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21.地球寒冷化始まる!

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「皆も知っての通り、この工事の工期はあと175日だ。もともと極めてタイトな工程で、5年前だったらあり得ない中身だったが、今のところ何とか工程通り進んでいる。しかし、先日発表された昨年の地球の平均気温は発表された予測より0.1℃低く0.6℃の低下だった。
 その結果として、まだ正式発表はないものの世界の穀物生産は歴然と低下している。そして、一方で世界のエネルギー価格はどんどん上昇している。これらのことから、我々のプロジェクトの重要性は明らかであり、何が何でも工期通り工事を完了したい」

 福島(Fusion Reactor)FR建設現場総括の斎藤芳樹は、出席している各部門の責任者約20名を前に言った。彼は、実証プラントの発注者である日本FR電源開発㈱の取締役で現場総括の役についているが、元電力会社社員で同様なプロジェクトをまとめて来たベテランだ。

 日本FR電源開発㈱は核融合発電の実用化の目途が立った時に、できるだけ早急にその建設を進めるために、政府が音頭をとって設立した会社であり、尖閣沖事変が生じた時にはすでに設立されており、すぐさま福島の現場事務所の準備は始めていた。

 実証プラントが建設されている福島サイトは、有名な福島原発の跡地であり、2027年にようやくすべての炉が廃炉となって全て解体されている。これは2020年代に、集中的な核融合の研究の過程でより原子についての知識が深まる中で、ようやく様々な放射線の発生のメカニズムが厳密に解き明かされたのだ。

 そしてそのことで当然放射能の発生を制御する、つまり消去することもできるようになった。その放射能浄化装置が実用化され使われ始めたのが、2025年であり2030年には福島の帰宅困難地域はすべて解消された。さらに、タンクの林立していた福島原発も、原子炉本体とタンク群は更地になっている。

 元々、450万kWの発電能力のあった福島原発の敷地は300haを超える広大なもので、その中に炉の後の空き地の他に受変電設備など様々な建屋が林立している。
 なお、福島には爆発を起こした1号炉の他に多くの原子炉があり、再稼働ができないまま時間がたっていたが、融合炉の目途が立った時点ですべてを廃炉にする決断をしている。福島以外の原発は様々な反発がありながらも2025年時点の放射能浄化装置が実用化した時点で、すべて再稼働している。

 福島原発が全て廃炉になったのは政治的配慮であって、そこを新しい世代の核融合発電の聖地にしようという意図であったと言われている。なお、福島原発及びその周辺は政府の大プロジェクトのエリアに指定されている。これは、福島FRエリアで500万㎾の発電を行うともに、その余熱によって周辺約50㎞において、野菜工場群を建てようとするものである。

 核融合炉そのものは、ほぼ従来の核分裂を利用した110万kW級の発電所の原子炉と概ね同等のもので、結局熱を発生する炉であって、それを蒸気の形で取り出す。そして、その蒸気を発電機の回転運動に変えているわけで、その段階で極めて多量の排熱が出るので、その熱を野菜工場に使おうという訳だ。

 なお、開発された融合炉は最初の融合反応を起こすためには大容量の電力を消費するが、連鎖反応がおきると無論電力は必要なくなる。そして、JPFR81と呼ばれる融合炉では重水素を融合してヘリウムに変換してその質量差がエネルギーになるわけであるが、その画期的な点は3つある。

 ①燃料をトリチウム(3重水素)ではなく重水素でよい
 ②反応温度は500万℃程度と非常に低い
 ③重水素は付属の変換炉で水素から変換している

 トリチウムも重水素も、希少物質であるため資源量をそれほど多くない。その意味で燃料は単純な水素で良いということは、燃料費として概ねゼロに近く、資源に困ることもないことになる。さらにJPFR81は核融合の連鎖反応の段階で比較的高い放射能を発生するが、これは炉の内部のみの発生である。
 このため、炉内部の遮蔽をしっかりしておけば、放射能廃棄物が多い従来型の原子炉に比べ放射能汚染の可能性はほとんどない。

 そのため炉本体の建設費は融合炉の方が高いが、周辺の燃料系の設備及び廃棄物の放射能を防ぐための設備等のコストが大きく減っている。そのため現在建設中の110万kW級の実証設備は、発電機、電気設備など既存の施設を相当活用できたこともあって、建設費は2千億円以内に収まっているし、工期も1年半に予定されている。

 ただ、周辺設備を全て新設するとして、同規模の設備で建設費は概ね5千億円に達すると言われているが、福島の場合には残り390万㎾の設備を完結して、今回の建設費を入れて1兆5千億円と試算されている。なお、この実証設備が順調に運転できることが確認され次第、福島を別にして全国の8カ所で合計5千万㎾の発電所が一斉に建設され始める予定である。

 工程管理については、既存設備を使うこともあって極めて煩雑・複雑な工事であるため、近年完成の域に近づいているAIによる工程管理システムを活用している。また、工期は24時間工事を前提にして、重機ロボットを始めとする様々なロボットを活用、さらに大幅なユニット工法を採用して今のものになっている。

 このFRタイプの原子力発電の場合には、㎾Hあたり15円になるという従来型に比べライフサイクルコストが半分以下になると試算されている。またこのタイプの発電の何よりのメリットは、すでに資源量に先の見えた石油、天然ガスなどに比して資源に不安がないことである。

 石炭は現状で判明している資源量で100年は保つとされてはいるが、その公害防止のための高コストや石油無き時代の工業材量として価値を考えると、エネルギー源として頼るのは危険なのである。従って、20年後にはすべての大型発電設備はこのタイプに代わるだろうと言われている。

 なお、風力や太陽光などの自然エネルギーであるが、2020年代の半ばには効率の悪さと、すでに風力の機械的な多くの弱点、太陽光はパネルの大量廃棄が起き始めると、次世代のエネルギー源たりえないことが一般にも認識されるようになった。

 ちなみに、福島と同じタイプの実証炉はG7のすべての国で建設中であるが、既存原発の跡地を使え、既存の発電機、電源設備などを使える日本に比べると大幅に条件が悪く、日本の次に早いフランスで日本より1年遅れで完成の予定になっている。

 福島(Fusion Reactor)FR建設現場総括は斎藤であるが、彼は現場の業務より、日本FR電源開発㈱の本社と口を出してくる経産省や国交省とのやり取りが主な仕事である。従来は、原発等の発電所の建設は電力会社が行っていたが、原発建設の推進は国策であり、本来で言えば福島原発の責任を全て東電に取らせるのはおかしな話である。

 福島の事故はある意味不幸な偶然であったが、初動における政府(というより時の首相)のナンセンスな介入がなければ、あのような事故に発展しなかった可能性はあるのだ。放射能浄化装置に完成と共に、原子力に関しても冷静な議論がなされるようになり、かの事故についても政府の役割を含めた客観的な評価が行われた。

 さらに、日本が開発した核融合技術はその圧倒的な優位性、長期的持続性から今後主流の技術になることは明らかである。そして、その実用化は民間企業である電力会社に任せるというのは無責任であるという結論になって、国が半分の株式を持つ形で日本FR電源開発㈱が設立されたのだ。

 福島FR建設現場管理者の木村良治は、斎藤の話の後に具体的な工程の話を始める。彼は、日本FR電源開発㈱の課長級のエンジニアである。
「では、工程の確認と問題点について協議を始めます。ええ、K建設さん、躯体についてはこの工程表では予定通りのようですが、反応塔の函体容器の納期で不安があるとありますが、どういうことでしょうか?」

「はい、コンクリート工事と熱絶縁材の充填は予定通り進んでいますが、ステンレス函体容器の搬入が遅れる可能性が出てきました。これについては特殊圧力容器ということで、製造工場のある港区の経産省の出張所の検査が必要ということになっています。

 検査内容・頻度も通常より細かくかつ頻繁になっていますが、検査を待たされることが多くなって、このままで下手をすると現場搬入が1ヶ月遅れそうです。むろん、製作しているK工業からは何度も検査を早めるようにお願いをしているようですが……」
 K建設の現場所長が不本意そうに答えるのに、総括の斎藤が口をはさむ。

「ふーん、特殊圧力容器などとトンでもない押し付けをして、かつ通常にない検査内容をさらに押し付けてその上、検査を遅らせている訳ですか。判りました、わが社の経産省出身の横山さんから言ってもらいましょう」

 斉藤総括は、すぐにスマホを取り出して電話をかけて話しはじめるが、やり取りの後で向き直って言う。
「わが社の横山取締役から、出身の部署に話してもらっています。まあ、解決しないようだったら大臣までいくようですから、大丈夫でしょう」

 このように、国としても最高の優先プロジェクトである福島FR建設現場では、現場の人々の必死の努力とあらゆる障害をはねのける押しで工程通りの建設の進捗をみている。
 ㈱日本食糧の本社の会議室では、社長の神宮満が両手を会議机において会議の開始を告げる。

「では、SC工場の予定地についての会議を始めよう。まず、皆内容は知っていることだが今までの経緯を整理しておきたい。SCつまりセルロース・コンバージョンの技術は従来からすでにあったが、工業的に実現するためのプラントの設計が完成したのは1年前だ。
 それと、ほぼ同じ時期に、閣議で当社の設立と大体の建設予定が決められた。その後G7での会議を受けて、設立が早まってわが社が設立されたのはほんの3ヶ月前だな。

 まあ、わが社が必要と考えられたのは、民間企業は人口食糧ということでイメージ的にあまりやりたがらなかったということもあるが、国として経営に携わって安全性を担保するという面も大きいな。
 皆に配ったのが標準SC工場のレイアウトだが、これで年間澱粉生産量30万トンになる。原料としては約100万トンだな。当初建設は1ヶ所のみの予定だったが、5年後には世界全体でSC製品による摂取カロリーが30%を超えるという事態に我が国のみがそれを低く抑えるのはまずかろうということで、当面3ヶ所建設することになった。
 我が国だけで言えば、ジェフティアのお陰もあって実際は殆どSC製品が必要ないのだけどね。

 手元の図の工場は製造設備まで標準化されていて、G7には渡っているので、すでに世界中に26ヶ所建設されることが決まっている。この点はFR発電設備と同じ構図だな。
 当社の役割りはまず工場を建設することが第一だな。次に原料である木材などのセルロースを受け入れるシステムを構築することだ。これには、農水省・国交省・各地方自治体などの全面的な協力が得られることになっている。
 さらにそれを粉砕して原料として、それを溶解して、セルロースを抽出してそれをでんぷん質に変換する。出来た澱粉は1トンコンテナバッグの形で食品会社に供給することになる」

 神宮社長は居並ぶ幹部社員20名余りを前に彼らの顔を見ながら説明を一旦切り、一息ついてまた話を続ける。
「さて、ここで工場建設はすでに詳細な設計も完成して、7割方は発注先も決まっているので、大きな問題はないと思う。さらに、受け入れる食品会社もピックアップも出来ている。彼らには当社の製品を使った食品の開発を進めてもらっているところだが、出来るだけの使用は法で強制することになっている。
 もっとも、いろんな食品に使うこと自体はわが社における試験でも特段の困難はないことが確認されているので、この点も問題はないはずだ。

 恐らく、わが社で起こりうる最も大きな問題は原料の確保だと思う。本来工場に受け入れる原料は紙の製造に用いるような木材が望ましい。そしてそれをチップに加工して使いたい。原料の質が均一に越したことはないからね。
 しかし、寒冷化が本格化する5年後においては、当然日照は弱くなって植物の成長は遅くなる。その時点において、我が国の木材の幹だけでは必要が原料の供給には不十分であるという可能性がある。当面輸入は考えずに国内から原料を調達したい。その点で、原料部長の山口君、現状での調査結果を教えてほしい」

「はい、社長も言われるように生産部門と話した結果では、灌木や草などを使うのは現在の原料粉砕設備と洗浄設備ではまず無理だろうということです。だからやはり製紙に使うパルプが望ましいわけです。
 この点では、ある意味幸いなのはパルプの消費量はITの進歩とともに年々減っていまして、現在年間1千万トンで10年前の2/3に減っています。国内からは4百万トンですが、供給能力は5百万トン程度ということです。
 製紙業界としては、国内材の使用を半ば強制されている面があるので、3百万トン程度をわが社に譲ることは可能だということです」

 白髪の山口の答えに神宮が頬を緩めて言う。
「ほお、そうか。パルプが手にはいるなら問題はないな。確かに業務の効率化で、電子決済が増えたからなあ。紙の消費は減るはずだな」

 このようにして、SC工場の建設は順調に進み、予定通り澱粉は製造されたが、それを元に作られた食品は殆ど輸出に回された。現状のところジェフティアから必要な穀物を供給されている日本人は、安いとは言っても人工食糧を食べる動機がないのだ。しかし、3割以上安い人口食糧は食料が高騰し始めた途上国では大人気になっている。

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