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19.中国の政変
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「えらく簡単に中国は引っ込みましたね。香山1佐?」
与那国基地の三坂3佐が、駐屯地司令の香山1佐に話しかけるが、香山は苦笑して返す。
「簡単ではなかったと思うぞ。現に艦隊が引き上げ始めるのに3時間ほどかかっただろう。多分、相当中南海とやり取りした結果での結論だろう。メンツを重んじる中国としては重い決断だったはずだ」
香川司令が言うように、出動させた大艦隊を母港に帰すというのは容易な決断ではなかった。彼らにしてみれば、経済が不振なところに、依然として共産党の強権的な施政方針に不満を持つ民衆を宥め、更にその力を見せつけるための軍事行動が失敗したわけである。そこを見せることは国内統治上大きな問題がある。
とは言え、この軍事行動をこのまま続けることは尚更損害を積み重ね、軍部の無能と政治の無策を国内のみならず国際的に見せつけることになる。実際に現場の艦隊から提示された次の行動は、与那国島や沖縄など日本の軍事基地へのミサイルまたは航空機攻撃であり、その効果には自ら自信がないとのコメント付きである。
さらには、その結果艦隊が反撃を受けることになり、それを防ぎきる自信はないとのことである。この現場からの声が正しいことは、中南海に呼び出されていた、解放軍総参謀長の劉生中将が追認している。
「亮海軍総司令官殿、残念ながら、遠征艦隊から周辺の日本の基地に攻撃がかけても実質的な効果はないでしょう。それなのに、その攻撃は日本軍の艦隊への攻撃の口実を与えます。そして、限定的でしたが彼らのこれまでの攻撃を見る限り、これまた残念ながら我が艦隊は彼らの攻撃を効果的に防御できないと思います。
その結果は、国際的にはわが軍がかれらの住民の居る島にミサイル攻撃を仕掛けた、そしてそれによる被害は殆ど出なかった。さらにそれによって反撃をくらい艦隊の大部分の艦艇が破壊され、撃沈されたということで、まさに自業自得の結果であり、国際的な笑いものになるでしょうな」
劉生中将は一旦言葉を切って周主席を始めとして彼の言葉を聞いている人々を見回して続ける。
「ここで、できれば核攻撃をちらつかせて、こちらから『休戦してやるから合意しろ』といきたいところですが、それが言えないのがつらいですな」
その言葉にその場にいた半分ほどの人々が顔を伏せた。
世界の様々な国や機関から中国政府への非公式の声明が相次いだ時、この場の1/3程度の人々が艦隊を引き返させることを提言したが、劉生中将もその一人なのだ。
「しかし、あり得ない!世界の大部分の国が我が国との貿易を停止するなど。それも、ただ日本を核攻撃すると脅すだけで。そんなことはできる訳はない!」
空軍総司令官の遼大将が叫ぶが、外務相の明宅中央政治委員が力なく反論する。
「いや、相当な数の国は本気だな。我々も総力をあげて裏を取ったが、友好国も世界の大部分が我が国に対して貿易面で断交した場合、自分たちは続けるとは言わなかった。そもそも彼らのみ貿易を続けても我が国の崩壊は避けられないけれどね。
日本が仕掛けて、アメリカが全面協力したのだろうが、これは武力を使わず、我が国に損害を与える実にうまい方法だ。それに、我が国に借金のある国々はそれを踏み倒す気満々だ」
「明宅!そもそもお前らの責任だろう。このようなざまになったのは!何を評論家のようなことを言っているのだ!お前の外務所も覚悟をしておけ」
真っ赤な顔をして怒鳴り上げる周主席を見て、明宅は顔色を変えてうつむく。しかし、怒鳴ろうとどうしようと、総参謀長の言い分をひっくり返すような話は出てこず、結局尖閣沖の艦隊を呼びもどすしかなかった。
「日本政府は、無謀でかつ明らかに国際法違反である侵略を狙う軍事行動を行った中国政府に、最大限の遺憾の意を表明するものであります。また、その政府の無謀な決断によって今回の“尖閣沖事変”に際して犠牲になった数名の兵士の方々に哀悼を捧げます」
岸官房長官の臨時記者会見での談話である。
「しかし、遺憾じゃイカンと言われてきたが、今回の日本は軍事行動して相手を叩き返してからだもんな、日本も変わったもんだ。それにしても、中国もこの基地への攻撃を良く思いとどまりましたよね、半ばは覚悟していましたが」
テレビ画面を見ながら、三坂3佐が香川1佐に言うのに、香川が返す。
「ああ、さすがに解っているものがいるということだな。あの戦闘機への攻撃を見て、我がミサイルをほとんど迎撃できないと判らないようではよほどの無能だから、当然と言えば当然だけどな。実際に我が方もこの与那国基地にミサイル攻撃があった場合には、彼らの艦隊への攻撃をするように命令を受けていたものな。
多分そうなったら、彼らの45隻の艦隊は全滅しただろうし、その場合には死者は艦隊の乗員の半分程度にはなっただろう」
丁度その時、若い士官が指令室にノックして入ってきて、敬礼して報告する。
「失礼します、避難誘導班の仁科3尉です。香川司令官、住民の防空壕からの退去が終わりました」
香川は、立ち上がって答礼して応じる。
「ご苦労。了解した」
そして一拍して、「仁科3尉ご苦労だったな。まあ座れ」そう言って、空いている席を示す。
「はい、では失礼して……」
仁科は制帽を脱いで膝に抱えて座る。
「どうだった。住民の皆さんの様子は?」
香川が穏やかに聞くのに仁科は答える。
「ええ、私は一番大きい東部防空壕にいたので、避難してきた住民が大体300人でした。誘導は5人の隊員で行ったのですが、やはり人々の中に隊の関係者が多いというのもあって、ほとんど混乱はありませんでした。
少々狭くて不自由でしたけど、一晩の滞在だけでしたのでそれほど不満もなかったようです。とは言え、状況が気になるのか、殆どの人がずっとテレビやスマホを見ていました。まあ、特別番組もありましたし、それはこの与那国に限らないでしょうけれど」
「ふーむ、あやうく中国と戦争になりかけたわけだが、その点については言う人はいなかったかな?」
三坂3佐が聞くと仁科が少し考えて応える。
「ええ、『自衛隊がこんな風にことを構えて、中国と戦争になったらどうするんだ』と大声で言う人はいましたけど、その人は札付きの人で周囲の人から相手にされていなかったですね。『じゃあ、ここも中国に盗られていいのか?』と反論されて周囲の人から睨まれて終わりでしたよ」
仁科は言葉を切って正面から香川を見て聞く。
「香川司令官殿、今回結果的に中国艦隊はヘリと戦闘機を撃墜されておとなしく引き上げていったようです。でも、この基地からも実際に彼らの戦闘機に向けてミサイルを撃っていますから、彼らの次の一手はこの与那国など周辺の基地や、場合によっては沖縄の基地へのミサイル攻撃だった可能性がありますよね?」
その言葉に香川が頷くと仁科が言葉を続ける。
「その場合には、多分この基地からも彼らの艦隊に向けてミサイルで反撃するように命令があったと思うのですが、どうでしょう?」
「ああ、その通りだ、この基地が狙われた反撃することになっていた。この基地からのミサイルのみで、彼らの艦の半数程度は撃沈しただろうな」
香川の答えに仁科は目を見開いて再度聞く。
「私が学んだ限りでは、地対艦ミサイルでは大部分は対ミサイル攻撃で迎撃されるということでしたが……。
そもそも、この基地から撃って尖閣上空の戦闘機を撃墜できるなんてのは、私の常識外でした」
「そうなんだよな。若い君でも追いつけないほどで、この5年くらいの探知・情報システムとミサイルそのものの進歩は凄く速い。それに実用化というか実戦化が民間の技術開発と実用化のシステムに学んで凄く早くなっている。
その意味では、コストも民間のシステムと考え方を導入しているので、多分1/3以下になっているはずだぞ。ある程度、信頼性は犠牲にしているようだけどな。有人の戦闘機とかは信頼性の低下は困るけど、撃ちっぱなしのミサイルなんかはまあ許容できるからね。それより量が2倍、3倍になった方に明らかにメリットがあるからね」
今度は三坂3佐が応えると、仁科が目を輝かせ身を乗り出して言う。
「でも、今回の結果から言えば、我が国はすでに守りに関しては鉄壁じゃないですか。中国が彼らのほぼ全力で攻め寄せたのに手も足も出なかったわけですから。すでに敵国になっている韓国でも、ロシアでも問題はないでしょう。かといって攻めはまた別の話ですから、専守防衛の完成ですよ!」
「うん、今はな。今のところはわがテクノロジーが優っているので、今回のような結果になった。しかし、今回わが方は自分の手の内を見せたことになったわけだが、現代は未だICT技術は日進月歩だ。だから、5年後同じように敵に勝っているとは限らん。
まあ、西側から技術封鎖を受けている中国が、そう簡単にキャッチアップできるとは思えんがな。しかし、今回と同じシステムのであればその裏をかく方法は開発してくるだろう。だから、わが方も今後も技術開発を続けていく必要があるわけだ」
同じく三坂が答えると、香川が話を続ける。
「理想的には、中国が今のように、国内の矛盾から国民の目を逸らすために軍事力を使うというような姿勢を改めることだな。その意味では、インターネットを通じてすでに世界に繋がっている中国人がそのような体制にいつまでも耐えられるか、ということで大きな政治変革が起きる可能性はある」
中国では香川の言う通りのことが起こっていた。
中国経済は過去10年間落ち続けており、この中で沿岸都市と地方の経済格差は開く一方であった。これは、沿岸都市が良くなったわけでなく、やはり微減ではあるが経済が縮んでいる状態であった。それは結果として内陸部からの出稼ぎの人々を収奪することになった。
更に、国家経済として内陸部の貧しい地方を富ませるために使う予算がすでに枯渇している。また、中国のGDPの伸びというのは一面で土地本位制であるところがあった。元々値が付いてない土地に意図的に値をつけて、経済の一部とすることで、全体の経済を大きくしていったものだ。
14億の自分勝手な国民を抱える中国が、曲りなりにも秩序を保っていたのは、その圧政的な治政もあるが経済成長が続いていたからである。近年になって、その経済成長を続けられなくなってからは、そのICTを活用した監視システムを駆使しての抵抗・反乱の目を摘むことで秩序を保っている。
しかし、この方法は、膨大な人手を介して成り立つ方法であり、その監視と秩序維持を実行する人々の忠誠を繋ぎとめることが必要である。その意味では、ここ数年においては中央政府によるその人民警察の掌握が怪しくなってきていたのだ。
そのタガをはめ直す手段が、尖閣列島で紛争を起こして日本を屈服させることで、共産党政府の威光を見せつけることであった。しかし、結果としてそれに見事に失敗し、日本の言ってみれば勝利宣言に反論すらできないことになった。
そして、それに加えて、国際社会が、表立ってではないが足並みをそろえて『中国政府が日本を核で脅したら、貿易を断つ』という宣言をしたことが衝撃を与えた。これは、中国に殆ど味方はおらず、何かあると世界の大部分は反中国でまとまるということなのだ。
人民警察軍の者達は、基本的に言えばそれなりの試験を突破してきたエリートであり、仕事柄から時世にも敏感である。従って、すでに歴然と陰りが見えてきている共産党の施政に対して不満は鬱積してきていたのだ。
そして、彼らからすれば、彼らのいう魚釣島への軍事行動は意味のあるものとは映っていなかった。仮に狙い通りの成功を収めたとしても、精々その効果は1年から2年であろうと考えていたし、万が一失敗に終わった場合には、人民の不満は爆発すると見ていた。
結果的に中国海軍に対抗して、日本の自衛隊が出動しなかった点のみで言ってもすでに“大成功”の目はなくなっていた。そこで、人民警察の指導的な立場の者達は、志を同じくしている様々な組織のテクノラートと示し合わせた行動を始めていた。
さらに、結局中南海が手も足も出ずに派遣した艦隊を退却という決断をしたとき、彼らはすでに反政府のうねりが始まっているインターネットでの通信妨害を止めた。そして、それどころかむしろ彼ら自身がデモを煽り立てる通信を流した。結果として、あらゆる都市でのデモは巨大化してむしろ暴動になっていき、その標的は政府関係の建物になっていった。
無論中南海は事態に慌てて様々な手を打ったが、実働部隊への連絡と指示がまったくとれずに途方にくれることになった。
「おう、おう、中国は凄いことになったですなあ。これはもう指導部も保たんだろう」
三坂3佐がテレビ画面を見ながら言うが、画面には北京の天安門広場に数えきれない群衆がうごめいている。香川1佐が三坂の言葉に同意する。
「ああ、この動きは北京だけでなく全国のまともな都市全部だもんな。大体これが天安門広場という点がいままでと違っている。ここはデモなど絶対に許されない空間のはずだから、もはや指導部が人民警察と軍を掌握できていない証拠だと思う。これは、共産党政権が引っくり返るかな」
テレビ画面は変わって、中国政治の専門家という中年の評論家がしゃべっている。
「断言はできませんが、私はこのようなことが起きるのは人民警察と軍の実働部隊が指導部に見切りをつけたのだと思いますね。すでに、皆さんもご存知の通り、ほぼ世界中の国々が、中国が核を使うという脅しをしたら中国との貿易を断つという声明を出しました。それが利いたのでしょう。
それが無くても、経済がどんどん落ちてきて自分の収入が減って生活が苦しくなる一方で、途方もない財産を作っている連中がいるという共産党への不信感が募っている。そして、その不満を吐き出すとすぐに逮捕されるという圧 迫感と不満がマグマのようにどんどん募っていたのですね。
そこに、そうした動きを抑えるはずの、住民を監視して不満を抑える役割を果たす人々が指導部に背いているわけです。こうなるとどうにもならんでしょう。どういう体制になるかはわかりませんが、何らかの大変革が起きることは間違いないでしょうね」
その評論家の言ったことが正しいことは、3日後に判明した。
与那国基地の三坂3佐が、駐屯地司令の香山1佐に話しかけるが、香山は苦笑して返す。
「簡単ではなかったと思うぞ。現に艦隊が引き上げ始めるのに3時間ほどかかっただろう。多分、相当中南海とやり取りした結果での結論だろう。メンツを重んじる中国としては重い決断だったはずだ」
香川司令が言うように、出動させた大艦隊を母港に帰すというのは容易な決断ではなかった。彼らにしてみれば、経済が不振なところに、依然として共産党の強権的な施政方針に不満を持つ民衆を宥め、更にその力を見せつけるための軍事行動が失敗したわけである。そこを見せることは国内統治上大きな問題がある。
とは言え、この軍事行動をこのまま続けることは尚更損害を積み重ね、軍部の無能と政治の無策を国内のみならず国際的に見せつけることになる。実際に現場の艦隊から提示された次の行動は、与那国島や沖縄など日本の軍事基地へのミサイルまたは航空機攻撃であり、その効果には自ら自信がないとのコメント付きである。
さらには、その結果艦隊が反撃を受けることになり、それを防ぎきる自信はないとのことである。この現場からの声が正しいことは、中南海に呼び出されていた、解放軍総参謀長の劉生中将が追認している。
「亮海軍総司令官殿、残念ながら、遠征艦隊から周辺の日本の基地に攻撃がかけても実質的な効果はないでしょう。それなのに、その攻撃は日本軍の艦隊への攻撃の口実を与えます。そして、限定的でしたが彼らのこれまでの攻撃を見る限り、これまた残念ながら我が艦隊は彼らの攻撃を効果的に防御できないと思います。
その結果は、国際的にはわが軍がかれらの住民の居る島にミサイル攻撃を仕掛けた、そしてそれによる被害は殆ど出なかった。さらにそれによって反撃をくらい艦隊の大部分の艦艇が破壊され、撃沈されたということで、まさに自業自得の結果であり、国際的な笑いものになるでしょうな」
劉生中将は一旦言葉を切って周主席を始めとして彼の言葉を聞いている人々を見回して続ける。
「ここで、できれば核攻撃をちらつかせて、こちらから『休戦してやるから合意しろ』といきたいところですが、それが言えないのがつらいですな」
その言葉にその場にいた半分ほどの人々が顔を伏せた。
世界の様々な国や機関から中国政府への非公式の声明が相次いだ時、この場の1/3程度の人々が艦隊を引き返させることを提言したが、劉生中将もその一人なのだ。
「しかし、あり得ない!世界の大部分の国が我が国との貿易を停止するなど。それも、ただ日本を核攻撃すると脅すだけで。そんなことはできる訳はない!」
空軍総司令官の遼大将が叫ぶが、外務相の明宅中央政治委員が力なく反論する。
「いや、相当な数の国は本気だな。我々も総力をあげて裏を取ったが、友好国も世界の大部分が我が国に対して貿易面で断交した場合、自分たちは続けるとは言わなかった。そもそも彼らのみ貿易を続けても我が国の崩壊は避けられないけれどね。
日本が仕掛けて、アメリカが全面協力したのだろうが、これは武力を使わず、我が国に損害を与える実にうまい方法だ。それに、我が国に借金のある国々はそれを踏み倒す気満々だ」
「明宅!そもそもお前らの責任だろう。このようなざまになったのは!何を評論家のようなことを言っているのだ!お前の外務所も覚悟をしておけ」
真っ赤な顔をして怒鳴り上げる周主席を見て、明宅は顔色を変えてうつむく。しかし、怒鳴ろうとどうしようと、総参謀長の言い分をひっくり返すような話は出てこず、結局尖閣沖の艦隊を呼びもどすしかなかった。
「日本政府は、無謀でかつ明らかに国際法違反である侵略を狙う軍事行動を行った中国政府に、最大限の遺憾の意を表明するものであります。また、その政府の無謀な決断によって今回の“尖閣沖事変”に際して犠牲になった数名の兵士の方々に哀悼を捧げます」
岸官房長官の臨時記者会見での談話である。
「しかし、遺憾じゃイカンと言われてきたが、今回の日本は軍事行動して相手を叩き返してからだもんな、日本も変わったもんだ。それにしても、中国もこの基地への攻撃を良く思いとどまりましたよね、半ばは覚悟していましたが」
テレビ画面を見ながら、三坂3佐が香川1佐に言うのに、香川が返す。
「ああ、さすがに解っているものがいるということだな。あの戦闘機への攻撃を見て、我がミサイルをほとんど迎撃できないと判らないようではよほどの無能だから、当然と言えば当然だけどな。実際に我が方もこの与那国基地にミサイル攻撃があった場合には、彼らの艦隊への攻撃をするように命令を受けていたものな。
多分そうなったら、彼らの45隻の艦隊は全滅しただろうし、その場合には死者は艦隊の乗員の半分程度にはなっただろう」
丁度その時、若い士官が指令室にノックして入ってきて、敬礼して報告する。
「失礼します、避難誘導班の仁科3尉です。香川司令官、住民の防空壕からの退去が終わりました」
香川は、立ち上がって答礼して応じる。
「ご苦労。了解した」
そして一拍して、「仁科3尉ご苦労だったな。まあ座れ」そう言って、空いている席を示す。
「はい、では失礼して……」
仁科は制帽を脱いで膝に抱えて座る。
「どうだった。住民の皆さんの様子は?」
香川が穏やかに聞くのに仁科は答える。
「ええ、私は一番大きい東部防空壕にいたので、避難してきた住民が大体300人でした。誘導は5人の隊員で行ったのですが、やはり人々の中に隊の関係者が多いというのもあって、ほとんど混乱はありませんでした。
少々狭くて不自由でしたけど、一晩の滞在だけでしたのでそれほど不満もなかったようです。とは言え、状況が気になるのか、殆どの人がずっとテレビやスマホを見ていました。まあ、特別番組もありましたし、それはこの与那国に限らないでしょうけれど」
「ふーむ、あやうく中国と戦争になりかけたわけだが、その点については言う人はいなかったかな?」
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「ええ、『自衛隊がこんな風にことを構えて、中国と戦争になったらどうするんだ』と大声で言う人はいましたけど、その人は札付きの人で周囲の人から相手にされていなかったですね。『じゃあ、ここも中国に盗られていいのか?』と反論されて周囲の人から睨まれて終わりでしたよ」
仁科は言葉を切って正面から香川を見て聞く。
「香川司令官殿、今回結果的に中国艦隊はヘリと戦闘機を撃墜されておとなしく引き上げていったようです。でも、この基地からも実際に彼らの戦闘機に向けてミサイルを撃っていますから、彼らの次の一手はこの与那国など周辺の基地や、場合によっては沖縄の基地へのミサイル攻撃だった可能性がありますよね?」
その言葉に香川が頷くと仁科が言葉を続ける。
「その場合には、多分この基地からも彼らの艦隊に向けてミサイルで反撃するように命令があったと思うのですが、どうでしょう?」
「ああ、その通りだ、この基地が狙われた反撃することになっていた。この基地からのミサイルのみで、彼らの艦の半数程度は撃沈しただろうな」
香川の答えに仁科は目を見開いて再度聞く。
「私が学んだ限りでは、地対艦ミサイルでは大部分は対ミサイル攻撃で迎撃されるということでしたが……。
そもそも、この基地から撃って尖閣上空の戦闘機を撃墜できるなんてのは、私の常識外でした」
「そうなんだよな。若い君でも追いつけないほどで、この5年くらいの探知・情報システムとミサイルそのものの進歩は凄く速い。それに実用化というか実戦化が民間の技術開発と実用化のシステムに学んで凄く早くなっている。
その意味では、コストも民間のシステムと考え方を導入しているので、多分1/3以下になっているはずだぞ。ある程度、信頼性は犠牲にしているようだけどな。有人の戦闘機とかは信頼性の低下は困るけど、撃ちっぱなしのミサイルなんかはまあ許容できるからね。それより量が2倍、3倍になった方に明らかにメリットがあるからね」
今度は三坂3佐が応えると、仁科が目を輝かせ身を乗り出して言う。
「でも、今回の結果から言えば、我が国はすでに守りに関しては鉄壁じゃないですか。中国が彼らのほぼ全力で攻め寄せたのに手も足も出なかったわけですから。すでに敵国になっている韓国でも、ロシアでも問題はないでしょう。かといって攻めはまた別の話ですから、専守防衛の完成ですよ!」
「うん、今はな。今のところはわがテクノロジーが優っているので、今回のような結果になった。しかし、今回わが方は自分の手の内を見せたことになったわけだが、現代は未だICT技術は日進月歩だ。だから、5年後同じように敵に勝っているとは限らん。
まあ、西側から技術封鎖を受けている中国が、そう簡単にキャッチアップできるとは思えんがな。しかし、今回と同じシステムのであればその裏をかく方法は開発してくるだろう。だから、わが方も今後も技術開発を続けていく必要があるわけだ」
同じく三坂が答えると、香川が話を続ける。
「理想的には、中国が今のように、国内の矛盾から国民の目を逸らすために軍事力を使うというような姿勢を改めることだな。その意味では、インターネットを通じてすでに世界に繋がっている中国人がそのような体制にいつまでも耐えられるか、ということで大きな政治変革が起きる可能性はある」
中国では香川の言う通りのことが起こっていた。
中国経済は過去10年間落ち続けており、この中で沿岸都市と地方の経済格差は開く一方であった。これは、沿岸都市が良くなったわけでなく、やはり微減ではあるが経済が縮んでいる状態であった。それは結果として内陸部からの出稼ぎの人々を収奪することになった。
更に、国家経済として内陸部の貧しい地方を富ませるために使う予算がすでに枯渇している。また、中国のGDPの伸びというのは一面で土地本位制であるところがあった。元々値が付いてない土地に意図的に値をつけて、経済の一部とすることで、全体の経済を大きくしていったものだ。
14億の自分勝手な国民を抱える中国が、曲りなりにも秩序を保っていたのは、その圧政的な治政もあるが経済成長が続いていたからである。近年になって、その経済成長を続けられなくなってからは、そのICTを活用した監視システムを駆使しての抵抗・反乱の目を摘むことで秩序を保っている。
しかし、この方法は、膨大な人手を介して成り立つ方法であり、その監視と秩序維持を実行する人々の忠誠を繋ぎとめることが必要である。その意味では、ここ数年においては中央政府によるその人民警察の掌握が怪しくなってきていたのだ。
そのタガをはめ直す手段が、尖閣列島で紛争を起こして日本を屈服させることで、共産党政府の威光を見せつけることであった。しかし、結果としてそれに見事に失敗し、日本の言ってみれば勝利宣言に反論すらできないことになった。
そして、それに加えて、国際社会が、表立ってではないが足並みをそろえて『中国政府が日本を核で脅したら、貿易を断つ』という宣言をしたことが衝撃を与えた。これは、中国に殆ど味方はおらず、何かあると世界の大部分は反中国でまとまるということなのだ。
人民警察軍の者達は、基本的に言えばそれなりの試験を突破してきたエリートであり、仕事柄から時世にも敏感である。従って、すでに歴然と陰りが見えてきている共産党の施政に対して不満は鬱積してきていたのだ。
そして、彼らからすれば、彼らのいう魚釣島への軍事行動は意味のあるものとは映っていなかった。仮に狙い通りの成功を収めたとしても、精々その効果は1年から2年であろうと考えていたし、万が一失敗に終わった場合には、人民の不満は爆発すると見ていた。
結果的に中国海軍に対抗して、日本の自衛隊が出動しなかった点のみで言ってもすでに“大成功”の目はなくなっていた。そこで、人民警察の指導的な立場の者達は、志を同じくしている様々な組織のテクノラートと示し合わせた行動を始めていた。
さらに、結局中南海が手も足も出ずに派遣した艦隊を退却という決断をしたとき、彼らはすでに反政府のうねりが始まっているインターネットでの通信妨害を止めた。そして、それどころかむしろ彼ら自身がデモを煽り立てる通信を流した。結果として、あらゆる都市でのデモは巨大化してむしろ暴動になっていき、その標的は政府関係の建物になっていった。
無論中南海は事態に慌てて様々な手を打ったが、実働部隊への連絡と指示がまったくとれずに途方にくれることになった。
「おう、おう、中国は凄いことになったですなあ。これはもう指導部も保たんだろう」
三坂3佐がテレビ画面を見ながら言うが、画面には北京の天安門広場に数えきれない群衆がうごめいている。香川1佐が三坂の言葉に同意する。
「ああ、この動きは北京だけでなく全国のまともな都市全部だもんな。大体これが天安門広場という点がいままでと違っている。ここはデモなど絶対に許されない空間のはずだから、もはや指導部が人民警察と軍を掌握できていない証拠だと思う。これは、共産党政権が引っくり返るかな」
テレビ画面は変わって、中国政治の専門家という中年の評論家がしゃべっている。
「断言はできませんが、私はこのようなことが起きるのは人民警察と軍の実働部隊が指導部に見切りをつけたのだと思いますね。すでに、皆さんもご存知の通り、ほぼ世界中の国々が、中国が核を使うという脅しをしたら中国との貿易を断つという声明を出しました。それが利いたのでしょう。
それが無くても、経済がどんどん落ちてきて自分の収入が減って生活が苦しくなる一方で、途方もない財産を作っている連中がいるという共産党への不信感が募っている。そして、その不満を吐き出すとすぐに逮捕されるという圧 迫感と不満がマグマのようにどんどん募っていたのですね。
そこに、そうした動きを抑えるはずの、住民を監視して不満を抑える役割を果たす人々が指導部に背いているわけです。こうなるとどうにもならんでしょう。どういう体制になるかはわかりませんが、何らかの大変革が起きることは間違いないでしょうね」
その評論家の言ったことが正しいことは、3日後に判明した。
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そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
江戸時代改装計画
華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
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異世界に転移す万国旗
あずき
ファンタジー
202X年、震度3ほどの地震と共に海底ケーブルが寸断された。
日本政府はアメリカ政府と協力し、情報収集を開始した。
ワシントンD.Cから出港した米艦隊が日本海に現れたことで、
アメリカ大陸が日本の西に移動していることが判明。
さらに横須賀から出発した護衛艦隊がグレートブリテン島を発見。
このことから、世界中の国々が位置や向きを変え、
違う惑星、もしくは世界に転移していることが判明した。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
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