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第1章 時震発生

5.1492年5月、日本国、食料確保に苦慮

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 農林水産大臣長谷川清と事務次官水島健司は、省内の局長や課長を集めた会議で自分たちの発表に対する多くの苦情と指摘を整理した表を見て頭を抱えていた。

 先日の会議において、彼らの発表は様々な施策を実施することで、輸入が止まることによる当初の1.5年程度の危機をぎりぎり食いつなぐものであった。その手法は、一つは国内の農作可能地を限界まで使って、コメに加え、面積当たり効率の良いジャガイモやサツマイモなどのイモ類の生産高を高める。

 さらに、大規模農業が可能な、オーストラリアやアメリカ西海岸などで、大規模農業基地を作り来年にはその作物を持ち込み。加えて、大幅に漁業資源が豊かなこの世界で、漁獲能力いっぱいの魚類を取るというものであった。
 しかしそれは、時震から時間がなく農水省としては、ばたばたしてまとめたものであった。さらに、この時代の海外に農場基地を建設するというビジョンに夢中になって、彼らの検討はそちらに集中してしまった。だから、それらが実際に食料を供給するまでの食料供給については不十分であったのだ。

 ただ、彼らにとって言い訳としては、C感染の混乱からの反省から、省をあげて民間に多めの食料貯蓄をさせているためそれを当てにした面があるということだ。
 また、彼らの検討が主食の穀物に集中しており、さらに北海道と沖縄が消えた意味を十分に検討していなかった。これは、一つには人が生きているための摂取カロリーに占める、食用油や砂糖等の役割りが大きいことがある。食用油は年間250万トンも消費されているが、原料を含めると95%が輸入である。

 270万トンの年間消費のある砂糖は、輸入が65%余であるが国産は大部分が北海道と沖縄が生産地である。さらには広大な北海道は米・小麦、とりわけジャガイモについては国内生産の大きな割合を占めていた。
 加えて言えば、戦後の食糧危機を乗り越えたころ、日本人のコメの成人の消費量は200kg/人/年以上であったが、現在は100kgに満たない。この差は結局パン・麺類と副食によって賄われているのだ。

 こうしたことを踏まえた検討結果を長身で頭の薄い生産局長の山中庄司が説明している。
「では、検討結果を説明します。
 まず、時期的な食品特に穀物の需給関係を考えると、コメとサツマイモですが、今現在も必死に農地を整えて植え付けをしているところです。そして、例年通りの植え付けをしたものは10月ごろに収穫されますが、植え付けが遅れるものは12月初旬頃までということになるでしょう。
 ちなみにコメは、現状の見込みでは増やした農地による増産は20%程度の増量に留めて、ジャガイモを増やそうと思っています。サツマイモについては国内生産高が90万トンですが、これは何とか200万トン程度に持っていけると考えています。

 一方で、年間250万トンのジャガイモですが、国内生産高の75%以上が北海道でしたので、どんなに頑張っても 今年の生産高で200万トン止まりです。この数字は春撒きと秋撒きの2回収穫できますが、植え付けの時期が遅いことを考慮してのものです。この場合の収穫は12月下旬までということになるでしょう。

 だから、一番食料供給が不足するのはその収穫前ということですから10月頃です。この点では、今年は幸いにC感染病騒ぎにより昨年食料不足になりかけた反省から、現時点では民間が相当在庫量を増やしていて、例年の2倍程度ありますが、基本的には材料を含めた食品もジャストインタイムで在庫は多くはないということになります。この点では国内産は当然収穫後のものはずっと国内にあるわけです。

 さらに、穀物について言えば、国としての備蓄と民間事業者分で現時点において、コメが650万トン、小麦が250万トンあります。例年の消費量であれば、9月程度までは保てる数字ですが、副食分の食料が不足することを考えるとカロリー・ベースでは1ヵ月分程度は不足するでしょう。

 その点は、飼料用トウモロコシが国による備蓄と合わせて250万トンありますので、これを食料に回し、国内で飼料が不足する場合には非常時ということで、相当する家畜を屠殺することにするしかないでしょう。このようなことで、国内産の収穫の時期までについては、何とか持たせることになりますが、量と質の問題で相当不満が出ることは避けられませんね。

 それ以降ですが、先ほど言った圃場整備とコメやイモ類の増産、さらに魚類の増産、加えて肉類と刷了の増加で、後で述べる海外での収穫が見込める来年6月までには、なんとか保せることが出来る見込みです。しかし、これは昨年の食品廃棄物が2000万トンを超えると言われていますので、これゼロにすることも含みます。いずれにせよ、食品の生産や消費動向を相当に変える必要があると思っています。

 はっきり言えば、腐っていない限り、賞味期限などは考慮することはできないでしょうし、パンの代わりに芋を食べるなどのことも当然必要になります。芋はご存知のように面積あたりに米や小麦の8倍程度の収量がありますから、野菜の作付けを減らしても作付面積を増やす予定です。

 今の本州以外での農業生産ですが、当然内地の一つである北海道はすぐに当然開発して、主として小麦、テンサイ、ジャガイモなどを生産しますが今から開発にかかることを考えると、今年の収穫は無理ですね。
 日本の人々1億2千万人に供給する食料を考える必要がありますから、その必要量は巨大です。それを賄う量の小麦、コメやトウモロコシなどの栽培には広大な土地が必要です。そのために必要な用地が得られる土地として、現在では北アメリカ西海岸のロサンゼルス付近と南半球のオーストラリアの西部を考えています。

 これらを大規模な開発団を送り込んで、今年秋には植え付けを始めます。来年の収穫の目標は、小麦350トン、コメ350万トンですが、どちらも概ね1ha当たりに、3.5トン程度の収量ですから、1㎢で350トンなので、それぞれ1万㎢必要です。つまり、10㎞四方の農場開発が200ヶ所必要ということになります。

 こうした措置で、ぎりぎりですが穀物はなんとか必要量を確保できると思っています。しかし、酒類の生産を制限したり、ということも視野に入れる必要があると思いますし、いれにせよ、餓死者を出さないために配給制度は必要だと思っています。

 そのほかの食品の問題は、最も深刻なのは食用油でして、これは年間消費量が年間250万トンで、国内での生産が180万トンです。とは言っても、国内生産部分の原料である大豆とか菜種、とトウモロコシはほとんどが輸入です。そしてこの原料が大体年間550万トンです。

 だから。これらも主として北アメリカとオーストラリアで生産しますが、小麦や米の生産を優先するとなると、来年収穫から食用油に回せる量は極めて限定的になると考ええいます。だから、油は1年間以上の間、非常に不足することになるでしょうから、多量に消費するてんぷらなどはしばらくできないということになります。

 さて砂糖については、サトウキビとテンサイから作られますが、年間消費量の270万トンの35%程度を産出していたサトウキビの産地の沖縄とテンサイの産地の北海道が消えてしまったわけです。すでに、琉球王国のある沖縄は交渉から始めることになりますから、すぐに生産は無理です。

 北海道について、開発して生産を始めて、250万トンの収量を得ようとすれば、大体砂糖生産量は8トン/haですから3100㎢の必要面積です。ただ輪作障害がありますから、小麦と大豆を入れた輪作になりますので3倍の面積が必要です。

 実は日本に居るフィリピン、ベトナム、カンボジアや台湾などの人々から、日本に農業開発をして欲しいという要望があります。現在では、いずれの国も人口は少ないですから、サトウキビや、コメ、さらにコーヒーやカカオなど嗜好品の栽培を交えて順次考えていきたいと思っています。

 ただ間違いなく言えることは、先ほどの油に砂糖、さらに嗜好品など様々な農産物が、多分1年から2年の間は深刻な不足を来すでしょうね。この点は国民の皆さんに十分理解してもらう必要があります」
 真中局長は一旦言葉を切って、皆を見回して少し眉を曇らせて再度話始める。

「実のところ、いま言ったようなことを実施するに当たっては、心配な点として種苗があります。なにしろ、全ての計画が極めて巨大です。これは、開発を進める間に、苗などを育てる計画になっていますので概ねは何とかなると思っていますが、これは今後の課題になっています。しかし、今後の検討で難しいということになれば、今まで上げたものの中には規模を縮小するしかないかもしれません。

 またこれは私の個人的なアイデアですが、獣を狩るということも視野に入れても良いのではないかと思います。この点で北アメリカにいるアメリカ・バイソンなどはどうでしょうか。今であれば数千万頭いるでしょうから、自衛隊などに協力を仰いで、部隊を派遣して狩れば相当な肉の補充が可能だと思いますよ」

「なるほど、山中局長ありがとう。まとめると、極めてタイトで食用油や砂糖などに不足を来すことがあっても、人々を飢えさせることはないだろうということです。その意味では、様々な批判があったそれぞれの事項に一応は答えたものであるとは言えるでしょう。あとは、私達がどれだけ計画通りに実施していくということが重要になっていきます。

 それで、これらの計画は莫大な農地開発を短期に実施する必要がありますから、わが農林水産省のみでは到底こなせません。その意味では、国交省や防衛省の前面的な支援が必要ですので、すでに大臣を通じて各省に話が通っていて、具体的な計画と調整が行われています。

 農場開発は当然我々の責任において行いますが、その前の樹木の伐採、整地作業は国交省と防衛省に受け持ってもらいます。もっとも、稠密な森林は当面農場にすることはできませんから、用地としては避ける必要があります。手間もかかりますからこれは当然ですね。

 現在、すでにアメリカのカルフォルニア周辺と、オーストラリアの南西部について、衛星写真から候補地を選定すみで、現地にはそれぞれヘリ空母を含む自衛隊の艦船が行って航空測量と踏査を実施しています。
 先行部隊の重機と機材や要員を乗せた船が現地に向かっています。国内のてんやわんやの農地整備のことは皆知っていると思いますが、この開発のためには、時間が極めて重要です。だから、結果を一つ一つ確認して次に進むということはできず、見切り発車になります。では大臣からひと言お願いします」

「ええ、ここに出席している諸君。我が国の1億2千万人の人々は、今まで世界中のから買い集めてきた様々なものによってその生活を維持して生きてきたわけです。しかし、今回の時震という現象によって、それが不可能になりました。そして、それが食料となると人々の生存に係わることになります。

 我々農林水産省は、その食料を人々に必要な量と質で届けるという活動を管理監督する立場にあります。ですから、我々は人々に必要な食品を届けることができる仕組みが壊れた今、それを再構築する必要があります。
 前回の協議会において現状分析と解決手法を提示しましたが、不十分であると強い批判を受け、我々は確かに飛散されてもやむを得ないということで反省し、概ね合格点の回答が出来たかと思っています。

 しかし、その答えは極めてタイトなもので、どこにも余裕がありません。この実現のためには我が省のみならず、政府、自治体、国民の一人一人が全力をあげて取り組み必要があります。そして失敗した時は、数多くの国民が飢えることになります。今回の回答である数々のプロジェクトは、それぞれに成功させることはもちろん、遅れることにより、人々を飢えるという趣旨から、絶対に遅れることはできないのです。
諸君の奮闘を求めます!」
 決然と言って、長谷川大臣は出席している幹部職員を強い目で見まわす。

 ㈱ASSに勤める沢渡慎吾は、最近は深夜まで残業の連続であった。
 5月1日夕刻、JICAから緊急案件の実施指示がでたのだ。これは、すでに予告はされおり、ゴールデンウィークは休めないかもしれないということは言われていたものだ。これは㈱ASSに対して、他の2つの建設コンサルタント及びゼネコン2社とジョイントで、オーストラリアの前世界のメルボルン付近での農場開発プロジェクトだ。 

 具体的には、2千5百㎢の農場開発と、そのための要員の居住基地の開発さらにその基地を含めて、農場運営のために25ヶ所の百戸の住宅地と、それらのためのショッピングセンターの街の設計・施工である。

 当面、3社で500MM(人月)の人件費と経費として、当面300億円の枠が設けられており、実績に合わせて清算することになっている。沢渡の㈱ASSは水源探査に灌漑設備及び住宅地とショッピングセンターの上下水道、道路を含む都市インフラの計画設計と施工管理である。

 慎吾は先行組として、5月15日に政府が借り上げたフェリーで出発する。航行には5日を要する予定になっており、現地にはすでに自衛隊の手で、仮桟橋が出来て、事務所予定地までは仮設道路が出来ているが、プレハブ住宅と事務所もできているはずだということだ。

 慎吾のASSのチームの10人は、他の農業系と電気を含む設備系のコンサル18人と、衛星写真に航空写真と航空測量を元に概略のレイアウトを決めて、現地での主として調査に係わる作業内容の抽出である。

『それにしてもとんでもない規模だな。10㎞四方の農場を秋までに25個作るわけだが、オーストラリアのみでそれが、4グループが実施するんだよな。多分コンサルだけで、各グループで500人、ゼネコンの監督者のみで同じく500人でオペレーターを含めた作業員は1万人を超えるだろうな。

 俺たちコンサルは基本的には身一つでいいけど、ゼネコンは数百台の重機とオペレーター、それに燃料を含む資材を急きょ運ぶ必要がある。送り出す担当者は死ぬな。それに、そんな機材と船が揃うのかな?しかし、俺が乗るフェリーも含めて、必要な機材、人員は政府が強制的に借り上げるというな。まさに、戦争の徴用だな。

 今月末には農場の整地を始めるというから、どこをどう始めるか、それまでに決めておく必要があるわけだから、基本的に高低差も考慮してレイアウトは最終形を決めておく必要がある。出発までどうも、日をまたぐまで帰れんな』CADで計画図を描く手を休めてそのように思う慎吾であった。

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