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20.地球寒冷化、世界大飢饉への備え
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2029年中盤にはその兆候は見えていた。
そこで、日本政府は3月の尖閣沖事変時点では、ジェフティアでの活動を中心に様々な手を打っていた。さらに、近年で共同の行動を取ることの多いG7の国々には日本の知りえた情報を伝えていた。
それは、地球が寒冷化するというもので、日本の国立天文台が太陽活動の変化を解析して太陽活動の減衰の兆候を発見したものだ。その発見に至ったのは、日本の近年のICT技術の研究によるビッグデータの解析の高度化と、核融合の研究の深化によるものであり、後者については逆に太陽活動の観察が定常的な人工核融合反応の確立に至ったという経緯がある。
近年の研究によると、現在の比較的温暖な気候は最近精々千年以内のことであり、それ以前の過去にはずっと寒冷であったことが知られている。そして、日本の国立天文台を中心とした研究グループの発見は、現在まさに太陽の活動活発期のピークをすぎて、大幅に減衰する瀬戸際にある。
その兆候が、過去に観察例のない太陽表面の大黒点の大幅な増加であって、事実すでに放射熱は減少に転じている。温室効果ガス濃度の増加による地球温暖化は事実近年おきてきたが、それは太陽の放射熱の増加による効果も加わってのものであったわけだ。
しかし、太陽光の減衰という現象が起きてみると、温室化効果ガスの効果はむしろ恩恵であることになる。これは先のグループの研究では、地球の気温は現在より3~6℃下がると計算されており、この場合には南北高緯度地方の農業は壊滅状態になると想定されている。
これでも、温室効果ガスの効果で1℃前後は気温が高く保たれると算定されており、明らかにプラスの効果がある。そして、近年頻発する気温上昇に伴う暴風雨はほぼ収まると考えられている。ただ、降雨についてはいまのところは影響がはっきりは読めないということだが、変動が大きくなることは間違いないという想定だ。
「ということは、我が国では穀物の生産はほぼ望めないということですか?」
この案件を話し合うためのG7の国々が出席した会議におけるカナダ代表ミッシェル・ドナランセがうめくように言うのに対して、イギリス代表、ジェシー・カメランも顔色を変えて同意する。
「我が国も似たようなものです。ある程度の耐寒の品種もありますが、どこまで対応できるか……」
彼らの反応は、目の前の地球の立体図における気温の予想シミュレーション結果を日本代表、清水洋一から示されてのことであった。
無論、そのレジメは日本での会議出席のための出国前に入手しているが、あまりの結果に何かの間違いではないかという希望があったのだ。しかし、それは先ほどの日本の発表が現在の太陽活動の状況とまったく一致しており、反論の余地がないことを悟っての反応である。
「我が国にしても、食料生産は多分1/3はダウンするでしょうね。地下水の枯渇のために、すでに輸出する余力はなくなっていますが、かつての穀物の大輸出国だった我が国が輸入国に転落するわけです。それにしても、日本のジェフティアはうまくやりましたね。温暖の地で水に困らない地の利に、大規模な養殖基地とまるで、こうあるのを予測していたかのような……」
アメリカ代表マリー・スミスが日本代表の顔を見ていうが、それに反論しようとした清水を手ぶりで押さえて彼女はさらに言う。
「いえ、もちろん、貴国がジェフティアの建設に段階では、今日のこのことを想定していなかったことは信じています。我が国の天文学者もそう言っていますし、しかし、このように世界を覆う飢饉の恐れが現実化してみると、中高緯度に位置する国々の対策を一人先取りしていたような日本が羨ましい訳です。
また、ジェフティアに倣って我々もいくつか同様な計画を進めていますが、今後もジェフティアの経験を有効に生かした日本政府の情報提供をお願いしたいのです。
さらには、今後寒冷化が進むとなると今後のエネルギー供給が問題になってきますが、幸いCO2の排出には今後問題が無くなってきます。もちろん限界はありますし、石炭の利用時の排出ガスの浄化は今以上に必要になりますし、やはり原子力の利用は今以上に行う必要があります。
そこで、日本には現状では最も進んでいる排ガス浄化技術の提供と、例の核融合技術の開示をお願いしたいと思っています」
マリー女史の要請に、日本を除いた殆どの国の出席者が同意して頷くが、出席していた副官房長官の宮坂慎二が答える。
「はい、日本政府としては、人類の危機と言うべきこの時に技術の出し惜しみするべきではないと考えております。なお、お断りしておきますが、我が国のジェフティア建設の動機は、主として領土を提供した国々の申し出を受けるということで、政府として能動的に仕掛けた事実はありません。
むろん、動機の一つには有りうる食料危機というものがありました。ご存知だと思いますが、ジェフティア建設前の我が国の食料安保は非常に脆弱でしたから」
言葉を切って出席者を見渡す宮坂に出席者が頷きを返すのを確認して彼は話を続ける。
「ジェフティアは、ご存知のように極めてスムーズに建設が進みました。その元々の目的である食料生産基地としては期待以上のものがありましたし、我が国の最後の潜在マーケットと言われたアフリカ大陸への我が国のビジネスの拠点にもなりました。
さらには、領土を提供した2か国のみならず周辺諸国とアフリカ全土に、近年の急速な経済成長のきっかけを与えたことは否定しえない事実だと私は信じています。また、いわゆる途上国に経済発展のモデルを見せたという面でも世界の格差是正に繋がりました。
ジェフティアの成功をもって、今や先進国が資金と技術を投入して、現地側の途上国が領土を提供する形のジェフティアタイプ開発がいくつも進んでいます。南米ベネズエラとガイアナでフランスが、ブラジルでアメリカ、アフリカのナミビア・アンゴラ・コンゴでアメリカ・イギリス、ナイジェリア・カメルーンでドイツなどがありますね。いずれもすでに条約締結までいっていますので、さらに実行を進めるのみとなっています」
再度宮坂は言葉を切って、それぞれの先進国側の担当者の顔を見て言葉を続ける。
ジェフティアタイプ開発については、すでに我が国は全く隠すことなく情報は開示しております。ただ、我々の把握している限りでは問題を抱えている案件もあるようですが、今回この先進国地球寒冷化の問題を公表すれば、障害はたちまちにして吹き飛ばされると考えています」
再度人々は頷く。
「むろ ん、無理のない範囲でそれなりの対価は頂きますが、排出ガスの浄化技術については政府が移転の仲介を行います」
この宮坂の言葉に出席者のほおが緩む。
「あと、核融合発電設備ですが、我が国ではベンチ段階で実用化の確認が完了しまして、実証設備の設計もほぼ完成の域にあります。昨日の閣議の結果、これも皆さんの国には開示することになりました」
更なる宮坂の言葉にアメリカのメリー女子が思わず喜びの声を上げ尋ねる。
「ええ!それは有難い。ということは、実証設備は一斉に建設にかかるということですか?」
「そういうことです。有馬首相は『この世界全体の危機に際して、この核融合発電のような人類の未来のために極めて重要な技術の秘匿はすべきではない』というお考えです。
それで、我が国が実証設備を作るのと並行して、皆さんの国でも同様に建設して頂いて、それぞれの経過と結果を持ち寄って実用化を早めようということです。我が国の試算では、多分現在の熱帯の農地開発を精いっぱい行っても、露地栽培では地球全体の食料は不足するという結果になっています。
従って、相当な屋内、つまり工場栽培が必要になって来ると考えているわけです。さらには、セルロースの炭水化物への変換も必要になりますが、これら実用化のためにはどうしても多大なエネルギーが必要になります。石炭にはまだ余裕はありますが、石油はすでに枯渇が見えてきました。
さらに、ウラニウムなどの核分裂物質の資源量も同様にお寒いものがあります。ですから、今後寒冷期に向かって人類が生き延びていくためには、この核融合技術は是非とも早期実用化が必要になります。我が国では今後の寒冷化の進行に伴って対処する事項について取りまとめていますので、それは説明させて頂きます」
宮坂が話を終えるとしばしの沈黙が下りたが、それはほっとした柔らかいものであった。
「日本政府の決断を称賛します。我々も日本政府からの情報をもとに様々な検討をしました。その結果は、今後寒冷 化にともなって、食料不足が顕在化するとまず間違いなく治安が不安定化します。
そして、先ほどのシミュレーションに示されたように、来年の寒冷化である平均0.5℃の低下はまだ序の口ということが判ると、手をこまねいていると自国の生存のために武力に打って出る国が出ます。とりわけ、極端に人口の多い2国と北に領土が偏っている国で、これらは、武力だけはそれなりに強力ですので、紛争が勃発する状況になるのは間違いないでしょう。
その点で、先ほどMR.宮坂が言われたように、今後の食料供給の道筋とそれに必要な諸施策を示すことは非常に有効だと思います。ただ、中国と力を失ったとは言えロシアは過去の振る舞いを見ると、恐らく力を見せつけてごり押しして来るかと思いますが、それはここにいるG7で押さえつける必要があるでしょう。
とは言え、彼らにも生き延びる道があることははっきり示す必要があります。その点で、さきほど宮坂氏の言われた今後の道筋と手法について説明願いたいと思います」
イギリス代表のミランダ・イーストンが柔らかく言う。
「はい、では説明させて頂きます。私は日本政府内閣府の危機対策室長の平賀と申します。要約版は今から配布板致しますが、説明にはこのプロジェクターを使わせて頂きますので、スクリーンをご覧ください」
40歳台に見えるいかにもエリートに見える官僚の平賀誠は、出席者に3人のアシスタントの男女が英語と、日本語の要約版の資料を配るのを待つ。
「さて、まずこれは先ほども説明のあった気温低下の予想グラフですね。このように、予想では大体毎年平均気温は0.5~0.7℃ずつ下がっていきますが、5年後からは低下は鈍化しますが、すでにそれまでに4℃程度下がっている状態になります。
皆さんもご理解頂いているように、地球の平均気温が4℃下がるというのは大変な事態で、北と南半球の穀倉地帯の収穫量は半分以上程度減少する見込みです。一方で、昨年までに荒れ狂っていた暴風雨の頻発は一挙に治まっていくでしょう。
しかし、穀物の収穫量が半分以下になるということは間違いないなく大規模な飢餓が起きることを意味します。そして、この寒冷化は南北の極に近い国々に深刻な影響を及ぼしますので、それらの国々を救済する手段を見つけ公表しないと、全地球的に治安が大幅に悪化することになります。
戦争を正当化するために、『自国民を飢餓から救うため』というのはなかなか否定できないフレーズですからね。 だから、我々はそのような国々、ここではカナダが相当すると思いますが、これらの国々が安心するような手法を確立する必要があります。以下に述べることはそのような観点でまとめられたものです」
英語で作られたグラフを示しながら説明する平賀の言葉を出席者は注意深く聞いている。
「まず、骨子とはしてはこのようになります。
① は穀物の品種を寒冷期向きにすることで、これについては小麦、トウモロコシ、コメなどの様々な穀物及び芋類などで、現状での世界中で栽培されている寒冷地向きの種を整理しています。
② は現在の熱帯・亜熱帯における農業の改善と開発を促進することです。これは灌漑設備の改良、2期作、3期作の導入、農地開発などがあります。むろん、最適品種の選定が前提になりますが。
この部分は我が国が実施したジェフティアでの開発が大いに参考になると考えています。
③ はすでに実用化はされていますが、植物工場の活用です。ただ、これには多大な設備投資が必要ですので、経済力のある国々でないと難しいと考えています。
④ さらに、トウモロコシなどの穀物系飼料を使っての食肉生産の制限になります。ご存知の通り、食肉を生産するのに要する飼料はカロリーベースで7倍と言われていますから、これはやむを得ない事かと思います。それを補うためには魚類の養殖事業の大拡大を計画しております。
⑤ はセルロースの澱粉への化学的変換です。技術そのものはすでに確立されておりますが、露地での農産物が不足していない時点では、実用化は抑えられていました。しかし、寒冷化という事態の前にこれは避けては通れないでしょう。
⑥ そして、すでにエネルギーについてはひっ迫が顕在化している現在、我が国の開発した核融合発電の技術は早急に実用化する必要があります。とりわけ今まで申し上げた施策の内③、⑤、⑥はエネルギー多消費の施策ですのでなおさらこれは必要になります。従って、このG7諸国全てで実証施設の建設にかかりたいと思っています。
概ね以上の方策で、基本的にはよほどの不確定要因がない限り、寒冷期乗り切りは可能だという結論になっています。しかし、これには一つの制約があります」
平賀は言葉を切って、出席者を見回して再度口を開く。
「それは、現在の地球の人口増のレベルを半分以下に落とすことです。2030年の現在、地球の人口は85億人で、過去10年で年間1%強の増加を見ています。これは、少なくとも半分、望ましくはゼロに落とさないと食料供給は極めて厳しいものになるでしょう」
そこで、日本政府は3月の尖閣沖事変時点では、ジェフティアでの活動を中心に様々な手を打っていた。さらに、近年で共同の行動を取ることの多いG7の国々には日本の知りえた情報を伝えていた。
それは、地球が寒冷化するというもので、日本の国立天文台が太陽活動の変化を解析して太陽活動の減衰の兆候を発見したものだ。その発見に至ったのは、日本の近年のICT技術の研究によるビッグデータの解析の高度化と、核融合の研究の深化によるものであり、後者については逆に太陽活動の観察が定常的な人工核融合反応の確立に至ったという経緯がある。
近年の研究によると、現在の比較的温暖な気候は最近精々千年以内のことであり、それ以前の過去にはずっと寒冷であったことが知られている。そして、日本の国立天文台を中心とした研究グループの発見は、現在まさに太陽の活動活発期のピークをすぎて、大幅に減衰する瀬戸際にある。
その兆候が、過去に観察例のない太陽表面の大黒点の大幅な増加であって、事実すでに放射熱は減少に転じている。温室効果ガス濃度の増加による地球温暖化は事実近年おきてきたが、それは太陽の放射熱の増加による効果も加わってのものであったわけだ。
しかし、太陽光の減衰という現象が起きてみると、温室化効果ガスの効果はむしろ恩恵であることになる。これは先のグループの研究では、地球の気温は現在より3~6℃下がると計算されており、この場合には南北高緯度地方の農業は壊滅状態になると想定されている。
これでも、温室効果ガスの効果で1℃前後は気温が高く保たれると算定されており、明らかにプラスの効果がある。そして、近年頻発する気温上昇に伴う暴風雨はほぼ収まると考えられている。ただ、降雨についてはいまのところは影響がはっきりは読めないということだが、変動が大きくなることは間違いないという想定だ。
「ということは、我が国では穀物の生産はほぼ望めないということですか?」
この案件を話し合うためのG7の国々が出席した会議におけるカナダ代表ミッシェル・ドナランセがうめくように言うのに対して、イギリス代表、ジェシー・カメランも顔色を変えて同意する。
「我が国も似たようなものです。ある程度の耐寒の品種もありますが、どこまで対応できるか……」
彼らの反応は、目の前の地球の立体図における気温の予想シミュレーション結果を日本代表、清水洋一から示されてのことであった。
無論、そのレジメは日本での会議出席のための出国前に入手しているが、あまりの結果に何かの間違いではないかという希望があったのだ。しかし、それは先ほどの日本の発表が現在の太陽活動の状況とまったく一致しており、反論の余地がないことを悟っての反応である。
「我が国にしても、食料生産は多分1/3はダウンするでしょうね。地下水の枯渇のために、すでに輸出する余力はなくなっていますが、かつての穀物の大輸出国だった我が国が輸入国に転落するわけです。それにしても、日本のジェフティアはうまくやりましたね。温暖の地で水に困らない地の利に、大規模な養殖基地とまるで、こうあるのを予測していたかのような……」
アメリカ代表マリー・スミスが日本代表の顔を見ていうが、それに反論しようとした清水を手ぶりで押さえて彼女はさらに言う。
「いえ、もちろん、貴国がジェフティアの建設に段階では、今日のこのことを想定していなかったことは信じています。我が国の天文学者もそう言っていますし、しかし、このように世界を覆う飢饉の恐れが現実化してみると、中高緯度に位置する国々の対策を一人先取りしていたような日本が羨ましい訳です。
また、ジェフティアに倣って我々もいくつか同様な計画を進めていますが、今後もジェフティアの経験を有効に生かした日本政府の情報提供をお願いしたいのです。
さらには、今後寒冷化が進むとなると今後のエネルギー供給が問題になってきますが、幸いCO2の排出には今後問題が無くなってきます。もちろん限界はありますし、石炭の利用時の排出ガスの浄化は今以上に必要になりますし、やはり原子力の利用は今以上に行う必要があります。
そこで、日本には現状では最も進んでいる排ガス浄化技術の提供と、例の核融合技術の開示をお願いしたいと思っています」
マリー女史の要請に、日本を除いた殆どの国の出席者が同意して頷くが、出席していた副官房長官の宮坂慎二が答える。
「はい、日本政府としては、人類の危機と言うべきこの時に技術の出し惜しみするべきではないと考えております。なお、お断りしておきますが、我が国のジェフティア建設の動機は、主として領土を提供した国々の申し出を受けるということで、政府として能動的に仕掛けた事実はありません。
むろん、動機の一つには有りうる食料危機というものがありました。ご存知だと思いますが、ジェフティア建設前の我が国の食料安保は非常に脆弱でしたから」
言葉を切って出席者を見渡す宮坂に出席者が頷きを返すのを確認して彼は話を続ける。
「ジェフティアは、ご存知のように極めてスムーズに建設が進みました。その元々の目的である食料生産基地としては期待以上のものがありましたし、我が国の最後の潜在マーケットと言われたアフリカ大陸への我が国のビジネスの拠点にもなりました。
さらには、領土を提供した2か国のみならず周辺諸国とアフリカ全土に、近年の急速な経済成長のきっかけを与えたことは否定しえない事実だと私は信じています。また、いわゆる途上国に経済発展のモデルを見せたという面でも世界の格差是正に繋がりました。
ジェフティアの成功をもって、今や先進国が資金と技術を投入して、現地側の途上国が領土を提供する形のジェフティアタイプ開発がいくつも進んでいます。南米ベネズエラとガイアナでフランスが、ブラジルでアメリカ、アフリカのナミビア・アンゴラ・コンゴでアメリカ・イギリス、ナイジェリア・カメルーンでドイツなどがありますね。いずれもすでに条約締結までいっていますので、さらに実行を進めるのみとなっています」
再度宮坂は言葉を切って、それぞれの先進国側の担当者の顔を見て言葉を続ける。
ジェフティアタイプ開発については、すでに我が国は全く隠すことなく情報は開示しております。ただ、我々の把握している限りでは問題を抱えている案件もあるようですが、今回この先進国地球寒冷化の問題を公表すれば、障害はたちまちにして吹き飛ばされると考えています」
再度人々は頷く。
「むろ ん、無理のない範囲でそれなりの対価は頂きますが、排出ガスの浄化技術については政府が移転の仲介を行います」
この宮坂の言葉に出席者のほおが緩む。
「あと、核融合発電設備ですが、我が国ではベンチ段階で実用化の確認が完了しまして、実証設備の設計もほぼ完成の域にあります。昨日の閣議の結果、これも皆さんの国には開示することになりました」
更なる宮坂の言葉にアメリカのメリー女子が思わず喜びの声を上げ尋ねる。
「ええ!それは有難い。ということは、実証設備は一斉に建設にかかるということですか?」
「そういうことです。有馬首相は『この世界全体の危機に際して、この核融合発電のような人類の未来のために極めて重要な技術の秘匿はすべきではない』というお考えです。
それで、我が国が実証設備を作るのと並行して、皆さんの国でも同様に建設して頂いて、それぞれの経過と結果を持ち寄って実用化を早めようということです。我が国の試算では、多分現在の熱帯の農地開発を精いっぱい行っても、露地栽培では地球全体の食料は不足するという結果になっています。
従って、相当な屋内、つまり工場栽培が必要になって来ると考えているわけです。さらには、セルロースの炭水化物への変換も必要になりますが、これら実用化のためにはどうしても多大なエネルギーが必要になります。石炭にはまだ余裕はありますが、石油はすでに枯渇が見えてきました。
さらに、ウラニウムなどの核分裂物質の資源量も同様にお寒いものがあります。ですから、今後寒冷期に向かって人類が生き延びていくためには、この核融合技術は是非とも早期実用化が必要になります。我が国では今後の寒冷化の進行に伴って対処する事項について取りまとめていますので、それは説明させて頂きます」
宮坂が話を終えるとしばしの沈黙が下りたが、それはほっとした柔らかいものであった。
「日本政府の決断を称賛します。我々も日本政府からの情報をもとに様々な検討をしました。その結果は、今後寒冷 化にともなって、食料不足が顕在化するとまず間違いなく治安が不安定化します。
そして、先ほどのシミュレーションに示されたように、来年の寒冷化である平均0.5℃の低下はまだ序の口ということが判ると、手をこまねいていると自国の生存のために武力に打って出る国が出ます。とりわけ、極端に人口の多い2国と北に領土が偏っている国で、これらは、武力だけはそれなりに強力ですので、紛争が勃発する状況になるのは間違いないでしょう。
その点で、先ほどMR.宮坂が言われたように、今後の食料供給の道筋とそれに必要な諸施策を示すことは非常に有効だと思います。ただ、中国と力を失ったとは言えロシアは過去の振る舞いを見ると、恐らく力を見せつけてごり押しして来るかと思いますが、それはここにいるG7で押さえつける必要があるでしょう。
とは言え、彼らにも生き延びる道があることははっきり示す必要があります。その点で、さきほど宮坂氏の言われた今後の道筋と手法について説明願いたいと思います」
イギリス代表のミランダ・イーストンが柔らかく言う。
「はい、では説明させて頂きます。私は日本政府内閣府の危機対策室長の平賀と申します。要約版は今から配布板致しますが、説明にはこのプロジェクターを使わせて頂きますので、スクリーンをご覧ください」
40歳台に見えるいかにもエリートに見える官僚の平賀誠は、出席者に3人のアシスタントの男女が英語と、日本語の要約版の資料を配るのを待つ。
「さて、まずこれは先ほども説明のあった気温低下の予想グラフですね。このように、予想では大体毎年平均気温は0.5~0.7℃ずつ下がっていきますが、5年後からは低下は鈍化しますが、すでにそれまでに4℃程度下がっている状態になります。
皆さんもご理解頂いているように、地球の平均気温が4℃下がるというのは大変な事態で、北と南半球の穀倉地帯の収穫量は半分以上程度減少する見込みです。一方で、昨年までに荒れ狂っていた暴風雨の頻発は一挙に治まっていくでしょう。
しかし、穀物の収穫量が半分以下になるということは間違いないなく大規模な飢餓が起きることを意味します。そして、この寒冷化は南北の極に近い国々に深刻な影響を及ぼしますので、それらの国々を救済する手段を見つけ公表しないと、全地球的に治安が大幅に悪化することになります。
戦争を正当化するために、『自国民を飢餓から救うため』というのはなかなか否定できないフレーズですからね。 だから、我々はそのような国々、ここではカナダが相当すると思いますが、これらの国々が安心するような手法を確立する必要があります。以下に述べることはそのような観点でまとめられたものです」
英語で作られたグラフを示しながら説明する平賀の言葉を出席者は注意深く聞いている。
「まず、骨子とはしてはこのようになります。
① は穀物の品種を寒冷期向きにすることで、これについては小麦、トウモロコシ、コメなどの様々な穀物及び芋類などで、現状での世界中で栽培されている寒冷地向きの種を整理しています。
② は現在の熱帯・亜熱帯における農業の改善と開発を促進することです。これは灌漑設備の改良、2期作、3期作の導入、農地開発などがあります。むろん、最適品種の選定が前提になりますが。
この部分は我が国が実施したジェフティアでの開発が大いに参考になると考えています。
③ はすでに実用化はされていますが、植物工場の活用です。ただ、これには多大な設備投資が必要ですので、経済力のある国々でないと難しいと考えています。
④ さらに、トウモロコシなどの穀物系飼料を使っての食肉生産の制限になります。ご存知の通り、食肉を生産するのに要する飼料はカロリーベースで7倍と言われていますから、これはやむを得ない事かと思います。それを補うためには魚類の養殖事業の大拡大を計画しております。
⑤ はセルロースの澱粉への化学的変換です。技術そのものはすでに確立されておりますが、露地での農産物が不足していない時点では、実用化は抑えられていました。しかし、寒冷化という事態の前にこれは避けては通れないでしょう。
⑥ そして、すでにエネルギーについてはひっ迫が顕在化している現在、我が国の開発した核融合発電の技術は早急に実用化する必要があります。とりわけ今まで申し上げた施策の内③、⑤、⑥はエネルギー多消費の施策ですのでなおさらこれは必要になります。従って、このG7諸国全てで実証施設の建設にかかりたいと思っています。
概ね以上の方策で、基本的にはよほどの不確定要因がない限り、寒冷期乗り切りは可能だという結論になっています。しかし、これには一つの制約があります」
平賀は言葉を切って、出席者を見回して再度口を開く。
「それは、現在の地球の人口増のレベルを半分以下に落とすことです。2030年の現在、地球の人口は85億人で、過去10年で年間1%強の増加を見ています。これは、少なくとも半分、望ましくはゼロに落とさないと食料供給は極めて厳しいものになるでしょう」
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