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27.終章、明るい未来に

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 斎田ゆかりは、流中学校の2年生である。ジェフティアの首都である西日市は、現在人口125万に達する大都市である。その配列は、中央に大公園があって、それを取り巻く官庁街とオフィス、商店街の中高層ビル街、それを取り巻くアパート群、最も外周の一戸建て住宅群になって、環状の街である。

 元々、西日市はジェフティアの建設に伴って計画・建設された人工的な街であるため、極めて合理的に計画されている。市内の直径は概ね15kmの円形で、人口は最大150万人として計画されているので、そのエリアに建設されるビルの棟数、一戸建ての戸数はあらかじめ決まっている。

 このように、全体としての形は極めて人工的であるが、出来るだけ潤いを持たせるような構造が工夫されていて、中には大きな森もあり、多数の公園、さらに多くのせせらぎや池が配されている。街の形は円形であるが、その標高は全体として海に向かって勾配がついており、局部的には変化に富んでいて、多くの丘や小山もある。だから上空から見た西日市は、円形ではあるが緑に包まれた変化に富んだ街に見える。

 上下水、電力、交通等のインフラはその中に合理的に配置されており、とりわけ交通は地下鉄網を巡らせて、極力地上の自動車交通を最小化する工夫をしている。地下鉄、上下水・ガス管・電力網については、地下に埋設するものであるが、既存の市外に建設する場合には、長期の交通障害と多大な建設費を要する。

 しかし、海岸に近い丘地形のため地下水位が低いうえに、地質的に比較的強固な、西日市の地盤に加え、最初から計画的に地下インフラを計画した場合には、そのコストは最小のものとなる。だから、確かに西日市の建設費は莫大なものであったが、その費用は極めて合理的なものと認められている。

 なにしろ、既存市街地に下水道施設を建設する場合だけでも、人口一人当たり50-100万円を要すると言われているのだが、西日市の上物を除いた都市インフラの建設費は概ね3兆円であり、人口150万人の都市を一から造るコストとしては最小のものであろう。

 斎田ゆかりは、西日市とそこにある自分の住環境を気にいっている。通っている流中学校は、幅5mほどのせせらぎに沿って校門が作られたためこの名前が付けられたと言われる。そもそも、西日市の場合元々つけられた地名がないため、殆ど人工的に造られた地形に合わせて地名が付けられる場合が多い。

 流中学校は、アパート群と一戸建て住宅群の間に位置しており、半径1㎞圏内のアパートと一戸建てに住む生徒が通っている。生徒数は900人であり、日本人4割で色の黒いアフリカ人が6割だ。アフリカ人の大多数は国籍がモザンビークかジンバブエであるが南アとかコンゴなどの者も数%はいる。

 モザンビークとジンバブエの者が多いのは、ジェフティアの設立時に、両国からはほぼ障害なくジェフティアに入って働いて良いという協定を結んでいるためだ。やはり、日本人の方が経済状態は良く一戸建て地区からの生徒は日本人が多く、アパート群からはアフリカ人が多い。

 ちなみに一戸建てと言っても、日本人は自宅の庭を手入れするために人を雇いうという発想はないために、自分で管理出来る程度の宅地である250㎡程度の場合が大部分である。家も家族数が精々5人程度なので、150㎡程度のもので日本における住宅事情と大差はない。またアパートと言ってもそれほど狭くはなく、100㎡程度はあるので家族で住んでも問題はない。

 ゆかりのクラスでは、日本人とアフリカ人が半々であるが、これは日本語で教育を受けられるもののみを集めているためであり、それ以外のアフリカ人は日本語教育と英語またはスワヒリ語での授業を行っている。

 ジェフティアの、日本の学校教育法に沿った学校に自分の子供を通わせる親は、子供に日本語の能力を付けることを望んでいる。これはジェフティアでずっと働いて住むつもりである場合と、日本のアフリカでの存在感は大きくなっていることから、自分の子供に日本企業など日本と関わって生活できるようにということだ。
 ジェフティアにいる自国の会社に勤めて、最終的に自国に帰るつもりの者達等は、インターナショナルスクールに子供を通わせている。

 ゆかりの隣の席は、ジンバブエ人のマーシャ・アサトであり、ゆかりがパートナーに指名されている。このパートナーというのは、まだ日本語能力が十分でないアフリカ人に手助けする日本人との役割のペアのことだ。マーシャは身長148cmのゆかりより5cmほども高いほっそりした少女で、黒光りするふっくらし顔に少し垂れた白目とにっこりした時の白い歯が印象的だ。

 パートナーとしての彼女は、成績が下の上といった点は少し物足りないが、懸命に学ぼうとする姿勢と、抜群の運動神経という点でゆかりは一目置いている。運動という意味では、全般にアフリカ人は優れており、運動には自信のないゆかりなどはマーシャと100m走を走ると20mほども置いていかれる。とは言え、アフリカ人は個人差が大きく、顔つきも体型も知的能力も様々で一概には言えない。

 このうちの知的能力という意味では、ジェフティアで働いているアフリカ人は、短大レベルの教育を受けているエリートであるため、その子弟である中学校に通う者達にそれほどレベルの低い者はいない。体つきという点では、マーシャは走るのが得意な黒人の特有なほっそりした体で、なにしろ腰の位置が全く日本人と異なる。

「広いねー。それに匂いが違うねえ」
 マーシャが、バスの窓から山裾をまわって開けたインド洋の海原を見て隣席のゆかりを振り返って叫ぶ。目がキラキラしているが、今日は流中学校の社会見学という名の遠足だ。

 内陸の、道から西日市から北東に15㎞ほど行ったところで海岸沿いの道にでたので、正面に広大なインド洋が広がる。その沖にはマダガスカル島があるはずだが、280kmと遠く離れており見えない。さらに正面には、海沿いに、幅数百mもの池の連なりが見える。ジェフティアのほぼ全沿岸に沿って広がる広大な養殖場だ。

 ジェフティアは農業と並んで漁業が盛んであるが、その漁業はインド洋の近海・遠洋漁業に養殖による漁業であり、養殖による漁獲高が6割に達している。そしてその漁獲高はすでに日本本土と遠洋漁業に匹敵している。これは、日本近海及び東アジアの近海は、すでに獲り過ぎで漁業資源が細る一方になっているためだ。

 一方で、インド洋の東岸は、いまだに漁業そのものの発達が未熟であり、豊富な資源が残っている。だから、ジェフティアには農家のみならず漁師も多数入植して、養殖と採取漁業に従事している。

「ええ、広いね。これは海の匂いよ。マーシャは海に来るのは初めてかな?」
 ゆかりがマーシャの言葉に応じて聞くのに、マーシャはニコニコして答える。

「いえ、さすがに5年も住んでいれば、何度かは来ましたけど何度来ても海はいいですねえ。この海の匂いですか?これが何とも言えないものね」
「ジンバブエには海はないものね、私も海は大好きよ。それに今日の目的地のジルエでは魚とか貝が美味しいよ。ジルエは行った?」

 ジルエはジェフティアの海岸の北の境に近い街であり、近海漁業の漁獲物と、養殖の水産物の集積所になっている人口20万人の都市である。だから、港に近い位置の広場を囲んで多数の生け簀があって、それを焼いたり蒸したり、煮たり、さらには刺身にして食べさせる食堂が多数あって観光客で大賑わいである。ちなみに、この街の名前については、地元にあった地名をそのまま使っている。

 この遠足の目的地はそのジルエであり、そこで水産市場、加工場、製品の積み出し港などを見学するのだが、無論有名な海産物食堂での会食もコースに入っている。
「いや、行ってないよ。前から行きたかったのだけど、魚を食べるのが楽しみ」
 マーシャがニッコリ笑って言う。

「ところで、寒冷化で涼しくなって、ここも随分過ごし易くなったけど、ジンバブエは高いところが多いけど寒くはないのかな?」

「うん、祖父と祖母がハラレに住んでいるので、年に何回か行っているの。ハラレは標高が高いので、前も冬には霜が降りるようなことはあったけど、今は雪が積もるようになったよ。だから、前からの友達も随分寒くなったと言っている。でも、そんなに生活が不自由になったということではないようね。それより、日本の方の影響が大きいでしょう?」

「ええ。日本の北の地方では、農業に大きな影響があるようで、今もここに越してきている人たちが多いわ。でも、日本はあの所得倍増計画がうまくいったのもあって、全体として食料が不足することもないし、生活に困っている人もいない。だから、そんなに影響はないわよ」

「日本か、行ってみたいよ。お父さんが連れて行ってくれるといいのだけどね。前に言ったけど、お父さんはスミヤ産業という会社に勤めているのだけど、来年は日本へ呼んでくれるのだと言っていたわ。だから、お母さんと私たちも一緒に連れて行きたいとね。
 でもね、このジェフティアができて、私達の国ジンバブエも随分豊かになったのよ。お父さんも工業短大を卒業したのに職がないから、南アフリカに出稼ぎに行っていた。それで食べるのには困らなかったけれど、同級生は学校にも余り来れなかった子が沢山いたよ。

 その子たちは食べるのにも困っていたよう。ぼろぼろ服を着てね。でも、ジェフティアができ始めてから、どんどん人が移っていったし、ジンバブエもどんどん景気が良くなった。お父さんはしばらくジェフティア鉄道建設の仕事をしていたのよ。今は特に農業が盛んになって、沢山働き口ができて、食には困らないようになったわ。ハラレに行った時に会った同級生も、服装がずいぶん良くなったよ。私も、ここに来てアパートに住んでいるよね。
 そこは、広さは前と同じ位だけど、風呂があって洗濯機やいろんな便利なものがあって、何より前みたいに雨漏りもしないし綺麗。前とは随分生活が違うわ。

 お父さんが言うのよ。『自分たちの国の生活が変わったのも、アフリカ全体の生活が変わったのも、ジェフティアの影響』だってね。そして『忘れてはいけないのは、それを日本に働きかけて、自分たちの土地を譲る決心をしたのは自分たちの側』とも言っていたよ」

「うん、そうだね。確かに、ジンバブエ、モザンビークが自分たちの国土を日本に『売る』決心をしなければ、このジェフティアはなかったわよね。それに、あなた達の国にも、アフリカ全体のもメリットは大きいようだから嬉しいけれど、それ以上に日本に利点は大きいわ。
 所得倍増計画が成功したのもこのジェフティアのお陰の面があるし、なによりこの地球寒冷化に当たって、自分たちの食料が確保できていることがどれほど助かるか。さらには、このジェフティアは今の世界中の国々の食料増産の見本になっている……。えへへ、これはお父さんの受け売りだけど」

 さつきはぺろりと舌を出して照れたが、さらに続ける。
「だけど、私はお父さんからいろんな話を聞いてから、自分なりに調べていろんなことを知ったわ。マーシャは日本の所得倍増計画の事を知っているでしょう?」
「うん、もちろん、有名だし、ジンバブエでも真似をしているからもちろん知っている。要は政府がお金を使って経済を大きくして国と人々を豊かにしようということね」

「そう、それで正しいわ。だけど、結果的に上手くいったけれど、最初は反対も多かったのよ。このジェフティアを建設する時もそうだったけど。でもうまくいき始めると、人々が自信を持ってきたので、どんどん規模を膨らませて、さらに成果を拡大し始めたのよ。
 それと、ICTの技術の面がどんどん発達する時期で、その応用の大きな投資をすることでその成果を活用できたのよ。ミサイルによる防衛システムなんかはその例ね。また、ジェフティアの成功のお陰で内向きと言われた日本人はどんどん外向きになっていったわ。

 私も、将来は日本、ジェフティアに限らず世界に出て働いていきたいと思っている。
 今、人類の危機と言われた地球寒冷化はすでに始まっています。その影響はほぼ克服できると言われているけれど、気候の変動は激しくなってきているし、実際のところは判らないというのが正直なところよ。でも、その対策に当たっては日本が主導した一員であることは間違いないよね。

 日本は、最近10年位は風水害に毎年のように襲われているけど、列島強靭化のお陰もあって、それほどの損害はなくてもう慣れちゃった感じです。さらに、間違いなく10年以内には巨大地震も起きるでしょうが、これは流石に大きな被害があるでしょう。でも最近の研究ではほぼ予知ができると言われているから、人命が多数失われることはないと思うわ。
 私は所得倍増計画によって、様々な活動をする中で日本人が自信をもったことが最大の得点だと思うのよ。それで傲慢になったのでは行けないと思うけれど、私が感じる限りではそんなことはないと思うしね」

「うん、日本人は全体には傲慢ではないと思うな。それは人それぞれだけど。白人は間違いなく傲慢な人が多いと思う。うん、私はここに来る前は幼かったけれど、将来は不安だったわ。自分の周り、そして自分はどうなるか。その頃に比べると自分の世界はうんと広がったけれど、大きな不安はないわ。
それどころか、明るい将来が見えるわ」
 マーシャが目を輝かせて言うのを横目に、輝くインド洋の真っ青な海原を見て、さつきも『確かに明るい将来というのは自分も見ている』と思うのだった。
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