173 / 179
第16章 ハヤトとその後の地球世界
16.10 EAC (Earth Athletic Competitions)2
しおりを挟む
ハヤトは、今総合格闘技の選手席にいる。彼が出場している地球体育競技大会(EAC)には、政治家の政策団体「日本新世紀会」を通じての国の後援もあって、10億円ほどだが補助金が出ている。この大会は「地球」と銘うってはいるが、実質出場できるのは日本人と台湾人及びその子孫のみである。その意味では、日本政府が後援する意味合いは弱いという意見もある。
しかし、身体強化を駆使しているので肉体を使った競技としては、人類最高峰のパフォーマンスを発揮するものであるため、「見たい」という人は多い訳だ。だから、日本の外から会場に足を運んで見に来る人は100万人を超える上に、10億人を超えるという世界中のテレビの視聴者がいる。
だから、日本政府として後援するのに何ら不都合はないというのが、「日本新世紀会」が後援を主張した理由である。ちなみに「日本新世紀会」は、元々は自民党の若手議員のみがメンバーであった。しかし日本の未来のための政策提言という意味では、政党に関係なしに主旨に賛同する議員も入れるべきということで、現在では1/3程度は野党議員になっている。
また、現在はさらに国会議員のみでなく市町村議員クラスも入っている。とは言え、異世界の存在が明らかになり、新地球への移民も始まっている現状と、その中で地球同盟政府が設立されたことを考えると、「日本新世紀」というのは古いのでないかという意見があり、現在揉んでいるところである。
ちなみに、ハヤトは初代会長であったが、多忙を理由に現在は「名誉会長」ということになって、元々会の設立の仕掛け人の水田が現在では会長職を務めている。「日本新世紀会」は過去様々な政策を実現に持ち込み、現在の日本及び地球の在り方に大きな影響を与えてきたということで、非常に大きな存在になっている。
ちなみにEACは、大きな人気を得ているために、入場料と放映権料で莫大な収入がある。だから、好成績を収めた出場者については、指導者やトレーナーの派遣を行っているし、プロ化を目指すものには一時的な雇用と、スポンサー企業への紹介などを行っている。
EACは、すそ野が基本的に日本と台湾に限られていることもあって、レベルの高い出場者がいないと所詮は人気が長続きしないことを良く解っているのだ。仕掛け人の山中司は、過去身体強化ができるようになって、トレーニングジャンキーとして熱中した時期はあったが、自分ではそれほどのレベルになれないということは早めに悟っていた。
一方で、トレーニング仲間にはそういう才能のある者もいて、彼らにその道を続けさせたいと思ったのだ。だから、山中はEACを始める理由として、このイベントを成功させて、この道で才能のある者達を、身体強化によるパフォーマンスをするという、好きなことで食えるようにしたいとも思っている。
実際のところハヤトが立ち上げた㈱Nカンパニーもそういう役割を担っているのだ。総合格闘技の32人の出場選手のそれぞれには、上記のような理由で、EACの運営部から派遣されたトレーナーが付き添っているが、ハヤトのトレーナーはNカンパニーの社員である42歳の山県である。
山県は、10代から総合格闘技の訓練を始め、20代はプロの選手だった男であり、その一つのリーグでチャンピオンになった経歴もある。山県は、社員としてハヤトについては当然よく知っており、異世界で様々な戦いをしてきたその経歴も聞いている。
しかし、ハヤトは本質的には武器を持って、魔法を使っての戦いにその強さの本質があって、総合格闘技という素手の戦いにはその経歴はそれほどのアドバンテージは無いとみていた。それでも、過去の試合では負けることがなく勝ってきたのは、身体強化のレベルがトップクラスであることによる撃たれ強さと、早さによるごり押しだ。
ただ、最近の若い選手は、6歳から処方を受け身体強化にも自然に慣らされて、当たり前に使えるようになった結果、その特性を非常うまく使うものが多い。とりわけ、魔力を筋肉の部分的な強化に使う結果、より効果の高い力を出すことのできる選手も増えてきている。
この点はハヤトにも言っており、彼も試してはいるが現状では殆ど効果はあがっていない。しかし、ハヤトの決定的なアドバンテージはマナの濃度の低い地球上であっても、魔法がある程度使えるほどの魔力と自由自在に使える様々な魔法である。だから、それで相手に決定的なダメージを与えられなくても、牽制で使えば有利に試合を運べるが、彼は不公平と言って身体強化以外の魔法は使わない。
ハヤトは2年前には優勝しているし、今回も優勝候補の筆頭ではある。しかし、番狂わせはありうると山県は思っているが、少なくとも一方的な負け試合にはならないという確信はあった。試合は4人ずつ8組で各々リーグ戦を行って、8人がトーナメントの決勝に進み準々決勝、準決勝、決勝の3試合を戦ってを戦って優勝者を決めるものだ。
つまり優勝選手は予選リーグで3試合、決勝トーナメントで3試合の計6試合を勝ち抜くことが必要である。これは一つには決着が失神する、参った、または3回の場外の3種類であるため、大体が負けた方はグロッキーになるので、一試合それぞれがタフな試合である。一方で、観客にとってはスリリングな試合を見ることのできる楽しみの多いものになる。
ハヤトは自分の組の試合を見ていて、横にはトレーナーの山県がついて解説している。ハヤトは相手については一通りのデータは見ているが、きちんと覚えているほどには研究はしていない。今は手元にタブレットをもって、山県がまとめてくれたデータを見ている。
「左手の12番の選手が台湾の郭セイワン、右手の13番が双頭館の北川選手だな。郭は28歳で八極拳の使い手、北川は22歳で彼の所属する双頭館は極真の一派かな?」
ハヤトが言うが、8m四方のマットによる試合場で向かい合う2人は、裸足で分厚いTシャツと短パンであり、顔はフルフェイスの顔前面が透明の軽そうなヘルメットを被っている。半袖のTシャツと短パンは強化繊維製であり、防刃性能がありショックを与えると多少硬化する機能がある。手には指が出るタイプのグローブを付けている。
ハヤトの言葉に山県が応じる。
「ええ、彼らの試合の映像は見ましたよ。郭は八極拳の達人といいますが、動きが遅いですから、逆にとりわけ動きの早い北川をとらえきれんでしょう。ただ、北川は小柄なこともあって打撃が軽いから、倒しきれるかどうか。郭はあの体格ですから打たれ強いですよ」
山県がこのようにハヤトに解説するが、この2人は安全杯だと思っている。
総合格闘技は日本発であるだけのことはあって、試合場の形は空手に近く、試合開始もTシャツと長ズボンの審判による「始め!」が合図である。アップライトに構える郭に向かって、北川は両肘を曲げて顔を庇うスタイルのまま、軽やかな足取りに相手に近づいて、スイッと相手の側面に回り込みながら、相手の胴にフックを打ち込む。
郭は相手の動きについて行けず、かろうじて腕で防ごうとしたが完全でなく、グローブが胴にドスンという音を立てて当たる。普通は顔を狙う所であるが、顔・頭は身体強化されたパンチまたはキックを食らうと致命傷になることがあるので、完全にはショックを逃がせないが、致命傷は避けられるヘルメットを被っているのだ。
しかし、服も一緒であるが、そのパンチ・蹴り等への防護機能は限定的である。郭は殆どダメージがないようで、北川を追おうとするが、北川はくるりと方向を変えて軽く避けると同時に相手の首筋に廻し蹴りを見舞う。しかし、郭はそれを肘を挙げて防ぐ。それからは、その繰り返しで北川が胴や頭を狙うが、いずれも綺麗には当たらない。
それにじれた北川が大きく踏み込んで、相手の顎を狙って前蹴りを放つ。ところが、郭はそれを待っていたかのように、半身になって蹴りを躱しながら、自らも大きく踏み込んで相手の顎に肘を叩き込む。ヘルメットがなければ、完全に失神しただろう。
だが、北川はそれでも軽い脳震盪を起こしたようでふらふらと膝をつくと、郭が「ドッセイ」というような声を建てて、正拳を相手の顔の正面に叩き込む。それは腰の入った見事なパンチであり、北川は後ろに3mほども吹っ飛び、もはや起き上がってくることはなかった。
アナウンサーが郭の勝利を告げるなかで、場内に歓声が巻き起こり、審判が郭の手をもって上げ叫ぶ。
「勝者、12番」審判が手を放すと、郭は歓声のなかで右手を振りあげて「ウオー!」と叫ぶ。そのように表現すると、通常の格闘技と変わらないようだが、動きの一つ一つが通常の肉体とキレと早さが異なるのが見ている人ははっきり分かる。
次は、ハヤトの組だ。アナウンサーが解説者に言う。
「村井さん、ハヤト選手が出てきました。昨年は出場していませんが、一昨年は優勝しています。さあ、そのハヤト選手がどのような闘いをするか楽しみですね」
それに応じて、ある格闘技の流派を引きいる解説者の村井が説明する。
「ええ、ハヤト選手は皆さんも知っての通り、処方そのものを地球に持ち帰った人で、明らかにはされていませんが魔力の大きさは世界一と言われています。ですから、魔力の大きさは身体強化のレベルに直接関係すると言われていますので、最もレベルの高い身体強化ができます。
ただ、100m走で彼が一番ではなかったように、必ずしもこの総合格闘技において、ダントツのトップという訳ではありません。特に最近では、幼いころから身体強化になじんでいる世代がこの世界に入ってきて、彼らは我々のように大人になって身体強化を覚えた者よりよりその使い方が自然で巧妙です。
また、ハヤト氏が格闘技を覚えたのはラーナラであり、それは素手に特化したものではないので、素手であれば、正直に言って日本で発達した格闘技の方が優れていると思います。だから、彼が苦戦を免れない相手はそれなりにいると思いますよ」
「なるほど、無敗伝説を言われるハヤト選手も無敵ではないということですね」
「ええ、もっともこの地球上で素手による総合格闘技に限った話です。マナの濃い世界では、途方もない魔法を使えるハヤト氏に魔法ありで勝てる者はいませんよ」
村井はアナウンサーの言葉に笑って答える。
「その点で、ハヤト選手の相手の角田選手は19歳と若いですが、村井さんどうでしょうか?」
「ええ、角田選手は若手のホープですし、極めて動きが早い選手です。それに魔力も強く、蹴り、突きと打撃も強力ですからハヤト氏も舐めてはかかれませんよ。面白い試合になると思います」
角田誠は静かに開始線の後ろに立っているハヤトを見つめる。彼ら若者にとっては、ハヤトは伝説の男であり憧れの人であった。角田は魔力が大きくさらにその使い方がうまく、魔法もそこそこ使える。18歳の昨年は、このEACの予選の総合格闘技に出場したが予選で敗退した。
彼は幼いころからEACには出たいとは思っていたが、総合格闘技を選んだのはハヤトが出場しているので戦える可能性があると思ったからだ。昨年予選で敗退した結果、自分のどこが足りないのか解ったし、なにより努力が足りないこともよく判った。
だから、大学の部活では極限まで自分を追い込み、先輩に紹介された道場にも週に4回通って動けなくなるまで乱取りを続けてきた。いつしか、大学に敵がいなくなり、通っている道場でも、最も強いEACで8位に入った先輩と同等になってしまった。
その実力は、予選会でも今年は多少の余裕をもって通過することができたことで証明できたし、その努力の結果、なんとハヤトと予選同じく組に入ったのだ。これで、間違いなくハヤトと闘える。
審判の「始め!」の合図に誠は両手を大きく広げて「おお!」叫んだ。
「角田選手、両手を広げて大きく叫びました。早い!角田選手、滑るようにハヤト選手に近づき、視線は相手を見たまま、足を刈ります!しかし、ハヤト選手、軽く横に滑るように歩を移し下段廻し蹴りを避けて、一歩大きく踏み込んだ、突いた!あ、あ!」
流石に両者の動きの早さにアナウンサーの口が回らない。
それは、胴を狙ってのハヤトの突きを角田が回転しながらすれすれに避けて、相手の顎に肘うちを見舞うが、ハヤトは掌でその肘を受けて、それを支点に体を倒して足を大きく振り上げ顔を蹴り上げる。それを今度は角田が相手の掌を支点にして肘をばねに効かせて、後ろに倒れ込み後転して離れる。
ようやく両者の動きが止まって、観衆もアナウンサーもめまぐるしい動きから忙しく追っていた目の動きも静止した。観衆はその見事な攻防にようやく声が出せるようになり、それは全体としてゴウゴウという地鳴りのような歓声になる。
「見事な攻防です。ハヤト選手は当然として、角田選手強い。見事な動きです」
解説者の村井が言うが、アナウンサーもようやく回復する。
「ああ、ええ。両者相手の目を見て動きを止めています。さあ、次は如何なる攻防になるのか。あ、角田選手踏み込んだ、廻し蹴りです。早い、ハヤト横に避ける、くるりと回って角田さらに逆から廻し蹴り、ハヤトその足を突くが逸らすのみ。角田足を引き、飛こみ胴に突き。ハヤト両掌で受け、下から片足で角田を蹴り上げるが、角田は体を横に捻ってその足を避ける。
角田跳んだ!高く舞い上がって回転蹴りだが、ハヤトは落ち着いてしゃがんでそれを避けて、ああ降りてくる角田の足を刈る!角田転倒、ハヤト踏み込む。ああ、首筋に蹴りが!止めた、止めた。参っただ、角田が『参った』と叫んだ。ハヤト選手勝利、ハヤト選手勝った!」
「うーん。角田選手は跳んだのが敗因ですね。身体強化をかけると跳ぶ高さも大きいものですから、そこから技を出すと強力だからつい跳びたくなるのですよ。でも、大きく跳ぶとコンマ数秒のあいだ、位置を変えようがありません。だから、大技をかけるのと一緒で、反撃もまた食いやすいのです。だから相手が反応できないのが明らかでないと跳んではいけないのです」
解説の村田は言うが、彼は続けて角田を讃える。
「しかし、最後に技の選択を誤ったと言え、よく闘いました。ほぼ互角でしたね。本人も十分戦ったと満足そうです」
確かに、村井の言うように角田は満足であった。いま、握手をしているこのハヤトと少しの間であったが互角に闘ったのだ。
しかし、身体強化を駆使しているので肉体を使った競技としては、人類最高峰のパフォーマンスを発揮するものであるため、「見たい」という人は多い訳だ。だから、日本の外から会場に足を運んで見に来る人は100万人を超える上に、10億人を超えるという世界中のテレビの視聴者がいる。
だから、日本政府として後援するのに何ら不都合はないというのが、「日本新世紀会」が後援を主張した理由である。ちなみに「日本新世紀会」は、元々は自民党の若手議員のみがメンバーであった。しかし日本の未来のための政策提言という意味では、政党に関係なしに主旨に賛同する議員も入れるべきということで、現在では1/3程度は野党議員になっている。
また、現在はさらに国会議員のみでなく市町村議員クラスも入っている。とは言え、異世界の存在が明らかになり、新地球への移民も始まっている現状と、その中で地球同盟政府が設立されたことを考えると、「日本新世紀」というのは古いのでないかという意見があり、現在揉んでいるところである。
ちなみに、ハヤトは初代会長であったが、多忙を理由に現在は「名誉会長」ということになって、元々会の設立の仕掛け人の水田が現在では会長職を務めている。「日本新世紀会」は過去様々な政策を実現に持ち込み、現在の日本及び地球の在り方に大きな影響を与えてきたということで、非常に大きな存在になっている。
ちなみにEACは、大きな人気を得ているために、入場料と放映権料で莫大な収入がある。だから、好成績を収めた出場者については、指導者やトレーナーの派遣を行っているし、プロ化を目指すものには一時的な雇用と、スポンサー企業への紹介などを行っている。
EACは、すそ野が基本的に日本と台湾に限られていることもあって、レベルの高い出場者がいないと所詮は人気が長続きしないことを良く解っているのだ。仕掛け人の山中司は、過去身体強化ができるようになって、トレーニングジャンキーとして熱中した時期はあったが、自分ではそれほどのレベルになれないということは早めに悟っていた。
一方で、トレーニング仲間にはそういう才能のある者もいて、彼らにその道を続けさせたいと思ったのだ。だから、山中はEACを始める理由として、このイベントを成功させて、この道で才能のある者達を、身体強化によるパフォーマンスをするという、好きなことで食えるようにしたいとも思っている。
実際のところハヤトが立ち上げた㈱Nカンパニーもそういう役割を担っているのだ。総合格闘技の32人の出場選手のそれぞれには、上記のような理由で、EACの運営部から派遣されたトレーナーが付き添っているが、ハヤトのトレーナーはNカンパニーの社員である42歳の山県である。
山県は、10代から総合格闘技の訓練を始め、20代はプロの選手だった男であり、その一つのリーグでチャンピオンになった経歴もある。山県は、社員としてハヤトについては当然よく知っており、異世界で様々な戦いをしてきたその経歴も聞いている。
しかし、ハヤトは本質的には武器を持って、魔法を使っての戦いにその強さの本質があって、総合格闘技という素手の戦いにはその経歴はそれほどのアドバンテージは無いとみていた。それでも、過去の試合では負けることがなく勝ってきたのは、身体強化のレベルがトップクラスであることによる撃たれ強さと、早さによるごり押しだ。
ただ、最近の若い選手は、6歳から処方を受け身体強化にも自然に慣らされて、当たり前に使えるようになった結果、その特性を非常うまく使うものが多い。とりわけ、魔力を筋肉の部分的な強化に使う結果、より効果の高い力を出すことのできる選手も増えてきている。
この点はハヤトにも言っており、彼も試してはいるが現状では殆ど効果はあがっていない。しかし、ハヤトの決定的なアドバンテージはマナの濃度の低い地球上であっても、魔法がある程度使えるほどの魔力と自由自在に使える様々な魔法である。だから、それで相手に決定的なダメージを与えられなくても、牽制で使えば有利に試合を運べるが、彼は不公平と言って身体強化以外の魔法は使わない。
ハヤトは2年前には優勝しているし、今回も優勝候補の筆頭ではある。しかし、番狂わせはありうると山県は思っているが、少なくとも一方的な負け試合にはならないという確信はあった。試合は4人ずつ8組で各々リーグ戦を行って、8人がトーナメントの決勝に進み準々決勝、準決勝、決勝の3試合を戦ってを戦って優勝者を決めるものだ。
つまり優勝選手は予選リーグで3試合、決勝トーナメントで3試合の計6試合を勝ち抜くことが必要である。これは一つには決着が失神する、参った、または3回の場外の3種類であるため、大体が負けた方はグロッキーになるので、一試合それぞれがタフな試合である。一方で、観客にとってはスリリングな試合を見ることのできる楽しみの多いものになる。
ハヤトは自分の組の試合を見ていて、横にはトレーナーの山県がついて解説している。ハヤトは相手については一通りのデータは見ているが、きちんと覚えているほどには研究はしていない。今は手元にタブレットをもって、山県がまとめてくれたデータを見ている。
「左手の12番の選手が台湾の郭セイワン、右手の13番が双頭館の北川選手だな。郭は28歳で八極拳の使い手、北川は22歳で彼の所属する双頭館は極真の一派かな?」
ハヤトが言うが、8m四方のマットによる試合場で向かい合う2人は、裸足で分厚いTシャツと短パンであり、顔はフルフェイスの顔前面が透明の軽そうなヘルメットを被っている。半袖のTシャツと短パンは強化繊維製であり、防刃性能がありショックを与えると多少硬化する機能がある。手には指が出るタイプのグローブを付けている。
ハヤトの言葉に山県が応じる。
「ええ、彼らの試合の映像は見ましたよ。郭は八極拳の達人といいますが、動きが遅いですから、逆にとりわけ動きの早い北川をとらえきれんでしょう。ただ、北川は小柄なこともあって打撃が軽いから、倒しきれるかどうか。郭はあの体格ですから打たれ強いですよ」
山県がこのようにハヤトに解説するが、この2人は安全杯だと思っている。
総合格闘技は日本発であるだけのことはあって、試合場の形は空手に近く、試合開始もTシャツと長ズボンの審判による「始め!」が合図である。アップライトに構える郭に向かって、北川は両肘を曲げて顔を庇うスタイルのまま、軽やかな足取りに相手に近づいて、スイッと相手の側面に回り込みながら、相手の胴にフックを打ち込む。
郭は相手の動きについて行けず、かろうじて腕で防ごうとしたが完全でなく、グローブが胴にドスンという音を立てて当たる。普通は顔を狙う所であるが、顔・頭は身体強化されたパンチまたはキックを食らうと致命傷になることがあるので、完全にはショックを逃がせないが、致命傷は避けられるヘルメットを被っているのだ。
しかし、服も一緒であるが、そのパンチ・蹴り等への防護機能は限定的である。郭は殆どダメージがないようで、北川を追おうとするが、北川はくるりと方向を変えて軽く避けると同時に相手の首筋に廻し蹴りを見舞う。しかし、郭はそれを肘を挙げて防ぐ。それからは、その繰り返しで北川が胴や頭を狙うが、いずれも綺麗には当たらない。
それにじれた北川が大きく踏み込んで、相手の顎を狙って前蹴りを放つ。ところが、郭はそれを待っていたかのように、半身になって蹴りを躱しながら、自らも大きく踏み込んで相手の顎に肘を叩き込む。ヘルメットがなければ、完全に失神しただろう。
だが、北川はそれでも軽い脳震盪を起こしたようでふらふらと膝をつくと、郭が「ドッセイ」というような声を建てて、正拳を相手の顔の正面に叩き込む。それは腰の入った見事なパンチであり、北川は後ろに3mほども吹っ飛び、もはや起き上がってくることはなかった。
アナウンサーが郭の勝利を告げるなかで、場内に歓声が巻き起こり、審判が郭の手をもって上げ叫ぶ。
「勝者、12番」審判が手を放すと、郭は歓声のなかで右手を振りあげて「ウオー!」と叫ぶ。そのように表現すると、通常の格闘技と変わらないようだが、動きの一つ一つが通常の肉体とキレと早さが異なるのが見ている人ははっきり分かる。
次は、ハヤトの組だ。アナウンサーが解説者に言う。
「村井さん、ハヤト選手が出てきました。昨年は出場していませんが、一昨年は優勝しています。さあ、そのハヤト選手がどのような闘いをするか楽しみですね」
それに応じて、ある格闘技の流派を引きいる解説者の村井が説明する。
「ええ、ハヤト選手は皆さんも知っての通り、処方そのものを地球に持ち帰った人で、明らかにはされていませんが魔力の大きさは世界一と言われています。ですから、魔力の大きさは身体強化のレベルに直接関係すると言われていますので、最もレベルの高い身体強化ができます。
ただ、100m走で彼が一番ではなかったように、必ずしもこの総合格闘技において、ダントツのトップという訳ではありません。特に最近では、幼いころから身体強化になじんでいる世代がこの世界に入ってきて、彼らは我々のように大人になって身体強化を覚えた者よりよりその使い方が自然で巧妙です。
また、ハヤト氏が格闘技を覚えたのはラーナラであり、それは素手に特化したものではないので、素手であれば、正直に言って日本で発達した格闘技の方が優れていると思います。だから、彼が苦戦を免れない相手はそれなりにいると思いますよ」
「なるほど、無敗伝説を言われるハヤト選手も無敵ではないということですね」
「ええ、もっともこの地球上で素手による総合格闘技に限った話です。マナの濃い世界では、途方もない魔法を使えるハヤト氏に魔法ありで勝てる者はいませんよ」
村井はアナウンサーの言葉に笑って答える。
「その点で、ハヤト選手の相手の角田選手は19歳と若いですが、村井さんどうでしょうか?」
「ええ、角田選手は若手のホープですし、極めて動きが早い選手です。それに魔力も強く、蹴り、突きと打撃も強力ですからハヤト氏も舐めてはかかれませんよ。面白い試合になると思います」
角田誠は静かに開始線の後ろに立っているハヤトを見つめる。彼ら若者にとっては、ハヤトは伝説の男であり憧れの人であった。角田は魔力が大きくさらにその使い方がうまく、魔法もそこそこ使える。18歳の昨年は、このEACの予選の総合格闘技に出場したが予選で敗退した。
彼は幼いころからEACには出たいとは思っていたが、総合格闘技を選んだのはハヤトが出場しているので戦える可能性があると思ったからだ。昨年予選で敗退した結果、自分のどこが足りないのか解ったし、なにより努力が足りないこともよく判った。
だから、大学の部活では極限まで自分を追い込み、先輩に紹介された道場にも週に4回通って動けなくなるまで乱取りを続けてきた。いつしか、大学に敵がいなくなり、通っている道場でも、最も強いEACで8位に入った先輩と同等になってしまった。
その実力は、予選会でも今年は多少の余裕をもって通過することができたことで証明できたし、その努力の結果、なんとハヤトと予選同じく組に入ったのだ。これで、間違いなくハヤトと闘える。
審判の「始め!」の合図に誠は両手を大きく広げて「おお!」叫んだ。
「角田選手、両手を広げて大きく叫びました。早い!角田選手、滑るようにハヤト選手に近づき、視線は相手を見たまま、足を刈ります!しかし、ハヤト選手、軽く横に滑るように歩を移し下段廻し蹴りを避けて、一歩大きく踏み込んだ、突いた!あ、あ!」
流石に両者の動きの早さにアナウンサーの口が回らない。
それは、胴を狙ってのハヤトの突きを角田が回転しながらすれすれに避けて、相手の顎に肘うちを見舞うが、ハヤトは掌でその肘を受けて、それを支点に体を倒して足を大きく振り上げ顔を蹴り上げる。それを今度は角田が相手の掌を支点にして肘をばねに効かせて、後ろに倒れ込み後転して離れる。
ようやく両者の動きが止まって、観衆もアナウンサーもめまぐるしい動きから忙しく追っていた目の動きも静止した。観衆はその見事な攻防にようやく声が出せるようになり、それは全体としてゴウゴウという地鳴りのような歓声になる。
「見事な攻防です。ハヤト選手は当然として、角田選手強い。見事な動きです」
解説者の村井が言うが、アナウンサーもようやく回復する。
「ああ、ええ。両者相手の目を見て動きを止めています。さあ、次は如何なる攻防になるのか。あ、角田選手踏み込んだ、廻し蹴りです。早い、ハヤト横に避ける、くるりと回って角田さらに逆から廻し蹴り、ハヤトその足を突くが逸らすのみ。角田足を引き、飛こみ胴に突き。ハヤト両掌で受け、下から片足で角田を蹴り上げるが、角田は体を横に捻ってその足を避ける。
角田跳んだ!高く舞い上がって回転蹴りだが、ハヤトは落ち着いてしゃがんでそれを避けて、ああ降りてくる角田の足を刈る!角田転倒、ハヤト踏み込む。ああ、首筋に蹴りが!止めた、止めた。参っただ、角田が『参った』と叫んだ。ハヤト選手勝利、ハヤト選手勝った!」
「うーん。角田選手は跳んだのが敗因ですね。身体強化をかけると跳ぶ高さも大きいものですから、そこから技を出すと強力だからつい跳びたくなるのですよ。でも、大きく跳ぶとコンマ数秒のあいだ、位置を変えようがありません。だから、大技をかけるのと一緒で、反撃もまた食いやすいのです。だから相手が反応できないのが明らかでないと跳んではいけないのです」
解説の村田は言うが、彼は続けて角田を讃える。
「しかし、最後に技の選択を誤ったと言え、よく闘いました。ほぼ互角でしたね。本人も十分戦ったと満足そうです」
確かに、村井の言うように角田は満足であった。いま、握手をしているこのハヤトと少しの間であったが互角に闘ったのだ。
6
お気に入りに追加
1,166
あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました
向原 行人
ファンタジー
僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。
実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。
そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。
なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!
そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。
だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。
どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。
一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!
僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!
それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?
待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる