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第3章 時震後1年が経過した
51. 1493年4月、メキシコ開発とアステカ帝国
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ジーロ・オンザルは、一家でアカプロコに帰ってきた。不自由な生活をすることは覚悟の上での帰国であるが、彼らにとってのメリットは、1万5千トンの貨物船に満載した資材は、(株)アステカ交易のものであり、この会社は実質的にオンザル家がオーナーなのだ。
むろん大部分の品物は、メキシコの地に㈱アステカ交易改め㈱アステカ開発の、今後の開発のためのものである。しかし、その一部は、オンザル家のためのプレハブ住宅であり、発電機やエアコンを含む電化製品、さらにランクルやバイクが含まれるのは何らおかしいことではない。
ちなみに、アステカ交易という会社名は、ジーロが命名したものであるが、事実かどうか判らないもののオンザル家にはアステカ皇帝の血が入っているということからである。オンザル家は、征服者であるスペインの血は入っていないということなので、500年の時の流れを考えれば、この話が事実である可能性は高い。
ジーロは、アステカという名は今後開発を行っていく上で有利であると判断して、今後の活動を考慮してアステカ開発という会社名に改めた。現在のアステカ皇帝であるアウィツオトルが、どの程度その民から認知されているかは判らない。
しかし、アステカという名を冠すること自体は、間違いなくそれなりの重みをもって受け入れられるだろう。それに、21世紀において、その名の会社を運営していたことは事実なのである。
アカプルコは、3年前にアステカ帝国の領土に編入されていた。それまでは、地方の領主が治める土地で、丸木船による漁と、畑から採れる産物で暮らす人口千人ほどの領であった。領主一家はアステカ帝国との戦いで、死ぬか追い払われ、その代わりに帝国の代官が、領主が住んでいた家に駐在している。
こういう場合は高圧的に出た方が良いので、マカルーノ・プルナ大使を押し立てて、代官に面会を強要する。そして、代官である中年の官吏に対して、通訳のメリダ・トランポが重々しく皇帝陛下から入国と開発の許可を得たという告知書を掲げ、一方的に居座ることを宣言する。
その後ろには、ジーロ・オンザルも無論加わっているが、89式小銃を掲げた若手20人と、ステンレス製の柄に取り付けたぴかぴかの槍を持った20人が続いている。前者の小銃は、現地の治安が安定していないことに鑑み、日本政府が開発団に中古の89式小銃50丁、弾1万発を供与したものだ。自衛隊も89式は20式小銃と交換が始まっているので余剰品が出てきているのだ。
後者の槍は、現地の武器が、青銅の小刀と青銅の穂の槍であることから、見栄えがよい槍にしようということで、ジーロが日本で工場に頼んで作らせたものだ。これは、滑り止めがついていて、こん棒としても使えるので、むしろ訓練では剣より使い勝手がよかった。
また、白の夏服を着た大使と通訳を除いて、これらの武器を持った者は、軍服のような半袖のユニフォームに身を包んでいる。代官屋敷にも20人ほどの兵たちがいた。しかし、彼らは部分的に皮を使ったぼろっちい鎧のようなものを着けた者が5人ほどで、後はふんどしに上半身にぼろを巻きつけているという感じの者達である。
武器は鎧を着けたものが剣を持ち、他の者が槍をもっているが、どう見ても強そうではない。指揮官役を務めているジーロが、これらのメンバーを船で時間を取って訓練して、素人軍団ではあるが出来るだけ整然と行動するようにしている。だから、それなりに強そうに見えたという、それを見ていた妻の葉子の弁である。
結局、皇帝の印のある木簡を掲げたものものしい一行の要求に、辺境に配置された代官が逆らえる訳もなく、鋼製の桟橋の建設による港湾の整備、上陸して宿舎の組みたて、森の伐採と開発を全て唯々諾々と飲んだ。
早速始まったのは、鋼杭を打って横桁を取り付け床の鋼材を組み立てる桟橋組みたてである。これが出来ないと、重機や車両に貨物を揚陸できず、ボートで人が細々と上陸させることしかできない。作業船については貨物船の1隻が改造されていて、クレーン、バイブロハンマー、発電機等の設備を備えている。
それを使って、日本から連れてきた専門技能職が手早く組みたてていき、6日後には完成ではないが桟橋が使用可能になった。最初に重機が上陸して、宿舎と荷置き場の用地を整地して、プレハブの仮設住宅を組み立てていく。オンザル一家は、すこし離れたところに自宅用に持ってきた高級仕様のプレハブの住宅を組み立てた。
開発団の当面の予定は、アカプルコをそれなりの港町にして、近いうちに乗り込んでくる日本企業の受け入れを可能にすることである。その為には、港湾設備の充実のみならず都市機能を持たせるために、市街地整備、道路、雨水排水、上下水道、電力などのインフラ整備が必要になる。
また、アステカ帝国の首都があり、メキシコシティが建設されるメキシコ盆地へのアクセスもまた緊急案件になっている。そこは、2000mの標高があるために熱帯の沿岸に比べてやはり住環境として優れており、将来改変するメキシコ王国の首都にしたいと考えられている。
ちなみに、アカプルコはアステカ帝国の領土になっているだけに、メキシコ盆地からの道路は無論ある。しかし、それは沿岸から標高2000mの盆地に至る直線で300kmの道程で、地形に沿った曲がりくねった道である。基本的にラバに乗るか、徒歩でのみ通行が可能であり、マウンテンバイクなら走破できても、車では到底通過はできない。
だから、ブルドーザ―とバックホー、ダンプトラックで隊列を組んで、ランドクルーザーで何とか通過できるように道路を拡幅して、橋を架ける工事を開始している。オンザル一家は、アカプルコに腰を据えている。彼らは、入港後2週間で、5LKのプレハブ邸宅に住むようになったが、この家は桟橋が使えるようになった後の1週間で完成したことになる。
しかし、家の中は組み立て式のベッドを除くと流石にがらんどうに近いが、各部屋のエアコン・照明は設置している。だから、ディーゼル発電機、太陽光パネルと蓄電池も持ってきており、電力は十分賄える。クローゼット、やテーブル・イスなどの家具類は、現地で順次作らせるように計画して、すでに工房が出来ている。
ちなみに、上陸した570人余の人々は、まずは40人がメキシコ盆地への道路建設に旅立ち、残りがアカプルコの市街地建設と、周辺の農場開発に従事している。大使一行は、ラバに乗って390kmの山道をメキシコ盆地に行く根性などあるわけもなく、道路が開通するまで待って、帝国の代官とだらだら何やらやっている。
毎日忙しく走り回るジーロに対して、葉子は息子達に娘と一緒に学校を開いた。元々、彼女はメキシコシティで語学学校を主宰していたのだ。それは、日本語とスペイン語の両方の学校で、日本に行きたいメキシコ人に日本語を、メキシコに赴任してきた日本人にスペイン語を教えるものだった。
その語学教室は、大学院まで卒業した葉子の工夫で、目的の語学のみならず、日本、メキシコの社会を深く知ることができるということで、評判が良くなかなか繁盛していたのだ。葉子が子供をその学校に引き込んだのは、なかなか優秀な成績であった2人の子供に教師役をさせるためである。
彼女が生徒として考えているのは、先住民の子供と若者、さらにアステカ開発で雇う先住民である。彼らは、教えようとしている日本語・スペイン語の知識も算数、理科、社会、歴史も全く知識がないわけである。だから、内容的には15歳の息子のアダン、13歳の娘のユラ、10歳の末の息子のカケルが十分教えられる。
無論、3人の子供はまだ学校に行っている年齢であり、教えた経験がなくて未熟である。しかし、人に教えるほど本人の勉強になることはないのだ。そして、彼らが足らないところの基本的な学業は彼女が、または上の子が下に教えればよいし、専門的な学業は仕事をしながら学べば良いと考えている。
彼女は、実のところ社会人の知識としては、中学までの内容で十分と思っている。社会において特殊な職業を除いて微分や積分など使うことはまずない。
自分の夫のジーロは、大学院での学業成績そのものは自分よりかなり劣ったが、商売において、また人を率いるにおいて重要な嗅覚とセンスはずっと上だ。そして、子供はどちらかと言えば、努力をすると言う意味では自分に近いが、嗅覚とセンスは夫に近いものを感じる。
だから、子供も一緒にメキシコに連れて帰って、体験の中で学ぶ形で成長を促すということで、学校を一緒にやろうと思ったのだ。どのみち時震以降は、日本も含めて全く違った世界になることは間違いない。そこにおいて、日本との関係を密に持つこと自体は重要であるが、その場は日本である必要はない。そのことは、夫ともじっくり話をしてでのメキシコ帰りであった。
ちなみに、学校を開く費用については、半分程度は日本政府の貸付金を使ったが、教える自分たちの人件費を含めて他の費用は㈱アステカ開発で賄っている。これは、出来るだけ早く言葉を出来るようにして、開発の仕事で先住民を雇おうと考えているからである。
つまり、いずれにせよアステカの民に対して文明化はしたいと思っているが、その為の手順として商品を買うという所から始める必要があると考えている。しかし、民は購入のための金を持たないので、彼らに何らかの作物を作らせるかまたは雇って金を稼がせ、その金で商品を買わせるのだ。そのために、ジーロは莫大な雑貨を持ち込んで商店を準備している。
問題は通貨であるが、無論メキシコペソを新規に準備しようという話もあったものの、議論の結果、時間的に無理であり、何より必要な信用の裏付けがないということで、日本円を使うことになった。どの道当分の間は、21世紀的な物品は日本以外からは入手できないのだ。
そして、そうなると日本円を入手できるような輸出品が必要になる。だから、金と銀、及び石油の開発とカカオの栽培の拡大を急いでいる。学校は名前を「アカプルコ総合学校」にして、プレハブの3Kx5k(5.4×9m)の2階建ての校舎から始まった。机は折り畳み式の長机で、椅子は折り畳みのパイプ椅子だ。
先生は人件費をかけないために、葉子と15歳から10歳の2人の息子と一人の娘だ。生徒は、近所の家々を回って賢そうと判断された、男3人、女3人の6人だ。通訳をメリダ・トランポに頼んで、いくつかの質問をしてその答えと、簡単なゲームをして判断したのだ。
いずれは義務教育にするのにしても、理解を遅い子供を、通訳もいない状態で一から育てる余裕はない。だから、ある程度賢い子として選んだ6人を早く戦力化して、彼らを通訳及び教員助手に使うのだ。彼らの年齢は、8歳から13歳でまだ労働力としては微妙な年齢であったので、親も贈り物を受け取って学校に通わせることを納得したのだ。
まず考えなければならないのは、教える言語を日本語にするかスペイン語にするかである。アステカ帝国の公用語である古代ナワトル語については、21世紀の者は数人しか理解できない上に、アステカ帝国でも理解できるものがせいぜい半分程度と推定されている。さらにこの言葉は言語体系として、社会を近代化するためには完全に不適として最初に捨てられた。
21世紀のメキシコの言語は征服者が持ち込んだスペイン語であるが、現状では日本からのメキシコ人の帰国者の言葉でしかない。そして、その科学、経済他のあらゆる知識のスペイン語の文献は日本にある物しかなく、極めて限定的である。また、メキシコの位置は静止衛星のお陰で、日本とのインターネットが繋がるので、その日本語のデータベースが使えるのだ。
そのように考えると、政治的なポリシーは別として教わる者の利便性を考えれば、日本語を教えるべきであろうということで、アカプルコ総合学校では日本語を教えることになった。オンザル一家の子供たちは、葉子が体系的に日本語を教えているので、スペイン語ほどではないが相当に日本語は出来る。
最初の生徒である6人の子供は、住居が3㎞圏内であるので、最初の日は子供たちが手分けして歩いて迎えに行った。やって来た子供は、大体は毛皮か麻のぼろを体に巻き付けて革ひもを腰で結んだ服装である。半分はある程度着ているものを洗っているようだが、半分は相当に臭くて垢まみれである。
葉子は、風呂のある建物の前で子供たちを並ばせて日本語で言った。
「よくいらっしゃいました。あなた達は、このアカプルコ総合学校の第1期生です。今後あなた達はここで学んでこの国の中枢を担うようになるでしょう。まずは、体を綺麗に洗いましょうね」
どうせ、彼らには全く意味は解らなので、手を引いて男風呂、女風呂に分かれた脱衣所と洗い場に、3m四方の風呂桶からなる風呂場に連れて行った。そして、脱衣場で、アダンとカケルが男の子、葉子とユラが女の子の着ているものを剥ぎ取る。そしてまず湯をかけて、ざっと洗って風呂桶に浸ける。
最初は飛びだそうとするものもいたが、押さえつけて浸からせて我慢させる。ぬるめの湯で10分経ったところで、2人を引き上げ、1人は湯船に腰かけ待たせる。2人にはナイロンたわしにたっぷり石鹸をつけて体をこする。そうすると体を洗う習慣のない子供からは面白いほど垢が出る。
体をひとしきり擦ったあとに、自分達でも擦るように身振りで教え、その間に残りの子も洗う。さらに、目を瞑るように手真似で教えて頭からシャワーで湯をかけて流し、シャンプーをかけて髪をわしゃわしゃ擦り、その後シャワーで洗い流す。
そのような1時間余りの奮闘の結果、ぼさぼさ頭ではあるが、まあまあ綺麗になって石鹸の臭いのする6人の子供に、パンツとTシャツ、短パンを与えて着させる。履くものは樹脂のサンダルである。しかし、男の子も女の子も余りにぼさぼさ頭なので、頼んで待機していたもらった理髪の心得にある人に、男は刈り上げ、女の子は肩までに切りそろえてもらう。
こうして、ようやく準備の整った生徒は、優秀そうな者を選りすぐっただけのことはあって、21世紀の普通の生徒と変わらないように見える。彼らには、まず教師役の4人の名前を言えるように何度も繰り返して言葉に出させる。さらに、各々の名前を言わせる。男の子の一人だけは、アステカ帝国の地方役人の子であるせいか、姓があったが、他は名のみで姓はない。
その後、2時間ほど20インチの画面で、グーグルアースの映像を使って念入りに地球の様子を見せて、現在の自分たちのいるところを認識させた。さらに21世紀の日本の様子を見せ、自動車、列車、船などの映像を見せた。後で聞いたところでは、大きな衝撃を受けたようだが、意味は余り判っていなかったようだ。
このように、週に6日、各日5時間程度の授業と、実習として料理や軽作業を行った結果、6人は基本的な言葉は理解して、言いつけを聞くことができ、数字を理解して2桁程度の加減計算はできるようになった。そして6人が、服を貰って家から通うなかで、様々なお土産を持って帰るのを見て、多くの少年・少女が親にも言われて学校に来たがるようになった。
こうした者も受け入れ、さらにジーロの商売で雇うものの教育のための生徒を受け入れていった結果、時震1年の1493年4月には、アカプルコ総合学校には202人の生徒を受け入れている。そして、その内の120人はジーロが雇用している従業員ということになる。その教育に、最初に集めた6人が助手として大いに活躍しており、一定の報酬を得ている。
また、この時点ではアカプルコの町並みはそれなりに整ってきており、町役場にあたる平屋の庁舎も、壁をブロック、屋根は木造の骨組みに断絶材と波鋼板を組み合わせた屋根材の構造として完成している。なお、メキシコ盆地までの砂利道路は1ヵ月半前に完成して、大使以下30人がアステカ帝国の首都へ乗り込んでいる。
彼らは、当面プレハブ住宅を持ち込んで宿舎として、アステカ帝国への働きかけを行っているが、進展は殆どないようで、むしろアカプルコで好き勝手をしていると苦情に見舞われているらしい。これはある程度当然であり、何らかの具体的な利益を示さない限り、帝国側も歩み寄ることはない。
だから、メキシコ盆地で何らかの産業を興す必要があるが、現状のところ盆地内の湖岸以外の地での農業、首都の北方350㎞の地にある世界最大級の銀山であるFresnillo鉱山の開発を考えている。
そのために、アカプルコからメキシコ盆地への2車線化がほぼ完成しているところであり、間もなくFresnillo鉱山開発に手を挙げた日本の業者が入って来る予定になっている。なお、ユカタン半島西部の石油、ロスフェロス金山の開発についてはすでに進入道路が着手されている。
むろん大部分の品物は、メキシコの地に㈱アステカ交易改め㈱アステカ開発の、今後の開発のためのものである。しかし、その一部は、オンザル家のためのプレハブ住宅であり、発電機やエアコンを含む電化製品、さらにランクルやバイクが含まれるのは何らおかしいことではない。
ちなみに、アステカ交易という会社名は、ジーロが命名したものであるが、事実かどうか判らないもののオンザル家にはアステカ皇帝の血が入っているということからである。オンザル家は、征服者であるスペインの血は入っていないということなので、500年の時の流れを考えれば、この話が事実である可能性は高い。
ジーロは、アステカという名は今後開発を行っていく上で有利であると判断して、今後の活動を考慮してアステカ開発という会社名に改めた。現在のアステカ皇帝であるアウィツオトルが、どの程度その民から認知されているかは判らない。
しかし、アステカという名を冠すること自体は、間違いなくそれなりの重みをもって受け入れられるだろう。それに、21世紀において、その名の会社を運営していたことは事実なのである。
アカプルコは、3年前にアステカ帝国の領土に編入されていた。それまでは、地方の領主が治める土地で、丸木船による漁と、畑から採れる産物で暮らす人口千人ほどの領であった。領主一家はアステカ帝国との戦いで、死ぬか追い払われ、その代わりに帝国の代官が、領主が住んでいた家に駐在している。
こういう場合は高圧的に出た方が良いので、マカルーノ・プルナ大使を押し立てて、代官に面会を強要する。そして、代官である中年の官吏に対して、通訳のメリダ・トランポが重々しく皇帝陛下から入国と開発の許可を得たという告知書を掲げ、一方的に居座ることを宣言する。
その後ろには、ジーロ・オンザルも無論加わっているが、89式小銃を掲げた若手20人と、ステンレス製の柄に取り付けたぴかぴかの槍を持った20人が続いている。前者の小銃は、現地の治安が安定していないことに鑑み、日本政府が開発団に中古の89式小銃50丁、弾1万発を供与したものだ。自衛隊も89式は20式小銃と交換が始まっているので余剰品が出てきているのだ。
後者の槍は、現地の武器が、青銅の小刀と青銅の穂の槍であることから、見栄えがよい槍にしようということで、ジーロが日本で工場に頼んで作らせたものだ。これは、滑り止めがついていて、こん棒としても使えるので、むしろ訓練では剣より使い勝手がよかった。
また、白の夏服を着た大使と通訳を除いて、これらの武器を持った者は、軍服のような半袖のユニフォームに身を包んでいる。代官屋敷にも20人ほどの兵たちがいた。しかし、彼らは部分的に皮を使ったぼろっちい鎧のようなものを着けた者が5人ほどで、後はふんどしに上半身にぼろを巻きつけているという感じの者達である。
武器は鎧を着けたものが剣を持ち、他の者が槍をもっているが、どう見ても強そうではない。指揮官役を務めているジーロが、これらのメンバーを船で時間を取って訓練して、素人軍団ではあるが出来るだけ整然と行動するようにしている。だから、それなりに強そうに見えたという、それを見ていた妻の葉子の弁である。
結局、皇帝の印のある木簡を掲げたものものしい一行の要求に、辺境に配置された代官が逆らえる訳もなく、鋼製の桟橋の建設による港湾の整備、上陸して宿舎の組みたて、森の伐採と開発を全て唯々諾々と飲んだ。
早速始まったのは、鋼杭を打って横桁を取り付け床の鋼材を組み立てる桟橋組みたてである。これが出来ないと、重機や車両に貨物を揚陸できず、ボートで人が細々と上陸させることしかできない。作業船については貨物船の1隻が改造されていて、クレーン、バイブロハンマー、発電機等の設備を備えている。
それを使って、日本から連れてきた専門技能職が手早く組みたてていき、6日後には完成ではないが桟橋が使用可能になった。最初に重機が上陸して、宿舎と荷置き場の用地を整地して、プレハブの仮設住宅を組み立てていく。オンザル一家は、すこし離れたところに自宅用に持ってきた高級仕様のプレハブの住宅を組み立てた。
開発団の当面の予定は、アカプルコをそれなりの港町にして、近いうちに乗り込んでくる日本企業の受け入れを可能にすることである。その為には、港湾設備の充実のみならず都市機能を持たせるために、市街地整備、道路、雨水排水、上下水道、電力などのインフラ整備が必要になる。
また、アステカ帝国の首都があり、メキシコシティが建設されるメキシコ盆地へのアクセスもまた緊急案件になっている。そこは、2000mの標高があるために熱帯の沿岸に比べてやはり住環境として優れており、将来改変するメキシコ王国の首都にしたいと考えられている。
ちなみに、アカプルコはアステカ帝国の領土になっているだけに、メキシコ盆地からの道路は無論ある。しかし、それは沿岸から標高2000mの盆地に至る直線で300kmの道程で、地形に沿った曲がりくねった道である。基本的にラバに乗るか、徒歩でのみ通行が可能であり、マウンテンバイクなら走破できても、車では到底通過はできない。
だから、ブルドーザ―とバックホー、ダンプトラックで隊列を組んで、ランドクルーザーで何とか通過できるように道路を拡幅して、橋を架ける工事を開始している。オンザル一家は、アカプルコに腰を据えている。彼らは、入港後2週間で、5LKのプレハブ邸宅に住むようになったが、この家は桟橋が使えるようになった後の1週間で完成したことになる。
しかし、家の中は組み立て式のベッドを除くと流石にがらんどうに近いが、各部屋のエアコン・照明は設置している。だから、ディーゼル発電機、太陽光パネルと蓄電池も持ってきており、電力は十分賄える。クローゼット、やテーブル・イスなどの家具類は、現地で順次作らせるように計画して、すでに工房が出来ている。
ちなみに、上陸した570人余の人々は、まずは40人がメキシコ盆地への道路建設に旅立ち、残りがアカプルコの市街地建設と、周辺の農場開発に従事している。大使一行は、ラバに乗って390kmの山道をメキシコ盆地に行く根性などあるわけもなく、道路が開通するまで待って、帝国の代官とだらだら何やらやっている。
毎日忙しく走り回るジーロに対して、葉子は息子達に娘と一緒に学校を開いた。元々、彼女はメキシコシティで語学学校を主宰していたのだ。それは、日本語とスペイン語の両方の学校で、日本に行きたいメキシコ人に日本語を、メキシコに赴任してきた日本人にスペイン語を教えるものだった。
その語学教室は、大学院まで卒業した葉子の工夫で、目的の語学のみならず、日本、メキシコの社会を深く知ることができるということで、評判が良くなかなか繁盛していたのだ。葉子が子供をその学校に引き込んだのは、なかなか優秀な成績であった2人の子供に教師役をさせるためである。
彼女が生徒として考えているのは、先住民の子供と若者、さらにアステカ開発で雇う先住民である。彼らは、教えようとしている日本語・スペイン語の知識も算数、理科、社会、歴史も全く知識がないわけである。だから、内容的には15歳の息子のアダン、13歳の娘のユラ、10歳の末の息子のカケルが十分教えられる。
無論、3人の子供はまだ学校に行っている年齢であり、教えた経験がなくて未熟である。しかし、人に教えるほど本人の勉強になることはないのだ。そして、彼らが足らないところの基本的な学業は彼女が、または上の子が下に教えればよいし、専門的な学業は仕事をしながら学べば良いと考えている。
彼女は、実のところ社会人の知識としては、中学までの内容で十分と思っている。社会において特殊な職業を除いて微分や積分など使うことはまずない。
自分の夫のジーロは、大学院での学業成績そのものは自分よりかなり劣ったが、商売において、また人を率いるにおいて重要な嗅覚とセンスはずっと上だ。そして、子供はどちらかと言えば、努力をすると言う意味では自分に近いが、嗅覚とセンスは夫に近いものを感じる。
だから、子供も一緒にメキシコに連れて帰って、体験の中で学ぶ形で成長を促すということで、学校を一緒にやろうと思ったのだ。どのみち時震以降は、日本も含めて全く違った世界になることは間違いない。そこにおいて、日本との関係を密に持つこと自体は重要であるが、その場は日本である必要はない。そのことは、夫ともじっくり話をしてでのメキシコ帰りであった。
ちなみに、学校を開く費用については、半分程度は日本政府の貸付金を使ったが、教える自分たちの人件費を含めて他の費用は㈱アステカ開発で賄っている。これは、出来るだけ早く言葉を出来るようにして、開発の仕事で先住民を雇おうと考えているからである。
つまり、いずれにせよアステカの民に対して文明化はしたいと思っているが、その為の手順として商品を買うという所から始める必要があると考えている。しかし、民は購入のための金を持たないので、彼らに何らかの作物を作らせるかまたは雇って金を稼がせ、その金で商品を買わせるのだ。そのために、ジーロは莫大な雑貨を持ち込んで商店を準備している。
問題は通貨であるが、無論メキシコペソを新規に準備しようという話もあったものの、議論の結果、時間的に無理であり、何より必要な信用の裏付けがないということで、日本円を使うことになった。どの道当分の間は、21世紀的な物品は日本以外からは入手できないのだ。
そして、そうなると日本円を入手できるような輸出品が必要になる。だから、金と銀、及び石油の開発とカカオの栽培の拡大を急いでいる。学校は名前を「アカプルコ総合学校」にして、プレハブの3Kx5k(5.4×9m)の2階建ての校舎から始まった。机は折り畳み式の長机で、椅子は折り畳みのパイプ椅子だ。
先生は人件費をかけないために、葉子と15歳から10歳の2人の息子と一人の娘だ。生徒は、近所の家々を回って賢そうと判断された、男3人、女3人の6人だ。通訳をメリダ・トランポに頼んで、いくつかの質問をしてその答えと、簡単なゲームをして判断したのだ。
いずれは義務教育にするのにしても、理解を遅い子供を、通訳もいない状態で一から育てる余裕はない。だから、ある程度賢い子として選んだ6人を早く戦力化して、彼らを通訳及び教員助手に使うのだ。彼らの年齢は、8歳から13歳でまだ労働力としては微妙な年齢であったので、親も贈り物を受け取って学校に通わせることを納得したのだ。
まず考えなければならないのは、教える言語を日本語にするかスペイン語にするかである。アステカ帝国の公用語である古代ナワトル語については、21世紀の者は数人しか理解できない上に、アステカ帝国でも理解できるものがせいぜい半分程度と推定されている。さらにこの言葉は言語体系として、社会を近代化するためには完全に不適として最初に捨てられた。
21世紀のメキシコの言語は征服者が持ち込んだスペイン語であるが、現状では日本からのメキシコ人の帰国者の言葉でしかない。そして、その科学、経済他のあらゆる知識のスペイン語の文献は日本にある物しかなく、極めて限定的である。また、メキシコの位置は静止衛星のお陰で、日本とのインターネットが繋がるので、その日本語のデータベースが使えるのだ。
そのように考えると、政治的なポリシーは別として教わる者の利便性を考えれば、日本語を教えるべきであろうということで、アカプルコ総合学校では日本語を教えることになった。オンザル一家の子供たちは、葉子が体系的に日本語を教えているので、スペイン語ほどではないが相当に日本語は出来る。
最初の生徒である6人の子供は、住居が3㎞圏内であるので、最初の日は子供たちが手分けして歩いて迎えに行った。やって来た子供は、大体は毛皮か麻のぼろを体に巻き付けて革ひもを腰で結んだ服装である。半分はある程度着ているものを洗っているようだが、半分は相当に臭くて垢まみれである。
葉子は、風呂のある建物の前で子供たちを並ばせて日本語で言った。
「よくいらっしゃいました。あなた達は、このアカプルコ総合学校の第1期生です。今後あなた達はここで学んでこの国の中枢を担うようになるでしょう。まずは、体を綺麗に洗いましょうね」
どうせ、彼らには全く意味は解らなので、手を引いて男風呂、女風呂に分かれた脱衣所と洗い場に、3m四方の風呂桶からなる風呂場に連れて行った。そして、脱衣場で、アダンとカケルが男の子、葉子とユラが女の子の着ているものを剥ぎ取る。そしてまず湯をかけて、ざっと洗って風呂桶に浸ける。
最初は飛びだそうとするものもいたが、押さえつけて浸からせて我慢させる。ぬるめの湯で10分経ったところで、2人を引き上げ、1人は湯船に腰かけ待たせる。2人にはナイロンたわしにたっぷり石鹸をつけて体をこする。そうすると体を洗う習慣のない子供からは面白いほど垢が出る。
体をひとしきり擦ったあとに、自分達でも擦るように身振りで教え、その間に残りの子も洗う。さらに、目を瞑るように手真似で教えて頭からシャワーで湯をかけて流し、シャンプーをかけて髪をわしゃわしゃ擦り、その後シャワーで洗い流す。
そのような1時間余りの奮闘の結果、ぼさぼさ頭ではあるが、まあまあ綺麗になって石鹸の臭いのする6人の子供に、パンツとTシャツ、短パンを与えて着させる。履くものは樹脂のサンダルである。しかし、男の子も女の子も余りにぼさぼさ頭なので、頼んで待機していたもらった理髪の心得にある人に、男は刈り上げ、女の子は肩までに切りそろえてもらう。
こうして、ようやく準備の整った生徒は、優秀そうな者を選りすぐっただけのことはあって、21世紀の普通の生徒と変わらないように見える。彼らには、まず教師役の4人の名前を言えるように何度も繰り返して言葉に出させる。さらに、各々の名前を言わせる。男の子の一人だけは、アステカ帝国の地方役人の子であるせいか、姓があったが、他は名のみで姓はない。
その後、2時間ほど20インチの画面で、グーグルアースの映像を使って念入りに地球の様子を見せて、現在の自分たちのいるところを認識させた。さらに21世紀の日本の様子を見せ、自動車、列車、船などの映像を見せた。後で聞いたところでは、大きな衝撃を受けたようだが、意味は余り判っていなかったようだ。
このように、週に6日、各日5時間程度の授業と、実習として料理や軽作業を行った結果、6人は基本的な言葉は理解して、言いつけを聞くことができ、数字を理解して2桁程度の加減計算はできるようになった。そして6人が、服を貰って家から通うなかで、様々なお土産を持って帰るのを見て、多くの少年・少女が親にも言われて学校に来たがるようになった。
こうした者も受け入れ、さらにジーロの商売で雇うものの教育のための生徒を受け入れていった結果、時震1年の1493年4月には、アカプルコ総合学校には202人の生徒を受け入れている。そして、その内の120人はジーロが雇用している従業員ということになる。その教育に、最初に集めた6人が助手として大いに活躍しており、一定の報酬を得ている。
また、この時点ではアカプルコの町並みはそれなりに整ってきており、町役場にあたる平屋の庁舎も、壁をブロック、屋根は木造の骨組みに断絶材と波鋼板を組み合わせた屋根材の構造として完成している。なお、メキシコ盆地までの砂利道路は1ヵ月半前に完成して、大使以下30人がアステカ帝国の首都へ乗り込んでいる。
彼らは、当面プレハブ住宅を持ち込んで宿舎として、アステカ帝国への働きかけを行っているが、進展は殆どないようで、むしろアカプルコで好き勝手をしていると苦情に見舞われているらしい。これはある程度当然であり、何らかの具体的な利益を示さない限り、帝国側も歩み寄ることはない。
だから、メキシコ盆地で何らかの産業を興す必要があるが、現状のところ盆地内の湖岸以外の地での農業、首都の北方350㎞の地にある世界最大級の銀山であるFresnillo鉱山の開発を考えている。
そのために、アカプルコからメキシコ盆地への2車線化がほぼ完成しているところであり、間もなくFresnillo鉱山開発に手を挙げた日本の業者が入って来る予定になっている。なお、ユカタン半島西部の石油、ロスフェロス金山の開発についてはすでに進入道路が着手されている。
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───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
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渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
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日本は異世界に転移した。
帝国主義のはびこるこの世界で、日本は生き残れるのか。
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何番煎じ蚊もわからない日本転移小説です。
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毎日投稿します。
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初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
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