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22.地球寒冷化、各国の事情

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 地球寒冷化については、G7の会議の後に政府レベルでは各国政府に知らされた。政府によっては、公表を抑えた国もあったが、その情報はすぐにマスコミに漏れ、それはすぐに世界に拡散されたので、結局どの国も1日も経ずして正式に公表せざるを得なかった。

 その気温予測と農産物の減産の予測は大きな騒ぎを呼んだが、同時に公表された対策によってパニックになるまでのことはなかった。しかしながら、当然においてより深刻な影響を受ける、北半球における緯度の高い国々では深刻な議論が巻き起こった。

 その中でもカナダは少し違っていた。この国はG7に加わっており、そのおかげで半年ほど早めに日本からの情報を得ている。それを受けて、その影響の深刻さを直ちに認識してすぐさまプロジェクトチームを立ちあげている。そのチームは日本の提言の数々を有効なものと認め、必要な施設について早期の建設着手を目指した。

 カナダにとって、様々な農産物を北限ぎりぎりで栽培しているため、寒冷化はその影響が極めて大きいことは明らかであった。その38百万の人口に比して、きわめて土地も資源が豊かなカナダであるが、寒冷であることのみがその不利な点である。

 そして、5年後の寒冷化の終了期にはその露地栽培の農業の70%が不可能になると予測されている。エネルギーについては、有り余る資源によって輸入の必要は全くないので、他国ほど核融合発電の利点は意識していない。しかし、食料は別であり、今後において輸入で入手できる食料は限られると考えざるを得ないと判断している。

 幸いにして、日本からの提言に基づく資料は、すでに基本的な実証を済ませたシステムについて、施設の詳細設計までを含んだものであった。さらに、それは基本的に省力化のために同じ仕様の施設を多数建設することを前提としたものであったために、そのまま引きうつすことが可能なものであった。

 従って、G7から世界に向けて寒冷化とその対策の骨子が発表された時点では、彼らは、国内に20ある原子力発電所に一つで核融合実証炉の基礎工事を開始していた。さらにセルロース・コンバージョン(SC)工場を一挙に10工場建設を始めており、さらに続けて10工場を建設する予定で準備をしている。

 とはいえ、SC変換システムと核融合炉の心臓部について、日本は製造技術を公開しておらず、これらは日本で製造したものを組み込むことになっている。
 これらについては、日本ではすでに世界中での需要を見込んで、全力で生産にかかっている。核融合炉については、当面実証炉の7基の建設である。しかし、その後は日本国内のみならず世界中で爆発的に建設が進むことは確実である。現在の世界の発電能力は約70億kWであるので、その半分を核融合発電とするためにも110万kWのもので約3200基が必要になるのだ。

 この数は、実証炉の運転後少なくとも5年間は110万kW級で年間200~500基の建設を見込んでいる。ちなみに日本のみを考えても、現在(2030年)時点の日本の総発電能力は350百万kWであるので、その8割を核融合方式とすると255基が必要になるのだ。

 日本は実際に今後5年で260基の建設を実現しようと計画しているが、この実現に80兆円の建設費を見込んでいる。さらに核融合炉について日本が輸出する心臓部のコストは概ね500億円なので、この部分の日本に対する世界の需要は150兆円に達する。

 また、SC変換システムについては、標準タイプである年間澱粉生産量が30万トンの工場の場合、今後5年で1200基が必要になると試算されている。この部分の日本が独占的に製造する心臓部は約50億円であり、合計の需要は6兆円でたいしたことはない。これは、工場自体で通常の場合500億円と試算されているので、1基3千億円といわれる核融合発電所に比べれば、費用が小さくなるのはやむを得ないところである。

 カナダの場合には、原子力発電所の周辺にその排熱を利用した植物工場を張りつかせる予定であり、発電所の改修と植物工場の建設を始めている。カナダの場合には豊富な水力発電により6割の電力を賄っているので、火力発電所の数は限られているので、排熱利用という面では不利である。

 カナダは、G7各国とも了解の上で同じ立場である北欧の国々に世界に向けての公表の前に連絡をとって、自国での研究結果と、打とうとしている対策を明かした。これら、スウェーデン、ノルウェー、デンマークとさらにフィンランドは先進国であってかつ良識のある国々と認められているので、このフライングは各国から同意が得られた。

 そして、当然これらの国々もカナダの措置に倣うことになったし、人口が少なく豊かなかれらにとって、カナダに倣って生き延びることに困難はないと考えられている。
 さて、問題になったのは最大の北の大国ロシアである。かの国の侵略的な姿勢は歴史的に明らかであり、近くはウクライナ侵攻という悪しき例を作った。従って、普通にいけば南の国々を侵して生き延びようとするものと考えられた。また、その1億5千万の人口の割に経済はたいしたことはないが、核を中心とした軍事力は、未だ強国と呼ぶにふさわしいものがある。

 従って、G7の協議においても、第一そのロシアと言えども飢えで多くの人々が苦しむのを座視はできない。さらに、孤立させて世界を敵とするよりは、仲間にして取り込むべきであろうということになったのだ。このためには情報を開示する必要があり、さらに相当な技術援助が必要になる。

 この部分を担えるのは日本以外にはないということで、ロシアに対する働きかけは日本がすることなった。
「すでに、寒冷化とそれに対する我が国及びG7の方針は、大使館を通じて書類でお知らせしたとおりです。さらに、それに対して最も大きな影響を受ける貴国に対して、我が国がその負の影響を軽減するためにできるだけの協力をする用意があるとお伝えするために私がこの場に伺ったわけです」

 日本国の外務大臣鹿島のぞみが、相手のロシアのワレーシン大統領の冷たい目を見ながら言った。
「なるほど、それは貴国に対して有難いと言わなければならない話だ。確かに、この寒冷化によって我が国の受けるインパクトは想定以上になるだろう。この状態を脱するためには、我が国の国民は一丸となって温暖な地域を奪いに打ってでるしか、我々の生きるすべはないと思う。
 今の御時世にそのような真似をすることには大変なジレンマがあるが、自分達が生きるためには他国民を抹殺する必要があるとすれば、そうするのが国を率いる私の役割りだと思っている。例えば、貴国も寒冷化の影響を受けるが我が国に比べると極めて軽微だ。増して故国はジェフティアをもっている。羨ましい限りだ」

 白髪交じりの茶髪で細マッチョのワレーシンは、その鋭い目で鹿島を睨むように見ながら淡々と言った。明らかに脅しだが、彼らにそれをする核という軍事力があることは確かだ。鹿島は、この話はタフな交渉になるなと思いつつ、切れ長の目でロシアの指導者を始め5人の出席者を見渡して話を続ける。

「確かに。我が国は最初に寒冷化の兆候を発見した国として、より良いスタートを切ることができました。さらには我が国の最大の弱点であった、エネルギーと食料という意味でその弱点を克服しつつあります。これは、わが国民の努力の成果ではありますが。
 我が国がそのような状況である時に、隣国である貴国が苦境にあるのを座視はできないということが我が国政府の公式見解です。そこで、今回私は三嶋首相の特使としてここにお邪魔している訳です」

 一旦言葉を切った鹿島はワレーシンの目を見て話を続ける。
「むろん、それは我が国の国益を考えてのものです。そして、我々の貴国のための活動は無料ではありません。しかし、おそらく我が国が担わなくてはならない総額1千億ドルに達するその費用を貴国が直ちに払えるとは思っていませんので、その部分は低利のローンとして、最終的には資源で返して頂こうと思っています。
 ああ、それからお断りしておきますが、我が国の試算では寒冷化対策に必要な貴国の経費は、総額で5千億ドルを超えるはずです。それを今後5年間に投資しなければ、貴国の多くの方々が飢えて、また凍えて死ぬことになります」

 鹿島の言葉にロシア側の出席者は目を見開いた。ロシアの国家予算は現在執行中のものが5千億ドルと超えたところなのだ。そして、彼らの予算は硬直的なもので、殆ど余剰として動かす余地はないにひとしい。

「し、しかし、そのような巨額な投資は我が国では……」
 出席していた経済財務大臣のプチャーリが言おうとするが、ワレーシンが遮って鹿島を見ながら言う。
「人民の命と金というなら命を優先せざるを得ないだろう。しかし、本当にそれが唯一の道ならばだ」

 それに対して、鹿島が口を開く。
「我が国は、すでにお示しした方法が唯一ではありませんがベストの方法と信じておりますし、そのことについてはG7の会議においても了承を得ております。そしてG7の会議ではさらに合意を得たことがあります。
そ れは、この人類の存続がかかっているこの時期に、軍事的な手段をもって何らかの要求を通そうとする存在に対しては、G7すべてが一致して軍事的な行動を起こすということです。つまり従来であれば、交渉を第一として解決に当たりますが、現在の時点ではそのような余裕はないということです」

 その言葉に暫くの沈黙が下りたが、やがてワレーシンが言葉を発する。
「しかし、それは国連をないがしろにしているのではないかな。そもそも今回の件には国連にほとんど役割を持たせていないが、G7は経済力のある有力国ということだが、越権行為なのではないかな?」

「残念ながら、国連は一般的な人道援助などには使えても、国際間の深刻な利害の衝突があって、さらには軍事が絡むような事柄の解決にはその役割を果たすことができないとわが政府は判断しました。ですから、我が国は国連ではなくG7に話を持ち込んだのです。
 今回の寒冷化に関して言えば、政治的な交渉も無論必要ですが、問題は技術と人材と資金でしょう。それに時間との戦いですね。軍事に関していえば、実質的に世界の半分の軍事力を持っている米軍の存在を抜きにして語れないでしょう。その意味で米国と国連の対立は歴然たるものです。我々は現実的な手法を選んだのです」

 鹿島の答えに、軍事的なオプションも考えにあったワレーシンは、その考えは捨てざるを得ない事を認識した。元々、最も魅力的な対象である日本を攻め取ることは不可能であることは、内部での一致した見解であった。ウクライナでの大失敗もあるが、中国が日本へちょっかいをかけて無残に敗北したことは、極めて良い教材になった。

 このことは、ロシア軍の実力で、艦船や航空機のような通常兵器を用いて日本を占領することは不可能であることを改めて証明した形になったのだ。確かに、日本に対して核ミサイルの飽和攻撃をすれば数発は迎撃漏れがでるであろうし、その場合の被害は大きなものになるであろう。

 また、それに対してアメリカが自らの危険を冒して報復するとは思えない。しかし、その結果は日本占領という結果に結びつかいないであろう。そして、核で荒廃した日本はもはや魅力的な餌ではなくなっている。結局侵略するとしても日本というオプションはないのだ。

 そして、侵略するにしても土着の人々を根絶やしにはまさかできない。だから、穀物の生産に余剰能力のある国、あるいは短期の開発で、余剰を持たせることのできる国となると現状で考えられるのは、ウズベキスタンなど旧ソ連圏の国々、さらにアフガニスタンなどになるだろう。

 しかし、必要とされるほどの余剰の穀物を生み出すには相当な投資と年月が必要だ。そして、それを実行するための軍事活動や政治的駆け引き、確かに日本が言うような方法しか現実的でないだろう。問題は、そのためにどれだけの対価を要求されるかだ。ワレーシンは心を決めて鹿島の話に応じる。

「なるほど、よく判りました。先ほども言ったように、わが国にとってもっとも魅力的な領土は貴国ですが、残念ながら貴国については軍事的にどうにかなる相手でないことはすでに認識しています。他のターゲットはあるにはありますが、むしろ貴国の話に乗った方が経済的で痛みも少ないようです。
 それで、寒冷化に関して我が国を助けてくれるということですが、具体的にはどのようなやり方を考えておられるか教えて欲しい。そして、それに際して考えておられる対価はいかがなものかも同様に教えて欲しい」
 鹿島は見つめてくる相手の目を見返しながら、ゆっくりと答える。

「はい、先ほども言ったように、お国の寒冷化対策には直接的な経費のみでも、5千億ドルと想定しています。
大体1千億ドル程度は我が国からの輸出品になると思われますが、他は貴国の内製品かまたは労働力によるものにな 
我が国が担うことになる1千億ドル分については、我が国からの融資で充当することが可能ですが、残り4千億ドルの予算については貴国の国債で消化することは可能だと思います。
 まあこの面でも我が国が協力できるかと思います。それから、これらの設備は我が国の計画・設計・施工管理に渡る全面的な協力がなければ、必要な時期までの完成は到底不可能だと我々は考えています」

 一旦言葉を切った鹿島に対して、ロシア側は反応を示すのを躊躇っているのを確認した彼女は話を続ける。
「ご承知かと思いますが、我が国国民の貴国に対する印象はいいものではありません。第2次世界大戦の最終期に条約破りをしての戦争行為。更に弱みに付け込んで捕虜を連れ去り、国際条約に違反しての強制労働。
 さらには、そちらから言い出して、何度も何度も気を持たせての4島返還、2島返還の話をしたものの、結局最後にはひっくり返す。印象が良かろうはずはありませんね。はっきり言って、貴国への大規模な援助に国民の同意を得るのは非常に困難だと思っています」

 鹿島のこの言葉にロシア側は顔を赤らめて、そのうちの2人は立ち上がって怒鳴りつけようとした。しかし、ワレーシンが手を挙げて黙らせ、静かに言う。
「なるほど、現在のところ我々は弱者で貴国は強者である。しかし、断っておくがこの弱者はその気になれば、強者を滅ぼす力がある。それで、貴国はどういう申し出をするのかな?」

 鹿島はなるほど流石にワレーシンは、一つ間違えば命を失う世界で、トップにのし上がるだけのことはあると思った。鹿島の渾身の挑発にも乗らず、冷静に返すとは……。しかし、好都合だ。
「はい。まず4島返還の上で平和条約を結ぶ。しかし、ご存知の通り寒冷化で4島の値打ちは大きく損なわれており、もはやマイナスになっています。ですから、これはほぼ象徴的なものとお考え下さい。本命はシベリアの共同開発です。わが国の領土にとは申しませんので、自由行動権を与えて欲しい。

 これは貴国にとっても大きなメリットがあります。寒冷化の後であれば、あの地域はほぼマイナスにしかなりません。しかし、我が国が手を貸せば大きな価値が出ます。無論その資源によるものですがね。これがその条約の草稿です。この交渉は最初で最後のものになると思いますよ」

 鹿島日本国外務大臣は横に座った秘書官に眼で合図し、彼がカバーに入った用紙を相手に向かって広げるのを見る。結局ロシアとはその話でまとまった。
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