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第2章 過去の文明への干渉開始

33. 1492年9月、コロンブスの冒険

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 彼、クリストファー・コロンブスは絶望していた。
 彼は、ポルトガル王ジョアン2世に、何度も西回りの航海を持ちかけるもとうとう同意を得ることができず、妻も失うなかでポルトガルからパロスに移った。そこでも様々な人に西回りの航海への援助を持ち掛け、メディナセリ公爵を通じて、スペイン両王のうち時にイサベル1世の興味引き付けることに成功した。

 しかし、それからが長かった。元々ファルナンド2世の関心が薄かったこともあり、そのような冒険的な計画に否定的な高官の妨害にもあった。だから、コロンブスへの財政援助は1492年1月2日に、ムーア人の最後の拠点であったグラナダが陥落したことで、スペインに財政上の余裕ができるまで待つ必要があった。

 このイベントを受けて、財務長官サンタンヘルが、もともと興味を持っていたイサベル1世を説得し、彼女がフェルナンド2世を説き伏せ、スペインはついにコロンブスの計画を承認した。このとき、コロンブスは諦めて、まさにフランスへ向けてグラナダを出発したところだった。

 その彼を女王の伝令は彼を追いかけて捕まえ、1492年4月17日、グラナダ郊外のサンタ・フェにて、コロンブスは王室と「サンタフェ契約」を締結したのだ。その内容は以下のようなものだった。 
 1) コロンブスは発見された土地の終身提督(アルーランテ)となり、この地位は相続される。
 2) コロンブスは発見された土地の副王(ピリレイ)および総督(ゴベルナドール・ヘネラール)の任に就く。
   各地の統治者は3名の候補をコロンブスが推挙し、この中から選ばれる。
 3) 提督領から得られたすべての純益のうち10%はコロンブスの取り分とする。
 4) 提督領から得られた物品の交易において生じた紛争は、コロンブスが裁判権を持つ。
 5) コロンブスが今後行う航海において費用の8分の1をコロンブスが負担する場合、利益の8分の1をコロンブス
   の取り分とする。

 そして、喜び勇んでかかった準備がほぼ整ったところに、女王からの「サンタフェ契約」の破棄と、出航禁止の通達があり、それにはフェルナンド2世の署名があったのだ。契約には破棄の場合の罰則はないが、コロンブスのこれまでの努力からすれば損害賠償請求も可能なタイミングである。

 しかし、この時代の絶対権力を持つ王にそのようなことはできようはずはなく、今までの準備にかかった費用はスペイン王室側が負担することで泣き寝入りする他になかった。そもそも、史実では「サンタフェ契約」だって彼の新大陸での残虐行為を理由にキャンセルされて、彼は全ての地位をはく奪されている。

 意気盛んだった彼に接触して、様々な取材をしたのは佐藤という日本人とそのスタッフである。彼佐藤は、530年後から来たということで普通なら信用できないが、持っている様々なものを操って見せられると信じざるをえなかった。

 その佐藤が、コロンブスは歴史に燦然と輝く偉人であると言って、近づいてきたのだから、長く不遇であった彼が夢中になって、佐藤に対して、様々なことをしゃべったのは無理もないところである。その後に来たイサベル女王からの書簡である。その場面にサトウが居て“撮影”していたのは偶然ではないだろう。

 ようやくすこし気力を取り戻したコロンブスは佐藤に知っていただろうと責めた。しかし、佐藤の返事は「嫌な予感はあったが、知らなかった」ということであったので、その予感の意味を聞いた。

「俺達の時代ではコロンブスの評価は分かれており、とりわけ有色人には評判が悪い。その点はスペイン人の評価にも直接かかわることなので、在日スペイン大使からイサベル女王に航海の取りやめの提言があった可能性がある。そして、史実においてイサベル女王は、君の現地の人々に対する残虐行為に激怒したという点もある。
 それに、スペインの人々が帰ってきたように、コロンブスの目的地に住んでいた人々も帰っており、すでに現地は君が武力制服出来るような状態ではないよ」

 41歳の彼と同じ歳ということもあって親しくなった佐藤はそう言って続けた。
「しかしね。君が我々の歴史において、地球が丸いということを信じて、それを粘り強く周りに働きかけ、さらに実際に新大陸発見を促したことは事実だ。ただ、君の常識に従って、劣った者は利用されても仕方がないということを実行したために後世において批判されたわけだ。

 だから、良くも悪くも君はいまこの時代に生きている人々の中でも、最高の有名人だ。そして、地球というものを知っている我々の世代にとっては、いまから西回りに航海して、アメリカ大陸とその周辺に到達しても意味はないよ。だから、俺は君がその航海を禁じられたことは良かったと思うよ。
 また、後世において非難された君の新大陸における行為はなされていない。つまりまだ君の手は汚れていないのだ。どうかね。俺と一緒に来ないか? 500年後のジパングを見てみたいとは思わないか?」

 佐藤のその言葉に、コロンブスは大いに迷ったが、やはり彼らさえ来なければ、自分の一生を懸けた夢が叶ったという思いが捨てきれず、返事を保留している。しかし、鬱々とパロスに過ごしているところに、イタリアでの予定を終えた佐藤が、乗って来た船で日本に帰る途中で再度パロスの彼を訪ねて来た。

 最後にコロンブスの腹が決まったのは、イタリアに起きた変化である。つまり、彼が生まれ育ったベネツィアも加わってイタリアが統一に向かい、日本のような500年後の世界を目指すということだ。であるなら、彼が今後どうするにせよ、世界の中心になる可能性の高い日本に行くことは必ず大きな経験になる。

 また、数年後にはその場所がスペインになるかどうかは判らないが、飛行場というものが出来て1日で日本から飛んで来れるらしい。それに、日本には彼も知っているレオナルド・ダ・ビンチも行くということで、パロスにも上陸した彼にも会ったのだ。

 コロンブスは、12歳と5歳の息子のディエゴとファルナンドを連れて、佐藤らが乗って来た希望丸に乗りこんだ。なにせ貨物船の改造したものなので、それほど船内環境は良くはない。スエズ運河もない時代であり、東京港まで2万7千kmの距離を約30日で航行することになるが、コロンブスが2ヶ月強で7千kmを航行したのに比べるとはるかに早い。

 そして、コロンブスは彼らの家族3人に与えられた部屋に大満足だった。それは6畳ほどの部屋に、コロンブスのベッドと子供たちに2段ベッドが供えられたもので、一般にハンモックで寝るその当時の船員に比べるとはるかに良い待遇だ。

 さらに丸窓ではあるが、2つの窓があって換気もでき、天井には蛍光灯があって、夜でも明かりは全く問題ない。もっとも、換気は天井のエアコンも兼ねてルーバーで行われているので、窓による換気は不要である。そして、部屋には2つの机と椅子が与えられており、コロンブスは執務が、12歳のディエゴは勉強が出来るように配慮されている。

 コロンブスが喜んだのは船内の空気の爽やかさと、水洗のトイレ、さらに膜処理で海水を淡水化した真水の風呂であるが、特に気に入ったのはバイキング形式の食事である。とりわけアイスクリームを含むデザートはこの時代も王侯貴族も味わえないもので、子供2人は狂喜した。

 しかも、同行がテレビクルーであるから、殆ど無尽蔵の映像を持っており、あまりビデオ鑑賞に時間を費やさないように管理はされたが、30日の船旅は子供もコロンブスも大変に快適なものであった。ちなみにコロンブスは偉大な人物ではあるが、肖像画からも推察できるように狷介な人物であり、可愛げがある方ではない。
 しかし、息子の2人は幸いにしては母親に似たのであろう、人好きのする可愛い子たちであり、船内にいる船とテレビ関係のクルーに人気であったので、2人にとってはさらに楽しい旅になった。

 船は給油ステーションのあるアフリカのダカールに着いたが、陸側は見渡す限りのジャングルで、沿岸にはマングローブが連続している場所である。
 ステーションは沿岸に着底させたタンカーに鋼管杭で固定している構造である。そして、その船尾楼が管理員の住居になっているが、今のところ管理員は常駐しておらず、近い将来欧州行またはアメリカ大陸の西岸行きの便が増加したら常駐することになっている。

 ちなみに希望丸の航続距離は8千㎞余であるので、大体日本からヨーロッパまで、6千km毎に配置された給油ステーションがないと日本への航行はできない。ダカールまでの6千km強のヨーロッパからの帰りは、希望丸に積んでいたタンクの油を使ったのである。

 ダカールでは、管理員はいないので希望丸の船員がポンプを動かして給油をするが、このステーションでこれらの操作をする場合には、日本から無線で許可をもらう必要がある。無線は短波を使って電離層で反射させて送るもので、各ステーションはその中継も出来るようになっている。
 だから、ヨーロッパや中南米へ訪れた船は、全て日本からの無線連絡は可能であるので、各在日大使館から“帰国した”者達は乗って来た船を通じて日本と交信が可能である。

 ダカールでは、ステーションに到着前に、あらかじめ日本にある給油ステーション管理室に無線連絡をして了解を貰った後に、到着時に再度連絡をする。すると、日本からの無線でロックを解いてくれるので、その後は操作が可能になる。使用者は、日本で口座を持っていることが条件であり、油の使用料は申告した量について引き落とされる。むろん申告量は油量計でチェックされる。

「この船は速度が早いが、燃料というものが必要なだけ、ある意味で不便だし金がかかるな」給油しているところを舷側に立って眺めている佐藤に、横にいたコロンブスが言う。佐藤はイタリア語ができるのだ。
「うん、まあね。だけど、21世紀ではレースで帆船を使うものはいるけど、実用で使うものはいないな。結局確実で早い、さらに人手が不要ということが決め手だ。あれは、日本が地球の反対側まで船を送るために作った給油ステーションの一つだよ」佐藤がコロンブスの話に応じて、さらに続ける。
「ここは陸側に何もないが、次の南アフリカのケープタウンでは違うよ。あっちは相当に開発が進んでいるはずだ。何と言って世界一の金の埋蔵地だからね」
「なに、世界一の金?」歴史では、先住民から金をひたすら取り上げてようとしていたという話の残っているコロンブスの目がギラリと光る。それを承知している佐藤が少し皮肉げに言う。
「世界一の金の産地は紛れもなく、南アフリカだよ。歴史では累計で5千万ポンド位(2万2千トン)は取れている。それでも、その南アフリカという国は決して豊かな国ではなかったよ。国単位で言えば、金なんどいくら取れても全体が豊かになるほどのことはないんだ」
「5千万ポンド!そ、それは夢のような……、そんなにあればスペインという国だって」
「うーん、確かに今のスペイン王室では大変な値打ちかもしれんね。昔日本でも金が年に1300ポンド(90トン)、銀がその15倍ほど取れた街に10万ほどの人が住んでいたというからね。
世界が貧しい頃の話だね。世界が21世紀並みに豊かになると、金は個人としては大きい財産になっても国全体の経済状況を左右するほどの存在ではなくなるんだ」
それでも、コロンブスはなかなか納得ができなかったようだが、佐藤が与える資料を読んで500年の時の経過とそれに伴う生産性の向上、さらにそれによる経済発展を理解できるようになった。
元々、優秀な頭脳を持っている彼は、熱心に資料や映像をあさり、21世紀にあった世界と転移してきた日本列島について理解を深めていった。そうやって、彼らが船内で過ごすうちに、希望丸は各ステーションを経由して順調に航海を続け、15世紀の沖縄をかすめて東京湾に入っていった。
東京湾に入ったのが正午頃で、それから着岸迄の2時間半は、コロンブスと2人の息子は、最も見晴らしの良い船尾楼の上で夢中になって辺りを見回していた。佐藤はスタッフと共に離船の準備で忙しく、そこには彼ら親子だけである。
湾の両側を見渡すと、ある程度の緑はあるが特に左側は殆ど建物に埋め尽くされており、正面はかすんでいる遥か彼方まで街並みが続いている。そして、湾内を並行し行き交う巨船の群れ。遠目に見える巨大な街並みの手前で離発着する巨大な飛行機と、その先に見える高さの見当のつかない2本のタワー。
コロンブスにはそれが現実のものとは思えなかった。年長の息子のディエゴは、その途方もなさが解っているらしく左右前後を見回しながらも茫然としている。幼いフェルナンドははしゃいて手すりの中を駆け回っている。そして船は、どんどんと巨大な街並みに近づき、やがて赤い巨大な橋の下をくぐる。
着岸の寸前に佐藤が上がってきてイタリア語で声をかける。
「もう着岸だ。降りてきてくれ」その声に彼に注目した3人に、岸に広がるビル街に腕を振って言う。
「どうだ。ここが日本の首都東京だ。今では世界最大かつ最も進んだ都市だな、その経験を楽しんでくれ」
「ああ、サトウ。私もいろいろ調べてお前のいう21世紀、500年後の世界を少しは理解したよ。精々楽しんで学ばさせてもらうよ」コロンブスが答え、佐藤が応じる。
「うん、今後日本の人々にお前を紹介するよ。そして人々はお前とお前の生きて来た世界のことを知って、お前は日本と人々のことを知るわけだ」
佐藤は、すぐに彼をテレビに出演させようとはせずに、息子2人と共に、雑踏を歩かせ、東京タワー、国電・地下鉄に乗せ、新幹線に乗って名古屋、京都に行き、飛行機で九州へ、さらに青森に行った。そしてその先々で様々な人に会い話をしたが、相手には無論彼があのクリストファー・コロンブスであることを明かした上での会話である。
また、彼の日本訪問の初期は、マスコミに公開しなかったこともあって、大々的に公開したレオナルド・ダ・ビンチほどのセンセーションを巻き起こすことはなかった。だから、彼も落ち着いて日本を味わうことができた面がある。ちなみに、彼自身はその気になれば上手なプレゼンテーションが出来るが、性格的にそれほど外交的な方でなく、通訳を通すこともあって人付き合いは良くない。
しかし、それを補ったのは2人の息子であり、特に下のフェルナンドは人懐こくて全ての会った人から可愛がられた。彼の訪問が大々的に公開されたのは、彼らが日本について3週間が過ぎたころで、概ね佐藤が日本で見せたいところを見せた後であった。
様々な評価はあるにせよ、世界史において最も有名な人物である彼の登場は、大きなニュースになった。
だから、翌日の彼を囲んでの生放送は、45%もの高い視聴率を記録した。その番組における、彼へ司会者の以下の質問は視聴者が最も聞きたいことであっただろう。
「コロンブスさん、あなたはインドと思った陸地にたどり着いて、その後も何度か現地に行かれましたよね。あなたは、すでにそのことは歴史として学ばれたと聞いています。その航路を発見したこと、そして現地を植民地化しようとして様々なことをしたことについて、あなたは今現在どう思いますか」
コロンブスはその質問があることはあらかじめ聞いていたが、尚も少し考えて回答した。
「私は10数年の努力の結果、漸くにしてスペイン両王陛下の賛成を得て、西への航海に乗り出すところでした。この目的は『サンタフェ契約』に示されている通りで、要するに現地を植民地化することであり、現地の人は当然において奴隷化するつもりでした。これは、私のみならずこの契約に係わったすべての人がその意図のもとに、航海を認めたのです。
そのことは置いておいて、私はインドを目指したのですが、西回りの航海によって結果的に新大陸を発見することになりまして。そのことは、半生をそれに費やしてきた私としては大変うれしいことです。またその結果は、私の航海に資金を提供してくれた両王陛下を始め、すべての人に十分な利益をもたらしたようですね。
歴史を読むと、新大陸からの富で少なくとも一時期スペイン王国は繁栄を築いたということになっています。
そして、私が半生をそれに費やしたということは、全ての収入をその実現に当てたということで、私とその家族は長く貧困にあえいでいました。だから、インドへの至る道を発見し、それを通じて私自身の富を得るという夢を実現できることになった私がそれを追求したのは当然であったと思います。
だから、私が仮に私の行為の結果を知っていたとした場合、行動の細部は変わったと思いますが、現地から富を奪うという大元の行動は変わらなかったと思います。それが私の時代だったのです。
では、すでに21世紀までの歴史を知った私はどうかと言えば、あのときイサベル陛下が航海を止めて頂いてよかったと思います。歴史において、私は一時期栄光に包まれましたが、僅か10数年後の晩年にはほぼすべてを失い、ここに居る2人も息子も名誉ある道をたどることはできませんでした。
しかも、21世紀の現在における私の評価は散々なものであります。ですから、私は歴史に間違いなく残るだけの行動をする可能性のあった一個人として今後生きることにします。
最後に申したいのは、私はこの21世紀の時代に生まれたかった。私が生まれた時代において、それは身分が固定化された社会においてですが、私は苦しんで生きてきました。そして、その生活は楽しいことは少なく味気ないものでした。その点では、この時代においても何かを実現するためには苦しいことがあることは当然でしょう。しかし、この時代の庶民も生活そのものは、私の時代の王侯貴族以上の生活をしています。
この私の言葉を数百万の人々が聞いていると知らされていますが、聞いている皆さん、どうかこの時代に生まれた幸運を喜んで生きてください」
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