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17.尖閣沖事変
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与那国基地の三坂3佐が、駐屯地司令の香山1佐に話しかける。
「香山司令殿、どうもきな臭いですね。どう見ても敵さんは尖閣に仕掛けてくる気満々ですよね」
「ああ、在来の東海艦隊のみでなく、北海艦隊、南海艦隊からも新しい艦を集めているからなあ。航空機もどんどん移動してきている。彼らの狙いは、我が方の艦隊や航空機が応戦してくるのを返り打ちにして、その損害で我が国の世論を屈服させようというものだ。
だけど、確かに航空機は那覇に集めているし、艦船は九州と沖縄に集めているけど、実際は我が方にそれらを出動させる気はない」
司令の言葉に三坂が頷いて言う。
「そうですね。我が国のドクトリンは変わってしまいましたからね」
そう、自衛隊の戦略は変わってしまい、いわゆる護衛艦舟、戦闘航空機など有人の正面戦力はどうしても必要がない限り出動させず、基本的にミサイルまたは無人のミサイル・プラットホームを前線に出動させることになっている。
要は、近代社会においては軍人を前線に出して、結果的に多数の犠牲者を出すのを許容しなくなったということだ。この点は、質・量ともに世界一のアメリカ軍も同じであり、各種無人機やロボット兵士の開発を積極的に進めてきたのはその一環である。
このミサイル技術は、日本がその軍事開発費の半分以上を投じかつ、ICTに関する莫大な投資の成果を使っている。それだけのことはあって、すでに最先進国であったアメリカを凌いでいるとの評価である。その、ミサイルの性能は精密な制御技術や速度も必要であるが、それを精度よく運用するためには探知技術が重要である。
その点では、日本は近年多くの軍事衛星を打ち上げ、とりわけ日本にとってのホットスポットに対しては重点的に配備している。すでに、国内には陸上イージス基は2基設置されているが、これのアメリカのオリジナルの技術に日本の魔改造が入ってその性能は殆ど別物と言われている。
現在、与那国基地に駐在する兵は250名であり、全員が歩兵としての訓練も受けてはいるが、半分以上が技術系のもの達である。彼らの役割りは、基本的には基地に配備されているミサイルの保守、及び周辺海域に分散しているプラットホームの保守並びに無論有事の操作である。
なお、自衛隊員、及び機器のメンテナンスに係わる民間企業社員やその家族を含めると、基地に係わる人員は700名を超えていて、島の人口の40%を占めている。
「以前だったら、このようなきな臭い話には必ず米軍が出張ってきたものだけどなあ……」
香山司令の言葉に三坂が応じる。
「ええ、今は沖縄の米軍もミサイル部隊以外は殆どいませんからね。結局、通常戦力による紛争は自分で片付けろということですから」
三坂が言うように日米安保条約は保持されているが、その内容は大きく様変わりしている。基本的に米軍は、出来るだけコストを削減するために、海外における駐屯を大きく削減している。
日本に関しては、補給・修理などのための工業基盤が充実し、かつ費用の相当部分は『思いやり予算』によって充当されるのでかつての半分程度が残っているが、基本的には日本のためというより自らの戦略ドクトリンに従って、中国や中東に向けての戦力である。
日本に対しての米軍の役割りは、核の傘と厄介な憲法のために敵基地へ先制攻撃ができない自衛隊に代わって、その必要が生じた時の攻撃である。アメリカ軍の評価では、自国に勝る密度と優れたミサイル防衛網を構築した日本を侵略しまたは軍事的に被害を与えられるような国はないと考えている。
彼らに言わせると、中国はおろか自国が本気になっても、日本本土に通常兵器による被害を与えることは難しいということだ。それどころか、すでに日本版陸上イージスを備える彼らに、核弾道ミサイルをもってしても本土着弾はほとんど見込み無しで、可能性があるのは近海からの潜水艦によるミサイル攻撃だ。
しかも、近年の日本は先進国では唯一というレベルで経済成長を続けている。そして、その経済成長の要因でもあり、結果でもあるICT技術の発達によって再度『技術の日本』という輝きを見せている。その一つの表れが、実現が近づいているという核融合発電技術だ。
つまり、アメリカ軍の本音は、すでに日本がアメリカに経済的にも軍事的にも守ってもらう存在ではなくなっているということだ。だから、中国がにわかに慌ただしい動きを見せていることに関しても、馬鹿なことをしていると苦笑している感覚だ。
「やれやれ、チャイナは判っていないな。まあ、やってみればわかるさ」
事情をよく知るアメリカ軍人の共通の認識だ。
その点は自衛隊の者達にも同じ認識であり、それが香山一佐の言葉に現れている。
「まあ、我々に判断できる限りでは、中国軍の艦艇及び航空機にはチャンスはないと思うぞ。もちろん、油断はしてはいけないけれどね。住民の防空壕への避難の手順は間違いないよな?」
「ええ、何しろ住民の4割がわが自衛隊の関係者ですから、避難などの主だったところには自衛官の家族に入ってもらっています。問題はないですよ」三坂3佐が答えるが、今想定されている中国軍の攻撃からすれば、与那国基地へのミサイル又は航空機による攻撃は必須である。艦砲が届く範囲に近づけることはまずありえない。
このうち、航空機に関してはまず迎撃に問題はないが、ミサイルは100%の迎撃には疑問がある。だから、中国軍が一定の行動を見せた時には、住民は島のあちこちに建設された防空壕に避難することになっている。この点では、島の住民の大きな割合を占めている自衛隊関係者が誘導に当たるのだ。
現状では、日本全体が自衛隊に対しては信頼感を抱いており、嘗てのようなネガティブな感情を持つ者はごく少数者になっている。ました、与那国島のように、中国から最も近くその脅威を感じざるをえない場所に住んでいる人々はその度合いが強い。さらには、過疎の島に大挙して住むようになった自衛隊とその家族は島の活気の源になっているのだ。
香川1佐と三坂3佐は、香川の執務室に置いたパソコンの画面でテレビを見ている。そこには中国の報道官が、淡々とかれらの主張を述べているが、重大発表があるということは予告されているので、同時通訳が入っている。様々な修飾語が入っているが、要約すると以下のような内容だ。
「中国政府は、日本に不当に占有されている魚釣島およびその諸島を奪還する決定を下した。歴史的にみて、魚釣島のみならず沖縄もわが中国の領土であることは明らかである。わが人民解放軍は、明日よりこの魚釣島の奪還のために艦隊を派遣する。日本政府に警告する。君らによるいかなる妨害行為も無駄である。そして、そのことで生じる重大な損害は日本政府が負わなければならない」
三坂が吐き捨てる。
「は!勝手なことを言っている。自分の国の混乱から目を逸らすためであることは見え見えなのに」
「ああ、こうしてあらかじめ宣言するということは、日本に迎え打たせて、損害を与えようという意図だな。でも、日本は出ないから、ご期待には沿えないな」
香川司令が静かに言う。
無論、日本政府は中国のこの声明に官房長官の談話で反論した。
「中国政府は、尖閣諸島の領有権を主張して、奪還すると称していますが、尖閣諸島が日本の領有に属することは、過去において清朝が自ら認めているように明らかであります。さらには、沖縄の領有迄主張することは、その住民が日本に帰属することを認めている以上、まさに民意に逆らっている訳でありまして、およそ法治国家としてあるまじき言い分であります。
このような発言を公式な政府発表として言い出したということを、我が政府は中国政府が国内の混乱から国民の目を逸らすためであると解釈しています。今現在、中国政府はその海軍及び空軍を尖閣周辺に集結して、地域の安全を脅かしております。わが政府は、中国政府に対して、この行為を強く非難し、直ちにこのような挑発行為を止めるように警告します。
また、いずれにせよ、中国の軍がわが領海を犯すようなことがあれば、我が国は自衛行動に出ざるを得ません。そして、それは我が国が全く望むことではないことをお断りしておきます。
さて、国民の皆さん、このたび中国政府はこのような現在の法治国家にあるまじき宣言をして、さらに実際に軍事行動に踏み切ろうとしています。しかし、我が国はその固有の領土を断固として守り抜きます。そして、その過程において、我が国はその領土を侵そうとするものを許すことができません。
無人島の一つくらいはくれてやれば良いという論もあるのは承知しています。しかし、国際政治というものは一つ譲れば、次を要求されます。そのように譲った場合、次の要求は間違いなく沖縄とその周辺の島々です。
政府はここにおいて宣言します。船舶にせよ、航空機にせよ、我が国の同意なくその国境を越えた者に対して、わが自衛隊の防衛行動として攻撃して破壊します。これは明確な戦闘行動になりますが、これは相手に迫られた上でのことですので、明らかに防衛行動です」
官房長官は、テレビカメラの向こうで、自分を見つめている人々を断固たる決意で見返す。
香川1佐はそれを見てため息をついて言う。
「なるほど、行くとこまで行ったな。たぶん、上からは領海を越えたら直ちに攻撃せよ、となるな」
「ええ、そうでしょうね。ちなみに、中国軍の迎撃能力はどうでしょうかね。いえ、私も資料は読んでいますよ。それでは殆ど彼らの攻撃は成功しないだろうということですが、香川司令はどう思います?」
「うん、今のシステムから言えば、かれらの艦船、航空機さらにミサイルに至るまで、相手に命中するようにミサイルが飛ぶのはまず間違いないだろう。そして彼らが、それを避けられるかと言えば出来んだろう。
改良型E-2C(早期警戒管制機)によるレーダー波の妨害、さらにミサイルそのもののステルス塗装。どっちも絶対的なものではないが、両方合わされば迎撃するのは極めて困難と言えるだろうな。
一方で、彼らは我々の彼らのミサイルは我々のようなものは持っていない。また、攻撃機と戦闘機はステルスのものが半分以上だけど、あれは複数のレーダー波を使えば検知できるからな。
とは言え、初登場の兵器がまともに機能しなかったというのは、いくらもあるからな。いずれにせよ、我々は慢心せずに自分の職分に全力を尽くす、これしかない」
「まあ、そうですよね。でも、できればこの島に被害がないといいのですが……」
「これもまた、迎撃に全力を尽くすことだ。人命に被害がなければ、物はまた復旧できる。住民は防空壕に籠っていれば大丈夫だろう。しかし、隊員は全員がそうもいかんからな。無事であってほしいよ」
「そうですね。とは言え、我々には任務がありますからね」
ある意味のどかに話し合う、自衛隊の幹部2人である。
その時、中国解放軍東海艦隊、第2支隊旗艦のイージス艦黒洋の艦橋で、副長の劉中佐が艦長に話しかけていた。
「いよいよ出撃ですね。王艦長、日本側がどう出てきますかね?」それに対し、通信長の民少佐がいつものように騒がしい口調で言う。
「はん、何もできる訳はありませんよ。あいつらに戦争の引き金を引くことなどはできません。その証拠に、未だに彼らは臨戦態勢をとっていないではないですか」
「民!敵を侮った言葉はよせ。我々将校は相手が反撃して来ると考えて備えなくてはならん。そのような乗組員の油断を誘うような言葉を発してはならん」
艦長の王が厳しく叱るが、さらに普段の口調になって続けて言う。
「我々の今回のミッションは、魚釣島に上陸部隊を送ることだから当然日本政府が線引きした領海を越える必要がある。この時点で日本がリアクションなしとは考えられん。これらは、現に以前日本の領空を越えた韓国の輸送機と戦闘機を撃墜していることから明らかだ」
「しかし、艦長。韓国と我々では国力と強さが違います。大体今回の我々の抽出した戦力は日本の動員できる全体を上回ります。彼らには戦端を切る度胸はないでしょう」
民少佐は尚も訴えるように言うが、静かな声で反論したのは民中佐だ。
「いや、確かにもこの最新鋭のイージス艦黒洋を始めとして、東海大王、北海大王を含めた艦艇群、さらに始めとする500機を越す戦闘航空機は、動員できる日本の正面戦力を上回るだろう。しかし、私は日本の本当の戦力はそのような艦船や航空機ではないと思っている。
それはミサイルだ。過去約10年日本は防衛費の相当な部分をミサイルの生産につぎ込んでいる。そして、そのミサイルも、自動車と同様に大量生産とコストダウンの手法を使って大幅にコストを下げている。
これは、アメリカ軍にも大量導入していることから、コストダウンの効果は尚更上がっているようだ。つまり彼らは量も持っているということだ。そして、西側全体にいえることだが、日本もその軍事情報のみならず先端技術の情報が殆ど入らなくなっている。
だから、あのヨナクニ島の基地にどれほどのミサイルが装備されているか判らないのが現状だし、なによりその機能が掴めん。多分韓国軍がやられた時より一段と機能は上がっているはずだ。
私は、間違いなく日本はミサイルを撃ってくると思う。わが軍は、それを大部分撃墜することができると想定しているが、それが間違っているとことも考えられるので正直に言って私は怖いのだ。怖いのはなにも自分が傷つき、死ぬことではない。
そんなことより、国力の多くを注いで今まで営々と築いてきた我々の訓練、装備が無駄であったことになる」
「民副長、それを言われると困るが、すでに賽は投げられたのだ。我々は全力を尽くすことしかできない」
王艦長は静かに言った。
「香山司令殿、どうもきな臭いですね。どう見ても敵さんは尖閣に仕掛けてくる気満々ですよね」
「ああ、在来の東海艦隊のみでなく、北海艦隊、南海艦隊からも新しい艦を集めているからなあ。航空機もどんどん移動してきている。彼らの狙いは、我が方の艦隊や航空機が応戦してくるのを返り打ちにして、その損害で我が国の世論を屈服させようというものだ。
だけど、確かに航空機は那覇に集めているし、艦船は九州と沖縄に集めているけど、実際は我が方にそれらを出動させる気はない」
司令の言葉に三坂が頷いて言う。
「そうですね。我が国のドクトリンは変わってしまいましたからね」
そう、自衛隊の戦略は変わってしまい、いわゆる護衛艦舟、戦闘航空機など有人の正面戦力はどうしても必要がない限り出動させず、基本的にミサイルまたは無人のミサイル・プラットホームを前線に出動させることになっている。
要は、近代社会においては軍人を前線に出して、結果的に多数の犠牲者を出すのを許容しなくなったということだ。この点は、質・量ともに世界一のアメリカ軍も同じであり、各種無人機やロボット兵士の開発を積極的に進めてきたのはその一環である。
このミサイル技術は、日本がその軍事開発費の半分以上を投じかつ、ICTに関する莫大な投資の成果を使っている。それだけのことはあって、すでに最先進国であったアメリカを凌いでいるとの評価である。その、ミサイルの性能は精密な制御技術や速度も必要であるが、それを精度よく運用するためには探知技術が重要である。
その点では、日本は近年多くの軍事衛星を打ち上げ、とりわけ日本にとってのホットスポットに対しては重点的に配備している。すでに、国内には陸上イージス基は2基設置されているが、これのアメリカのオリジナルの技術に日本の魔改造が入ってその性能は殆ど別物と言われている。
現在、与那国基地に駐在する兵は250名であり、全員が歩兵としての訓練も受けてはいるが、半分以上が技術系のもの達である。彼らの役割りは、基本的には基地に配備されているミサイルの保守、及び周辺海域に分散しているプラットホームの保守並びに無論有事の操作である。
なお、自衛隊員、及び機器のメンテナンスに係わる民間企業社員やその家族を含めると、基地に係わる人員は700名を超えていて、島の人口の40%を占めている。
「以前だったら、このようなきな臭い話には必ず米軍が出張ってきたものだけどなあ……」
香山司令の言葉に三坂が応じる。
「ええ、今は沖縄の米軍もミサイル部隊以外は殆どいませんからね。結局、通常戦力による紛争は自分で片付けろということですから」
三坂が言うように日米安保条約は保持されているが、その内容は大きく様変わりしている。基本的に米軍は、出来るだけコストを削減するために、海外における駐屯を大きく削減している。
日本に関しては、補給・修理などのための工業基盤が充実し、かつ費用の相当部分は『思いやり予算』によって充当されるのでかつての半分程度が残っているが、基本的には日本のためというより自らの戦略ドクトリンに従って、中国や中東に向けての戦力である。
日本に対しての米軍の役割りは、核の傘と厄介な憲法のために敵基地へ先制攻撃ができない自衛隊に代わって、その必要が生じた時の攻撃である。アメリカ軍の評価では、自国に勝る密度と優れたミサイル防衛網を構築した日本を侵略しまたは軍事的に被害を与えられるような国はないと考えている。
彼らに言わせると、中国はおろか自国が本気になっても、日本本土に通常兵器による被害を与えることは難しいということだ。それどころか、すでに日本版陸上イージスを備える彼らに、核弾道ミサイルをもってしても本土着弾はほとんど見込み無しで、可能性があるのは近海からの潜水艦によるミサイル攻撃だ。
しかも、近年の日本は先進国では唯一というレベルで経済成長を続けている。そして、その経済成長の要因でもあり、結果でもあるICT技術の発達によって再度『技術の日本』という輝きを見せている。その一つの表れが、実現が近づいているという核融合発電技術だ。
つまり、アメリカ軍の本音は、すでに日本がアメリカに経済的にも軍事的にも守ってもらう存在ではなくなっているということだ。だから、中国がにわかに慌ただしい動きを見せていることに関しても、馬鹿なことをしていると苦笑している感覚だ。
「やれやれ、チャイナは判っていないな。まあ、やってみればわかるさ」
事情をよく知るアメリカ軍人の共通の認識だ。
その点は自衛隊の者達にも同じ認識であり、それが香山一佐の言葉に現れている。
「まあ、我々に判断できる限りでは、中国軍の艦艇及び航空機にはチャンスはないと思うぞ。もちろん、油断はしてはいけないけれどね。住民の防空壕への避難の手順は間違いないよな?」
「ええ、何しろ住民の4割がわが自衛隊の関係者ですから、避難などの主だったところには自衛官の家族に入ってもらっています。問題はないですよ」三坂3佐が答えるが、今想定されている中国軍の攻撃からすれば、与那国基地へのミサイル又は航空機による攻撃は必須である。艦砲が届く範囲に近づけることはまずありえない。
このうち、航空機に関してはまず迎撃に問題はないが、ミサイルは100%の迎撃には疑問がある。だから、中国軍が一定の行動を見せた時には、住民は島のあちこちに建設された防空壕に避難することになっている。この点では、島の住民の大きな割合を占めている自衛隊関係者が誘導に当たるのだ。
現状では、日本全体が自衛隊に対しては信頼感を抱いており、嘗てのようなネガティブな感情を持つ者はごく少数者になっている。ました、与那国島のように、中国から最も近くその脅威を感じざるをえない場所に住んでいる人々はその度合いが強い。さらには、過疎の島に大挙して住むようになった自衛隊とその家族は島の活気の源になっているのだ。
香川1佐と三坂3佐は、香川の執務室に置いたパソコンの画面でテレビを見ている。そこには中国の報道官が、淡々とかれらの主張を述べているが、重大発表があるということは予告されているので、同時通訳が入っている。様々な修飾語が入っているが、要約すると以下のような内容だ。
「中国政府は、日本に不当に占有されている魚釣島およびその諸島を奪還する決定を下した。歴史的にみて、魚釣島のみならず沖縄もわが中国の領土であることは明らかである。わが人民解放軍は、明日よりこの魚釣島の奪還のために艦隊を派遣する。日本政府に警告する。君らによるいかなる妨害行為も無駄である。そして、そのことで生じる重大な損害は日本政府が負わなければならない」
三坂が吐き捨てる。
「は!勝手なことを言っている。自分の国の混乱から目を逸らすためであることは見え見えなのに」
「ああ、こうしてあらかじめ宣言するということは、日本に迎え打たせて、損害を与えようという意図だな。でも、日本は出ないから、ご期待には沿えないな」
香川司令が静かに言う。
無論、日本政府は中国のこの声明に官房長官の談話で反論した。
「中国政府は、尖閣諸島の領有権を主張して、奪還すると称していますが、尖閣諸島が日本の領有に属することは、過去において清朝が自ら認めているように明らかであります。さらには、沖縄の領有迄主張することは、その住民が日本に帰属することを認めている以上、まさに民意に逆らっている訳でありまして、およそ法治国家としてあるまじき言い分であります。
このような発言を公式な政府発表として言い出したということを、我が政府は中国政府が国内の混乱から国民の目を逸らすためであると解釈しています。今現在、中国政府はその海軍及び空軍を尖閣周辺に集結して、地域の安全を脅かしております。わが政府は、中国政府に対して、この行為を強く非難し、直ちにこのような挑発行為を止めるように警告します。
また、いずれにせよ、中国の軍がわが領海を犯すようなことがあれば、我が国は自衛行動に出ざるを得ません。そして、それは我が国が全く望むことではないことをお断りしておきます。
さて、国民の皆さん、このたび中国政府はこのような現在の法治国家にあるまじき宣言をして、さらに実際に軍事行動に踏み切ろうとしています。しかし、我が国はその固有の領土を断固として守り抜きます。そして、その過程において、我が国はその領土を侵そうとするものを許すことができません。
無人島の一つくらいはくれてやれば良いという論もあるのは承知しています。しかし、国際政治というものは一つ譲れば、次を要求されます。そのように譲った場合、次の要求は間違いなく沖縄とその周辺の島々です。
政府はここにおいて宣言します。船舶にせよ、航空機にせよ、我が国の同意なくその国境を越えた者に対して、わが自衛隊の防衛行動として攻撃して破壊します。これは明確な戦闘行動になりますが、これは相手に迫られた上でのことですので、明らかに防衛行動です」
官房長官は、テレビカメラの向こうで、自分を見つめている人々を断固たる決意で見返す。
香川1佐はそれを見てため息をついて言う。
「なるほど、行くとこまで行ったな。たぶん、上からは領海を越えたら直ちに攻撃せよ、となるな」
「ええ、そうでしょうね。ちなみに、中国軍の迎撃能力はどうでしょうかね。いえ、私も資料は読んでいますよ。それでは殆ど彼らの攻撃は成功しないだろうということですが、香川司令はどう思います?」
「うん、今のシステムから言えば、かれらの艦船、航空機さらにミサイルに至るまで、相手に命中するようにミサイルが飛ぶのはまず間違いないだろう。そして彼らが、それを避けられるかと言えば出来んだろう。
改良型E-2C(早期警戒管制機)によるレーダー波の妨害、さらにミサイルそのもののステルス塗装。どっちも絶対的なものではないが、両方合わされば迎撃するのは極めて困難と言えるだろうな。
一方で、彼らは我々の彼らのミサイルは我々のようなものは持っていない。また、攻撃機と戦闘機はステルスのものが半分以上だけど、あれは複数のレーダー波を使えば検知できるからな。
とは言え、初登場の兵器がまともに機能しなかったというのは、いくらもあるからな。いずれにせよ、我々は慢心せずに自分の職分に全力を尽くす、これしかない」
「まあ、そうですよね。でも、できればこの島に被害がないといいのですが……」
「これもまた、迎撃に全力を尽くすことだ。人命に被害がなければ、物はまた復旧できる。住民は防空壕に籠っていれば大丈夫だろう。しかし、隊員は全員がそうもいかんからな。無事であってほしいよ」
「そうですね。とは言え、我々には任務がありますからね」
ある意味のどかに話し合う、自衛隊の幹部2人である。
その時、中国解放軍東海艦隊、第2支隊旗艦のイージス艦黒洋の艦橋で、副長の劉中佐が艦長に話しかけていた。
「いよいよ出撃ですね。王艦長、日本側がどう出てきますかね?」それに対し、通信長の民少佐がいつものように騒がしい口調で言う。
「はん、何もできる訳はありませんよ。あいつらに戦争の引き金を引くことなどはできません。その証拠に、未だに彼らは臨戦態勢をとっていないではないですか」
「民!敵を侮った言葉はよせ。我々将校は相手が反撃して来ると考えて備えなくてはならん。そのような乗組員の油断を誘うような言葉を発してはならん」
艦長の王が厳しく叱るが、さらに普段の口調になって続けて言う。
「我々の今回のミッションは、魚釣島に上陸部隊を送ることだから当然日本政府が線引きした領海を越える必要がある。この時点で日本がリアクションなしとは考えられん。これらは、現に以前日本の領空を越えた韓国の輸送機と戦闘機を撃墜していることから明らかだ」
「しかし、艦長。韓国と我々では国力と強さが違います。大体今回の我々の抽出した戦力は日本の動員できる全体を上回ります。彼らには戦端を切る度胸はないでしょう」
民少佐は尚も訴えるように言うが、静かな声で反論したのは民中佐だ。
「いや、確かにもこの最新鋭のイージス艦黒洋を始めとして、東海大王、北海大王を含めた艦艇群、さらに始めとする500機を越す戦闘航空機は、動員できる日本の正面戦力を上回るだろう。しかし、私は日本の本当の戦力はそのような艦船や航空機ではないと思っている。
それはミサイルだ。過去約10年日本は防衛費の相当な部分をミサイルの生産につぎ込んでいる。そして、そのミサイルも、自動車と同様に大量生産とコストダウンの手法を使って大幅にコストを下げている。
これは、アメリカ軍にも大量導入していることから、コストダウンの効果は尚更上がっているようだ。つまり彼らは量も持っているということだ。そして、西側全体にいえることだが、日本もその軍事情報のみならず先端技術の情報が殆ど入らなくなっている。
だから、あのヨナクニ島の基地にどれほどのミサイルが装備されているか判らないのが現状だし、なによりその機能が掴めん。多分韓国軍がやられた時より一段と機能は上がっているはずだ。
私は、間違いなく日本はミサイルを撃ってくると思う。わが軍は、それを大部分撃墜することができると想定しているが、それが間違っているとことも考えられるので正直に言って私は怖いのだ。怖いのはなにも自分が傷つき、死ぬことではない。
そんなことより、国力の多くを注いで今まで営々と築いてきた我々の訓練、装備が無駄であったことになる」
「民副長、それを言われると困るが、すでに賽は投げられたのだ。我々は全力を尽くすことしかできない」
王艦長は静かに言った。
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三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河
墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。
三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。
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