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第3章 時震後1年が経過した

65. 地震暦5年(1497年)4月、北アメリカ

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 さて、アメリカ共和国である。現在の人口は250万人であるが、ネイティブが160万に達しており、メキシコのテリトリーを除く北アメリカ全体を領土として宣言している。そして、そこは資源の宝庫であり、寒冷地や砂漠を含むが、耕作に適する広大な平地に恵まれている。

 その面積は2000万㎞2に近く、豪州の770万㎞2をはるかにしのぐ。ただ、1/3は寒冷地で実質的に不毛であるが、豪州にしても中央部は雨量が極めて少なくかつ、地表に塩分が多く不毛であるので、人が住むに適する面積はアメリカ共和国が遥かに多いということは言える。

 ちなみに、面積と言う意味ではロシアも名を挙げるべきである。その21世紀の領土は1700万㎢に達するが、数千の在日ロシア人が“帰国”した現在においても、この時点では精々がその1/4が支配権である。
 一方で、日本は樺太までは領有宣言を出したが、大陸には手を出していない。なにも、旧ロシア領のような寒冷地に手を出さなくても、もっと農耕に適し、必要な資源が取れる場所がいくらもあるのだ。それに、ロシアに関しては様々な経緯から、日本政府も国民もあまり関わりあう気はない。
 
 とは言え、ロシアからも帰国者を中心に、様々な開発のための資金要請を日本政府や世界開発銀行あてに上げているが、征服者で暴君のイヴァン大帝の時代であるため、なかなか審査に通るような計画は難しい。従って、ロシアの経済成長は遅々たるものになるであろうと予想されている。

 アメリカ共和国には、日本から帰国した米軍関係者が中心になって開発している地域の他に、日本政府が開発した2つの大きな事業地がある。これは“以前”と同じカルフォルニアと呼ばれる地域の広大な農場とそのための町、これまた日本政府主導の肥料鉱物である塩化カリウムの採掘を行っている鉱山とその鉱山町である。

 農場は概ね100km四方の地域の半分を占める『日の丸農場』、それを運営する5千の人々とその家族に彼らを支える3万人の日の丸町から成る。カリウム鉱山は苅山鉱山と呼ばれ、その鉱山町は人口1万5千人の刈山町であるが、積出港としてシアトルを整備してそこの人口も1万を超えている。これらの町の住民は、現状のところ日本国籍であるが、近いうちにアメリカ国籍に移行する予定になっている。

 アメリカ共和国としての活動は、在日米軍中心に始められたが、実のところスムーズな船出とは言えなかった。彼らは、横須賀にいた原子力空母を始め、高価な兵器は持っていたが、原始的な環境にある母国を開発するようなノウハウも機器の所持も限定的であり、双方において日本からの大きな助けを借りる必要があった。

 一方で日本としても、日米安保条約は完全に有名無実のものになり、米軍の存在も必要ないものになったことは明らかであった。そして、国の裏付けのない軍が巨大な軍備を持って日本にいることは、むしろ有害という判断に日本政府が至ったことは当然であろう。

 そこで、米軍内部でアメリカでの建国に動きがあることを掴んだうえで、日本政府からの協力を申し出たのだが、空母を含む艦船、航空機などを引き取ることを申し入れている。アメリカ軍も自ら置かれた状況は十分理解しており、そのことから自分達が持つ精密機器である装備を長期的に維持できないことも判っていた。

 それに、如何にしても在日米軍の力では自衛隊と闘っても勝てる道理はなく、その面では争う余地はない。しかし、それは通常兵器でのことで、日本にいたドナルド・レーガンには核ミサイルが5基積んでおり、それを使えば日本を屈服させることも可能である。

 事実、事情を知る高級将校の中には、それをもって日本を脅して支配するという意見を持つ者もいた。しかし、それは少数であってどうするかグダグダ議論をしているうちに、自衛隊の急襲部隊が係留された空母に襲来した。それは、ヘリ及び地上から麻酔ガス弾が艦内に多数打ち込まれ、100名ほどのガスマスクを被った部隊が乗り込み、ミサイルを休止状態において、米軍が操作できないようにした。

 無論、米軍側は猛烈に抗議したが、日本側は国内に持ち込みを禁止されている核ミサイルを持ち込んでいることに対する措置として突っぱねた。無論、日本政府も空母等の大型艦艇は日本に寄港する際にわざわざ核を下すとは思っておらず、核を積んでいることは暗黙の了解ではあったが、それはそれ、これはこれだ。

「貴官は逆の立場であれば、この局面で100キロトンの核を積んでいるミサイルを、自国内で所持する軍を放置しますか?」
 抗議に反論した日本側の将官の言葉に、米軍も反論できなかった。そして、結局米軍基地はすべて日本に移管され、航空機などの大型兵器も日本に引き渡された。

 それに対しては担当した若い少尉が上官に訴えた。
「大佐殿、このような新鋭の戦闘機を日本に引き渡してもよいのですか?我々が持っていれば、それが抑止力になりますが、かれらがそれを持つと歯止めがかからなくなります」

 それに対して、上官の40代後半の大佐はフンと鼻で笑って返した。
「何をいまさら。我々がこれらの戦闘機を持っていても、日本の助けを借りずには維持管理ができん。彼らにしても、我が国からの部品供給がなくなるので、苦労はするだろうが維持はできる。もっとも現今の世界の軍は500年前の水準だから使い道はないだろうがな。空母や戦闘艦だって一緒だ。精々が示威に使えるだけだ。
 そういう我々だから、日本に勝てる訳はない。精々が嫌がらせ程度だ。核を持っていれば別だが、彼らに抑えられてしまったからな。だから、日本が世界を征服しようと思えば、我々がこれらを持っていようといまいと簡単だ。それよりは、自分たちの国を作る方に協力させる方が利口というものだ」

「日本は世界を征服するでしょうか?」若い将校は沈んだ声で言った。
「結果的には、世界を席巻するだろうよ。それは武器でなく、進んだ知識とその人口によってな。それに、この時代の世界人口は多分5億人くらいだ。そこに、極めて進んだ知識を持って、進んだ文明社会の1億2千万もの人口を抱えた日本という国が現れたわけだ。
 我々もアメリカに帰って建国するつもりだ。しかし、アメリカは帰る意思を示している合衆国国籍の軍人2万5千、一般人10万余りにとって余りに広い。そして、そこには多分100万を超えるインディアン、いやネイティブか、彼らがいる。だから、日本人を大量に入れるしかないだろうよ。

 その国はたぶん、人口としては日本人が主体になったものになるだろうな。まあ、ヨーロッパ、中国それにインドなどすでに国が出来ているところは、そうならないだろうが、いずれの近代化を目指すには日本の金と技術を借りないとどうしようもない。日本は征服しないとしても席巻するな。それは間違いない」

 大佐は言った。この言葉を若い少尉は受けとめたが、実際に理解したのはしばらくたってからである。
無論、彼らがアメリカに帰国するには様々な折衝を日本側と行っている。その矢面に立ったのは、実施者としての軍の意向を受けての大使館である。そこで大きな問題になったのは、日本政府が所有している1兆ドルものアメリカ国債であるが、これについては日本政府内でも大いに議論があった。

 つまり、今後アメリカ建国に当たっては、実質日本が出資する世界開発銀行から巨大な融資を受けざるを得ないだろう。つまり、1兆ドルに加えてそれと同額程度の融資をする可能性がある。巨額の国債を抱える日本政府としては、それを帳消しにはできない。

 国債の半分は、日銀が所有しているので帳消しにできるとしても、残り半分の金融資産にアメリカ国債も含まれているのだ。そして、C型感染症で膨らんだ国債は、時震対策の開発などでより膨らむことは確実である。
 しかし、この開発は間違いなく将来プラスになる性質のものであり、日本政府は一連の開発で得た資源・農場などを日本政府所有とした。これは、最も大きな開発である豪州、アメリカ西海岸の農場、アラビア第1油田の石油、南アの金などの資源、北米の塩化カリウムなどであり、これらの産出物に一定の税を乗せることで、十年程度の期間で国債の償還はできる見込みである。

 また、カナダのテリトリーまで含もうというアメリカ共和国の国土及び資源は、今までのアメリカ国債、さらに今後見込まれる融資を遥かに上回ることは確実である。そこで、日本に輸入される共和国の産物を一定の値引きすることで返済をすることになっている。

 さて、アメリカの開発であるが、日本がその食糧調達の必要性から、西海岸のカルフォルニアに暫定2万㎢、中期的には3万㎢を上回る面積の農場開発を行っている。これは豪州と共に日本の総力を挙げたプロジェクトであり、重機や機材の調達、さらに人材の割り当てにおいて、費用の清算は後付けという資本主義国ではありえない手法をとっており、ありとあらゆる便宜が図られた。

 この工事が間に合わないと、国民が飢えるというぎりぎりの状態のことで、やむを得ない選択であったと最終的には認められた。この日本政府による開発に比べると、共和国建設のための農場やインフラ整備の緊急性ははるかに劣り、殺気立った日本人技術者から米軍の軍人が「邪魔だ、どけ!」としばしば怒鳴りつけられるという嘗てであれば極めて珍しい光景が見られた。

 そこで、アメリカ側の方針は、非公式ではあるが『小判サメ手法』として、出来るだけ日本側の邪魔をしないように、日本側の工事の成果を出来るだけ有効に利用するものとしたのだ。つまり、日本の手で超緊急工事が実施される概ね1年は、日本の工事と動線が重ならないように、独自の都市インフラに注力することにしている。

 そして、日本側の農場開発がひと段落した時に、日本の作った港湾機能、道路・水路などのインフラを把握したうえで出来るだけ有効に利用する計画を策定するものとした。農場については、日本に送り出す莫大な穀物の量に比べると先住民にもある程度の援助をするとしても、アメリカで必要な量は微々たるものである。だから、日本の農場の周辺に少し自分の農場をつぎ足すだけで足りるのだ。

 そして、動員された重機の種類も数も莫大なものであり、それはインフラ開発に極めて有用なものである。一方で、それらは日本において工事現場などから引き抜いてきたものも多くあり、今後は北海道・沖縄の開発にも使う予定になっている。

 しかし、日本では全力で生産工場の増・新設も含めて重機類の生産にかかっていることもあって全数を持って帰る必要はない。だから、これらはアメリカ共和国の開発に非常に有用であった。問題はオペレータ・メンテナンス要員を含む人材であるが、日本の建設部隊は最盛期において20万人を超えており、この要員に対するアメリカ側のリクルートに応じて、5万人ほどの日本人の技能者と技術者が大陸に残ることを承知した。

 おかげで、時震後2年目からの共和国のインフラ整備は極めて順調に進んだ。とりわけ、資材を要しない整地や道路建設は極めて急速に進んだ。その中で、石炭、石灰石、石油、鉄鋼などの鉱山が開発されて、それに応じて、日本に残った大使館の活躍もあって、製鉄プラントセメント製造プラント、石油精製プラント、製材プラント、各種機械製造プラント、食品加工プラントなどが海を越えて運び込まれた。

 これらはすでに稼働しており、それにともなって、鋼材・セメント・瀝青材を含む生成された石油類が自給されており、自動車を含む機械工業も勃興した。ただ、現状では精密機器の国産までには時間がかかると見做されており、自動車の組み立て工場はあるが、エンジンをはじめとする主要部品は日本から来ている。

 とは言え、ロサンゼルスには国際空港が完成して運用がなされ、西海岸の道路の半数ほどは舗装がなされ、首都ロサンゼルス、カルフォルニア、シアトルを中心として市街地とビルディングが次々に完成している。一方で、時震暦5年4月の段階では先住民を加えても全体の人口は250万人たらずである。さらに21世紀の文明を支える機器の多くが日本から搬入されていることから、人口はネイティブを除いて日本からの運送に利便性が高い西海岸に集中している。

 先住民の早期の教化の観点から彼らのテリトリーには、プレハブの役所、学校などの公共施設、また部分的に住宅も建設されてして建国されたが、全土に人々が居住して活動するまでは数世紀を要すると言われる。

 ちなみに、メキシコについては、時震の時点では農業生産性の高い中央の湖沼地帯を中心にアステカ帝国という国が現存しており、人口も1100万を数えるので、この時間軸では大きな人口を誇っている。そのことから、面倒ごとを嫌ったアメリカ共和国がアステカ帝国のテリトリーを避けて領土化を宣言したという経緯があった。

 しかし、その支配体系は宗教と武力に頼って征服した地域を広げてきた原始的なもので、搾取もひどく征服された地域からの反抗も激しかった。その割に、スペイン人が上陸後は原始的な火縄銃を持った彼らに好きなようにやられ、簡単に侵略を許している。そして、スペイン人の持ち込んだ天然痘を中心とした疫病によって、大部分の国民を失って滅ぼされたのだ。

  日本人妻洋子をもつジーロ・オンザルは建国を目指して、祖国メキシコに帰ってきたが、自らの資産で機材等を持ち込んだこともあって、帰国した21世紀人のリーダーとなった。そして、早々にいけにえを捧げる儀式を柱とする原始的な宗教に耽溺し、腐敗したアステカ帝国は存続させるべきでないという結論になった。

 当初、彼らはアステカ皇帝を王としてメキシコ王国とするという構想を持っていたが、皇帝がコントロール不能と言う結論がでた。そのために、アステカ皇族の血をひくオンザルが皇帝にとって代わって、最終的に共和制にするというように計画を変更している。

 すでに、軍に対してはヘリコプターで首都の上空を飛び回り、小銃と船内の工作機械で製作した無反動砲の威力を見せて、敵わないことは認識させている。
 国の名前のメキシコについては、アステカにさかのぼる太陽と軍の神の名ということで、メキシコ共和国として支障はないということで、メキシコ国籍を持つ1200人に、さらに主として銀や金、さらに石油を開発している日本人1100人の賛同を得ている。

 このクーデターは、軍を抑えているので簡単であり、銃を持った100人の部隊が帝国のいけにえを捧げる儀式に乱入し、心臓をえぐられようとしたいけにえの女性を救出してジーロ・オンザルが宣言する。
「私は、この帝国と民の滅亡を防ぐために神より遣わされたものだ。神は私に皇帝アウィツオトルにとって代わるようにおっしゃっておられる」

 甚だ乱暴な話であり、皇帝は殺したいという意思を込めてジーロを睨んでいる。しかし、100名の小銃を構えた小隊を控えているジーロには何もできない。その後すぐに、800人の21世紀人と、2500人の2年間の教育を受けた若いネイティブが首都のテノチティトランを席捲して、たちまちメキシコ共和国の建国を宣言した。時震暦4年4月のことであった。

 
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