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第3章 時震後1年が経過した
68.終章、時震暦100年(1592年)年4月、東京
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今日は、時震暦100年の記念祭が日本の東京で開かれるが、合わせて豪州共和国、南ア共和国、アラビア共和国など表立って日本人が支配している国々でも似たような祭りが開かれた。
時震という現象は、日本人という民族にとっては地球上で大きな地歩を占めるチャンスの幕開けであったが、同時に大きな悲劇でもあったし、遷移期の混乱の幕開けでもあった。だから、その日を記念した“祭り”が、単純に祝うのみのことでないのは当然である。
「倉田さん、時震から100年なんだよね。でも、日本にとっても、私の国である欧州連合国は無論として世界にとってもいろいろあった100年ではあるね」
地球連合の環境大臣であるジェシア・アダムズが、隣の席の日本政府の環境大臣の倉田翔に話しかける。彼らの会話は日本語であり、現在では大学以上の教育を受けたものはすべてが日本語をしゃべれて読み書きもできるし、世界の人口の半分は日本語の会話ができると言われている。
日本語において、しゃべり言葉が簡単な割に難解な書き言葉は改められて、漢字の数も減少して、基本的にカタカナも無くなった。他の言語では人口が最大の1億2千万を越える中華帝国の国民が、言葉は日本語からきた漢語を多用しながらも北京語を用い、書く言葉は日本のひらがな風の40音の文字を使っての文章を用いている。
他の大国は、アメリカ共和国の人口が4200万人で英語を用いているが、人口の70%が日系で人口が4100万人の豪州が日本語を用いるなど、世界の共通語は紛れもなく日本語である。
アダムズ女史の言葉に倉田が応じる。
「ああ、そうだね。とは言っても技術のおかげで人々の動きが加速はされたけど、前の時代の悲劇は避けられたよね。とりわけ、別の歴史の君らが引き起こした異民族の征服と略奪・圧政という悲劇をね」
「はは、そうよね。私も別の歴史を学んだけれど、結局は血で血を洗う戦争を繰り返した欧州という土地柄に育った人々が、食い詰めて富を求めて世界に散っていったということね。彼らは姿形、肌の色も同じ人々を殺してきたのだから、肌の色が違い容貌も異なる人々を迫害し殺すことに躊躇がなかったということね。
悪いことに、そこに航海術と鉄砲と大砲を操る技術が洗練されつつあり、軍事的に他の民族を圧倒できたのだから、もう止まれないわね。たぶん、日本が同じ立場になったら同じことをしていたでしょう。事実、日本も遅れてきた帝国主義の国として同じことをしかけていたよね」
アダムズ大臣はあっけらかんと言う。
彼ら欧州の白人は、別の時間線の歴史を学んで、コロンブス等の新大陸での振る舞いを知識としては知っているが、彼らにとって起こらなかったことなので実感はない。だから、倉田のようなことを言われても、別段反感も怒りも沸いてこないのだ。それに、日本の別の歴史も良く知られているので、同じ穴のムジナと思っている。
「でも、“別の歴史”を知っている日本がこの世界に現れなかったら、同じことが起きたでしょうね。そして、日本がその狭い島にも係わらず1億2千万もの人口を抱え、その島々に100年前の世界としては途方もない産業のシステムを持っていたということね。
それに、他を従わせるだけの軍事力を持っていたということは世界にとって幸運だったわ。無論比較的抑制的と言われていたその武装を、結局威嚇以外には使うことはなく、朽ちさせてしまったわね。私自身は、なにより日本に感謝したいのは、日本がいわゆる他民族の征服ということを考えもしなかったことね。
多分、前の行いの反省の上に立ってのことでしょうが。しかもそれだけでなく、自ら世界に向けての世界開発銀行という融資機関を作ってインフラ・産業システムの構築を促して他民族の経済成長を助けてくれた」
そこで倉田が口をはさむ。
「まあ、判っていると思うけど、それは日本にも都合あってのことだ。現に日本の産業も世界開発銀行の融資に基づく世界からの需要が無ければ、回らなかった面はあったからね。まさにウィンウィンの関係だったよ。それに、確かにそれなりの国を形成した地域を侵すことはなかったけど、豪州、南ア、アラビア半島やその他資源地帯などは遠慮なく領有したよ。
日本人主体の独立国にしたものの、原住の人々はいたのにね。それに領土だって、台湾と樺太まで広げたものね。結局自分の都合で動いたんだよ」
「そうね、確かに私もそこの部分は研究したから良くわかっているわ。むろん、日本は自分の利益ありきで行動したことは事実よね。おかげで、資源国・農業国を日本人がコントロールする国として押さえて、資源・食料の供給に関しては完全に安定した状態と価格で輸入出来ているわね。
まあ、食料については今の日本の人口は7千万人を切っているのもあるけど、自給率は80%を上回っているからほとんど心配ないようね。金属やエネルギーの資源はまだ世界に有り余っているけど、自分の民族で確保しているのは大きいわね。
いずれにしても、日本は別の世界線の歴史から学んで、様々なことを世界に言ってみれば強制してきたわね。環境問題・資源の枯渇などに最も大きいファクターは人口よね。時震時点での世界人口は最新の研究では4億7千万人、今が9億2千万と言う推定ね。100年間の増加としては2倍位で控えめね。これはくどいほど日本が圧力をかけた成果だわね」
彼女が言うように、日本は自分たちが享受してきた21世紀の文明を世界にもたらすべく、世界開発銀行という組織を構築し、大勢の専門家を世界に派遣してインフラと産業設備の建設を大々的に援助した。そして、それに並行して教育と社会システム、公共機関・会社組織の構築も同様に助力した。
そして、日本は援助の基本的な方針に関しては、別の歴史を繰り返さないように以下とした。
①人口爆発の防止:急速な資源不足、環境悪化の主原因は人口増加であることから、地球人口は時震暦300年に最
大30億人としてその後横ばいをターゲットとする
②環境保全:水域、大気、土壌の汚染防止、化石エネルギー使用の制限→自然・原子力のエネルギーの活用
③人権の尊重:自らの経済行為に際して他民族を含めて人権の尊重、他国の場合には地球連合を通じて努力する
こうした目標に沿って、バースコントロール手法が策定され、まず教育による啓蒙を行う。さらに避妊具、ピルの低価格販売、多くの子供がいる場合には税制面での差別を行うなどが実行された。基本的には、貧しくやることがないと、人はセックスに走り結局子供ができる。
問題はそのようにして生まれた子供は、十分な教育を受けられず2級市民として生きていかざるを得ないことである。日本は、世界へのテレビの普及を急いだ。未開の地では言葉もバラバラであることが多いが、テレビによって言語の統一を図れる場合いが多く、別の歴史で途上国と言われる国々でそのことを実証している。
日本でも、テレビの普及によってすべての人々が標準語をしゃべれるようになったことは事実である。そのほかに、画面の中の豊かな生活を見て、違う水準の生活があることを知り、そのために努力するようになるという一面もある。
もっとも国によっては、3人以上子供を産んだ女性に避妊リングを付けることを強制している場合もあるようだが、日本としては口を出してはいない。
いずれにしても、豊かになることで、出生率が下がることは事実であるが、このことにはテレビの普及も一役かっていると実証されている。このような努力の結果、概ね人口が把握できるようになった過去100年の世界の人口増加率は0.67%で非常にと言っていいほど緩やかであった。
しかし、200年後に30億人の目標人口ということは、今後人口増加率は0.6%弱に抑える必要がある。それでもこの点は、国を挙げて人口増加を呼び掛けても、特殊出生率が1.5以下にしかならなかったという別の歴史の経験からすれば不可能ではない。要は手おくれになる前に手を打とうということだ。
日本人国籍の者については、日本政府はバースコントロールで世界をリードすべき日本が、他より高い人口増加を見せるわけにはいかないという姿勢であった。懸念されたのは空きスペースの増えた日本と、広大な海外へ移住した日本人のタガが緩んで大きな人口増加を見せないかということであった。
それで、日本も強力なキャンペーンと様々に制度上の歯止めをかけて、多数の子供を持つことを防止しようとした。その結果、日本列島にいた日本人の子孫の人口の増加は、ほとんど全体と同じ増加率の年平均0.6%であり、それも混血したものが多く、子孫2億2千万の内いわゆる純粋な日本人は9千万になっている。
ちなみに、現在の世界の国々は日系の国として、天皇を元首とする台湾・樺太までを含む日本国、豪州共和国、南ア共和国、アラビア共和国があり、他にアジアには主な国として中華帝国、ベトナム王国、フィリピン共和国、タイ王国、東南アジア共和国、インド王国、アラビアモスリム国などがある。
また、欧州については時震暦30年には、イングランド、スコットランド、アイルランド、スペイン、イタリア、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、オーストリアなどが合同して欧州連合が成立した。これはおおむね別の歴史のEUのようなものだった。
しかし、EUとは違い経済成長という確固たる目標と、世界開発銀行の融資の元での発展という共通点があったために、順調に融和が進み、10年前には欧州連合国という中央政府を成立させた。ただ、イギリス、フランス、スペイン、デンマーク、ドイツなどは王制を残したままである。
アメリカ大陸のうち北アメリカは多くの面積をアメリカ共和国が占め、豊富な資源を活用して農業大国、さらに工業国への道をたどっている。またメキシコ共和国は別の歴史の領土に、中米を大部分含む領土を占めて豊富な資源を活用し、農業国・資源国として発展しつつある。
南アメリカは日本から帰国した日系人が中心になって、大西洋岸のブラジル共和国と太平洋岸のインカ共和国を作り、農業の適地と資源のある場所を開発するという虫食い状の国造りをしている。
アフリカは、日本からの帰国者が少ないこともあって、南ア共和国から影響を受けてた南東アフリカ共和国、南西共和国、北アフリカ共和国などがあるが、すでに21世紀の文明(日本文明と呼ばれている)をほぼ享受している南ア共和国に比べるとその発展は大幅に劣る。
また、地球連合は別の時代の国際連合(UN)のような組織であり、日本の東京に本部があり、先にあげたような国々が代表を送り込んでいる。そして、“地球”連合としたのは長期的に考えて、地球と言う星に住むもの達として持続的な生活、生産活動をするという点を強調したかったのだ。
ちなみに地球連合は軍を持っており、過去100年に52回の出動を行って、国家間の紛争や地域的な紛争を止めている。無論この軍は日本の自衛隊が主体になっていて、艦船、戦闘機や攻撃、さらに戦闘車両等の軍備はすべて日本が供給している。
日本も依然として自衛隊を持っているし、各国が軍をもつことはできる。そして、化学肥料や化学繊維の生産は行っているので、爆薬は作れるし、様々な機械工業が各国で発達していることから、銃器は各々も国で生産できる。
しかし、21世紀の電子技術に支えられた情報と通信システムを用いた銃器の精密なコントロールや艦船、航空機さらに戦闘車両は日本が固く秘匿にしているので、他国ではできない。
アメリカは在日米軍の関係から、それらの機能等のノウハウは持っているが、製造のノウハウはもっていないので、今のところ地球連合軍は大規模な戦いでは圧倒的に強い。しかし、小火器による戦いの場では必ずしも絶対ではなく、治安維持の段階ではそれなりの被害を出している。このため、虐殺事件などを起こす治安維持活動の相手に対して容赦ない対応をすることになっている。
「あ、始まるようね。日本国総理大臣の山根恵美さんが出てきたわ」
これは日本政府のセレモニーだから、司会の開会の言葉に続いて総理大臣の講演があるのだ。司会者の案内に応じて、白髪交じりの厳しい顔をして小柄な山根総理が、壇上に上がってきびきびと歩いてくる。
演壇の後ろで会場に一礼して、正面を向き原稿を取り出したが、それを見ずにおもむろに話し始める。
「100年前の今日、日本列島の3島は1億2千万人の日本人を乗せてこの世界に忽然と現れました。この世界は、その日本人にとって概ね530年の世界でした。日本はその世界では、世界中の国々と交易して様々なものを売り、その代わりに食料や原料を買ってその国民が生活していました。
つまり時震によって、その買う相手そして売る相手がいなくなったのです。そのために、我々の大先輩の日本の政府は、国民を飢えさせないために、そしてその生活を守るために緊急の開発計画を策定して、豪州、北アメリカ、アラビア、南アなどで農場を開発して穀物を栽培し、エネルギー・鉱物資源を採取しました。
そのことで、国民は飢えることなく、また生活も大きな影響を受けることなく続けることが出来ました。また、そのことで、日本人が多く住む豪州共和国、南ア共和国、アラビア共和国の礎を築き、日本への安定した食料・資源の供給が可能になったのです。
しかしながら、先ほども申し上げたように、日本は多くの優れた工業製品を世界中に売って、代わりに食料や資源を買っていたわけですので、国内に巨大な産業力を抱えていました。だから、時震によってその産業の方向を変える必要に迫られたのです。
その過程において、多数の人々が豪州、アメリカ大陸、南ア、アラビアなどに移って行って、広大な土地と資源を生かして産業を興して暮らすようになりました。
一方で、日本は時震時点の世界の人々に比べ、極めて豊かで便利な生活をしていました。そして、私たちの先祖はその生活を世界中の人々も同様にできるようにしようとしました。それは、一つにはそういうことが可能である以上は、そうすることが正しいと思ったからであるし、もう一つはそうして豊かになった隣人と付き合うことで、自分たちも豊かになろうとしたためです。
そのために、世界開発銀行という組織を作って、各国に資金を提供してインフラ整備、産業開発を進めることで経済成長を助けようとしたのです。その融資の原資は日本がほとんどを提供しましたが、様々な設備を売ることでわが国の経済。雇用にも利益がありましたし、豊かな隣人が増えることに利益はより大きいものでした。
そうすることで、違う歴史において技術が優れたものが他の土地を奪い、住む人々を酷使するような事態は避けられました。そんなことをするより我々の持ち込んだ技術を使って自国で豊かになる努力をした方の効率がいいからです。人々が相争う戦争という事態は人類の宿痾でありました。
これの原因のほとんどはもっと豊かになろうとしてでのことです。そして、先ほど言った手段でそうする理由をなくし、さらに地球連合軍の抑止力によって過去100年大きな紛争と戦争を食いとめてきました。
しかし、ここで考えなければならないことがあります。私たちはこの世界に現れることで、別の歴史に比べたぶん時計の針を400年くらいも進めてしまいました。実のところ、この世界に現れた日本が存在した地球は危機的な状況にありました。
主として人口の急激な増加によって、水は不足し、農地は足りず、資源は不足し、大気中の二酸化炭素の増加によって、温暖化が進み、気候が年々激化していました。日本が去った後の地球がどうなったか、あまり楽観的な予想はできないのが現実です。
つまり、地球に快適に住める人口には限りがあるということです。ですから、日本は世界の人々に向けてバースコントロールを強く求めました。それをしなかった場合には、地球の人口は年率で2%は増えるでしょうから実際には9億2千万の今の時点で34億人、100年後に125億人になります。100億人は人々が様々な我慢をしても限界でしょう。
我々は地球に人々が豊かにかつ快適に住める限界は30億人と考えています。だから、我々の目標は次の200年間で30億人にして、その後は横ばいにしたいと思っています。我々日本が進んだ技術と考え方を持ち込んだために、地球が滅んだということのないようにしたいのです。
さて、地球の温暖化については、人口を先ほど言った水準に抑えても、ある程度進むという研究結果があります。しかしながら、それに対して皆様も聞かれたように、つい最近解決策が見出されました。それは、核融合発電で、ようやくにして融合反応を安定的に保つことが出来ることが実証されました。
さらにその燃料たる、ヘリウム3の合成にも成功しています。このことで、ヘリウムという核分裂物質に比べ各段に存在量の多い物質を燃料としてエネルギーを得られるようになったのです。むろん、この核融合炉は巨大設備であるために、実現には様々な障害があります。
しかし、人類皆が豊かに快適に永遠に暮らしていけるという、道筋は見えたと思ってよろしいと考えます。今後地球の人々はより豊かになって、争う理由がなくなって仲良くなれるものと私は信じます」
山根首相は一礼した。2千人余りの出席者の拍手はいつまでも鳴りやまなかった。
時震という現象は、日本人という民族にとっては地球上で大きな地歩を占めるチャンスの幕開けであったが、同時に大きな悲劇でもあったし、遷移期の混乱の幕開けでもあった。だから、その日を記念した“祭り”が、単純に祝うのみのことでないのは当然である。
「倉田さん、時震から100年なんだよね。でも、日本にとっても、私の国である欧州連合国は無論として世界にとってもいろいろあった100年ではあるね」
地球連合の環境大臣であるジェシア・アダムズが、隣の席の日本政府の環境大臣の倉田翔に話しかける。彼らの会話は日本語であり、現在では大学以上の教育を受けたものはすべてが日本語をしゃべれて読み書きもできるし、世界の人口の半分は日本語の会話ができると言われている。
日本語において、しゃべり言葉が簡単な割に難解な書き言葉は改められて、漢字の数も減少して、基本的にカタカナも無くなった。他の言語では人口が最大の1億2千万を越える中華帝国の国民が、言葉は日本語からきた漢語を多用しながらも北京語を用い、書く言葉は日本のひらがな風の40音の文字を使っての文章を用いている。
他の大国は、アメリカ共和国の人口が4200万人で英語を用いているが、人口の70%が日系で人口が4100万人の豪州が日本語を用いるなど、世界の共通語は紛れもなく日本語である。
アダムズ女史の言葉に倉田が応じる。
「ああ、そうだね。とは言っても技術のおかげで人々の動きが加速はされたけど、前の時代の悲劇は避けられたよね。とりわけ、別の歴史の君らが引き起こした異民族の征服と略奪・圧政という悲劇をね」
「はは、そうよね。私も別の歴史を学んだけれど、結局は血で血を洗う戦争を繰り返した欧州という土地柄に育った人々が、食い詰めて富を求めて世界に散っていったということね。彼らは姿形、肌の色も同じ人々を殺してきたのだから、肌の色が違い容貌も異なる人々を迫害し殺すことに躊躇がなかったということね。
悪いことに、そこに航海術と鉄砲と大砲を操る技術が洗練されつつあり、軍事的に他の民族を圧倒できたのだから、もう止まれないわね。たぶん、日本が同じ立場になったら同じことをしていたでしょう。事実、日本も遅れてきた帝国主義の国として同じことをしかけていたよね」
アダムズ大臣はあっけらかんと言う。
彼ら欧州の白人は、別の時間線の歴史を学んで、コロンブス等の新大陸での振る舞いを知識としては知っているが、彼らにとって起こらなかったことなので実感はない。だから、倉田のようなことを言われても、別段反感も怒りも沸いてこないのだ。それに、日本の別の歴史も良く知られているので、同じ穴のムジナと思っている。
「でも、“別の歴史”を知っている日本がこの世界に現れなかったら、同じことが起きたでしょうね。そして、日本がその狭い島にも係わらず1億2千万もの人口を抱え、その島々に100年前の世界としては途方もない産業のシステムを持っていたということね。
それに、他を従わせるだけの軍事力を持っていたということは世界にとって幸運だったわ。無論比較的抑制的と言われていたその武装を、結局威嚇以外には使うことはなく、朽ちさせてしまったわね。私自身は、なにより日本に感謝したいのは、日本がいわゆる他民族の征服ということを考えもしなかったことね。
多分、前の行いの反省の上に立ってのことでしょうが。しかもそれだけでなく、自ら世界に向けての世界開発銀行という融資機関を作ってインフラ・産業システムの構築を促して他民族の経済成長を助けてくれた」
そこで倉田が口をはさむ。
「まあ、判っていると思うけど、それは日本にも都合あってのことだ。現に日本の産業も世界開発銀行の融資に基づく世界からの需要が無ければ、回らなかった面はあったからね。まさにウィンウィンの関係だったよ。それに、確かにそれなりの国を形成した地域を侵すことはなかったけど、豪州、南ア、アラビア半島やその他資源地帯などは遠慮なく領有したよ。
日本人主体の独立国にしたものの、原住の人々はいたのにね。それに領土だって、台湾と樺太まで広げたものね。結局自分の都合で動いたんだよ」
「そうね、確かに私もそこの部分は研究したから良くわかっているわ。むろん、日本は自分の利益ありきで行動したことは事実よね。おかげで、資源国・農業国を日本人がコントロールする国として押さえて、資源・食料の供給に関しては完全に安定した状態と価格で輸入出来ているわね。
まあ、食料については今の日本の人口は7千万人を切っているのもあるけど、自給率は80%を上回っているからほとんど心配ないようね。金属やエネルギーの資源はまだ世界に有り余っているけど、自分の民族で確保しているのは大きいわね。
いずれにしても、日本は別の世界線の歴史から学んで、様々なことを世界に言ってみれば強制してきたわね。環境問題・資源の枯渇などに最も大きいファクターは人口よね。時震時点での世界人口は最新の研究では4億7千万人、今が9億2千万と言う推定ね。100年間の増加としては2倍位で控えめね。これはくどいほど日本が圧力をかけた成果だわね」
彼女が言うように、日本は自分たちが享受してきた21世紀の文明を世界にもたらすべく、世界開発銀行という組織を構築し、大勢の専門家を世界に派遣してインフラと産業設備の建設を大々的に援助した。そして、それに並行して教育と社会システム、公共機関・会社組織の構築も同様に助力した。
そして、日本は援助の基本的な方針に関しては、別の歴史を繰り返さないように以下とした。
①人口爆発の防止:急速な資源不足、環境悪化の主原因は人口増加であることから、地球人口は時震暦300年に最
大30億人としてその後横ばいをターゲットとする
②環境保全:水域、大気、土壌の汚染防止、化石エネルギー使用の制限→自然・原子力のエネルギーの活用
③人権の尊重:自らの経済行為に際して他民族を含めて人権の尊重、他国の場合には地球連合を通じて努力する
こうした目標に沿って、バースコントロール手法が策定され、まず教育による啓蒙を行う。さらに避妊具、ピルの低価格販売、多くの子供がいる場合には税制面での差別を行うなどが実行された。基本的には、貧しくやることがないと、人はセックスに走り結局子供ができる。
問題はそのようにして生まれた子供は、十分な教育を受けられず2級市民として生きていかざるを得ないことである。日本は、世界へのテレビの普及を急いだ。未開の地では言葉もバラバラであることが多いが、テレビによって言語の統一を図れる場合いが多く、別の歴史で途上国と言われる国々でそのことを実証している。
日本でも、テレビの普及によってすべての人々が標準語をしゃべれるようになったことは事実である。そのほかに、画面の中の豊かな生活を見て、違う水準の生活があることを知り、そのために努力するようになるという一面もある。
もっとも国によっては、3人以上子供を産んだ女性に避妊リングを付けることを強制している場合もあるようだが、日本としては口を出してはいない。
いずれにしても、豊かになることで、出生率が下がることは事実であるが、このことにはテレビの普及も一役かっていると実証されている。このような努力の結果、概ね人口が把握できるようになった過去100年の世界の人口増加率は0.67%で非常にと言っていいほど緩やかであった。
しかし、200年後に30億人の目標人口ということは、今後人口増加率は0.6%弱に抑える必要がある。それでもこの点は、国を挙げて人口増加を呼び掛けても、特殊出生率が1.5以下にしかならなかったという別の歴史の経験からすれば不可能ではない。要は手おくれになる前に手を打とうということだ。
日本人国籍の者については、日本政府はバースコントロールで世界をリードすべき日本が、他より高い人口増加を見せるわけにはいかないという姿勢であった。懸念されたのは空きスペースの増えた日本と、広大な海外へ移住した日本人のタガが緩んで大きな人口増加を見せないかということであった。
それで、日本も強力なキャンペーンと様々に制度上の歯止めをかけて、多数の子供を持つことを防止しようとした。その結果、日本列島にいた日本人の子孫の人口の増加は、ほとんど全体と同じ増加率の年平均0.6%であり、それも混血したものが多く、子孫2億2千万の内いわゆる純粋な日本人は9千万になっている。
ちなみに、現在の世界の国々は日系の国として、天皇を元首とする台湾・樺太までを含む日本国、豪州共和国、南ア共和国、アラビア共和国があり、他にアジアには主な国として中華帝国、ベトナム王国、フィリピン共和国、タイ王国、東南アジア共和国、インド王国、アラビアモスリム国などがある。
また、欧州については時震暦30年には、イングランド、スコットランド、アイルランド、スペイン、イタリア、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、オーストリアなどが合同して欧州連合が成立した。これはおおむね別の歴史のEUのようなものだった。
しかし、EUとは違い経済成長という確固たる目標と、世界開発銀行の融資の元での発展という共通点があったために、順調に融和が進み、10年前には欧州連合国という中央政府を成立させた。ただ、イギリス、フランス、スペイン、デンマーク、ドイツなどは王制を残したままである。
アメリカ大陸のうち北アメリカは多くの面積をアメリカ共和国が占め、豊富な資源を活用して農業大国、さらに工業国への道をたどっている。またメキシコ共和国は別の歴史の領土に、中米を大部分含む領土を占めて豊富な資源を活用し、農業国・資源国として発展しつつある。
南アメリカは日本から帰国した日系人が中心になって、大西洋岸のブラジル共和国と太平洋岸のインカ共和国を作り、農業の適地と資源のある場所を開発するという虫食い状の国造りをしている。
アフリカは、日本からの帰国者が少ないこともあって、南ア共和国から影響を受けてた南東アフリカ共和国、南西共和国、北アフリカ共和国などがあるが、すでに21世紀の文明(日本文明と呼ばれている)をほぼ享受している南ア共和国に比べるとその発展は大幅に劣る。
また、地球連合は別の時代の国際連合(UN)のような組織であり、日本の東京に本部があり、先にあげたような国々が代表を送り込んでいる。そして、“地球”連合としたのは長期的に考えて、地球と言う星に住むもの達として持続的な生活、生産活動をするという点を強調したかったのだ。
ちなみに地球連合は軍を持っており、過去100年に52回の出動を行って、国家間の紛争や地域的な紛争を止めている。無論この軍は日本の自衛隊が主体になっていて、艦船、戦闘機や攻撃、さらに戦闘車両等の軍備はすべて日本が供給している。
日本も依然として自衛隊を持っているし、各国が軍をもつことはできる。そして、化学肥料や化学繊維の生産は行っているので、爆薬は作れるし、様々な機械工業が各国で発達していることから、銃器は各々も国で生産できる。
しかし、21世紀の電子技術に支えられた情報と通信システムを用いた銃器の精密なコントロールや艦船、航空機さらに戦闘車両は日本が固く秘匿にしているので、他国ではできない。
アメリカは在日米軍の関係から、それらの機能等のノウハウは持っているが、製造のノウハウはもっていないので、今のところ地球連合軍は大規模な戦いでは圧倒的に強い。しかし、小火器による戦いの場では必ずしも絶対ではなく、治安維持の段階ではそれなりの被害を出している。このため、虐殺事件などを起こす治安維持活動の相手に対して容赦ない対応をすることになっている。
「あ、始まるようね。日本国総理大臣の山根恵美さんが出てきたわ」
これは日本政府のセレモニーだから、司会の開会の言葉に続いて総理大臣の講演があるのだ。司会者の案内に応じて、白髪交じりの厳しい顔をして小柄な山根総理が、壇上に上がってきびきびと歩いてくる。
演壇の後ろで会場に一礼して、正面を向き原稿を取り出したが、それを見ずにおもむろに話し始める。
「100年前の今日、日本列島の3島は1億2千万人の日本人を乗せてこの世界に忽然と現れました。この世界は、その日本人にとって概ね530年の世界でした。日本はその世界では、世界中の国々と交易して様々なものを売り、その代わりに食料や原料を買ってその国民が生活していました。
つまり時震によって、その買う相手そして売る相手がいなくなったのです。そのために、我々の大先輩の日本の政府は、国民を飢えさせないために、そしてその生活を守るために緊急の開発計画を策定して、豪州、北アメリカ、アラビア、南アなどで農場を開発して穀物を栽培し、エネルギー・鉱物資源を採取しました。
そのことで、国民は飢えることなく、また生活も大きな影響を受けることなく続けることが出来ました。また、そのことで、日本人が多く住む豪州共和国、南ア共和国、アラビア共和国の礎を築き、日本への安定した食料・資源の供給が可能になったのです。
しかしながら、先ほども申し上げたように、日本は多くの優れた工業製品を世界中に売って、代わりに食料や資源を買っていたわけですので、国内に巨大な産業力を抱えていました。だから、時震によってその産業の方向を変える必要に迫られたのです。
その過程において、多数の人々が豪州、アメリカ大陸、南ア、アラビアなどに移って行って、広大な土地と資源を生かして産業を興して暮らすようになりました。
一方で、日本は時震時点の世界の人々に比べ、極めて豊かで便利な生活をしていました。そして、私たちの先祖はその生活を世界中の人々も同様にできるようにしようとしました。それは、一つにはそういうことが可能である以上は、そうすることが正しいと思ったからであるし、もう一つはそうして豊かになった隣人と付き合うことで、自分たちも豊かになろうとしたためです。
そのために、世界開発銀行という組織を作って、各国に資金を提供してインフラ整備、産業開発を進めることで経済成長を助けようとしたのです。その融資の原資は日本がほとんどを提供しましたが、様々な設備を売ることでわが国の経済。雇用にも利益がありましたし、豊かな隣人が増えることに利益はより大きいものでした。
そうすることで、違う歴史において技術が優れたものが他の土地を奪い、住む人々を酷使するような事態は避けられました。そんなことをするより我々の持ち込んだ技術を使って自国で豊かになる努力をした方の効率がいいからです。人々が相争う戦争という事態は人類の宿痾でありました。
これの原因のほとんどはもっと豊かになろうとしてでのことです。そして、先ほど言った手段でそうする理由をなくし、さらに地球連合軍の抑止力によって過去100年大きな紛争と戦争を食いとめてきました。
しかし、ここで考えなければならないことがあります。私たちはこの世界に現れることで、別の歴史に比べたぶん時計の針を400年くらいも進めてしまいました。実のところ、この世界に現れた日本が存在した地球は危機的な状況にありました。
主として人口の急激な増加によって、水は不足し、農地は足りず、資源は不足し、大気中の二酸化炭素の増加によって、温暖化が進み、気候が年々激化していました。日本が去った後の地球がどうなったか、あまり楽観的な予想はできないのが現実です。
つまり、地球に快適に住める人口には限りがあるということです。ですから、日本は世界の人々に向けてバースコントロールを強く求めました。それをしなかった場合には、地球の人口は年率で2%は増えるでしょうから実際には9億2千万の今の時点で34億人、100年後に125億人になります。100億人は人々が様々な我慢をしても限界でしょう。
我々は地球に人々が豊かにかつ快適に住める限界は30億人と考えています。だから、我々の目標は次の200年間で30億人にして、その後は横ばいにしたいと思っています。我々日本が進んだ技術と考え方を持ち込んだために、地球が滅んだということのないようにしたいのです。
さて、地球の温暖化については、人口を先ほど言った水準に抑えても、ある程度進むという研究結果があります。しかしながら、それに対して皆様も聞かれたように、つい最近解決策が見出されました。それは、核融合発電で、ようやくにして融合反応を安定的に保つことが出来ることが実証されました。
さらにその燃料たる、ヘリウム3の合成にも成功しています。このことで、ヘリウムという核分裂物質に比べ各段に存在量の多い物質を燃料としてエネルギーを得られるようになったのです。むろん、この核融合炉は巨大設備であるために、実現には様々な障害があります。
しかし、人類皆が豊かに快適に永遠に暮らしていけるという、道筋は見えたと思ってよろしいと考えます。今後地球の人々はより豊かになって、争う理由がなくなって仲良くなれるものと私は信じます」
山根首相は一礼した。2千人余りの出席者の拍手はいつまでも鳴りやまなかった。
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すごく面白いです素晴らしい作品です
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感想、有難うございます。
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