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11. ジェフティアでの斎田一家

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「じゃあ行ってくるよ」
 稔が子供たちの「ぱぱ、行ってらっしゃい」の声に送られて、妻と子供に手を振ってアパートから出かける。
 彼ら一家の住むアパートは、ジェフテリア西日市の最初に完成した恒久的な住居群にあり、3階建てで15戸が入る小規模なものである。

 これは、基本的に省力化のためのプレキャスト製であるが、そのパーツはコンクリート製であるため重量があるので、現地で工場が建設されてそこで製造している。ちなみに、鉄筋コンクリート構造は世界的広まり始めたころは永久構造物のように思われていたが、意外に劣化が早くて鉄筋が入った通常のものの寿命は50年ていどであり、中には30年程度で使用に耐えないものもある。

 そのため、最近ではその材料や混合、打設に神経を使うようになっており、その点でも自然環境中で打設する現場製作より工場で製造する方が均質で丈夫な部材ができることになる。ジェフティアで使われるコンクリート構造物は、100年は保証するということで建設されている。

 また、こうやって作られるアパート群は様々な部材を組み合わせることで10種類以上の形や間取りがあって、街なみが単調にならないように、様々な部材を組み合わせて10種類を超える様々な組み合わがある。その結果、作られたアパート群はカラフルかつ変化に富んだ町なみを形成している。

 さらに、アパートは基本的には斎田一家が住んでいるような小規模なものになっている。これは、日本の40%の面積である15万㎢ものエリアに、1千万以下の総人口に留める予定のジェフティアで、なにも密集して暮らすことはないという考えのもとに、緑地をたっぷりとるというコンセプトである。

 斎田一家の住むアパートは2DKのもので、床面積は80㎡でありそれほど広くはないが、妻に息子が5歳、娘が3歳である家族構成であれば十分であり、社宅として借り上げられている。妻は、小さい子2人を育てている現状では専業主婦であり、息子は幼稚園に通って、娘は週に一度保育園に預けている。

 幼稚園に通っていない子を預けることができるのは、主として主婦の息抜きのためであり、現在の日本ではほぼ義務化されている。可愛い我が子であり、幼い一時的なものであると言っても、なかなか幼児の世話はストレスがたまるもので、少子化対策の一環としてほんの1年前に法制化されたものだ。

 ちなみに、日本において経済の順調な伸びと様々な施策によって、少子化は緩和される傾向にあり、2025年度では合計特殊出生率は1.8を超えた。これは、かつて1.4を下回っていたことから比べると大幅に改善されているが、人口を維持するためには2.1以上が必要とされており、さらなる努力が必要なことは明らかである。

 稔は2階から降りて、駐車場に止めた会社のバンに向かうと、隣の棟に住んでいる稔のサブの立場の狭山が日陰で待っていて、「おはようございます」と声をかける。稔たちのチームは狭山を別に4人いるが、全員が妻帯者であり、いずれも会社からはできればジェフティアに住んで欲しいとの打診があっている。

 これは、日本政府としてもジェフティアへの入植(正式には国内移動)を積極的に推進しており、その開発に参加している企業には分社の設立と社員の移動を強力に推奨している。だから、会社としても強制はできないとしても、既婚であって『移動』に家庭的な支障のない社員を選抜している。

 さらに、会社としてジェフティアに分社を作ってアフリカ全土への商売の拠点化することはもはや決定している。稔はそのリーダーとして、社長と専務から大いに口説かれたのだ。これは、彼が技術屋でありながら、新入社員の頃から優れた営業センスを見せたことに、今後アフリカという近い将来の巨大なマーケットを開拓する先駆けの役割りを期待したものだ。

 実際にアフリカにおいては、ごく最近まで煮炊きと言えば薪でありまたは電気であった。化石燃料を使う場合において単純に熱を発するという点で電気はガスや灯油に劣ることは明らかである。これは、化石燃料の燃焼から電気への変換効率が40%足らずであることから当然である。

 むろん、アフリカに資源量の多い水力の場合は別であるが、今やアフリカの人々と産業の電力消費量は水力では賄えなくなっているので、熱を出すという面でガスなどの化石燃料を直接用いるのはもはや必然である。
そして、ガスはその中でも最もクリーンで使い勝手の良いものであり、今後その使用件数と量が急速に増大していくのは自明の理である。

 彼らのオフィスは、西日国際港のガス供給基地内に作られた真新しいものだ。彼らの家から、基地までの距離は8㎞あるが、まだ人口が5万人足らずの西日市の交通量は限られている上に都市計画としての交通処理計画が優れているので、交通渋滞がなく15分あれば十分に到着する。

 その基地は、ガス運搬船が接岸できるふ頭と、1万㎥のガスタンク2基に加えて機械棟に入る様々なガスの受入・送り出し設備から成る。ガスタンクの容量は、将来50万都市になることが想定されている西日市のガス供給基地としては不十分であるものであるが、2年後にはガス管による受け入れをすることになっているので、それを考慮すると十分な大きさである。

 オフィスは2階建ての、例によってプレキャスト製であるが、チームの家族が着くころに完成して、間借りしていた安田建設の基地から引っ越したものだ。ちなみに、すでに6人のチームは皆斎田家と同じく、市内の新築のアパートの借り上げ住宅に住んでいる。

 1、2階それぞれ200㎡の面積があるオフィスは、現状では1階のみ使われているが、6人のチームのいる部屋には会社で雇用した10人のローカルスタッフが働いており、隣の部屋はガスタンクなどの設備の建設を請け負っている安田建設の建設事務所に貸している形である。

 午前8時の始業時間の10分前に現場についた稔と狭山であるが、ローカルを含めてすでに大部分のスタッフは着席しており、朝の挨拶を交わす。基本的に、日本人のみのミーティングを除くとオフィス内の言語は英語であり、日本人にとってネイティブでない東アフリカの人々の英語は聞き取りやすい。

 朝の10分ほどはその日の予定のオフィス内のミーティングである。さらに、8時半から15分の予定で安田建設の日本人監督の籾山と、ローカルのサブであるミモザにその日によって入れ替わるスタッフによるミーティングがルーチン化されている。この場合、あくまでクライアントは稔の勤める㈱アサヒなのである。

 現在の工程は、資機材は大部分搬入済であり、直径13.5mの鋼製ガスタンクの組み立ては1基目が完了して、2基目にかかっているところである。サイトはその2つのタンクが目立つ他に、搬入済機材の3つのシートを被った大きな山に、電材品などの湿気を嫌う機材を収めた仮設倉庫、さらに真新しいオフィスビルがある。

 さらに、それらの間に巨大なクレーンタワー、トラックや様々な車両類に労務者が動いている。タンクは鋼板を、工場で球形になるように加工したブロックを下地処理後下塗りしたものを、現場で溶接して組み立て・仕上げ塗装をるものである。

 タンクの仮組みは、クレーンと人手によって行い、本溶接と塗装は磁石で自らを保持して表面をはい回るロボットによっている。ガスタンクの容量ごとにその部材の構成などは規格化がされており、工場ではほぼ自動的に製作が可能であるが、現場においては球形になるように仮組みを行うまでの自動化はなされていない。

 この工程の実施は、日本から職人を呼んで実施せざるを得ないが、今後アフリカにおいて同じような工事を手掛けるつもりのある安田建設は、ローカルスタッフにその技能を学ばせようと懸命である。
 さて、今日は西日1号発電プラントの完成記念日であり、㈱アサヒのジェフティア事務所の所長である稔も招待されている。招待主は(財)ジェフティア建設機構である。この機構はジェフティアへの企業の進出をあの手この手で進めており、その一環として様々な大きな施設が出来る都度、すでに進出している企業や今後進出する企業を招待して交流を進めている。

 すでに、市内には電力が供給されているが、建設開始から1年足らずの現地に発電所があるわけはなく、機構がチャーターした出力5万㎾の発電船によっている。今回完成した発電所は、出力10万㎾の石油焚きのもので、モザンビークから算出する比較的軽質油の原油で発電できる優れものである。

 この発電システムは極力パッケージ化したもので、設計は2年前から行われて、工場製作は1年半前に着手している。このように限界まで工期を短縮したものが今回完成したのだ。以降、同じものが2基建設される予定になっているが、この程度では都市の需要は賄えても、建設中の工場コンビナートの需要には全く足りない。

 モザンビークを含めたアフリカ東岸は資源の宝庫であり、まだ開発されていない鉱山、鉱脈は数多い。さらに、ジェフティアを含めて、10億を超える人口のアフリカからの資材の需要が今後急速の高まるのは明らかなのだ。
 だから、鉄鋼、アルミニウム、石油化学、紙、セメントなどの資材型産業の立地がすでに決まっているので、莫大な電力需要が生まれることになる。

 従って、西日市から北方30㎞の岩石海岸に、出力110万㎾の原発の建設が現在進められている。これらも極限までのパッケージ化によって2年後には完成の見込みであるが、将来的には3基の同型基が設置できるだけの用地を確保している。

 これは、モザンビーク、ジンバブエからの給電の要望があがっており、それに応えることも考慮してのものである。いずれにせよ、両国への送電線は順次建設されることになっており、すでに機材が発注されている。
 原発の建設を日本国内で行うことは、地元折衝の面で、現在では事実上不可能になっている。その点でモザンビーク、ジンバブエともに全く原子力についてのアレルギーはなく、両国ともに資金さえあれば建設に大いに前向きである。だからジェフティアに原発を建設することはむしろ歓迎であり、立地の面での困難さは全くなかった。

 ちなみに西日市については、中心部に行政機能を備えたビル群と広大な公園とスポーツコンプレックス用地が配置され、それを取り巻くように商業街とオフィス街があり、その外に住宅街が配置されている。住宅街は先述したような低層アパート群が内側、その外に1戸建て住宅群となっている。

 一戸建て住宅は、アフリカの白人街においては、黒人を雇うことを前提に屋敷が1000㎡にもなるものが多いが、西日市の場合、人を雇わず家族で手入れすることを考慮して1戸の敷地は300~400㎡程度になっている。
 このようなレイアウトの西日市の市域は概ね円形であり、その市域の直径は約10㎞であるが、現状ではまだスカスカであって、特に一戸建てはまだ殆ど建設されていない。

 とは言え、ジェフティアは基本的には農業基地として始まったのだ。従って、最重要設備はザンビア川からの水路施設である。これは幅約100mの取水堰(農業用の取水堰は“頭首工”と呼ぶ)と、最大日量5千万㎥の水を運ぶ巨大な主要水路に加えて、それぞれの需要地に向けて分岐する枝水路である。

 本来、ザンビア川は水量変動が大きく、到底安定して5千万㎥/日の水量は取れないが、この点は上流に世界一のカリバ人工湖がある。そこでダム湖の水による大容量の発電を行っているので、発電に使った水が1億㎥/日を超える安定した水量として流れてくるのだ。

 水路の深さが8mあるので、頭首工はそれを上回る高さ15mとなっており、そこに8連のゲートが設置されて水位の嵩上げをしている。このゲートは洪水時には全解放されて洪水流量を流すようになっている。頭首工の計画取り込み水位は標高50mあるが、灌漑する農地の高さが35mから10mであるので、流れ下る140kmの距離を考えると余裕のある高さではない。

 開発されている農地は、当面約2万㎢であり、これで6百万トンの穀物を収穫する予定になっている。農家1戸当たりの農地面積は20haであり、各戸の農地ごとに倉庫が用意されているが、住戸は大体100軒で1集落を形成するようにしている。

 これは、利便性と保安の面からもある程度農家は固まって住む方が良いということであり、各集落にはコンビニを一つ付設することになっている。この場合のいわゆる“通勤”距離は5㎞以内であり、各戸が必ず自動車を持つということであるので特段の問題にはならない。

 なお、ジェフティアでは漁業も力を入れており、合計で水面積100㎢の養殖場を建設しており、さらには2ヶ所の漁業基地を建設中で、100トンクラスの漁船がそれぞれ40隻停泊できる。さらに、それらが活動するのに必要な冷凍倉庫、加工場等も並行して建設している。

 ジェフティアのある東アフリカのマダガスカル島付近の漁船は、小規模なものが多く過剰な漁獲がされていないので、東アジアに比べると格段に魚影が濃い。このような漁業の促進策によって、機構としては当面漁民の1万家族以上の入植を期待しているところである。

「斎田さん、ここジェフティアは凄いですね。とにかく1週間あれば、いろんなことが変わっている。まあ、暑いといえば暑いけど、日本の夏ほどのことはないし、心配していた病気の心配もないようです。女房の舞子も似たような年の人が多いせいか、友達も出来てそれなりに気にいっているようです。

 それに、僕はどちらかというと既設施設の管理をやってきたのですけど、毎日同じような仕事ばかりであまり面白いものではありませんでした。その意味では、今やってるような規模の大きい施設を作っている仕事はやりがいがありますね。また、ここは単なるとっかりで、広大なアフリカ全体の我々のサービスを広げていくなんて夢がありますよね」
 今朝の車中で狭山が稔に言ったものだ。

 確かに日本で仕事をしてきた稔にとって、フロンティアなどは縁遠い話であって、そこで実際に自分が働いているという点も未だにピンと来ていない面がある。稔にとって、妻の涼子がこの地で適応できるかどうかが最大の懸念事項であったが、心配した暑さは、台湾程度の気候のここはそれほど苦痛になるほどのことはなかった。

 また、狭山が言うように似たような年齢層のものが多く、友達ができて楽しそうにその話をする妻の話を聞いて安心しているところだった。子供も、同じような年齢層のものが多いこともあって環境に直ぐ溶け込んでいるようであるし、家庭的には問題はないなと思っていたところだ。

 狭山のみならず、他のチームのものからも家庭的な不満は聞こえてこないので、どちらかというとあまり自分を出さない狭山の話を聞いて、リーダーとして稔は大いに安堵したのだ。

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