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18.尖閣沖事変2

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 日本国政府の宣言はもちろん様々な議論を呼んだ。なにしろ、尖閣海域においては、中国の海上警察隊の艦船が領海を越えたことは何度もあったのだ。それを、今回において政府が領海を越えたら攻撃するという宣言をしたことに関しては、違和感を持つ者がいることは当然であった。

 岸官房長官の記者会見においての宣言に対して、記者からその点についての質問があった。
「A新聞の水田です。長官は、尖閣水域の領海を越えた船舶について、直ちに攻撃を加えるように申されました。しかし中国船が故意に領海線を越えたことは、過去にも何度もありました。しかし、その時は事後に抗議をするのみでしたが、なぜ今回に限ってそのような完全な戦争行為に踏み切るのでしょうか」

「ええ、その点につきましては、今回は中国政府より、すでに日本の明確な領土である尖閣諸島について、占拠に入る旨を宣言されています。これは、明らかに宣言付きの侵略行為であります。つまり、それを座視することは、その侵略を認めることにほかならず、このことの次は間違いなく沖縄などの侵略に繋がります。
 沖縄については、ご存知のように中国政府は尖閣と同様に自国領土ということを言い始めております。従いまして、この状況に照らせば、我が国はやむを得ず防衛に踏み切るしかないという決断をしたわけです」

「Y新聞の、山下です。ええと、長官は防衛行動に出るとおっしゃいました。しかし、現在のところ護衛艦隊や自衛隊の航空機については、確かに九州や沖縄に集中はされているようです。ですが、間もなく行動に踏み切るという中国の軍の動きに対応していないようですが、どのような防衛行動に踏み切るおつもりですか?」

「ここでは、防衛機密に当たりますので、どのような行動をするのかについてはお答えできません」

「S新聞の鍵田です。長官の言われる防衛活動は、結局相手の艦艇なり、航空機なりを攻撃することになろうと思いますが、その結果相手の設備の破壊及び兵員の殺害も起きると思いますが、その点は考慮の上ですね?」

「ええ、こういう決断をしなけらばならないという点で誠に残念ですが、その点はすでに考慮しております。相手の指導者が考えを変えない限りは、言われる通りのことが起きます」

 ジェフティアの会社会議室のテレビ画面で官房長官のこの言葉を聞いて、社員の一人が叫ぶように言う。
「ええ!日本政府もどうしたのかな。中国と戦争だぞ、そんなことをしたら」

 それに対して若手の木口が言う。
「だけど、元々相手が無茶苦茶だ。欲しいものがあったらいちゃもんを付けて、力でごり押しだもんな。日本も引くわけにはいかんだろう、これは」

「ああ、引けないな。引いたら間違いなく次は沖縄だ。可哀そうなのは現場に来る中国兵だ。犠牲になるのは彼らだもんな」
 斎田稔が言うと、木口が反問する。

「そうは言っても、日本にだって犠牲が出るんじゃないですか?」

「いや、日本に被害はないかもしれん。たぶん、日本は迎撃のための艦隊とか、航空機は出さないと思う。中国はそれを期待しているだろうがね。日本はミサイルによって相手を攻撃するだろう。それしかないよ」
 稔の言葉に女性社員の依田が聞く。

「だけど、ミサイルだけで空母もいるような艦隊や、すごく数の多い飛行機に対応できるものでしょうか?」

「ああ、自衛隊は10年間営々とミサイル技術を磨き、それを多数配備してきた。艦船や航空機の増強は最小限にしてね。大体、なによりミサイルの効率がいいのは、人間が前線に出る必要がないから、人員の犠牲がないことだ」

 稔が再度答えるが、彼は日本人社員の中では軍事通ということになっているため、このように質問を受けることになる。また、現在日本は夕刻であるが、東アフリカのジェフティアは勤務時間中であるが、さすがに日本が戦争に巻き込まれるという事態に、支社長不在の現在、社内の最先任である稔が許可してテレビを見ているのだ。

 中国人民解放軍、東海艦隊第2『陽春』は、その4千トンの艦体で15ノットの速度をもってまさに領海を越えようとしていた。すでに夜は白々と明けており、1㎞ほど離れて同じく領海を越えようとしいている僚艦『定遠』がはっきり見え、魚釣群島は、朝もやの中でぼんやり見える。

 艦内はレーダー・ソナー、見張り員共に最高度の警戒を行っており、艦橋も緊張に包まれている中で、探知機器担当士官白中尉が静かに言う。
「今、日本の言う領海線を越えました」

 そして、同時刻数百㎞の彼方の管制室で、スクリーンを睨んでいた士官が言う。
「今、中国艦艇は領海線を越えました」
 それに、半白の髪の将官が応じる。

「よし、沈潜ターミナル、起動せよ」
「は!沈潜タ―ミナルアクティブ!」
 士官が管制盤のボタンを押し込む。

 陽春の艦橋では、先ほどの士官の報告からしばらくは沈黙が降りたが、やがて副長の遼中佐が緊張を解いた声で切り出す。
「艦長、やっぱり日本人は何もできませんでしたね。先ほど前までうるさく言って来たのに、もはや何も言ってき………」

 しかし、その言葉を遮って白中尉が叫ぶ。
「ソナー、音響体探知!多分、海中噴射ノズル音、魚雷の可能性あり!近い!」

「な、なに!近いとは、距離は?」
 遼中佐が慌てて聞き返す。
「2、いや1㎞、早い!本艦に迫ってきます!当たるぞ」

「操舵手、取り舵一杯!」
 艦長の範大佐が内心の動揺を隠して命じると、操舵手が応じる。
「は!取り舵一杯!」
 その声に応じて、艦橋が急激に傾く。フリゲート艦に分類される中型の陽春の舵の利きは鋭いので、艦橋の皆は逃れたかと思った。

 しかし、尚も白中尉が叫ぶ。
「お、追ってくる。近い。あ、ああ」

 ドン!と言う大きなショックで陽春はガクンと減速する。それは、立ってきた乗員の半数ほどが転ぶほどだった。誰もが『命中した』と思った通り、実際に短魚雷が陽春のスクリュ―のある艦尾にに命中して、大穴を空けたのだ。
1 5ノットからいきなり推進力が失われたので、そのショックは大きい。

 その衝撃で転倒した数人のけが人が生じたが、艦尾が急激に沈んでいく中で、艦長より退避命令が出て、直ちに退艦に踏み切った。乗員の1/3ほどは海に飛び込んだが、他は救急ボートで脱出して全員が助かった。南海の海は暖かいのだ。

 遼中佐は、ボートで脱出する中で、僚艦の定遠も同じように艦尾が沈んで艦首が海面から浮き上がっているのを見た。そして、隣の艦長が歯を食いしばりながら呟くのを聞いた。
「うぬー。沈潜魚雷か、探知は出来んな。乗組員への被害の少ない魚雷を選んだか、甘いぞ、日本軍め!」 

 先行していた2艦があっという間に撃沈されて、連合艦隊長官の鄭中将は、参謀長の周少将の話を聞きながら旗艦の空母東海大王の艦橋で悩んでいた。相手の姿形が見えないので反撃のやりようがないのだ。
「長官、あれは海中ターミナルから発進させた沈潜魚雷ですね。たぶん、陽春と定遠が領海の線を越えた時点で遠隔で始動したものでしょう。2基の魚雷が発進したということはまだまだ数があると考えるべきです」

「そんなことは判っておる!」
 鄭中将は怒鳴ってから、意識して気を静めて言う。

「そもそもの誤算は、日本軍が全く進出してこないことだ。今のところ探知できている最も近い敵は、200kmほど彼方の早期警戒機だな、まあ8機の護衛つきだが。この状態では、表向きの戦術目標である魚釣島の上陸と基地化も危なくてできん。日本軍が実際に我々に火蓋を切った以上な。
 2隻の艦艇を沈められて何もできんでは、わが軍はいい笑いものだが、敵の姿が見えん以上反撃のしようがない。次の行動を決めなくてはならん!」

「核の脅しも使えないのは痛かったですな。アメリカ、カナダ、欧州すべての国、EU、アフリカ連盟、アセアン他殆ど世界中から『もし我が国は核で脅したら、我が国との貿易を断つ』と言われたら、どうしようもないですな」
 周参謀長の言うように、中国政府の尖閣への進攻宣言の直前、殆ど世界中の国々、国家共同体から彼が言ったような宣言がなされたのだ。

 それほど、中国の動きはいわば公然ものであったのだが、もちろん日本がアメリカ・イギリスなどの協力を得て裏で動いての結果であった。戦況がもつれた場合には、核で脅すつもりであった中国政府にとって、大いに邪魔な宣言であったが、宣言した国家及び共同体にとっては本気の宣言であった。

 とは言え、元々陸上イージスを始めとして、弾道弾への備えはほぼ満点と言われる日本である。それに対して、自国の核ミサイルシステムがどれほど有効かは疑問であると、内部的な報告もあるくらいで実態的には意味のある宣言ではないという意見も中国内部にはあった。

 一方で、中国政府としては“軟弱な”日本の世論が、その核による脅しに耐えられないだろうという読みがあったので、それが使えないのは大いに痛い。だが、食料や多くの資源を輸入に頼り、それを様々な製品の安値輸出で賄っている中国は世界中からの貿易断交に耐えられる訳はない。

 だから、実効性が担保できない核の脅しを、わざわざ使って危険を冒すことはないという結論になったのだ。また、軍部としては物量で圧倒的に勝っている自軍が完全に有利であすと思っていたので、そのような脅しは必要ないと言い切ったものだ。

「長官、ヘリコプターを出しましょう。駆逐艦“東南海”から3機ほど、各機に一杯に兵を乗せて上陸させます。魚釣島の海岸なら降りることが出来ます。上陸して人が駐留して旗を立てることが重要ですから、10人も上陸させれば良いでしょう」
 周参謀長が熟慮の上で、長官の顔を見て言うと長官が応じる。

「うむ、敵撃破といきたかったが、日本が乗ってこない現状では難しい。次は戦術目標じゃ魚釣島の占領だから妥当なところだ。ただ、近くにはいないが日本はわが軍の動向を見守っている。早期警戒機しかり、さらに衛星もこの瞬間上空を飛んでいる。先ほどの攻撃も、わが艦が領海の線を越えた瞬間に起動したものだろう。
今度は空からと言え、同様な攻撃はあるだろう」

「はい、鄭長官。たしかにここは様々な監視の電波で満ち溢れています。間違いなく今この瞬間の我が軍の動向は探知されているでしょう。それに応じた攻撃はあり得ますね」
 通信、探知担当士官の政少佐が長官に答えるが、今度は航空管制官の王中佐が口をはさむ。

「先ほどは動きの遅い艦船の被害でしたし、探知の難しい海中からの攻撃でした。だから、今度は航空機を出すべきだと思います。ヘリの動きの遅いのはやむを得ませんが、ステルス戦闘機“豪炎”1編隊4機を護衛に出しましょう。敵が、近くにいない状態ですから、まず撃墜は無理です」
 それを聞いた周参謀長は考える。

 王中佐は名パイロットではあるが、自信過剰で最新の技術に疎い面がある。ステルスと言うが、豪炎のステルス性は米軍や日本に比べ、一段劣るということはすでに常識である。また、ステルスというのは万能ではなく、“ある探知方法”では見えにくいというもので、複数のレーダーで探知すればそれほど検知は難しくはない。さらに、単一のレーダーでも周波数を可変にすることで、殆ど無効にすることができることも知られている。

 その点では、“形”で反射を抑えるステルスの有効性は限定的で、レーダー波の反射を抑える塗料によるステルスが現状では最も信頼性が高いと言われている。その点では、周波数可変レーダー、ステルス塗装も日本はアメリカと並んで実用化のレベルが高い一方で、西側の技術から孤立している中国は遅れている。

 だから、王中佐の言葉には根拠が薄いことは事実であるが、他に手がないこともまた確かである。
「うむ、そうだな。ステレス性も戦闘機のスピードも過信はいかんが、他に手がないことも事実だ。どうでしょう長官、王中佐の言うようにヘリ部隊に、豪炎4機編隊を護衛に着けるということで行きたいと思います」

「よろしい、参謀長。そのように実行してくれ」
 鄭長官が顔を上げて命じる。

 その後、3機のヘリ部隊が編制され、各機パイロットに加えて、5人の陸戦隊が2週間の装備と共に出発する寸前に、旗艦の東海大王から豪炎4基編隊が飛び立った。アフタバーナーを焚きながら、スキージャンプ形式の弧状の飛行甲板から順次飛び立った4機は、たちまち50㎞先の領海線を越える。

 そして、それは当然検知され、海底に仕掛けられたターミナルの回路が起動した。
「海上に反応!艦隊の中、近い。ああ、なにか分離した、飛び出したぞ、1、2、3………7,8迫ってくる」
 レーダー担当下士官が報告を始めたのは数分の後であった。

 彼はさらに、立ち上がって大声で叫ぶ。
「ああ、レーダー波が乱れている!ジャミングだ!」

 その声に、慌てて政少佐が画面を覗きこんで言う。
「なに!うーん、確かにジャミングですが、完全ではありません。多分、日本の早期警戒機からでしょう」

「な、なんと!この状態でレーダーが使えないようになったら、やられ放題だぞ。敵の撃墜など不可能だ」
 周参謀長が慌てて叫び、旗艦東海の艦橋は喧騒につつまれた

「ミサイルだ!ヘリをミサイルが!」
 領海に近く占位している駆逐艦「逍遥」の艦橋から、外を見張っていた兵が叫ぶ。艦橋から豆粒のように小さくヘリが見えるが、それを炎をひいた棒が追っている。あまり速いくはなく、大きなものでもないが、ヘリに比べると十分に速い。

「あ、ああ!」
 見つめている人々が叫ぶうち、1機のローターに炎が上がり、羽根が飛び散ってヘリは石のように落ちていく。さらに、もう1機、続けて残った1機にも同じように炎が上がる。しかし、幸いヘリの高度は海面上20m足らずなので、それほど激しく海面に激突はしない。

 一方で、戦闘機豪炎は同じようにミサイルに追われていた。豪炎3021号機パイロット文中尉は、東海大王の管制室から「ミサイル、来るぞ!」という声に一気に緊張するが、怒ってマイクに怒鳴る。
「来るぞとはどういうことだ。座標を示せ」

「ジャミングだ。ミサイルは2種類あって、1種類は小型で速度も遅いが近い。それと、遠距離から飛んでくるえらく速いミサイルがある。これはどうもステルスらしい。いずれも、ジャミングのためとステルスのために自動で座標を表示する分解能が得られん。多分、ロッキングしてくるはずだから、逃げてくれ!」

『無茶を言うなよ!』
 文中尉はぼやいて、どうしたものかと考えたが、すぐにアラームが鳴る。

『ゲ、ロックオンされた!』
 慌てて、機上レーダーのスクリーンを見ると、機尾の下方からなにかが迫ってくるが、レーダーに波が出て表示がはっきりしない。

「くそ!避けられん」
 ものの数秒後、ドン!というショックがあって操縦盤が真っ赤になって異常のアラームが鳴り響く。

「管制!こちら3021号機、やられた。脱出する」
 管制官からの回答はないが、かまっておられず非常脱出のレバーを引く。

 爆発でキャノピーが吹き飛び、座席が飛び出す。文中尉は、飛び出す時のショックに全身に力を入れて耐え着水を待つ。着水後は、ベルトを外す時にひっくり返って塩水を飲んだが、やがてパイロットスーツの浮力に任せて海上を漂う。

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