日本列島、時震により転移す!

黄昏人

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第1章 時震発生

2.残された者達

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 北部方面総監の前川陸将は、時震を午前8時15分に知った。もちろん、震度3の揺れそのものとその異常さについては、総監部に隣接する官舎において、その前にテレビによって知ってはいたが、時震とそれに伴う諸問題を知ったのは総監部からの緊急連絡であった。

 自衛隊は軍隊組織であるので、当然24時間体制で隊員には連絡が着くようにしているし、レーダー等の監視、連絡要員は昼夜を問わず行っている。日本でも最も固く守られていると言っても過言ではない北海道の、陸の守りを担っている北部方面隊の総責任者である、前川陸将については当然秘話機能付きの携帯が渡されている。

 連絡はその携帯からのものであり、防衛省、陸上総隊との連絡が途切れたこと、沖縄を除く駐屯地等の基地とも連絡がつかないことが知らされた。
 57歳、半白の髪、固太りの前川は隣で緊張して彼の通話を聞いていた、妻の順子に「聞いての通りだ、では行ってくる」そう言って官舎の玄関から出かける。

 大体彼は朝8時15分ごろ官舎を出て、総監部の執務室なまでの5分ほどを、総監部の構内を歩いているが、ほぼ日常通りの出勤になったわけだ。北海道の4月初旬はまだ寒いので、コートを着るほどではないが、制服は冬物であり吐く息も白い。聞いたことを頭で反芻しながら、その日のやるべき行動を思案しつつ、執務室に行くといつものように前室のドアが開いている。

 受話器を握って座っていた、秘書官の江守2尉が、上目に前川を確認して受話器に話しかけて置く。
「閣下、おはようございます。どうも大変なことになっているようですね」

 30半ばの彼女が、いつものように彼に慇懃に一礼して話しかけるのに、前川は自室の鍵を開けながら応じる。
「ああ、まず状況を掴むが最初だ。とりあえず、千歳の第2航空団長の下山空将を呼び出してください。それと幕僚長と副幕僚長、さらに第2・第7師団長、第5・第11旅団長を会議室に呼んで欲しい」

「はい、承知しました」
 答える彼女の言葉を後ろに聞きながら、自分の席に座ってパソコンのスイッチを入れる。画面が立ち上がる前に、電話が鳴って取り上げた受話器に江守からの声が聞こえる。

「下山閣下に繋がりました、代わります」

「うん、ありがとう」言って受話器を取る。

「下山です。前川さん、1カ月前の会議で会ってからぶりだね。本土と連絡がつかない件だろう?どうも、本土のみならず、海外からの通信も一切聞こえてこない。GPSは一応使えるけど、日本の“みちびき”からの信号はないな。衛星の信号は何機からは拾えているようだよ」

「下山さん。前川です。朝早くから済みませんね。どうも嫌な感じがするんだよ。どうも本土が無くなっちゃったのじゃないかってね。全く電波がないらしいよね。それで、お宅の偵察機を本土の上を飛ばして欲しいと思って電話したんだ。こっちもヘリはあるけど、やはりお宅の改F4偵察機が早いよね」

「うん、俺もそう思って今準備をさせているよ。うーんと、あと1時間もすれば出せる。そっちにもリアル映像を送るようにするよ。その件は、うちの方からお宅の担当に連絡させる」

「おお、それは有難い。その頃には陸の方の幹部も集まっているから、皆で見ることが出来る。おおっと、割り込み通話が入っている。緊急のようだ、それじゃありがとう。映像を待っているよ」

「いやいや。今後も協力していきましょう」
 下山空将からの通話が切れ、江守からの声が聞こえる。

「閣下、関官房長官の秘書官という方から、官房長官がお会いしたいとこちらに向かっているそうです」

「関官房長官?関さんが札幌に来ているのか。い、いやもちろんお会いする。すぐこの部屋にお通しするようにしてくれ」

「はい、紹介しました」

 部屋のドアに江守秘書官のノックがあり、彼女に案内されてスーツに身を包んだ細身の官房長官と秘書らしい太めの男が執務室に入ってきたのは、ほんの5分後だった。官房長官は近くまで来ていたらしい。

「関内閣官房長官です。本日は急な訪問で申し訳ないが、国家の非常事態であるようなので、押して訪問させて頂きました」
 内閣でも最も露出度が高い細身の官房長官は、少し寂しくなりかけの髪の頭を軽く下げて、応接セットのソファに座る。

「いえ、いえ。長官がおられるとなれば我々としても助かります。文民統制の現在、我々の判断のみでは動けませんからね。それにしても長官はなぜ札幌に?」

「それが、ご存知かもしれませんが、私の大変世話になった叔父が、札幌に居りまして。昨夜危篤ということで、急きょ最終便でこちらに参ったのです」

「それは、それは。それで叔父様は?」

「はい、残念ですが。深夜に………」

「それは御愁傷さまです。お悔やみ申し上げます」

 関長官は伏せていた顔を上げ、前川を正面から見て話しかける。
「さて、プライベートのことは置いておいて、実のところ私も今回の状況が把握できておりません。それで、北部総監部が近所ということで、こちらにお邪魔しました。現状で解っていることを教えてください」

「はい、もちろんです。現状で解っている範囲で申しますと……」
 前川が説明しかけのところに、江守がノックをして返事を待ちドアを開け話しかける。

「閣下、武藤幕僚長閣下が参っていますが」

「おお、入ってもらってくれ。彼もそれなりに情報収集をしているだろうから」
 そう言った前川の言葉に中肉中背で髪の薄い西田准将が入ってきて、西川に向かって敬礼をし、次いで関長官に向かって敬礼し名乗る。

「武藤北部総監部幕僚長です。お話し中のところを失礼しております」

 それに対して関長官も立ち上がって、応じる。
「関内閣官房長官です。今日は私的なことでこちらにたまたまおりました。どうぞ、丁度状況をお聞きしようとしたところです。私の部屋ではありませんが、どうぞお座りになって、武藤さんからも状況を教えてください」

 その後、前川と武藤は交互に現状で解っていること、さらに取っている行動を説明するが、それほどの内容ではない。
「ふむ、なるほど。状況からすると本土、本州、四国、九州が消えてしまったようだということですね。そして、GPS衛星の“みちびき”、それから気象衛星“ひまわり”さらには情報収集衛星が多分2基が消えてしまっている。
 また、すでに指揮下の各実戦部隊の指揮官を呼ばれて、会議を開く準備をしていると。そして、間もなく本土に向けて情報収集に偵察機が飛び立つということですね?」

「おっしゃる通りです。隣の会議室のモニター画面に偵察機で撮った画像が映ります。江守秘書官、呼んだメンバーは集まっているかな?」
 長官が来る前に映像の段取りを取っていた前川が応じ、受話器を取って江守に呼びかける。

「はい、ほとんど。三宅第5旅団長が留萌に出張中ですが、吉川副旅団長が来られています」
 拡声機能で皆に聞こえたその言葉に頷き、前川陸将は関長官に向かって語りかける。

「関長官、よろしければ、隣の会議室に実戦部隊の指揮官達が来ていますので、お言葉を頂ければと思います。また、長官も本土の映像はご覧になりたいと思いますのでご一緒頂ければ有難いのですが」

 関は、前川陸将のそつのなさに、流石に自衛隊のエリートだと感心した。彼は、うっすらとその日のことが尋常でないことは感じていたが、自衛隊側の話を聞いて自分が北部総監部に来たことが正解であったことを尚更認識した。 北海道の自衛隊は陸・空・海とあるが、全体を統括する組織はなく全て中央から指揮をすることになっている。つまり、陸のみが北部総監部として統括しているが、後は統一的に指揮を取る部署はない。

 さらに、自衛隊は突然の侵略のような戦闘行為に突発的に巻き込まれない限り、政府の指揮のもとに動く必要がある。しかし、どうも現状知りえたことからすると、自衛隊の本部機能もそうだが、「日本政府」そのものがすでに存在しない可能性が高い。

 また、関内閣官房長官は政府のなかで序列2位であり、首相がこの世界に存在しない場合には政府を代表する立場である。すなわち、立場的に戦力である自衛隊の行動方針や軍事行動を指揮する立場になるのである。平和ボケの日本人はそのような意識はないが、軍事力を持つというのは行政的にも極めて重要である。

 そして、関には大きな懸念があった。日本の周りには友好的な国が少ない。北朝鮮は拉致問題もあるが、弾道ミサイルを威嚇のためにしばしば撃つなど敵と言っても差し支えないし、日本も国として認めていない。中国は尖閣諸島の領海への侵略など明らかな軍事的脅威になっている。

 一方で、軍事強国であるロシアは、ウクライナに侵攻したが、西側の軍事支援もあって予想と違って大苦戦をしている。さらに経済封鎖にあって世界のサプライチェーンから外されて、経済的に苦しむなかで、大統領のイグサイエフは当初に占領した東部3州を一方的に領土化し、核で脅して停戦状態になっている。

 結局、近くロシアの経済が破綻するなかで、国内の支持が失われているイグサイエフの暗殺などロシアの政変でロシアの敗戦という形で決着が付くと予想されているが、脅威であることは事実である。
 韓国は、保守政権になってからは経済的な不安からすり寄っては来ているが、韓国人の反日は相変わらずであり、弱みを見せれば敵対化することは予想に難くない。

 このように、そして、中国と韓国、ロシアそして北朝鮮のいずれも日本に対して敵対的である。そして、本土が消えたということが事実とすれば、北海道と沖縄周辺の自衛隊の戦力では、韓国単独でも相手取るべくもない。
 そうした、国の独立を保持するためも安全保障面も真剣に考える必要がある。しかし、いずれにせよ事実を確認するのが先だと関は思うのだった。

 関が前川に続いて入った部屋は、15畳ほどの広さで、大きなテーブルを囲んで12人が座っていたが、前川の入室を見て一斉に立ち上がり敬礼する。半分ほどは、制服であるが残りは迷彩の戦闘服であった。
 前川は立ち止まって答礼し、関長官を上座に並んだ椅子に導くのに武藤幕僚長が続く。

「皆、ご苦労。こちらは皆も知っているかと思うが、内閣官房長官の関閣下だ。ご身内の御不幸で昨夜札幌に来られていたそうだ。今から見られるだろう、本土の映像を一緒にご覧頂いてから、我々の会議にもご出席いただく。一同、敬礼!」
 その声に部屋じゅうのものが一斉に関に向けて敬礼する。
 前川に促されて一同が着席から間を置くことなく、関長官の正面の大スクリーンが明るくなる。画面は海面が映っており、先の方に緑の陸地が見える。

「自分はF4改偵察機型201号機の後部搭乗員山科2尉です。この機の現在の速度は、巡航速度の時速約940km、高度は8000m程度ですが、東北、関東、中部、関西、四国、九州をまわって帰還することにしています。行きは基本的に太平洋側、帰りは日本海側を通り、出来るだけ大きな都市の上空を飛行します。
 総飛行距離は2900㎞ですから時間は、3時間強、増槽を吊ってはいますが、あまり燃料に余裕はありません。今見えている映像は下に津軽海峡と先に見えるのは下北半島です。まあ、このような感じで適宜解説していきますのでよろしくお願いします」
 乗員による放送が入る。その後3時間、晴天に恵まれた日本列島を縦断した映像は、ぽつりぽつりと見える町並み、あちこちにある城郭や集落から原始的とは言えずとも、江戸期以前のものであることは明らかであった。
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