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第1章 時震発生

3.1492年5月、日本政府の動き

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 阿山首相が主宰する「時震対策協議会」の拡大会合が開かれている。出席者は100人を超え、阿山首相を始めすべての閣僚の他、主要官僚、選ばれた学識経験者が出席している。その様子は、リアルタイムでテレビ放送されており、開始時点で視聴率は52%を記録している。

 基本的に2023年から1492年に跳んだという今回の騒ぎでは、日本政府はその後の状況、動きについて国民に対してほとんど一切の隠し事をせずにやってきている。これは一つには、21世紀の世界のように『国際社会』に対してリアルな状況が知れることによる不利益があり得ないからである。

 そうは言っても、日本列島には240万人の外国籍居住者が居り、さらには2万人を超える在日米軍の軍人がいる。とりわけ中国人が75万、韓国を中心とする朝鮮半島人が45万、ベトナムが30万などいくつかの国についてはその在住者は無視しえない数になっている。

 この点で、公開する情報は絞るべきという意見も強かったが、彼らの本国が存在しない以上脅威にはなり得ないと、阿山首相が押し切ったものだ。在日米軍にしても、半分の人数とそれ以上の機材が配備されていた沖縄の基地が消えた以上、自衛隊に比べてたいした戦力ではない。

「今回の時震の結果、我が国はその成り立ちを大きく変える必要があります。今の時代の外の世界は、我が国が必要な農林水産業、鉱工業による生産物を供給するキャパシティがないことは明らかです。これが意味するところは、日本の人々がそれを得られる場所に行って、自ら生産体制を整える必要があるのです。
 従って、国民の皆さんは今我が国が置かれている現状をしっかり把握して、その上で自らがなすことを確実に認識して頂く必要があります。だから、我々はそれに関わる情報は一切隠すことなく公開する必要があるのです」
 閣議で述べた首相の言葉である。

 司会者による協議会開会の挨拶の後、冒頭に阿山首相の言葉があった。
「今日は、日本列島が500年以上の時を超えて転移するという、未だに理解しがたい現象に我々が巻き込まれた結果を受けて、どのように対処するかを話し合う会議です。その現象を、我々は時の揺れということで時震という名前で呼ぶようになりましたので、ここではその言葉を使うものとします。
 今から申し上げることは、この会議に出席された方々には十分ご承知のことと思います。しかし、この会議を見守っておられる多くの国民の皆さんにも聞いて頂きたいと思い、この会議の趣旨などを少し詳しく述べるとともに、国民の皆さんへの要望などを述べさせて頂きます。

 さて、この時震により生じた諸問題に対処するには、まずその結果我が国の置かれている現状を、出来る限り正確に把握する必要があります。これは、例えば、資源量これは食料などの生産高と貯蓄量、それから石油などのエネルギー資源、鉄などの金属資源を把握します。
 そして、我々が生きていき、また適う限り現在の生活レベルを落とさないためには、どれほどの供給をいつまでにしなければならないかを見積もります。そのためには、どのような種目・規模の生産・供給基地を日本以外の世界で作る必要があるかがわかるわけです。

 さらに、そうした生産・供給基地を作るための具体的な計画、つまり場所、施設の中身、そして必要な要員が割り出されることになります。
 皆さんもご存知のように、我が国の人々の生活や、工業などの生産は海外からの莫大な輸入によって成り立っていました。わが国への輸入量は重量ベースで17億トン、金額ベースで5兆円を超えますが、その輸入元が突然無くなったわけです。
 無論資源は、この時代では消費されていませんから、前の世界よりずっと多くあります。しかし、それを採取して我が国に持ってくる仕組みがないのです。
 我々の生存に絶対的に必要な食糧について言えば、我が国のカロリー・ベースの自給率はわずか37%です。これは国内の農業生産を精いっぱい高めても、皆さんの多くが十分な栄養が取れないということははっきりしています。ですから、現在の備蓄を生かしながら、自給量を高めると同時に国外に生産基地を構築する必要があるのです。

 そして、どのように工夫して、それに従事することになる人々に無理を強いても、それらの建設にはそれなりの時間がかかります。今日の会議の結果にもよりますが、概ね国民の皆さんがそれほど不自由なく暮らせる体制を構築するには、3年から5年を要すると見積もられています
 ですから、その経過期間の中では国民の皆さんに、買いたいものが買えない、好みの食べ物が食べられない、ガソリン消費を制限されるなど、様々なご不自由・ご不便をおかけすることになるかと思います。しかし、その点は、この未曽有の災害と言って良い、時震という現象による一過性のものとして我慢することをお願いします。

 それから、皆さんはすでにマスコミにより大々的に報じられていますので、ご存知の事と思いますが、日本以外の世界における西暦1492年という意味合いです。これは、学校でコロンブスによる「新大陸発見」の年と習ったと思いますが、一方でヨーロッパによる中南米侵略の始まりとも言われております。
 実際、コロンブスは自分たちを友好的に迎えたインディオの人々を、「良い奴隷」と言ったと伝えられています。そしてその翌年には17隻の船に乗った1500人の人々が、多数の現地の人々を殺害し、奴隷化したことは紛れもない事実です。
 当時、中南米には高い文化を築いていたマヤ・アステカ帝国、インカ帝国などがありましたが、武力に勝るヨーロッパから来た人々に滅ぼされ、人々は実質奴隷化され、過酷な労働によって多くの人々が死んでおります。

 このことは、すでに常識になっており、現在日本に居る中南米の人々から、今年10月に迫ったコロンブスの到着を妨げるように要請が上がっております。中南米のみでなく、ヨーロッパ列強と呼ばれる国々は、アジアやアフリカ、それこそ世界中に手を伸ばし、現地の土地を奪って、住んでいる人々を虐殺し奴隷化しております。
 一方で、我が国は自衛隊という軍事組織を持っており、現時点の世界においては圧倒的に優れた兵器体系を保有しています。
 すなわち、国民の皆さんの意思と同意があれば、先ほど申し上げたような、地球規模の明らかな人権侵害に介入することも可能である訳です。この点では、先ほど申し上げたように我が国はその国民の生存と、生活を守るためには好むと好まざるによらず、多数の国民が現在の外の世界に出て行かざるを得ません。

 そのようなことを踏まえると、憲法についてはいずれせよ改正する必要がありますし、法制度についても大きく改定する必要があります。この会議ではその点も議論されることになります。さて、国民の皆さん、このように本日は我々政府のみならず、皆さん生活に直結する重要なことが話し合われます。
 皆さんも、自らも参加するつもりで大きな関心を持ってこの議論を見守って頂き、皆さんからの意見徴集、この仕組みは今準備していますが、これに参加願いたいと思っています。それでは、ご出席の皆さん、会議を始めて下さい」

 それを、会社の自分のパソコンで首相の映像と共に聞いていた沢渡慎吾は、身が引き締まる思いだった。彼の勤める㈱アース調査設計株式会社(略称㈱ASS)は、主として海外のインフラの建設のための調査と設計を行う会社である。従って自社にとって極めて重要な今日の会議を、自分のパソコンまたはテレビで見守るように全社員に指示されたのだ。

 ㈱ASSの従業員は200人余で、日本のODAの仕事が中心という性格上、途上国の10ヶ所に営業所があったが消えてしまい、社員も海外に出ていた42人が居なくなった。とは言え、通常であればエンジニア等現地担当要員120人の7~8割の社員が海外に出ているのであるが、たまたま約6割が国内に居たために、居なくなった数が今程度の数で収まっている。

 現在ではまだはっきり方針が決まっていないが、このように『消えてしまった』人々、とりわけ業務で海外に行っていて人々については、殉職扱いで待遇するしかないだろうというのが、現在の見解である。
 無論死亡や事故については、こうしたケースでは例外なく保険がかかっているが、その最終引き受け先が、消えてしまったイギリスのロイド保険である。だから、政府が保険会社への何らかの手当をする準備をしていると言われている。

 慎吾の勤める会社のような、海外のインフラ業務を専門に行っている会社には、すでに顧客であるJICAなどの日本のODAを担当する政府機関から内々の話があっている。その内容は、大量の仕事が発生するので、出来るだけ担当できる人員を拡充するようにとの要請である。

 社内でも、この時震に伴って自社で担当できるどのような業務が発生するか、45歳でベテランである慎吾も加わって議論した。政府が様々な情報を隠していないので、様々なルートから集めた情報も加えているが、その結論は、農林水産、鉱業の生産、採取及び輸送に係わるインフラの調査・設計ということである。

 とりわけ、港湾、道路、原油のパイプラインにそれらの採取基地の住宅地、また数多く建設されるはずの農場に働く人々の住宅地の建設が主たる業務になるであろう。また、実際の業務は現地との航空機による交通インフラが無いので、現地に仮設住宅と事務所を建設してそこに住みこんでのことになる。

 通常の海外業務であれば、現地では調査のみ行って、実際の設計は日本で行うことも多い。しかしこの場合は、行き来が困難であるためと特急事案になるため、日本ではコンセプトのみを決めて、現地で概略の設計を行って、それを元に工事を始めて、詳細の設計は工事を行いながら実施するという方針が示されている。

 従来の業務では、平均2ケ月、長くても半年くらいの間隔で日本に帰れたが、先のような方針になると現地に年のオーダーでべた付きになる。なにしろ、長くても24時間で日本と行き来できるジェット旅客機は、飛行場がないので使えないのだ。

 現地にた家族の住める住宅が作られるというが、高校生の長女と中学生の長男のいる慎吾には家族が来るのは無理なことだと、内心は悲しく思う。
 慎吾を始め、数千万の人々が見守った会議では、まず日本人の海外に渡航していて居なくなった数と、外国人の日本での居住者について報告された。この場合の日本人の数は約149万人で、外国人が282万人であり、日本に居る外国人のうち旅行での短期在留者が21万人である。

 次に食料の問題が話し合われた。4月1日の転移の後、直ちに農林大臣の命令で、できる限りのコメの増産、芋、カボチャ、トウモロコシの類の増産が指示された。その結果、現状の推計ではコメについては昨年の生産量850万トンの1.5倍、馬鈴薯は220万トンの2.2倍、サツマイモは90万トンの3.1倍の生産が見込まれている。

 ちなみに小麦については、国内生産が昨年80万トンで作付けは増やしたが、生産量の増加は90万トンまでである。昨年の輸入が550万トンであるので、暫くはパン・麺類は食べることができなくなるであろう。さらに備蓄米が90万トンと、飼料用のトウモロコシの在庫が180万トン(総輸入量は1千万トン)あるので、予備分として確保しているとのことである。『飼料も食うのか』慎吾は思う。

 肉類は飼料の輸入がないので、飼育数は減じざるを得ないが、その分肉の供給を増やして、昨年の自給率50%に当たる量を何とか確保することになる。また、漁業資源調査が粗い調査が急きょ行われた結果、流石に500年前の海域では魚影が濃く、漁船も可能な限り増やすことで、昨年の450万トンから、1000万トンの漁獲が可能と報告された。従って輸入がない魚類の供給については量としては概ね例年の量が確保できるという。

 それらを総合した結果、肉類の供給は約半分になり、小麦食品の摂取を大幅に減らすことになるということで、食卓は貧しくはなるものの、備蓄を取り崩して1年半はなんとか人々が飢えることはないという結論になった。

 また、エネルギー・鉱業資源については日本が自給できるのは石灰石くらいで、後はほぼ100%に近く輸入に頼っている現状が確認された。
 では、食料に不足と、エネルギー・鉱業資源を今後どのように補うかである。
 このうち食料については、基本的には現状で極めて人口が希薄で農業に活用されていない地域の開発地として、アメリカ大陸の地中海気候のカルフォルニア周辺とオーストラリアの南西部が選ばれた。

 エネルギー・鉱物資源は、完全に資源の位置は判明しているので、樺太、ブルネイを含むボルネオ、ニューギニア、オーストラリアでの採取から着手することになっている。なお、林業の内針葉樹は原野に覆われている、、北海道と樺太、南洋樹はボルネオ・ニューギニアを採取地に定めた。

 このような日本の方針については、アメリカについては大使館、米軍とも話し合って、開発を進めたいという彼らの目的とも合致しているため、食料生産に限定するということで合意している。
 さらに、オーストラリアは、農業のみならず鉱物資源の大々的な採取も視野に入れているので、大使館は大いに抵抗した。しかし、在留するそれらの国民の手当てを厚くして、彼らの居住区の建設を約束することで、領土問題はあいまいにして押し切った。

 また、ロシア、マレーシア、インドネシアなども、2021年における自国領土の日本による開発に抵抗したが、個別交渉によってオーストラリアと同じ扱いで押し切っている。
 それまでに議論された内容から、1492年時点では地元政府そのものが無いかまたは領土化していない状況でも、日本が開発を行うことは、現憲法下においては違憲である可能性が高いことから憲法は改定する必要があることが述べられた。

 実際に開発に当たっては、命の軽いこの時代、自衛隊を帯同する必要があるが、まず『違憲』と叫びたてる9条教の信者が多く出るだろう。現状で飛びぬけた戦力を持つ日本が、制度上『軍隊』を持つことが許されないなど、まさにナンセンスである。

 この点については、更に検討して国民の前に提示し、国会で議論することが述べられた。ただ、人権の侵害、領土の侵略の禁止は盛り込むということは明確にされた。

「だけど、領土と明示している国がなければ、そこに入り込んで住んでも侵略にはならないのだよな。今あげているところだと、どこも侵略にはならないよね。とっとと行って旗を立てればいいのだよね。政府もなかなかうまいね」
 慎吾の隣の席の、何かとにぎやかな同僚の熊谷聡が大声で言って、笑いがどっと沸き起こった。
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