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8.東アフリカ日本自治区

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 本来儀礼的訪問であったはずの、モザンビークの首相を長とする訪問は、急転直下でモザンビークにおける農業生産基地としての日本自治区建設の話に繋がっていった。アフリカ大陸は、ユーラシア大陸に続く広大な土地に10億人が住んでいるが、資源は豊かであるものの開発は遅れており、ほぼ例外なく貧しい。

 しかし、貧しいということは逆に言えば、今後の発展の余地が大きいということでもある。そのために、アフリカ大陸は今後大きな成長が望まれる最後のフロンティアと目され、過去10年は大いに注目を集めているのだ。日本は最初にアフリカ開発会議なるものを提唱して、その総合的な開発のコーディネートと援助を申しいれている。

 モザンビークの使節団が帰った後に、日本政府内で財務省、外務省、農林省、経産省、国交省合同の会議が開かれた。その席には、モザンビークを管轄する真門ケニア大使と木村ジンバブエ大使が来て現地の事情を説明することになっている。

 ちなみに、ジンバブエ大使が加わった理由は、ジンバブエはモザンビークと隣接しているが、モザンビークから「日本人が……」の話が伝わり、是非一枚かませろという話が大使館に来ているのだ。また、会議には外務、農林については大臣が他の省については副大臣が出席している。だから、財務省は阿山首相の懐刀と言われる三嶋が出席しているのだ。

 会議は2日に渡って行われることになっており、2日目には商社など民間も加わることになっている。会議の事務方は外務省の瀬埼と、農水省の佐川ということになっているが、彼らでは重みが足らないので会議の進行役は農水省の農地開発局の宮越さやか局長である。この人は、佐川が持ち込んだ話に大いに乗って、省内のこの話の進行役になっている。

「では、東アフリカ日本自治区の設立にかかわる会議を開始いたします。本日の司会は私、農林水産省農地開発局の宮越が努めさせて頂きます」
 宮越は、張りのある肌の色白の美人であるが、女性にしては低めの落ち着いた声で切り出して、会場を見渡す。

「まず、現地の事情から御説明願います。まず、モザンビークを担当されている真門ケニア大使、次に木村ジンバブエ大使に説明して頂きます。では真門大使お願いします」

「はい、ケニア大使であり、モザンビーク共和国も所轄する真門です。現時点で本計画に関連する事項について掴んでいる範囲でお話しさせて頂きます。お手元の資料にモザンビークの基礎的な資料が記載せていますが、これについてはご出席予定の方々には配信していますので、詳しくは申しません。

 さて、今回の件を言い出したモザンビーク政府の力関係について少しお話ししておきます。まず、大統領のカルロス・ニヨン氏ですが、年齢は資料にもありますように54歳ですが、モザンビークの最大勢力であるモビガ族の最も名門の出身であり、英国ケンブリッジ大学に留学しています。

 しばらくは、家業の実業、建設業と不動産、農業などを手伝っていましたが、数年でその会社の実権を握って大いに発展させています。44歳で国会議員として政界入りして、その弁舌と人脈で徐々に力をつけています。彼の特徴は実家の財力もあってか収賄などの影が全くないことで、基本的にそのスタイルは真に国の発展を考えてのものであるように見えることです。

 実際に聞こえてくる話では、彼は合理的理想主義というべき人のようで、採算の取れないばらまきはやらないという意味では、貧しい人の人気取りに走るポピュリストとは一線を画しています。彼が国会に入ったころは、モザンビークはアフリカの普通の腐敗した政府でしたが、5年ほど前から彼の影響と言われるのですが、目に見えて改善されてきました。

 また、5年前に当選した、マリンク・ムジク大統領の下で首相を務めて、実際に国のかじ取りは彼がやっていたと言われます。大統領になったのは2年前ですが、実力者の首相のジビング、側近の若手で国民に人気のあるジンブ産業副大臣と万全の安定政権と言って良いかと思います。

 モザンビークは資料にもありますように、石炭、鉄、ボーキサイト、天然ガスなど資源が豊富で、ザンベジ川など水資源が極めて豊かです。なお石油についてはまだ政府が情報を伏せていますが、沿岸部に相当大きな油兆が見えているようです。だから大油田があるかもしれません。

 人々はポルトガルに支配されていたこともあって、かなり刹那的なところがあってそれほど勤勉とは言えませんが、それほど暴力的ではありません。また、全体として極めて貧しいことは確かで、何をするにも原資がないということが国としての最大の悩みでしょう。

 だから、国土の1/7程度を割譲する形で日本自治区を誘致するというのはありでしょうね。これは資料には書いていませんが、モザンビークの当該の土地に対して要求したい値段は150億ドルと言っています。これは大統領迄上がっている価格でネゴの余地はないと言っております。この値段は彼らの年間GDPに等しい価格ですので、多分GDPと同じ額ということを意識していると思います。

 確かにそれだけのキャッシュが得られ、かつ国内に莫大なインフラ投資がなされる、さらにはある程度の灌漑やエネルギーもおこぼれもある。加えて隣接してアフリカでは最も進んだ農業と多分工業の集積地ができるというのは大きいですね。多分この計画が実現すれば、モザンビークが急速に発展することは間違いないと思います」

 真門大使はこのように話を始め、その後モザンビーク政府側からの土地価格以外の条件、さらに概ねの候補地域などの説明をした。さらに最後に制約要因について次のように説明した。

「モザンビークは南北に長い地形で南緯10度から26度に渡っていますが、首都マプトは南端に近くて南緯25度にありますから、それほど暑くはありません。しかし候補地は南緯15度以南で暑い地域で低湿地です。
 ただ、日本の夏よりはましだとは思いますし、今はエアコンを使うのが普通ですから、気温は実際に住む面ではそれほど問題はないのではないかと思います。問題は熱帯低地に蔓延する病気だと思います。代表的なのは蚊を媒体とするマラリア・デング熱です。これの制圧ができないと日本人が移り住むのは問題だと思います」

 次に木村ジンバブエ大使の説明である。
「ええと、私の方からもすでにジンバブエ共和国の概要についてはお手元にもお配りしていますが、配信もしておりますので、お読みになっておられると思っております。ジンバブエ政府もモザンビーク政府の動きを知り、そのメリットを認識しており、すっかり前向きになっております。

 ジンバブエ政府は、モザンビーク政府ほどの盤石の政治基盤はありません。今の政府は中国の余りの資本侵入に反感を持った人々が主体になったもので、中国頼りの今の経済を何とかしたいということで、むしろ日本の介入はモザンビークよりより切実に望んでいるかと思います。

 モザンビークはハイパーインフレの代名詞みたいになって、遅れた国と思われていますが、白人支配の時代は、アフリカの先進国でありまして、まだ教育システムと人材にはその名残が残っています。かつては食料の輸出国であったものが、白人を追い出すことで農業インフラを破壊したために今や輸入国に甘んじています。

 鉱物資源は鉄・石炭やさまざまな希少金属など豊富でありますが、これも有効に活用されているとは言えません。ただ、国土の多くが高原地帯であって住むには快適であること、豊富な教育を受けた人材というメリットがあります。また、元々は農業国であった訳ですし、モザンビークと隣接しているこということからすると、一緒に開発するのはありだと思います」

 大使からは、さらにジンバブエ側の条件はモザンビークとほぼ同じで、その候補地の提示が、モザンビークの連接する地域の高原地域約5万㎢であり、面積当たり単価はモザンビークと揃えているなどとの説明があった。

「それで、その土地代としての妥当性はどうなんでしょうかね。合計概ね、15万㎢日本の40%の面積の土地に230億ドル、日本円で約2.4兆円の値段は、農水省さん?」
 三嶋副大臣が聞く。

「はい、その点は事務方で試算させていますので説明させます」司会の宮越局長が佐川を見ると、彼は頷いてマイクを取ってプロジェクターを起動して説明を始める。

「農林水産省、海外協力局開発課の佐川です。では試算の結果をご説明します」
 出番のきた佐川は、過去2週間で夜を徹してまとめた資料を思ってため息をついた。想定する地域から農作地に開発可能な農地を割り出して、生産高を算定するのはそれほど難しい事ではなかった。

 ただ、熱帯という気象条件と、近年の耕作と作物に係わる研究の進展を考えると、面積当たりの生産高は単純に日本の倍くらいになる。また、沿岸部の低湿地は抜群の甲殻類の養殖池になり、遠浅の海は網で仕切ることで広大な養殖池になるだろう。
 しかし、当然新たな国土を作るわけであるので、農業の事だけを考えておけばいいということではない。だから、専門的な検討には経産省、国交省も尋ねて必要な施設を洗い出し、超概算費用をはじいたのだ。

 相当部分は見切り発車で、現時点において想定できる限りの内容で佐川は説明を始める。
「まず、想定する自治区の範囲をご覧のような範囲で考えています。面積は概ねモザンビーク10万㎢、ジンバブエ5万㎢です。このうち、1/3で耕作ができると思っており、さらに海岸沿いは甲殻類の養殖地、沿岸には魚の養殖の生 け簀にできると考えています。
 近年の研究の成果から、熱帯においては十分な灌漑と肥料を施せば、確実に2期作が可能であり、温帯における2倍の面積当たりの収量が得られると思っております。なお、品種改良した小麦やトウモロコシであれば、熱帯においても十分栽培が可能です。従って、日本における輸入する穀物の生産は十分可能です。また、沿岸部において始める予定の栽培型の水産業は、これまた十分日本にける需要の半分は満たせるでしょう。

 だから、ざっとではありますが、全体が完成の暁には現在価格で概ね3.5兆円程度の生産高が上がるということになります。これに対して2.4兆円の購入代金が高いか安いかということになれば、国内の基準で言えば、年間の収穫高を下回るわけですから、無論諸々の経費が掛かることを考慮しても安いと言えます。
 まして、近い将来に予想される食糧危機などを考えれば、食料は極端に高騰することも考えられる訳ですから、さらに有効であるわけです」

 この説明に、三嶋副大臣がコメントする。
「ふーん、普通に考えても安いということだね。それに、君が言うように我々政治家はエマージェンシーの事を考えなければならない。まあ、支払いは一括で出す必要はないだろうから、10年程度で払うとして、十分に許容範囲のようだなあ。どうですか、皆さん?」
 三嶋の言葉に、いくつか「賛成!」という言葉が上げた他の人は頷き、それを確認した司会の宮越が引取る。

「はい、それでは御出席の皆さんはモザンビーク・ジンバブエ両国の提示の225億ドルは妥当ということでよろしいですね。わかりました。では、佐川君必要な費用関係の説明をしてください」
 この言葉に佐川はさらに説明を続ける。

「ええ、では続けます。このような生産高を得るためには、当然森林を切り開いての農地の開発、水産のための養殖地などの建設は当然必要ですし、総計すると日量7千万㎥に達する灌漑施設、道路、教育を含めた公共建物を含む都市基盤、工業基盤に電力、上下水道設備、港湾、鉄道、空港を整備する必要があります。

 これらを機能させるためには、最低でも40万人程度の労働力が必要ですので、それを日本人で賄うとするとその家族を入れると100万人を超えますね。またこれらの人々を住まわせるための住居は、住む人の自己負担にするとしても、少なくとも当初の相当な数は計画の主体が建設する必要があります。

 この場合農業に必要な肥料・農機具などの様々な工場は民間企業が当然整備するものとしていますが、その建設・創業のための基盤は整える必要があります。また、経産省さんから御指摘がありましたが、今後のアフリカ大陸の発展を考慮すると、様々な民間の工場が先を争って立地することは確実であるといいいます。

 とりわけ、その豊富な資源を活用してアフリカに供給するための鉄鋼、アルミ、石油化学などのコンビナートも建設されるだろうということです。そうなると、流通のみをとってみても相当に大規模なものになって、確かにモザンビーク政府が目論んでいるように、アフリカの興行の中心地になるかもしれませんね。

 ただ、この試算はそこまでのことは考えておらず、農業の生産を始め出荷でするまでの費用になります。この表をご覧ください。まず、農道・農場内水路を含む農業基盤整備が2.5兆円、水産基盤整備が0.8兆円、灌漑設備がザンベジ川の頭首工、取水開水路を含めて2.5兆円です。

 さらに、40万戸の都市基盤整備、これには10万戸のアパートを含みますが、これが4兆円、農業・水産関係の集荷・加工設備が1.2兆円、空港・港湾・電力設備が1.5兆円、その他1.5兆円で合計14兆円ですね。これには土地代は含んでいません。建設には大体5年~7年を要すると考えています」

「ふむ、現在の価格で3.5兆円を生むシステムの設備費が、土地代を入れて16.4兆円か。人口が100万人として一人当たり経費は1640万円、生産高は350万円か。ただ、食料は近い将来2倍にはなると想定されているから、この場合の生産高が700万円か。いいんじゃないかな。
 それに日本自治区は日本内部として扱えるので、その生産高は日本国のGDPとして扱えるから所得倍増計画にも大きく貢献する。
 岸村経産大臣。アフリカの将来性を考えれば、この日本自治区は農林水産基地のみとは言えないのじゃないでしょうか?それだけではもったいないでしょう?」

 三嶋副大臣が自分で解説して経産大臣に聞く。
「そうですな。無論、そこに日本人が100万人も住めば、都市ができ、学校もでき、企業は工場を作りますよ。しかもそこは資源の宝庫の真ん中ですからね。今後、アフリカのGDPは年率最低でも7%程度は伸びていきますから、あらゆる工業製品の需要はうなぎのぼりです。

 恐らく工業出荷額は、直ぐに農林水産を上回るでしょうね。ただ、是非その中心になるような大学が欲しいですね。日本人のみでなくアフリカ全土から学生を集めるような質の高い大学を。もう一つの国立大学を作りましょうよ」

 経産大の臣の発言に続いて、農林水産大臣の諸井が言う。
「熱帯においての農業生産というのは、穀物においては効率はずっと低かったのですよ。それを温帯など以上の効率で生産高をあげる実例を示すことは、今後資源不足・食料不足に悩む可能性の高いこの地球において、大いなる貢献になると思います。
 多分、この計画をぶち上げると食料生産国で、輸出に力を入れているアメリカや南米諸国から懸念の声が出ると思いますが、彼らも気候変動は認識していますから、食料安保ということで納得はしてもらえると思いますよ」

 目を輝かせて言う諸井大臣に続いて、外務大臣が申し訳なさそうな顔で悲観的なことを言う。
「皆さんが盛り上がっているところでこういうことは言いたくはないですが、当事国については纏まりそうですが、いろいろ言ってくる国はあると思いますよ。当面、諸井大臣が言われたように日本向けの食料の輸出を懸念するアメリカ、アフリカに手を出すのを嫌がる中国の反発は間違いないですね」

「そうですね。それはいろんな反発はあるでしょう。たとえば、貧しい国を札束で叩いて領土を手に入れようといているとかね。しかし、今議論してきたことから言えば、我が国にとっては経済的にメリットがありますが、なにより食料安保上非常に有効です。
 また、中期的に見れば今まで虐げられてきたアフリカには間違いなく大きなメリットがありますし、世界全体にとってもそうです。これは、我々政治家がまず日本の人々に理解してもらって、さらに世界の人々に理解してもらって着々と進めるべきことです」
 三嶋の論は、年齢的には先輩にあたる政治家の皆から、噂に登っている次期首相ということをさらに印象付けるものであった。

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