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第3章 時震後1年が経過した

59. 時震暦2年(1494年)4月、スペイン

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 時震暦2年(1494年)4月スペインにおいては、日本でじっくりと勉強したクリストファー・コロンブスが大活躍している。彼は、豊かなアメリカ大陸発見者としての名声の反面、新大陸において数々の残虐行為を行った。そして、その結果として、その後に続くスペイン・ポルトガル人による原住民への略奪・虐殺、さらに伝染病によるジェノサイドのきっかけを作ったとして近年では評判が悪い。

 しかし、10数年の年月をかけて西回りの航路の存在とその利点を説き、遂には自らが航海に乗り出して新大陸を発見したことは優秀な指導者としての素質を証明している。なにしろ、船で西にどこまでも航海していくと、やがてその船は円盤の地球からこぼれると言われた時代である。

 コロンブスが“帰って”きたのは、日本で半年ほどの期間を過ごして、冬になろうかという時期であった。日本に連れて行った12歳と5歳の息子のディエゴとフェルナンドのうち、ディエゴは留学という形で日本に残した。息子の保証人には、コロンブスを日本に連れて行ったTTテレビの佐藤ディレクターがなっている。

 佐藤は、幸い親の大きな家の敷地に家を建て増して住んでおり、親の家も含めれば、ディエゴが住む充分なスペースがあり、しかも佐藤にも15歳の娘と12歳の息子がいて住まわせるのに都合がよかったのだ。また、コロンブスとその息子は、日本においてすっかり人気者になっていて、その人気者である息子を預かることは佐藤にとって仕事上にメリットがある。

 何といってもコロンブスは、世界史に輝く偉人である。その新大陸発見後の振る舞いによって、否定的な評価はあるが、本人がいみじくも言ったように、彼の時代において非難されるものでなかった。そして、彼はその後の歴史を学んで、自分が行ったかもしれなかった行動が、日本の人々にとって忌むべきものであることも理解して率直にそのように語っている。

 そして、2人のその息子は細く鋭い風貌の父親と違って、母親に似たせいか丸みを帯びて誠に可愛い少年であり、かつ賢く、2ヶ月もすれば日本語である程度の会話ができるようになった。だから、彼ら3人の父子はテレビ番組にちょくちょく出演する人気者になったのだ。

 彼が、日本にいて懸命に学んでいる間にも、スペインではカトリック王国スペインのカトリック両王であるイサベル女王とフェルナンド王の承認の下で、在日スペイン大使であった、アドラ・パブロ・フランコが宰相に就任して着々と経済成長政策を策定していた。
 
 その中心をなすのは、国民の大部分が従事している農業の生産性を上げて、余剰労働力を生み出して工業・商業への従事者を生み出すことである。その手段としては面積当たりの収量を上げること、有機肥料の生産への効果を含めて牛馬を多量に導入すること、さらに機械力を導入することである。

 これらは、日本に研修に派遣されていたスペイン王国の農水省の職員であった、カルラ・スクレ・コンテス女史が実質的な中心になってまとめている。面積効率を上げることについては、三圃農業はすでに半数ほどの地域で導入されていた。
 だが、マメ科の植物の窒素固定のメカニズムを使っているため無対策よりは増しではあるが、休耕の時期が入ることもあって収量に限界がある。だから、より高い収量のために有機肥料に加えて化学肥料を大々的に導入する計画になっている。

 これは、窒素肥料については大気中の窒素を固定するプラントを自国で生産し、リンとカリウムについてはイギリスなど他欧州国家と共同で比較的近場から鉱石の形で採掘しようとしている。この点では資源の在りかがすでに判明していることが大きなアドバンテージになっている。

 ただ、リンはポルトガルに蚕食されつつあるモロッコ、モスクワ大公国の時代のロシアであり、採取に大きな困難はないと考えられるが、この時代の一国で手に余る事業である。だから、これらの肥料は割高になっても、当分は日本からの輸入に頼る予定である。その日本は、すでに窒素は大増産を始めており、窒素は太平洋のナウル島から、カリウムはカナダから大規模な採掘を始めている。

 また面積効率を上げるという点については、面積当たりの収量が小麦の10倍になるイモ類であるジャガイモを大々的に導入して、この時点ではすでに1年目の収穫を終えているので、飢えの恐れはない。牛馬に加えて鶏を飼育することは、国民に栄養をつけるという意味でも重要であり、今後大々的に増やしていくが、多数を輸入する先はないので、地道に増やしていくしかない。

 また、農業に機械力を導入することは、省力化に最も効果があることは明らかであるが、その為にはトラクターやコンバインなどの農業機械の配備と燃料の供給システムが必要である。しかし、農業機械の生産に欧州が乗り出すにはまだ少なくとも7~8年を要すると考えられる。

 これらの製品は、日本から購入することになるが、日本では自国の豪州、北米の開発農場やアメリカ共和国と欧州の注文に応じて短期的に大増産を行っており、この時点ではもはや十分以上に生産能力があった。だから、スペインにもすでに第2陣の機械が到着している。

 燃料については、日本の開発は単一の油田としては世界一であるアラビア第1油田で集中しており、この油田の生産はすでに始まって日本の需要を満たす量を送っている。石油はそのままの形では内燃機関は使えないので、精製が必要である。だが、精製工場は未だ欧州ではスペイン、イギリス、イタリア、フランス、ドイツで建設中で今はまだ完成していない。

 石油精製によっては、燃料油、潤滑油の他様々な化学燃料が作られるので、石炭からコークスの生産と並んで近代工業に必須の設備であるから、各国はこぞって建設に走っているのである。そして、その工場建設のキーになる設備機器は日本からの輸入に頼るほかにない。

 その点は、硫安などの窒素肥料の生産工場も同様に重要であるので、同時に建設が進んでいるが、これまた日本からの機器が無いと建設が出来ない。従って、これらの機器・工業原料を買うための通貨はもっぱら、世界開発銀行(WDB)からの融資(日本円)に頼っている。

 石油と天然ガスは、欧州では北海油田が有名であるが、採掘コストが高すぎで現在では手を付けないことになっている。ただ、この時代にはまだイギリスのロンドン周辺、フランスのパリ周辺、ドイツに小規模な油田があって、この時期の欧州限定的な需要には十分な価値がある。

 すでにイギリスとフランスでは、これら小規模油田の生産が始まっているが、その精製工場が出来るまではそれほど意味はない。だから、大規模な油層のあるバクー油田の開発を肥料鉱物と同様に欧州の国々が準備している。この油田は、歴史的には中東の石油の生産を始めるまでは、世界の大半の需要を賄っていた。

 ちなみに、国民の動物性のたんぱく摂取量を増やすという意味では。即効性があるのは漁業の振興であるので、コンテス女史は、水産業にも注力しようとしている。その背景には、自動車の活用で大量高速輸送が可能になり、かつ冷凍・冷蔵技術が使えるようになったことがある。

 この点では、漁網及び木造小型漁船を大量生産し、漁船に船外機をつけることで機動力を持たせて、漁獲高を大幅に高めており、すでにほぼすべての家庭で鮮魚を料理に用いるようになっている。この水産物の大増産、イモ類の導入で飢餓線上にいた貧民に類する人々も飢えることはなくなった。

 また、工業については鉄がその根幹になることは、歴史を見ても明らかである。スペインは欧州において大きな存在感があったのは、石炭と鉄鉱の資源があり、当時としては規模の大きい鉄鋼業があった。その中心地のバスク地方のビスカヤ県に製鉄所と製鋼所それにコークス工場を急ぎ建設している。

 これらは時間短縮のために、設計図は日本にあった既存のものをそのまま用いた。また、材料のうち、耐火煉瓦は日本からの指導員の下で現地において製造するのと平行して、日本で工場の構成機器を製造して船で運んで組み立てるという工程を組んでおり、製鉄燃料になるコークス炉はすでに稼働している。

 ちなみに、石炭を蒸し焼きにしてコークスにする理由であるが、石炭の中には硫黄分が含まれており、これがもとで生成する硫化物が鉄には非常に有害なのだ。だから、木炭が樹木を蒸し焼きにするように、石炭を蒸し焼きにして硫黄分を始めとした様々な成分を追い出す。

 そのことで、コークスは木炭と同様に製鉄に用いることができ、かつタール分を始めとする様々な有用な化学材料が得られる。アスファルトを始めとした瀝青材もその一つで、スペインではコークス工場の稼働により舗装道路を建設できるようになった。

 経済成長には農業も含めて、工業、商業の振興が必要であるが、そのためにはインフラ基盤の整備、すなわち、道路、鉄道、港湾、空港などの交通基盤、さらに電力、熱供給、上下水道などの基盤の整備が要求される。むろん、すでに、宰相の地位にある元日本大使のフランコが指揮を取ってまとめた経済成長政策には、こうしたインフラ整備計画も含まれている。

 これは、日本の外務省が各国の大使館に供与したガイドラインにこうした計画の必要性は網羅されており、詳細の計画例、実施要領が順次追加されて大いに活用されている。こうした資料は、21世紀人で日本に滞在していた人々が祖国に帰った場合には、多かれ少なかれ船による日本との流通ルートができるので、その船に乗せて送り込んで来るのだ。

 ただ、環太平洋である場合は、日本の静止衛星の見通し範囲に入るので、インターネットで送られてくる。なお、無線による連絡は、日本が設けた世界各所の中継所を通じて、21世紀人が“帰った”場所であれば世界中どこでもつくようになっている。だから、日本にいたコロンブスは、スペイン及び本当の意味での祖国であるジェノバを含むイタリアの状況を、マスコミと日本外務省の発表によって把握していた。

 欧州には日本の人々の関心も高いために、マスコミも取材クルーが常時1班か2班が送り込まれて、毎週のように特集番組が放映されている。この点では、豪州とアメリカ共和国も同様で、変わったところではメキシコもアステカ帝国という存在もあって度々テレビクルーや学術調査団が入り込んでいる。

 さて、スペインのインフラ整備であるが、最初に行われたのは交通網計画である。道路、鉄道、沿岸航路を21世紀の状態を参考に現状の人口分布、計画されている産業の立地などを考慮して組み上げた。空路については、国際空港をバレンシア郊外に計画することになった。当面は、国内線については、それに回す機体が無いので見送ることはやむを得ない。

 なお、現在のスペインの首都はセビリアであるが、アラブ勢力との争いを念頭においた立地であるので、国の西側に寄りすぎて不便ということで、海に面したバレンシアが次の首都となることになっている。
 これは今後国土建設をしていくうえで、海上輸送された物資を大量に用いることを考慮すると、海に面し港湾建設が容易で国の中心に比較的近いということで選ばれたものだ。また、現状では鄙びた港街であるバレンシアであれば、近代都市計画も容易という事情もある。

 このような状況の下で、スペイ全土で農場改良、道路・港湾・鉄道・空港島のインフラ建設、更には工場の建設が行われると、多数の人手が必要になり、農業の省力化の余剰人員や、多数いた兵士も労働力に組み入れられた。どのみち、欧州では公式ではないが、日本政府の肝いりで在日大使が集まって不可侵の協定を結んでいるから、兵力を減らしても侵略の恐れはほぼない。

 この状態に不満な君主もいたが、侵略などをするより、国土の開発に没頭するほうがずっと利益があることが数値をもって説明されている。さらに協定を破った場合には、日本からの借款と機材供給が止まることを説明されおり、いくら戦闘的な人物でも戦は起こせない。

 コロンブスがスペインに帰ったのは、様々なプロジェクトが一斉に動きだしたところであり、まさに動き出した計画を管理できるものが全く足りない時期であった。なお、コロンブスには生まれ故郷であるジェノバに帰る選択肢もあった。しかし、すでにそこにはすでに彼の足場はなく、有力者との個人的なつながりはなかった。

 一方で、スペインでは一定の立場を築いており、とりわけ両王のうちイザベル女王には、彼に一旦許可した新大陸への出航を取り消したという負い目があった。それに、彼が日本で大歓迎を受けていることは、スペインでも知られている。だから、彼の日本での名声はスペインの借款と機材の獲得に有利であると、元日本大使のフランコ宰相は判断している。

 だから、彼はコロンブスが日本にいるうちに、大いにその影響力を用いるべく様々な交渉に狩りだしている。人気者であったコロンブスの影響力が強かったのは、むしろ機材の調達先の民間企業であったが、その面にこそ相手への好意がプラスに働くので彼の働きは大きかったと言えるだろう。

 なお、フランコは日本には信頼するパブロ公使を残しており、日本政府と、東京に本部のある世界開発銀行の本店、さらに資機材の購入先の企業との交渉に当たらせている。そういう彼の動きと計らいがあったので、今後経済成長計画を実現していかなくてはならない新生スペイン王国には、実質的にフランコ元大使以外の人物はいなかったと後に言われている。

「コロンブスさん、日本ではご苦労様でした。いろいろ動いて頂いたおかげで、機材の購入はスムーズに進みました。どうですか、半年たった後のパロスとこのセビリアの印象は?」

 1492年12月8日、フランコ宰相は愛想よく聞いた。この日、宰相は日本から帰って来たコロンブスに挨拶を交わした後、セビリアの仮宮殿における自分の執務室の応接セットに向かい合って座っていた。

「ええ、港に大きな船が8隻も居りましたので驚きました。それから、新しい長い桟橋が出来ていて、そこにトラックが横づけしてクレーンで荷下ろししていました。それに、パロスからこのセビリアへの道も広くなって、砂利を敷いていましたから、ここに着くのも早かったですよ。途中で多くの自動車に出会いました」

 現状では、地中海岸のパロスと、ビスケー湾沿いのサンタンデールを日本からの荷の受け入れ港として使っている。前者は自動車などの輸送機器、農業機械や建設機械・機材を主として荷揚げし、後者に荷揚げするのはビスケー湾沿いに建設されるコークス、製鉄、製鋼工場建設のための機材である。

 ただ、パロスについては、1年以内に現在港湾設備の建設に入っているバレンシアにその機能を移す予定になっている。さらに、それと同じ時期に首都機能もセビリアからバレンシアに移ることになる。

「それで、コロンブスさんは、すでにお送りした我が国の経済成長計画をお読みになりましたか?」
「ええ、読ませて頂きました。大変野心的な計画ですが、私が日本で学んだことからすれば合理的な計画だと思います。計画通りになれば良いと心から思いますね」

「ええ、我々は実現は十分可能だとは思ってはいますが、大きなネックがあります。それは人材であり、少なくとも管理者の立場のものは、管理者としての能力と相当な21世紀の技術と社会への理解が欠かせません。わがスペインの場合、21世紀の国民は3300人ですが、我が国の様々な開発計画に協力を申し入れているのは2000人弱であり、その中で管理者に適する人は百人足らずです。
 その意味で、貴方は別の歴史で管理者として優れた才能を証明しましたし、日本で21世紀の技術と社会を学ばれました。だから、是非あなたには我が国の経済成長計画の中枢を担ってほしいのです」

 暫く沈黙が落ちた。コロンブスにはすでに日本にいるパブロ公使を通じて、いま宰相が言っているようなボジションの打診はあったのだ。コロンブスは、無論そのやって来たことから見ても野心にあふれた人物である。その野心は豊かになりたいということもあったが、傑出したことをやりたいという意欲の方が強い。

 確かに歴史の中の自分は、世界史に残る傑出したことをやって名を遺したが、最後はそのやってきたことの結果として名誉を剥ぎ取られて終わった。その意味では、この21世紀から来た宰相の言うように、この国の経済成長の中心になって働けば、歴史の中の自分ほどではないだろうが、名誉に包まれるであろう。

 そして、それは富を築くという訳にはいかないだろうが。最後に名誉を剥ぎ取られるようなものではない。なにより、可愛い2人の息子には尊敬される父親でいられるだろう。実のところ彼の返事は決まっていたのだ。

「はい、そのお話をお受けします」
 彼はそのように回答し、彼は経済政策大臣として、21世紀人の助けを借りて、その後12年に渡ってスペインの経済・産業政策のかじ取りをした。
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