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第2章 過去の文明への干渉開始
32.1492年9月、イタリア統一会議
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在日イタリア大使フェルナンド・ドッティは大忙しであった。彼は今、ローマカトリック教会の政策顧問官という役職の下にナポリ王国に来ていた。ここに来る前にはベネツィア共和国、フェレンツエ共和国さらにミラノ公国に訪れて、望外の感触を得ていた。
だが、南イタリアを支配していて、現在はシチリア王国を名乗るこの王国の説得はなかなか難しいということで緊張が高まっているのだ。
ちなみに、今訪れているこの王国は中世シチリア王国が分裂して、シチリア島の支配はしていないがその正当性を主張するために、その名を呼称している。実際に18世紀になってナポリ王国を名乗るようになっているため、ややこしいのでここではナポリ王国と呼ぶ。
この時、ナポリ王国の王はファルナンド1世であり、彼はスペインにあったアラゴン王国の国王の庶子である。ナポリ王国は、数年後にはフランスに占領され、その後はファルナンド2世にその地位が引き継がれている。
この人物は、後にスペイン両王の一人であり、武力で征服したことになる。いずれにせよ、シチリア島がスペインの支配下にあったことも分かるように、半島南部はスペインの力が強い。
ドッティ大使は、教皇ユリウス2世の就任と共に、その強い影響下にある枢機卿と協議の上で、イタリアの統一を目指す方向を固めることに成功した。そして、それに伴って関係諸国の説得という大きな役割を担うことになってわけだが、その最後の駄目押しとなった会議を思いだす。
それは教皇に就任とともに、ローマカトリック教会の司教以上のものが集められて、歴史に残っているカトリック教会の行動とその結果が説明されたのだ。
「ドッティ氏の説明と資料を見て解ったと思うが、我がローマカトリック教会の今後の500年は全く誇るところはない。とりわけ、ロドリーゴ前枢機卿が教皇となったアレキサンドル6世の治世はひどいものだ。しかし、アレキサンドル6世を生み出したのは間違いなく我らローマカトリック教会である。
そして、彼が主導してより腐敗した教会にしていった訳だが、それに積極的ではないとしても手を貸したのも教会の皆だ。そして、皆は気づいていると思うが、街の人々の教会に対する評判は散々である。力あるものが積極的に不善をなし、弱者をいたぶることで、ローマの夜は男であっても危なくて出歩けない。
私と、枢機卿の皆は、500年先から来た在日イタリア大使フェルナンド・ドッティ氏とその一行から厳しくとがめられた。『あなた方には治政能力はない、直ちに行政を他の者達に渡すべき』だとね。そして、彼らはその根拠を一つ一つ並べていったが、我々は何も反論できなかった。私は枢機卿であった自分を振り却って恥ずかしかったよ」
新教皇であるユリウス2世は、一旦言葉を切り100人ほどの出席者が緊張した顔で真剣に聞いているのを確認して続ける。
「ここにいる皆は聖職者である。すなわち、神の御教えに従いその声をより多くの人々に届け、神の御教えに従ってより良く生きるにように人々を導くのが役割りであります。そして、なにも人々を直接に支配することではないのです。
だから、その反省の下に、私と枢機卿の皆は、500年先の時代に生きて来た者達の提言を聞くことを決めたのだ。つまり、我が宗教組織としてのローマカトリック教会は、我々にとってまた信者にとって神聖なものとして、その運営は私達自身の手でしっかりとやる。
また、その施政の範囲は後の世に言うバチカン公国という小さなものにしたい。そして、ローマを含みこの半島の1/5ほどの面積を占める教会領は統一イタリア領に返上するということだ」
このユリウス2世の発言に、その場が初耳であった大部分の出席者によって会場はざわざわと湧いた。
「領を返上?」
「統一イタリア?」
「バチカン公国?」
ざわざわと言葉が飛び交う。
「では、皆も存じている、500年先の日本という国の大使をしていた、フェルナンド・ドッティ殿に説明頂こう。ではドッティ殿!」
教皇から紹介されてドッティ大使が立ち上がって、演壇に上る。
「はい。私は、530年の時を超えてこの時代に現れた地球の反対の日本という国に、イタリア共和国から派遣されていたフェルナンド・ドッティです。私の時代は、イタリアはこの範囲で統一されていました。そして、ローマカトリック教会はローマのこの範囲の地域、まさにこの協会があるところの自治区を治めていました。
このように、教会の持つ政治権力は極めて小さなものでしたが、世界に教会を魂の故郷とする10億人の信者がおり、ここバチカンはそれらの信者の信心のよりどころだったのです。どうです、それこそが協会のあるべき姿だと思いませんか?」
ドッティ大使は、演壇の自分の横の200インチの画面に地図を示しながら話を進める。
「そして、私はこの事態をお知らせするために、150人の仲間と共に日本から船に乗って帰ってきました。そして、それはこのヨーロッパから日本に大使館を置いていた他の国、フランス、スペイン、ポルトガル、イギリス、スイス、オランダ、ドイツ等の国も同様で、多くの人が機材を持って同様に帰ってきています。
今後、未だ統一されていないわがイタリアは、ヨーロッパの国々の中で文化という意味では最も高いのですが、軍事力は弱く、近いうちにフランス、スペインの侵略を受けることが歴史に刻まれています。これを防ぐためには、イタリアの統一、これしかありません。
このためには、やはりローマカトリック教会が中心になるしかないのです。しかし、その前提として協会が領土的野心を持たないことを自ら証明する必要があります」
大使はそのように自ら訴えて、全体的な方針への了解を得たのだ。そして、新教皇ユリウス2世の親書を携えて、比較的説得が容易と考えられた、ベネツィア共和国、フィレンツェ共和国及びミラノ公国などを巡って統一への支持を取り付けていった。
訪問に当たっては、ランドクルーサーとトラックで隊列を組み、様々な21世紀の機器を持っていったので、彼らがいわゆる詐欺師の集まりでないことはすぐに納得させることができた。
そして、ベネツィア共和国については、流石に商業国家かつ海洋国家であって情報が早く、ローマの事案のみならず、フランス・スペイン・スイス・オランダ・イギリスのことまで把握していた。フェレンツエ共和国、ミラノ公国にしてもローマ・スペイン・フランスでの出来事は当然ながら把握していたが、地中海世界における存在感と力は圧倒的にベネツィア共和国が優っていた。
ドッティ大使は、まずはローマ教皇としばしば協力関係にあったベネツィア共和国を訪れた。この千年もの間存続した共和国のトップは、選挙で選ばれるレオナルド・ロレダンという名のドージェ(総統)であった。ベネツィア共和国は、近年においてオスマントルコと激しく地中海の覇権を争ってきたが、押され気味の戦いの中でも3年前にキプロス島を得ており、それを指揮したロレダン総統は有能な施政者であった。
「うむ、貴殿が500年未来のイタリアから、日本という東方の遥かな国に派遣された大使であったことは判った。そして、その時代のイタリアがわがフィレンツェ共和国を含んだ統一国家であることも判った。しかし、君の言う歴史によると、わが共和国はまだ300年以上も続くわけだが、その我が国が独立を捨てて統一国家に加わるメリットはあるのかな?」
思ったより簡単に最高権力者であるドージェに会見できたが、ドージェであるロレダン総統は、このように統一国家参加への誘いに対して反問した。これに対して私はこのように答えた。
「いえ、そうではないと思いますよ。貴共和国は、統一国家において、その財力と海軍を中心とする戦力において傑出した力を持っていますから、主導的立場になることは間違いありません。
先ほどから、申しておりますように教会は今後基本的に世浴的なことには関わりません。そして、ある程度大きな他の勢力としてはミラノ公国、フェレンツエ共和国、ナポリ王国などですが、先ほど説明したように歴史上ではフランス王国、スペイン王国の侵攻には敵しえず、このイタリアは荒廃しました。
貴共和国は海に関しては大きな戦力を持っていますが、その総住民は200万人たらずで、陸軍に関して大きな力はありません。さっき申し上げた侵略に関しては、大きな被害はありませんでしたが、殆どこれらの侵略に干渉できませんでしたね。しかし、このイタリアが統一すれば、ずっと大きな力を持てるのです」
「ふむ、その論には賛成するが、私の掴んでいる情報では、その侵攻の相手であるフランス・スペインにも貴殿らと同様な『帰国団』が訪問しており、様々な働きかけをしているらしいな。そして、彼らの働きかけは産業の効率を上げて、国を豊かにすることで、他国、例えばわがイタリアだな、それらを侵略するなどは長い目で見て効率が悪いのでやめようということらしい。だから、これらの2国からの侵略を考える必要は余りないように思うな」
「ええ、そうです。私も今後イタリアの政治に係わっていくつもりですが、侵略など効率の悪いことは断固として反対です。それよりは、人々の心を一つにして、500年未来の技術と考え方を使って自分たちが豊かになることに専心するべきです。
その為には、今のイタリアのように多くの国に分かれているのは甚だ都合が悪いのです。それから、出来るだけ早く国を豊かにするということには賛成頂けると思いますが、その為には大きな資本が必要です。これは日本が中心になって設立する世界開発銀行という組織が貸してくれますが、条件があります。
それは、我が国の場合には統一イタリアが借り手になるということです」
本当は日本ではそこまでは言われていなかったが、かれらも国が一本化した方が都合がよいことは確かだ。嘘も方便である。結局結局それが決め手になって、フェレンツエ共和国の統一イタリアへの参加の原則的な賛成は得た。その実績を提げてのミラノ公国とフィレンツェ共和国の説得は楽であった。その意味では、最後の難関はナポリ王国になる。
これは、フェルナンド1世はスペインにあったアラゴン王国の王の庶子であり、嘗ては同じ国であったシチリアはスペイン領であるなど、イタリア南部はスペインと関係が深く、教皇領やベネツィア共和国と不仲である。しかし、数年後にはフランスの侵略を受け、最後にはさらにスペインの侵略を受けて征服されるという歴史は、説得に当たっては利点である。
会見は69歳と老齢のフェルナンド1世に、44歳の王太子のアルフォンソ2世とのものであるが、王太子のアルフォンソ2世は2年後に父の後を継ぎ、その1年後にフランスの侵攻に遇って、逃げ出してその年の11月には死去する哀れな人物である。その後その弟のフェデリーコ1世が後を継ぐが、フランスとスペインに結託されて、結局フェルナンド1世の息子のフェルナンド2世にナポリ王国は侵略されてスペイン領になった。
会見は謁見という形ではなく、豪華な机を挟んでの協議する形になっている。ナポリ王国側は、フェルナンド1世とアルフォンソ2世に宰相のロベルコ・デ・デファルドである。大使は財務担当のピサロ・マニャールに歴史に詳しいアレナ・ジサム女史を伴っている。
なるほど、流石に絵画では当時世界一のイタリアであり、宰相の肖像画は残っていないが、国王と王太子の肖像画はそのまま映したような写実性がある。しかし、フェルナンド1世はこの当時の平均寿命をはるかに超えて、2年後には死去するということが頷けるような衰えである。
「これが、歴史上判っている限りのこのシチリア(ナポリ)王国の概略の歴史です」挨拶の後に、ドッティ大使が3人にA4版2枚のメモを渡す。メモに目を通す3人であるが、震える手で読む国王は物静かであるが、壮年の王太子は読み進むうちに手が震え始めて思わず叫ぶ。
「こ、これは嘘だ。こんなことがあるわけはない」
それはそうだろう。それには4年後にはフランス軍に侵略されて追い出され、失意のうちに死ぬ自分の運命が書かれているのだ。そして、その後は結局自分の国はスペインのものになる。
「はい、確かに。その歴史は既に変わっている可能性は十分あります。なぜなら、フランス王にこの国の侵略をそそのかした、教皇アレキサンドル6世は生まれませんでしたから」
アレナ・ジサム女史が冷静に言う。
「そして、統一イタリアが成って、産業革命が進めば、歴史が覆る可能性はますます高まります。そもそも、フランス王シャルル8世の軍である2万6千人足らずでは、統一したイタリアに侵攻するのは無理です」
今度はドッティ大使が言い、内心で付け加える。
『産業革命最中のフランスに、そんな余裕はないとおもうがね』
結局、そのような協議の後にポリ王国も統一イタリアに賛成したので、残ったジェノバ、シェナ、エステ等の小領も賛成させてイタリア統一会議を開き、ローマを首都とした統一イタリア(イタリア)が成立した。しかし、その直轄領は旧教会領のみであって、他の国々の国境は開くものの、主権は当分残すということになった。
しかし、日本にいたイタリア国籍のものが続々と帰国し、さらにはルネッサンス期のイタリアにあこがれてやって来た2千人を超える日本人を中心に、産業革命が実際に進んでいった。そうなると、イタリア以外の政府はたちまちにして形骸化して、3年程でイタリア政府が成立して主権を持つことになった。
そして、初代大統領にはフェルナンド・ドッティが就任した。これは、合同した国々が他国の権力者が大統領になることに耐えられず、それよりは500年後の世界から来たというドッティ大使に票を投じた結果である。これは、彼が精力的に各地を回って、的確な産業発展の指導を行ってきたことによる信頼もあってのことである。
だが、南イタリアを支配していて、現在はシチリア王国を名乗るこの王国の説得はなかなか難しいということで緊張が高まっているのだ。
ちなみに、今訪れているこの王国は中世シチリア王国が分裂して、シチリア島の支配はしていないがその正当性を主張するために、その名を呼称している。実際に18世紀になってナポリ王国を名乗るようになっているため、ややこしいのでここではナポリ王国と呼ぶ。
この時、ナポリ王国の王はファルナンド1世であり、彼はスペインにあったアラゴン王国の国王の庶子である。ナポリ王国は、数年後にはフランスに占領され、その後はファルナンド2世にその地位が引き継がれている。
この人物は、後にスペイン両王の一人であり、武力で征服したことになる。いずれにせよ、シチリア島がスペインの支配下にあったことも分かるように、半島南部はスペインの力が強い。
ドッティ大使は、教皇ユリウス2世の就任と共に、その強い影響下にある枢機卿と協議の上で、イタリアの統一を目指す方向を固めることに成功した。そして、それに伴って関係諸国の説得という大きな役割を担うことになってわけだが、その最後の駄目押しとなった会議を思いだす。
それは教皇に就任とともに、ローマカトリック教会の司教以上のものが集められて、歴史に残っているカトリック教会の行動とその結果が説明されたのだ。
「ドッティ氏の説明と資料を見て解ったと思うが、我がローマカトリック教会の今後の500年は全く誇るところはない。とりわけ、ロドリーゴ前枢機卿が教皇となったアレキサンドル6世の治世はひどいものだ。しかし、アレキサンドル6世を生み出したのは間違いなく我らローマカトリック教会である。
そして、彼が主導してより腐敗した教会にしていった訳だが、それに積極的ではないとしても手を貸したのも教会の皆だ。そして、皆は気づいていると思うが、街の人々の教会に対する評判は散々である。力あるものが積極的に不善をなし、弱者をいたぶることで、ローマの夜は男であっても危なくて出歩けない。
私と、枢機卿の皆は、500年先から来た在日イタリア大使フェルナンド・ドッティ氏とその一行から厳しくとがめられた。『あなた方には治政能力はない、直ちに行政を他の者達に渡すべき』だとね。そして、彼らはその根拠を一つ一つ並べていったが、我々は何も反論できなかった。私は枢機卿であった自分を振り却って恥ずかしかったよ」
新教皇であるユリウス2世は、一旦言葉を切り100人ほどの出席者が緊張した顔で真剣に聞いているのを確認して続ける。
「ここにいる皆は聖職者である。すなわち、神の御教えに従いその声をより多くの人々に届け、神の御教えに従ってより良く生きるにように人々を導くのが役割りであります。そして、なにも人々を直接に支配することではないのです。
だから、その反省の下に、私と枢機卿の皆は、500年先の時代に生きて来た者達の提言を聞くことを決めたのだ。つまり、我が宗教組織としてのローマカトリック教会は、我々にとってまた信者にとって神聖なものとして、その運営は私達自身の手でしっかりとやる。
また、その施政の範囲は後の世に言うバチカン公国という小さなものにしたい。そして、ローマを含みこの半島の1/5ほどの面積を占める教会領は統一イタリア領に返上するということだ」
このユリウス2世の発言に、その場が初耳であった大部分の出席者によって会場はざわざわと湧いた。
「領を返上?」
「統一イタリア?」
「バチカン公国?」
ざわざわと言葉が飛び交う。
「では、皆も存じている、500年先の日本という国の大使をしていた、フェルナンド・ドッティ殿に説明頂こう。ではドッティ殿!」
教皇から紹介されてドッティ大使が立ち上がって、演壇に上る。
「はい。私は、530年の時を超えてこの時代に現れた地球の反対の日本という国に、イタリア共和国から派遣されていたフェルナンド・ドッティです。私の時代は、イタリアはこの範囲で統一されていました。そして、ローマカトリック教会はローマのこの範囲の地域、まさにこの協会があるところの自治区を治めていました。
このように、教会の持つ政治権力は極めて小さなものでしたが、世界に教会を魂の故郷とする10億人の信者がおり、ここバチカンはそれらの信者の信心のよりどころだったのです。どうです、それこそが協会のあるべき姿だと思いませんか?」
ドッティ大使は、演壇の自分の横の200インチの画面に地図を示しながら話を進める。
「そして、私はこの事態をお知らせするために、150人の仲間と共に日本から船に乗って帰ってきました。そして、それはこのヨーロッパから日本に大使館を置いていた他の国、フランス、スペイン、ポルトガル、イギリス、スイス、オランダ、ドイツ等の国も同様で、多くの人が機材を持って同様に帰ってきています。
今後、未だ統一されていないわがイタリアは、ヨーロッパの国々の中で文化という意味では最も高いのですが、軍事力は弱く、近いうちにフランス、スペインの侵略を受けることが歴史に刻まれています。これを防ぐためには、イタリアの統一、これしかありません。
このためには、やはりローマカトリック教会が中心になるしかないのです。しかし、その前提として協会が領土的野心を持たないことを自ら証明する必要があります」
大使はそのように自ら訴えて、全体的な方針への了解を得たのだ。そして、新教皇ユリウス2世の親書を携えて、比較的説得が容易と考えられた、ベネツィア共和国、フィレンツェ共和国及びミラノ公国などを巡って統一への支持を取り付けていった。
訪問に当たっては、ランドクルーサーとトラックで隊列を組み、様々な21世紀の機器を持っていったので、彼らがいわゆる詐欺師の集まりでないことはすぐに納得させることができた。
そして、ベネツィア共和国については、流石に商業国家かつ海洋国家であって情報が早く、ローマの事案のみならず、フランス・スペイン・スイス・オランダ・イギリスのことまで把握していた。フェレンツエ共和国、ミラノ公国にしてもローマ・スペイン・フランスでの出来事は当然ながら把握していたが、地中海世界における存在感と力は圧倒的にベネツィア共和国が優っていた。
ドッティ大使は、まずはローマ教皇としばしば協力関係にあったベネツィア共和国を訪れた。この千年もの間存続した共和国のトップは、選挙で選ばれるレオナルド・ロレダンという名のドージェ(総統)であった。ベネツィア共和国は、近年においてオスマントルコと激しく地中海の覇権を争ってきたが、押され気味の戦いの中でも3年前にキプロス島を得ており、それを指揮したロレダン総統は有能な施政者であった。
「うむ、貴殿が500年未来のイタリアから、日本という東方の遥かな国に派遣された大使であったことは判った。そして、その時代のイタリアがわがフィレンツェ共和国を含んだ統一国家であることも判った。しかし、君の言う歴史によると、わが共和国はまだ300年以上も続くわけだが、その我が国が独立を捨てて統一国家に加わるメリットはあるのかな?」
思ったより簡単に最高権力者であるドージェに会見できたが、ドージェであるロレダン総統は、このように統一国家参加への誘いに対して反問した。これに対して私はこのように答えた。
「いえ、そうではないと思いますよ。貴共和国は、統一国家において、その財力と海軍を中心とする戦力において傑出した力を持っていますから、主導的立場になることは間違いありません。
先ほどから、申しておりますように教会は今後基本的に世浴的なことには関わりません。そして、ある程度大きな他の勢力としてはミラノ公国、フェレンツエ共和国、ナポリ王国などですが、先ほど説明したように歴史上ではフランス王国、スペイン王国の侵攻には敵しえず、このイタリアは荒廃しました。
貴共和国は海に関しては大きな戦力を持っていますが、その総住民は200万人たらずで、陸軍に関して大きな力はありません。さっき申し上げた侵略に関しては、大きな被害はありませんでしたが、殆どこれらの侵略に干渉できませんでしたね。しかし、このイタリアが統一すれば、ずっと大きな力を持てるのです」
「ふむ、その論には賛成するが、私の掴んでいる情報では、その侵攻の相手であるフランス・スペインにも貴殿らと同様な『帰国団』が訪問しており、様々な働きかけをしているらしいな。そして、彼らの働きかけは産業の効率を上げて、国を豊かにすることで、他国、例えばわがイタリアだな、それらを侵略するなどは長い目で見て効率が悪いのでやめようということらしい。だから、これらの2国からの侵略を考える必要は余りないように思うな」
「ええ、そうです。私も今後イタリアの政治に係わっていくつもりですが、侵略など効率の悪いことは断固として反対です。それよりは、人々の心を一つにして、500年未来の技術と考え方を使って自分たちが豊かになることに専心するべきです。
その為には、今のイタリアのように多くの国に分かれているのは甚だ都合が悪いのです。それから、出来るだけ早く国を豊かにするということには賛成頂けると思いますが、その為には大きな資本が必要です。これは日本が中心になって設立する世界開発銀行という組織が貸してくれますが、条件があります。
それは、我が国の場合には統一イタリアが借り手になるということです」
本当は日本ではそこまでは言われていなかったが、かれらも国が一本化した方が都合がよいことは確かだ。嘘も方便である。結局結局それが決め手になって、フェレンツエ共和国の統一イタリアへの参加の原則的な賛成は得た。その実績を提げてのミラノ公国とフィレンツェ共和国の説得は楽であった。その意味では、最後の難関はナポリ王国になる。
これは、フェルナンド1世はスペインにあったアラゴン王国の王の庶子であり、嘗ては同じ国であったシチリアはスペイン領であるなど、イタリア南部はスペインと関係が深く、教皇領やベネツィア共和国と不仲である。しかし、数年後にはフランスの侵略を受け、最後にはさらにスペインの侵略を受けて征服されるという歴史は、説得に当たっては利点である。
会見は69歳と老齢のフェルナンド1世に、44歳の王太子のアルフォンソ2世とのものであるが、王太子のアルフォンソ2世は2年後に父の後を継ぎ、その1年後にフランスの侵攻に遇って、逃げ出してその年の11月には死去する哀れな人物である。その後その弟のフェデリーコ1世が後を継ぐが、フランスとスペインに結託されて、結局フェルナンド1世の息子のフェルナンド2世にナポリ王国は侵略されてスペイン領になった。
会見は謁見という形ではなく、豪華な机を挟んでの協議する形になっている。ナポリ王国側は、フェルナンド1世とアルフォンソ2世に宰相のロベルコ・デ・デファルドである。大使は財務担当のピサロ・マニャールに歴史に詳しいアレナ・ジサム女史を伴っている。
なるほど、流石に絵画では当時世界一のイタリアであり、宰相の肖像画は残っていないが、国王と王太子の肖像画はそのまま映したような写実性がある。しかし、フェルナンド1世はこの当時の平均寿命をはるかに超えて、2年後には死去するということが頷けるような衰えである。
「これが、歴史上判っている限りのこのシチリア(ナポリ)王国の概略の歴史です」挨拶の後に、ドッティ大使が3人にA4版2枚のメモを渡す。メモに目を通す3人であるが、震える手で読む国王は物静かであるが、壮年の王太子は読み進むうちに手が震え始めて思わず叫ぶ。
「こ、これは嘘だ。こんなことがあるわけはない」
それはそうだろう。それには4年後にはフランス軍に侵略されて追い出され、失意のうちに死ぬ自分の運命が書かれているのだ。そして、その後は結局自分の国はスペインのものになる。
「はい、確かに。その歴史は既に変わっている可能性は十分あります。なぜなら、フランス王にこの国の侵略をそそのかした、教皇アレキサンドル6世は生まれませんでしたから」
アレナ・ジサム女史が冷静に言う。
「そして、統一イタリアが成って、産業革命が進めば、歴史が覆る可能性はますます高まります。そもそも、フランス王シャルル8世の軍である2万6千人足らずでは、統一したイタリアに侵攻するのは無理です」
今度はドッティ大使が言い、内心で付け加える。
『産業革命最中のフランスに、そんな余裕はないとおもうがね』
結局、そのような協議の後にポリ王国も統一イタリアに賛成したので、残ったジェノバ、シェナ、エステ等の小領も賛成させてイタリア統一会議を開き、ローマを首都とした統一イタリア(イタリア)が成立した。しかし、その直轄領は旧教会領のみであって、他の国々の国境は開くものの、主権は当分残すということになった。
しかし、日本にいたイタリア国籍のものが続々と帰国し、さらにはルネッサンス期のイタリアにあこがれてやって来た2千人を超える日本人を中心に、産業革命が実際に進んでいった。そうなると、イタリア以外の政府はたちまちにして形骸化して、3年程でイタリア政府が成立して主権を持つことになった。
そして、初代大統領にはフェルナンド・ドッティが就任した。これは、合同した国々が他国の権力者が大統領になることに耐えられず、それよりは500年後の世界から来たというドッティ大使に票を投じた結果である。これは、彼が精力的に各地を回って、的確な産業発展の指導を行ってきたことによる信頼もあってのことである。
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そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
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