕のものなんだよ。脳の栄養素は糖分というけど、とにかく甘いものが欲しくてしょうがなかったよ。

 だけど、その過程を経て僕の脳細胞は徹底的に鍛えられたと言っていいだろうね。ただ、その点で心配なのはさつき姉さんと、荒木に魔力の循環の処方をしたけど、その循環をする段階で僕ほどの効果が得られるかどうかということだ。

 バーラムの話で間違いなく効果はあるということだけど、確かに僕ほどの効果はないかもと言っている。効果が無かったら、荒木はともかく姉さんが怖いな。そう思っていたけど、姉さんの2学期の中間考査の成績はあがったよ。学年の12番だって言うから、1ヶ月半の成果としては立派なものだと思うよ。

 そのお礼なんだろうね。イチゴのショートケーキをもらったけど、僕の成績を聞いたので、1番と言ったら頭を小突かれたよ。「何でさ、何で殴るの?」僕が抗議すると「そこに頭があったから」だってさ。
 どこも活発な姉とおとなしい弟との関係というのはそんなものかな?

 ところで、またバーラムの話だけど、彼はこっちの教科書で学んだ物理や化学について、さらにインターネットで深く調べて自分の魔法に対する理解をより深めたと言っている。だから、僕が魔法を使えるようになったら、主として魔法具を使ってそれを実現したいということだ。

 魔法具は、物に魔法陣を刻み込み、それに魔力を注いで道具や機器とするもので、バーラムは地球で実現している機械・電気工学による機器はほぼ実現できると言っている。また、その動力は地球のように、燃焼によらなくても物質から直接取り出せるというけど、本当だろうか。

 そんなことが可能だったら大変なことになると、僕だって解るよ。いずれにせよ、魔法が使えないとどうにもならないので、僕は魔法の基礎編、中級編を習っている。さらには、魔法陣を描くために、CADの操作を勉強している。CADのソフトは高いので、僕には買えないためにまた母上にお願いして買ってもらった。

 母さんは父さんより収入がいいようなので、我が家のおねだりはいずれにせよ母さんにだよ。バーラムの話では魔法具を売れば、あっという間に大金持になれると言うのだけどそうなればいいな。
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