帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第16章 ハヤトとその後の地球世界

16.11 EAC (Earth Athletic Competitions)3

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 ハヤトの2戦目の前に、30分の時間を置いて郭と角田の試合があったが、これはあっさりケリがついた。動きの早さが劣る郭は腰を落として、相手に近づこうとするが、ハヤトの試合でノーダメージの角田は、目にもとまらぬという言葉がぴったりの速度で、滑るように相手の周りを歩き回る。
 その動きに郭は殆どついて行けない。

 ヒュンという勢いで相手の後ろに回った角田が、その勢いを利用して廻し蹴りで相手の首を刈り、郭は辛うじて手でガードするが、簡単に飛んできた足首に弾かれる。ドシンと鈍い音を立てて首筋に入った蹴りによって、足を踏ん張っていた郭は吹き飛ぶことはなかったが、ドタンという音を立てひっくり返った。

 見ると白目を剥いている。
「勝者14番!」
 審判がさっと手を挙げて角田の勝を告げる。試合の総評と目を覚まさない郭選手について解説者が言う。

「うーん、早さに重きを置いた角田選手の動きが一段勝っていましたね。一面でそのこともあって、角田選手の蹴りはすこし威力が落ちていました。だから、たぶん郭選手は直ぐに起き上がれると思いますよ。もっとも普通の人があのスピードで急所の首に蹴りを食らえば、首が折れているでしょう。それが平気なのは、身体強化のたまものです

「なるほど。おお、確かに審判の“活”で郭選手は目を覚ましたようです」
 アナウンサーが郭選手が意識を取り戻す様子を開設し尚も話を続ける。
「こうしてみると、この4人の組では今のところは大きなダメージが残った選手はいないようですね。次は背番号2を付けているハヤト選手に、13番の北川選手です。今北川選手が見えましたが、元気そうですね。でも、北川選手は先ほど郭選手の突きをまともに食らって飛んで、暫く気絶していましたが大丈夫でしょうか?」

「ええ、胸は割にシャツのプロテクトが利いていますから、それほどダメージは伝わりにくいのですよ。それに、北川選手のウェイトは小さいので、飛ぶことによってダメージを逃がした面があります。それと、突きの威力は身体強化で強化されていますが、受けた北川選手も同様に強化されていますからね。
 多分闘うには問題はないと思いますね。また、ハヤト選手と闘うことは若手の選手にとっての励みですから、全力で闘うことは間違いないでしょう」

 解説の村井はそう言って、すでに試合場に登って柔軟体操をしている北川を見ながら思う。
『まあ、郭に勝てないようでは、北川がハヤトに勝つことはないだろう。この組の決勝へ進むのは下馬評通りでハヤトだな。それにしても、角田は惜しかったな。別の組だったら十分決勝トーナメントに残れるレベルだったが』

 やがて、開始時間が迫りハヤトも試合場に登って北川と対面して審判も位置につく。
「始め!」の合図に、ハヤトは受けの姿勢で北川は跳びだす。
「さあ、ハヤト選手の2戦目始まりました。北川選手、スピードを生かして突っ込みます。前蹴り!ハヤト選手、目にもとまらぬ早さで横に回りますが、北川蹴った足を軸足に回転蹴りです。しかし、ハヤト回って避け、一歩踏み込んで着地した北川の横腹に突き、強烈です、強烈な突き!北川倒れた!」

 アナウンサーの絶叫に合わせるように、審判が「勝者、2番!」と叫び、解説の村井が解説で、北川の健闘を褒める。
「北川選手、積極的に攻めましたが、やはり跳躍が入る大技は危険ですね。相手にダメージを与えられると良いですが、躱されると防御も難しくなります。まさに、今のように避けようもなく、突きを食らってしまいました。しかし、実力が上の相手に積極的に攻めた姿勢は良かったですね。躱されましたが、見事な回転蹴りでした。敗れたとはいえ、よく攻めました」

 北川の早い攻めを問題にしなかったハヤトにとって、郭も問題にならず、郭は開始1分の正面からの廻し蹴り一発でマットに沈んだ。こうしてハヤトは決勝トーナメントに進んだが、試合は明後日である

 ハヤトは、その前に昨年の覇者である城山健吾の予選の試合を見る。城山は、22歳で極真会の流れをくむ鉄拳流空手道の門下生で、15歳のころからその天才を謳われていた。彼は2年前のEACの大会でも、優勝したハヤトと決勝トーナメントの第1戦で戦っており、その時はハヤトの掌底一発で沈んだが、道場ではお山の大将であったプライドがズタズタになったらしい。

 彼の身長は190cm、体重は110kgで筋肉ムキムキの細面で白目が勝った三白眼というやつで人相は悪い。まだ2年前には体つきにはふっくらした部分があったが、今はそれらがそぎ落とされて、無駄な肉が全くないという体になっている。

「ほお、よほど鍛えているな。迫力が増したわ。2年前にはまだ甘いところがあったが、今は抜身の日本刀だな。なかなか……。魔王並みとは言えないけど、四天王並みだ」
 関係者席から見ているハヤトが隣の妻の裕子に話しかける。

「そうよ。あなたに負けた後。城山君は、ワールド・ガチンコ・コンペティション(WGC)に入って、今や無差別級と重中量級のチャンピオンよ。この大会には去年も優勝はしたけれど、それほどの楽勝ではなかったようね。でも、その後はずっと伸びたというわね。もっとも、これは雑誌に書いていた受け売りだけど……」
 裕子はそう言って笑い、真面目な顔になって続ける。

「でも、その試合ぶりがあまり評判は良くないわね。去年はそれでもこの大会では紳士的に闘っていたけれど、かれらのWGCでは2人の相手を壊しているわ。どちらかというと、その相手は乱暴で顰蹙を買っていたから、それほど問題にはなっていないけれど。間違いなく今は天狗になっていて、自分より強い者はいないと思っているようね」

 さらに裕子は続ける。
「その彼の当面の敵はあなただそうよ。近来において敗れたのはあなただけだから、絶対に勝つと公言しているわ。流石にプロだから、壊すとは言っていないようだけど、相当に荒っぽい出方をしてくる可能性が高いわ」

「はは、それは怖いね。確かに2年前とは段違いに強くはなっているな。しかし、上級魔族や魔王と殺し合いを闘ってきた俺にとっては、所詮はルールのある戦いだ。楽に勝てるとは言わないけれど勝つよ」
 薄く笑ってハヤトが裕子の言葉に応じる。

「始め!」審判がその城山と岸田という選手との闘いの開始を告げた。
「オウ!」叫んだその身長は城山より拳半分身長が低いが、横幅は勝る岸田が相手に滑るように突っ込みパンチを振るう。

「岸田、目にもとまらぬ早さで突っ込むが、城山軽々と身を躱してそれを避ける。岸田今度は蹴り!城山身を低くして避けるが、今度は岸田足を振り下ろす。しかし、城山は後退して避ける。岸田今度は腕を振り回して相手の顎を狙うが、城山さらに下がるところを、岸田は体を回転してフック!
 しかし、城山は半身になってそれを外し、大きく跳び下がる。両者一旦動きが止まる。早い、両者早い。岸田は怒涛のように攻めるが、いずれも城山が軽々と避ける。村井さん、城山選手はまだ余裕がありそうですね」

 アナウンサーの問いに解説者が答える。
「ええ、城山選手はまだ余裕があります。全く相手に触らせずに岸田選手の攻めを凌いで見せました。あの過程で3回は相手に一撃を入れることができましたが、敢えて見逃しましたね」

「あ、岸田、再度踏み込み廻し蹴り。あ!城山踏み込んだ!突き上げた!岸田の顎を強烈な掌底で突き上げ、城山後ろに吹き飛び背中から落ちる。岸田動かない。立てません!審判、城山を指す!」
「勝者、1番!」

「うーん、今度は見逃しませんでしたね。腰の入った見事な掌底でした。120kgの岸田選手が吹き飛びました。体を飛ばすような掌底を顎に食らっては、岸田選手立てませんね。城山選手、これで予選は3戦3勝で予選は軽々と突破しました」
 解説者が言い、アナウンサーが続ける。
「昨年優勝の城山選手、下馬評通り予選を全勝で突破しました。まだ予選の試合は残っていますが、すでに予選突破した8選手は決まっています。村井さん、あまり番狂わせはなく概ね予想通りと言ってよろしいと思いますが、どうでしょうか、ずばり有力選手はいかがでしょう?」

「そうですね。やはり、昨年優勝の城山選手ははやり強いですね。去年はそれほど圧倒的という印象はなかったですが、今年は安定感が違いますね。しかし、今年はハヤト選手がいますからね。城山選手は確かにハヤト選手に敗れて以来、過酷な訓練を積んできたようです。
 その結果が、実力者揃いの予選の相手を問題にせずに退けました。彼の強みは、その技術もさることながら風格というか凄みにあります。そうしてた選手に対しては、普通の選手はなかなか実力を出し切れずに敗れる場合の多いのです。しかし、ハヤト選手はそれに勝る王者の風格があります。
 それは、彼がその著作に書いているように、勇者として本物の殺し合いで勝ち抜いてきたことにあるのだろうと思います。とは言え、実力的に言えば優劣はないというか、むしろこの種の戦いに慣れがある城山選手にややアドバンテージがあると思いますが、そのあたりがそう出るかですね」

「というと、村井さんは城山選手、ハヤト選手の2人が本命と予想されるわけですね?」アナウンサーの問いに村井は答える。
「そうだと思います。この2人が抜けていますね。いずれにせよ、明後日の決勝は楽しみですね」

「さて、今日は帰るか。明日は俺の試合は100m決勝だけど、午前に満永君の弾投げの予選があるから見に行こう」
 ハヤトは裕子を促して席を立ち、2人はタクシーを拾う。

 ところで、彼らのいる競技場エリアは、東京湾に造成された巨大運動コンプレックスであり、大体1㎞×2㎞の大きさがある。これは埋め立てではなく、海中に柱を林立させてそれにデッキをかぶせている。そこからは、無論地下鉄の路線が繋がっているが、首都内の高速道路網へも繋がっている。

 むろん、役員運営関係者を除いて自家用車での来場は禁止である。この道路網は立体になっており、最下層の路面は地上車が走行するが、その上部は3段に電子的に仕切られていて、飛翔車専用の走行エリアになっている。地上車の制限速度は100km/時であるが、飛翔車は150km/時になっている。この道路網は関東一円に広がっており、人口が10万人以上の大部分の都市に繋がっている。

 また、この高速道路網は、北海道に向けて3本、大阪までは4本、大阪から九州までは3本が繋がってそれぞれに立体式になっている。そして郊外の飛翔車の制限速度は200km/時になっており、高速度の移動を可能にしている。
 その上にこの高速道路の立体化は物理的なものでなく、最下層の路面を除けば電子的なものなので当然自動運転も可能になっているので、飛翔車をもっていれば列島縦断も楽に行える。このあたりが、飛翔車が高価格にもかかわらず、人気のある理由の一つになっている。

 ハヤトと裕子の乗った飛翔車タクシーは、東京湾運動コンプレックスから千葉の利根市の自宅までわずか40分で到着する。タクシーの無人化は、現状においては技術的には可能になっているが、100%の安全が担保できないということで禁止されている。これは本音のところでは、失業対策という説もある。

 ハヤトの二宮家では自家用車は持ってはいるが、運転手付きの車は保有してはいない。人件費が高くなっている昨今では、必要時にはタクシーあるいは、地下鉄や鉄道網を使った方がはるかに合理的ということで、よほどの体面を重視する家以外は持っていないし、大会社の社長も専任の運転手は雇用していない。

 翌日は、ハヤトは裕子に加えて長男健太郎、娘の幸と父誠司、母涼子を加えて大型タクシーで利根市を出発する。この大型タクシーは8人乗りのマイクロバス的なものであるが、近年では広く使われている。
娘の幸が、久しぶりの家族総出のお出かけにはしゃいで言う。

「お父様、今日の100mは一等賞になるわよね?」
「決まっているさ。お父さんが一番だよ」
 続いて息子の健太郎がさらにあおるが、ハヤトは苦笑いで言う。

「うーん、一等賞はちょっと難しいかな。お父さんの最近の記録は3位だからね。でも明日の格闘技は優勝するように頑張るよ」
「でも、お父さんはこの大会に出ることができるだけでもすごいのよ。地球最強を決める大会だからね」
 裕子が子供に言うが、幸は不満そうだ。

「でも、お父さんは何でも一番て同級生の馨ちゃん言ってたわ」
「まあ、お父さんも一生懸命頑張るからね。こういう大会に限らず、一生懸命頑張ればいいんだよ」
 ハヤトが幸の頭を撫でて言い聞かせる。

 競技場に着いて、弾投げの屋内体育館の関係者席に入るが、そこは競技者に近い特等席でテレビなどのマスコミの席に隣り合っている。
「南と須賀の調子はどうかな?南は昨年2位で、須賀は優勝だったな」
 ハヤトは、席に着いたのち、裕子にNカンパニーの社員である南浩紀と須賀紗枝の調子を聞く。

「ええ、南はいいわ。優勝は狙えるわね。弾の速さはライバルの勝野には勝てないでしょうが、的の点数は抜群よ。須賀は、速さはまず勝てるでしょうが、ちょっと荒れるから点数は少し怪しいわね」
 弾投げという競技は、32人の予選突破者による野球のボール程度の大きさの樹脂の玉を50m先の的に向かって10発投げる競技である。

 的は弓の的のように同心円の直径0.8mのもので、中心の黒丸が10点、一番外側が1点である。だから、全部黒丸に当てれば、100点になるが、スピードがトップ6人についてはそれぞれトップ30点から5点刻みで与えられ、総合点で優勝が決まる。

 的はホログラムであるので破れることはなく極めて厳密に得点が測定され、スピードはスピードガンによる。単純な競技だが非常に人気があり、この本戦に出場するほどの選手であれば、50m以内であったら犬程度であればボールを投げて殺すことも可能である。

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