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第2章 過去の文明への干渉開始
20.2023年4月〜7月、世界を覆うジャパンショック
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21世紀の日本の主要部分が消え、530年前の世界と入れ替わったことは、世界に強烈なショックを与えた。なにしろ、世界3位の経済大国が消えてしまったのだ。国外との出入りを示す貿易額についてのみで考えても、どちらも年間80兆円、量を言えば、輸入が8億トン、輸出が1.8億トンである。その内、この世界に残った北海道と沖縄が占める割合は額も量も5%以下である。
輸入の面で言えば、輸出と金額がおおむね同じで量が5倍に近いということから、重量の割に安価なものであることが判る。実際、鉄鉱石などの鉱石や、原油、石炭に食料品などが重量の多くを占めているが、比較的完成品の輸入は少ない。輸出するものは、ほとんどすべて輸入されたものを何らかの加工をされたもので、付加価値を上げたものということが、5倍に近い重量当たりの価格差からも言えるだろう。
これだけの金額と量のやり取りが、突然消えた場合のショックは言うまでもない。そして、輸入分については単にマーケットが消えたことが問題であったが、輸出分は多くがそのまま最終消費のものではなかったために、問題は供給先の一つが消えたことに留まらなかった。
つまり、日本の場合には輸出に占める工業原料の割合が異常に大きかったのである。韓国との輸出管理の問題ではっきりしたが、ある部品や原料が手に入らないことで、その何十倍、何百倍の価格のものが作れなくなるというものがある。そして、日本はそのような多種・多様な物を大量に作って世界に輸出していた。
東日本震災によっての被害で、東北の相当数の工場が止まったために、部品や資材が入手できなくなって世界中の多くの工場が止まったことも記憶に新しいところである。今回の場合には、結果として世界中が大混乱に陥った。日本の輸入の面をとってみれば、7兆円の食料、17兆円の燃料の需要が消えたことは、供給国に少なからずの痛手を負わせた。
また、海外の企業の製品、または日系企業が繊維・電化製品などの工場を現地に作ってその製品を輸入していた場合などは突然その行先がなくなったことになる。
輸出については、部品やパーツを含めた工業原料に類するもののみで10兆円を超えており、これらが海外の工場で作られる製品の部品になるわけで、これらの生産が途切れたのである。この影響はほぼ世界中に及び、このために2021年の世界の工業出荷額は10%超を超える減少を記録した。
そして、その減少が回復するまでは足掛け3年に及んだが、その後の製品に、品質と特に耐久性が従来に比べてはっきり落ちたとデータで示されることになった。
このように、時震が起きた後は世界との関係において様々な問題が長短期的に起きたが、差し当たっての問題は日本に向けてきている航空機と船舶への対応であった。それは、超短期的には、日本の消えた3つの島に向けて航行してくる航空機に対する行先変更の指示であり、さらには多少の時間の余裕はあるが、同様に荷を満載して向かってくる多数の船舶への同様な指示である。
とりわけ前者については、燃料に限りがあるため即断が求められた。この際には、日本における北海道と沖縄に国際便に対応できる有効な通信ステーションは、千歳と那覇の管制ステーションのみであった。そして、彼らが事態を知ったのは、4月1日午前8時に消えた現在日本の境界線に近づいていた航空機による通信であった。
朝日本着の航空機は数多く、午前8時半から10時ごろ着の機は、突然消えた目的地の空港のステーションの信号に慌て、緊急の通信を近傍の連絡の着くステーションに発信した。そういう事情で千歳、那覇共に事態を知ったのは非常に早かったが、対応には苦慮した。
これらの航空機は日本に向かっている機であるので、北海道と沖縄で受け入れるしかないということで、すぐに呼び出された国交省航空交通管制部の札幌支局、千歳駐在の長瀬が支局長共調整の上で指揮をとった。
その時点で、45機がすでに出発して日本に向かっており、引き返すまたは最寄りの飛行場に降りることができなかった。だから、これらを那覇または北海道の飛行場に降す必要があるのだ。これらが下りることのできる空港は、沖縄本島には那覇しかないが、北海道には新千歳、函館、旭川、帯広、女満別など数多い。
どのみち、すぐには通常運行はできないのだから、別にボーディングブリッジは必要ないし、最悪エプロンやタクシングウェイに詰め込めばよい。長瀬は中近東、アジア方面等から北上して来る機は那覇に、大圏航路を通ってヨーロッパや南北アメリカ大陸から来る機は北海道に降ろすように誘導した。
一方で、船舶については、最悪遊弋しても沈むわけではないので対応する時間はあるが、航行に時間がかかるだけに日本に向かっている船の数が多い。船舶の運航に関しては、海上保安庁の管轄で海上交通センターという組織があるが、東京湾、伊勢湾、関門など消えてしまった海上交通の要所に設置されているもので、局部的な交通をコントロールするものである。
海外からどのような船がいつ入港する予定であるか、これは各港湾が把握している。そして、北海道、沖縄を含めて消えてしまった3島にあった港湾のデータも海上保安庁の本庁は把握していたが、この本庁も消えてしまった。従って、現存している北海道と沖縄の港を除いて、向かってくる船の情報は判らないことになる。
また、向かってくる船のみならず、出発して海外の目的地に向かう船は、運用している会社が海外のものであれば良いが、日本籍であれば当然無視はできない。かくして、北海道・沖縄に出先をおいている船舶運用会社の出先、さらに室蘭の日本製鉄の日本製鉄などの、海外との輸出入を行っている大会社に大至急当たった。
また、日本とそれなりの取引関係のある国の大使館に対して、日本と取引をある会社から船舶による積み出し、受け入れの調査を行うように指示している。
無論、これらに先立って、北海道の第一管区海上保安庁及び、沖縄の第十一管区海上保安庁から最大出力で非常警報を発して、本州、四国、九州の港がすべて消えてしまったことを告げている。そして、荷揚げ機能を持つ港湾が、北海道と沖縄にしかないことから、日本に向かっている船はそこに荷を下ろすのではない場合は出発港に引き返すように提言している。
さらには、この日本の21世紀の3島が消えて、代わりに500年前の世界が現れたニュースは、当日の昼には世界を駆け巡っているので、航空機や船舶に対しての先の航空交通管制部および海上保安庁のアナウンスはそのニュースに乗せられた。そのため、時震の翌日にはすべての日本関連の船舶は事態を把握して、基本的にはその指示に従っている。航空機は、翌日には日本に向かっていたものは、もちろんすでにすべてが着陸している。
このようなドタバタの中で、それをマスコミの報道で追っていた人々は、如何に日本が世界と密着しているか、そしてその大部分が消えたという事態が如何に大きなことになるかを朧気ながら実感した。
北海道大学経済学部教授佐々木亮が座長を務める、生産再構築協議会の第1回会合は6月15日に開かれた。この、生産再構築協議会が6月の中旬になってしまったというのは、地震直後のばたばた騒ぎに奔走していたこともある。
しかし、それ以上に日本に残された組織、生産、流通、医療、学術、人材のリソースを把握する必要があった。そしてそれに加えて、約675万人の21世紀人と、約1千万人と推定される15世紀人のニーズをすり合わせる必要があったためである。
調査の初期の段階で、北海道と沖縄に残されたリソースは十分に大きくはないことがすぐに判明した。北海道は耕地面積が大きく農業生産高が大きいので、足りないものも多くあるがカロリー・ベースでは食料は自給できるだろう。しかし、工業生産について言えば、足りないものが多すぎた。
そこで、早くから期待されたのは海外における日本メーカーの生産工場、または商社等の委託生産先である。さらには、それらの工場には、そのような生産に係わる高い技術を持つ人材が指導のために現地にいるのだ。
出席者はこのようなことはすでに共通認識として把握していたが、臨時政府からは、村井経産大臣と沖山外務大臣が出席しており、他に業界の代表、学識経験者が加わって協議会の出席者は40人余りになっている。
最初に、事務方の中心として働いている北海道大学経済学部の成田助教授が、リソースとニーズの資料について説明している。
「このように、日本は本州、四国、九州などの本土で大部分の工業生産を担ってきており、国富の大部分を生み出してきた訳です。一方で、北海道は総生産高が概ね33兆円、それに輸入が2.6兆、国内からの移入が6.7兆円ありますが、輸出は0.5兆円、移出は6.1兆円ということです。つまり、海外とは2.1兆円の入超、国内では入りが6.7兆円に出が6.1兆で大差はありません。
また、農業は国内に比べれば盛んでありますが、道内の生産額の5%にしかすぎませんので、工業生産額の17%に比べれば1/3以下です。さらに、最終消費は約21兆円ということになっていますので、一人当たり4百万円弱ということですね。
沖縄の場合は総生産高が概ね6兆円、それに輸入が1500億円、国内からの移入が8千億円ありますが、輸出は300億円、移出は1千億円ということです。経済規模が小さく、工業も殆どないことから、輸出入、移出・移入も少ないということです。
また、産業として、農業は2%以下、建設業などを含めた2次産業が12%足らずで、3次産業が80%を超えています。さらに、最終消費は約4兆円ということになっていますので、一人当たり3百万円位ということですね。
こうして見た場合に、食料については北海道の生産で、カロリー・ベースでは概ね両方の需要は満たせるでしょう。ただ、我々にとって欠くことのできない、様々な工業製品については生産工場が無い場合が多いですね。
沖縄には工業という意味では殆ど見るべきものはありません。その点で、北海道にはある意味最も重要な鉄については室蘭がありますから当面は問題なく、石油精製も出光の工場があります。その他食品製造や繊維など生活に密着した製造業はある程度ありますが、大規模なものは余りありません。
とりわけ、自動車の部品工場はありますが、組み立て工場はありませんし、特に少ないのがエレクトロニクス関係の工場です。ご存知のように、自動車もそうですが電気電子関係の様々な機器は、私達の生活に必須のもので、欠くことのできないものになっています。
その意味で、このままでは現在の北海道と沖縄の、他県などからの移入額の合計約7.5兆円が輸入になってしまうことになります。一方で北海道から移出として出していたものが、海外相手には半分程度売れればいい方だと思います。さて、そこにおいて海外の日本関係企業をどう活用していくか、その点については外務省の方からお聞きしたいと思います」
その言葉に沖山外務大臣が頷いて、横に座っていた40歳代の細身の女性が立ち上がった。
「外務省の蓑田真紀です。在米大使館にいましたが、帰国して対外産業政策を担当させて頂きます」
彼女は一礼して話を続ける。
「まず、在留邦人の数は長期滞在が88万、永住者が50万人おられます。だから、合計で138万人ですね。人数は米国が最も多く約45万人、次が中国で12万人、3番目がオーストラリアの10万人程度となります。
これらの方々は、平均的には多彩な経験と知識を持っている人が多く、人口の多くを失った我が国にとっては貴重な人材であると言えると思います。
そして、海外における日本または日系法人の数ですが、中国の3万強、米国の9千、インドの5千などです。一方で、我が国の直接投資先は累計で米国が5000億ドル、欧州は4500億ドルに対して中国は1240億ドルに過ぎません。これは、米国や欧州の投資の結果の工場の規模が大きく、比較的現地の人にその運営を任せており、中国に関しては中小工場が多く、運営に日本人が多く張り付いているということのようです。
このような海外における日本企業については、当然日本におけるその本体との関係は保っております。例えば、部品を日本から輸入して現地で組み立てを行う場合で、特に米国が欧州にみられるケースですね。または、逆に部品をそこで作って日本で完成品を作るケース、または完成品まで現地で作って、日本や現地で売るケースで中国やアジア諸国がそうですね。後者について部品は日本から供給する場合も多いようです。
それで、この時震のこれらの工場と邦人への影響、そしてこの日本への影響、そして取るべき手段について、考えていきたいと思います」
簑田女史は一旦言葉を切って皆を見渡し、再度続ける。
「まず、明らかに困っているのは日本から部品を入れて、現地で完成品を組み立てていた工場です。ただ、これは必ずしも日本または日系企業に限りません。自動車、船舶などの輸送機械、電子・電気関係機器に限らず、どのような製品も、日本からの部品を使わずに作っている製品は殆どありません。
だから、これらの会社というか工場は、別の部品を探す猶予期間は得られるでしょう。
また、海外で製品を作って日本に輸出していた場合は、ユーザーの90%以上が消えてしまったのですからこれも困ります。この場合は、生産量を保つために海外の新たなユーザーを見つけるしかないでしょうね。
それで、これらの会社、あるいは工場に共通の最大の問題は、日本にあった本体が消えてしまったことによる財務上の問題です。多くの会社は現地には十分な運営資金はなく、本社からの送金に頼っています。そして、私達は取捨選択をしますが、できるだけ日本企業の海外資産を有効に使いたいと思っています。
ですから、当面これらの会社への保証を臨時政府が致しますし、必要に応じて資金供給もします。そして、同時にその現地の売掛金の回収なども共に行います」
普通の政府にはあり得ない方針にざわめきが起きるが、村井経産大臣がマイクをとって話し始める。
「経産大臣の村井です。少し捕捉させてほしい。簑田さんの話にからみますが、海外で生産して日本に製品を売っていたような会社については、その規模を日本の現状に合う程度に調整して、日本で生産をしてもらいたいと思っています。
国際関係において、あまりに輸入超過であると、国として成り立っていかないので、生産が日系企業と言っても海外から過剰に輸入するのはまずいのです。なにしろ、我が国は強みであった先端技術を使ったものを失ったわけだから、同じものの国際競争力はほぼないので、外から金を稼ぐ手段がない。
その意味で、先ほど言われ多様な問題は扱うために簑田さんとその組織は当面海外の法人と企業のために働いてもらいたいと思います。それから……」
村井はしわ深い顔を少し緩めてニコリとして続ける。
「実質消えてしまった会社の、海外の資産、日本の銀行口座上の資産などは臨時政府が引き継ぐ。むろん実在するある個人、あるいは法人に権利があると判明したものはその部分は返すよ。
運営に責任を持つのだからある意味当然だと思う。それに、この前例がなくて誰もどう取り扱っていいか判らないケースを取り扱うのには政府でないとできない。そして、その資産は日本国民のものになるわけだ」
輸入の面で言えば、輸出と金額がおおむね同じで量が5倍に近いということから、重量の割に安価なものであることが判る。実際、鉄鉱石などの鉱石や、原油、石炭に食料品などが重量の多くを占めているが、比較的完成品の輸入は少ない。輸出するものは、ほとんどすべて輸入されたものを何らかの加工をされたもので、付加価値を上げたものということが、5倍に近い重量当たりの価格差からも言えるだろう。
これだけの金額と量のやり取りが、突然消えた場合のショックは言うまでもない。そして、輸入分については単にマーケットが消えたことが問題であったが、輸出分は多くがそのまま最終消費のものではなかったために、問題は供給先の一つが消えたことに留まらなかった。
つまり、日本の場合には輸出に占める工業原料の割合が異常に大きかったのである。韓国との輸出管理の問題ではっきりしたが、ある部品や原料が手に入らないことで、その何十倍、何百倍の価格のものが作れなくなるというものがある。そして、日本はそのような多種・多様な物を大量に作って世界に輸出していた。
東日本震災によっての被害で、東北の相当数の工場が止まったために、部品や資材が入手できなくなって世界中の多くの工場が止まったことも記憶に新しいところである。今回の場合には、結果として世界中が大混乱に陥った。日本の輸入の面をとってみれば、7兆円の食料、17兆円の燃料の需要が消えたことは、供給国に少なからずの痛手を負わせた。
また、海外の企業の製品、または日系企業が繊維・電化製品などの工場を現地に作ってその製品を輸入していた場合などは突然その行先がなくなったことになる。
輸出については、部品やパーツを含めた工業原料に類するもののみで10兆円を超えており、これらが海外の工場で作られる製品の部品になるわけで、これらの生産が途切れたのである。この影響はほぼ世界中に及び、このために2021年の世界の工業出荷額は10%超を超える減少を記録した。
そして、その減少が回復するまでは足掛け3年に及んだが、その後の製品に、品質と特に耐久性が従来に比べてはっきり落ちたとデータで示されることになった。
このように、時震が起きた後は世界との関係において様々な問題が長短期的に起きたが、差し当たっての問題は日本に向けてきている航空機と船舶への対応であった。それは、超短期的には、日本の消えた3つの島に向けて航行してくる航空機に対する行先変更の指示であり、さらには多少の時間の余裕はあるが、同様に荷を満載して向かってくる多数の船舶への同様な指示である。
とりわけ前者については、燃料に限りがあるため即断が求められた。この際には、日本における北海道と沖縄に国際便に対応できる有効な通信ステーションは、千歳と那覇の管制ステーションのみであった。そして、彼らが事態を知ったのは、4月1日午前8時に消えた現在日本の境界線に近づいていた航空機による通信であった。
朝日本着の航空機は数多く、午前8時半から10時ごろ着の機は、突然消えた目的地の空港のステーションの信号に慌て、緊急の通信を近傍の連絡の着くステーションに発信した。そういう事情で千歳、那覇共に事態を知ったのは非常に早かったが、対応には苦慮した。
これらの航空機は日本に向かっている機であるので、北海道と沖縄で受け入れるしかないということで、すぐに呼び出された国交省航空交通管制部の札幌支局、千歳駐在の長瀬が支局長共調整の上で指揮をとった。
その時点で、45機がすでに出発して日本に向かっており、引き返すまたは最寄りの飛行場に降りることができなかった。だから、これらを那覇または北海道の飛行場に降す必要があるのだ。これらが下りることのできる空港は、沖縄本島には那覇しかないが、北海道には新千歳、函館、旭川、帯広、女満別など数多い。
どのみち、すぐには通常運行はできないのだから、別にボーディングブリッジは必要ないし、最悪エプロンやタクシングウェイに詰め込めばよい。長瀬は中近東、アジア方面等から北上して来る機は那覇に、大圏航路を通ってヨーロッパや南北アメリカ大陸から来る機は北海道に降ろすように誘導した。
一方で、船舶については、最悪遊弋しても沈むわけではないので対応する時間はあるが、航行に時間がかかるだけに日本に向かっている船の数が多い。船舶の運航に関しては、海上保安庁の管轄で海上交通センターという組織があるが、東京湾、伊勢湾、関門など消えてしまった海上交通の要所に設置されているもので、局部的な交通をコントロールするものである。
海外からどのような船がいつ入港する予定であるか、これは各港湾が把握している。そして、北海道、沖縄を含めて消えてしまった3島にあった港湾のデータも海上保安庁の本庁は把握していたが、この本庁も消えてしまった。従って、現存している北海道と沖縄の港を除いて、向かってくる船の情報は判らないことになる。
また、向かってくる船のみならず、出発して海外の目的地に向かう船は、運用している会社が海外のものであれば良いが、日本籍であれば当然無視はできない。かくして、北海道・沖縄に出先をおいている船舶運用会社の出先、さらに室蘭の日本製鉄の日本製鉄などの、海外との輸出入を行っている大会社に大至急当たった。
また、日本とそれなりの取引関係のある国の大使館に対して、日本と取引をある会社から船舶による積み出し、受け入れの調査を行うように指示している。
無論、これらに先立って、北海道の第一管区海上保安庁及び、沖縄の第十一管区海上保安庁から最大出力で非常警報を発して、本州、四国、九州の港がすべて消えてしまったことを告げている。そして、荷揚げ機能を持つ港湾が、北海道と沖縄にしかないことから、日本に向かっている船はそこに荷を下ろすのではない場合は出発港に引き返すように提言している。
さらには、この日本の21世紀の3島が消えて、代わりに500年前の世界が現れたニュースは、当日の昼には世界を駆け巡っているので、航空機や船舶に対しての先の航空交通管制部および海上保安庁のアナウンスはそのニュースに乗せられた。そのため、時震の翌日にはすべての日本関連の船舶は事態を把握して、基本的にはその指示に従っている。航空機は、翌日には日本に向かっていたものは、もちろんすでにすべてが着陸している。
このようなドタバタの中で、それをマスコミの報道で追っていた人々は、如何に日本が世界と密着しているか、そしてその大部分が消えたという事態が如何に大きなことになるかを朧気ながら実感した。
北海道大学経済学部教授佐々木亮が座長を務める、生産再構築協議会の第1回会合は6月15日に開かれた。この、生産再構築協議会が6月の中旬になってしまったというのは、地震直後のばたばた騒ぎに奔走していたこともある。
しかし、それ以上に日本に残された組織、生産、流通、医療、学術、人材のリソースを把握する必要があった。そしてそれに加えて、約675万人の21世紀人と、約1千万人と推定される15世紀人のニーズをすり合わせる必要があったためである。
調査の初期の段階で、北海道と沖縄に残されたリソースは十分に大きくはないことがすぐに判明した。北海道は耕地面積が大きく農業生産高が大きいので、足りないものも多くあるがカロリー・ベースでは食料は自給できるだろう。しかし、工業生産について言えば、足りないものが多すぎた。
そこで、早くから期待されたのは海外における日本メーカーの生産工場、または商社等の委託生産先である。さらには、それらの工場には、そのような生産に係わる高い技術を持つ人材が指導のために現地にいるのだ。
出席者はこのようなことはすでに共通認識として把握していたが、臨時政府からは、村井経産大臣と沖山外務大臣が出席しており、他に業界の代表、学識経験者が加わって協議会の出席者は40人余りになっている。
最初に、事務方の中心として働いている北海道大学経済学部の成田助教授が、リソースとニーズの資料について説明している。
「このように、日本は本州、四国、九州などの本土で大部分の工業生産を担ってきており、国富の大部分を生み出してきた訳です。一方で、北海道は総生産高が概ね33兆円、それに輸入が2.6兆、国内からの移入が6.7兆円ありますが、輸出は0.5兆円、移出は6.1兆円ということです。つまり、海外とは2.1兆円の入超、国内では入りが6.7兆円に出が6.1兆で大差はありません。
また、農業は国内に比べれば盛んでありますが、道内の生産額の5%にしかすぎませんので、工業生産額の17%に比べれば1/3以下です。さらに、最終消費は約21兆円ということになっていますので、一人当たり4百万円弱ということですね。
沖縄の場合は総生産高が概ね6兆円、それに輸入が1500億円、国内からの移入が8千億円ありますが、輸出は300億円、移出は1千億円ということです。経済規模が小さく、工業も殆どないことから、輸出入、移出・移入も少ないということです。
また、産業として、農業は2%以下、建設業などを含めた2次産業が12%足らずで、3次産業が80%を超えています。さらに、最終消費は約4兆円ということになっていますので、一人当たり3百万円位ということですね。
こうして見た場合に、食料については北海道の生産で、カロリー・ベースでは概ね両方の需要は満たせるでしょう。ただ、我々にとって欠くことのできない、様々な工業製品については生産工場が無い場合が多いですね。
沖縄には工業という意味では殆ど見るべきものはありません。その点で、北海道にはある意味最も重要な鉄については室蘭がありますから当面は問題なく、石油精製も出光の工場があります。その他食品製造や繊維など生活に密着した製造業はある程度ありますが、大規模なものは余りありません。
とりわけ、自動車の部品工場はありますが、組み立て工場はありませんし、特に少ないのがエレクトロニクス関係の工場です。ご存知のように、自動車もそうですが電気電子関係の様々な機器は、私達の生活に必須のもので、欠くことのできないものになっています。
その意味で、このままでは現在の北海道と沖縄の、他県などからの移入額の合計約7.5兆円が輸入になってしまうことになります。一方で北海道から移出として出していたものが、海外相手には半分程度売れればいい方だと思います。さて、そこにおいて海外の日本関係企業をどう活用していくか、その点については外務省の方からお聞きしたいと思います」
その言葉に沖山外務大臣が頷いて、横に座っていた40歳代の細身の女性が立ち上がった。
「外務省の蓑田真紀です。在米大使館にいましたが、帰国して対外産業政策を担当させて頂きます」
彼女は一礼して話を続ける。
「まず、在留邦人の数は長期滞在が88万、永住者が50万人おられます。だから、合計で138万人ですね。人数は米国が最も多く約45万人、次が中国で12万人、3番目がオーストラリアの10万人程度となります。
これらの方々は、平均的には多彩な経験と知識を持っている人が多く、人口の多くを失った我が国にとっては貴重な人材であると言えると思います。
そして、海外における日本または日系法人の数ですが、中国の3万強、米国の9千、インドの5千などです。一方で、我が国の直接投資先は累計で米国が5000億ドル、欧州は4500億ドルに対して中国は1240億ドルに過ぎません。これは、米国や欧州の投資の結果の工場の規模が大きく、比較的現地の人にその運営を任せており、中国に関しては中小工場が多く、運営に日本人が多く張り付いているということのようです。
このような海外における日本企業については、当然日本におけるその本体との関係は保っております。例えば、部品を日本から輸入して現地で組み立てを行う場合で、特に米国が欧州にみられるケースですね。または、逆に部品をそこで作って日本で完成品を作るケース、または完成品まで現地で作って、日本や現地で売るケースで中国やアジア諸国がそうですね。後者について部品は日本から供給する場合も多いようです。
それで、この時震のこれらの工場と邦人への影響、そしてこの日本への影響、そして取るべき手段について、考えていきたいと思います」
簑田女史は一旦言葉を切って皆を見渡し、再度続ける。
「まず、明らかに困っているのは日本から部品を入れて、現地で完成品を組み立てていた工場です。ただ、これは必ずしも日本または日系企業に限りません。自動車、船舶などの輸送機械、電子・電気関係機器に限らず、どのような製品も、日本からの部品を使わずに作っている製品は殆どありません。
だから、これらの会社というか工場は、別の部品を探す猶予期間は得られるでしょう。
また、海外で製品を作って日本に輸出していた場合は、ユーザーの90%以上が消えてしまったのですからこれも困ります。この場合は、生産量を保つために海外の新たなユーザーを見つけるしかないでしょうね。
それで、これらの会社、あるいは工場に共通の最大の問題は、日本にあった本体が消えてしまったことによる財務上の問題です。多くの会社は現地には十分な運営資金はなく、本社からの送金に頼っています。そして、私達は取捨選択をしますが、できるだけ日本企業の海外資産を有効に使いたいと思っています。
ですから、当面これらの会社への保証を臨時政府が致しますし、必要に応じて資金供給もします。そして、同時にその現地の売掛金の回収なども共に行います」
普通の政府にはあり得ない方針にざわめきが起きるが、村井経産大臣がマイクをとって話し始める。
「経産大臣の村井です。少し捕捉させてほしい。簑田さんの話にからみますが、海外で生産して日本に製品を売っていたような会社については、その規模を日本の現状に合う程度に調整して、日本で生産をしてもらいたいと思っています。
国際関係において、あまりに輸入超過であると、国として成り立っていかないので、生産が日系企業と言っても海外から過剰に輸入するのはまずいのです。なにしろ、我が国は強みであった先端技術を使ったものを失ったわけだから、同じものの国際競争力はほぼないので、外から金を稼ぐ手段がない。
その意味で、先ほど言われ多様な問題は扱うために簑田さんとその組織は当面海外の法人と企業のために働いてもらいたいと思います。それから……」
村井はしわ深い顔を少し緩めてニコリとして続ける。
「実質消えてしまった会社の、海外の資産、日本の銀行口座上の資産などは臨時政府が引き継ぐ。むろん実在するある個人、あるいは法人に権利があると判明したものはその部分は返すよ。
運営に責任を持つのだからある意味当然だと思う。それに、この前例がなくて誰もどう取り扱っていいか判らないケースを取り扱うのには政府でないとできない。そして、その資産は日本国民のものになるわけだ」
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これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
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