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第16章 ハヤトとその後の地球世界
16.8 地球体育競技大会の開催1
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今日は、第3回地球体育競技大会(Earth Athletic Competitions、略称EAC)、またの名を『制限なしガチバトル大会』の開会式である。つまり、今も当然行われているオリンピック大会とは別に、身体強化をしても魔法を使っても良いというものだ。
出場者エントリーは競技会等である程度の成績を収めた者ということになっており、その中から本戦への出場を争う予選会がある。それなりの成績を残すには、一定の魔力があって、身体強化ができること、つまり対象者は日本人が台湾人に限ることになる。一応国際大会であるが、会場は日本であり首都圏で行われる。
これは、出場者数の偏りを考えると当然であろう。とは言え、本選出場者に日本人または台湾人以外もそれなりにいる。これは日本人の2代目程度のものは日本人にそれほど劣らない魔力を持っており、この大会に出場して来るものもいるのだ。
この大会の趣旨は、身体強化した人間がどこまでの能力を発揮できるかという点に焦点を当てているので、オリンピックと違ってそれほど競技の種類はない。また、国別の争いは基本的にないために、個人の能力を競う競技のみに限られている。陸上と水泳に、屋内の競技は体操と各種格闘技あるのみである。陸上はトラック競技として100m、400m、5千m、1万m競争、また25㎞のロードレースがある。
さらにフィールド競技として高跳び、幅跳び、弾投げ、槍投げがある。この場合走り高跳びと幅跳びは普通の方法であるが、弾投げとやり投げは50m先の的へ投げつけて、的への的中による点数と、投げた弾と槍の速度の両方で評価する。
水泳は、まさに泳ぐ速さを競うもので100m、400m、1600m、3200mの自由形の競泳のみである。また体操は、単純に床運動のみで、1人、4人、8人のそれぞれ男女のみと混合の競技がある。格闘技は、素手で何でもありの総合格闘技、木剣で争う剣技、木槍で争う槍技、水中で素手により争う水中格闘技である。
本戦は、5日間で行われるが、前年度にベスト16まで入ったものの予選は免除であり、それ以外のものは先立って行われる予選会で、各競技の所定の出場人数内の順位に入る必要がある。この予選会には本戦出場者の3倍以上の申し込みがあり、そのレベルも様々であるため逆に面白く、大変人気がある。
EACの競技種目は単純化されて数が限られているが、同じく身体強化ありの各種目の日本選手権は従来の国体と同じく、男女、体重などごとに区分けされて従来と同様に数多くの競技がある。これは結局、記録・レベルとしては世界最高峰であることは間違いないために、国内のみならず全世界向けに放送されて、EACほどではないが多くの視聴者を得ている。
むろん、この身体強化ありの中学、高校、大学の選手権も同様にあって、身体強化なしの大会も一応はあるが参加者は減る傾向にある。国際大会については身体強化なしが条件になるため、こうした大会を目指すものは、身体強化なしとして監視機能付きの大会に出場して鍛えている。
なお監視機能は当初は人が行っていたが、現在では魔力レーダーの応用で、身体強化に魔力を用いていれば検知できるようになっており、監視機器が開発されている。一方で、処方が日本ではほぼ完了し海外に広がりつつあった時点で、サッカー・バレーボールなどの団体戦、柔道やレスリングなどの対人競技において、身体強化を使わなくても日本人選手の勝率が極めて高くなった時期があった。
これは、結局知力増強による戦術眼などの改善効果であって、度重なる相手チームからの抗議に、こうした国際大会への出場を自粛していた時期がった。この傾向は、世界的に知力増強が行き渡った結果解消に向かったが、日本人の国際大会への出場の意欲を削ぐ一因となった。
ちなみに、大会が行われる日本の首都圏であるが、現在そのエリアへの集中は完全に止まって、今や逆に大きくその人口は減少しつつある。これの原因をなすのは、2020年頃の日本国民への処方の広がりを受けて、いわば日本において後世に言う『変革の爆発』が起きことによる。
それに伴って、社会システムの変革と共に様々な技術的な革新も起きたが、長距離交通としての全国へのリニア網の拡充と共に、重力エンジン駆動車による中短距離交通手段の整備もあった。それに加えて、当然のことながら、それ以前から進んでいた情報通信手段の加速は人々の働き方を変革した。
その結果、人々は首都圏の便利さには魅かれてはいたが、やはり過密でやすらぎの場の少ないことには不満があったところに、必ずしも首都圏などの大都市圏に住む必要がないことに気づいたのだ。また、国もこのチャンスに乗って、自らも省庁の地方移転を進め、企業にも促して地方分散を図った。
実際のところ、官庁の許認可は残っているにしても、今や担当者が顔を合わせて説明する必要などはないし、どうしても必要であっても2023年ごろには実用化された、スマホを使った映像付きの会話は実際に現地に行く必要を殆ど無くしてしまった。
民間同士も同じことで、別段、北海道の業者と鹿児島の業者が、こうした媒体を通じて商取引をするのに殆ど障害はなくなっている。実際に目端の利く企業は、地方に大きな拠点を移して、住環境と周辺環境の良さを謳って優秀な人材の取り込みに走るものもでてきていた。
そのことから、北海道、東北、中部、四国、中国、北陸、九州までまずは地方中核都市への企業支社の分散・移転が始まり、そこへの人口の移動、さらに中核都市周辺への人口の分散に繋がっていった。これは交通システムとして、リニア網で東京から北海道でも1時間半、鹿児島でも2時間で移動でき、収入との比率で言えば、精々東京から名古屋に行く程度の費用で移動できる。
また、都市内の交通は大都市ではやはり地下鉄や高架鉄道が便利であり、これにはリニアになった車両が走っている。もっともスピードは曲がりが多いためにそれほど早くないが、従来に比べれば5割ほどのスピードアップは果たせている。
道路の交通については、日本においては2030年期限で、内燃エンジン駆動は禁止され全て電動地上車かまたは、重力エンジン駆動車に代わることになり、実際に実行された。都市内及びその周辺における道路周辺での重力エンジン車の飛行は、決められたルート以外は禁止されており、そのような道路では重力エンジン車は重力操作による推進力によって車輪で走ることになる。
動力源は電動地上車に重力エンジン車も、AEバッテリーであるが、重力エンジン車の電力消費量は地上車に比べ2倍以上であり、しかも車体が地上走行機能も備えた重力エンジン車は複雑になるため価格は2倍程度になる。それに加えて、重力エンジン車については飛行機能がある(飛翔車と呼ばれる)ということで、3次元機動の操縦能力を身に着ける必要があることから、その操縦には飛行免許が必要になる。
この免許はかつての飛行免許に比べると簡単なものである。それは飛翔車が従来のプロペラ、ジェット式の飛行機にくらべ極めて安定しており操縦士しやすいためであるが、恣意的に危険な操縦をすれば無論重大な危険がある。従って、この免許はどちらかというと、技量より人間性をみるものになっている。
その点では、暴力的、衝動的あるいは金銭による示唆などに負けやすい人間、言ってみれば犯罪性向の強い人間については、今では魔力の分析から判別できるのようになっている。これは実のところはアメリカで最初に見出された方法であり、その技術を日本に導入したものだ。
アメリカでこの技術が開発された訳は、アメリカの場合にはとりわけ白人の魔力が小さいという特徴があったために魔力増幅に至るまで、様々に魔力の研究がされた中に、魔力の属性についての研究成果が上がってきたのだ。もう一つの理由は、やはりアメリカ人に暴力的な性向が強い面があって、こうした人を分類上見出すのが易しかったという面もある。
だから、今の飛翔車の空中操縦免許試験にはこの魔力分析が入っており、ある傾向を見せた者には免許取得はできないようになっている。また、3次元運動に適応する能力も必要であるため、この免許取得できる割合は半分以下である。
この免許取得を目指す場合には、まず3次元シュミレータに入れてその適応性を見て、その間に魔力分析を行い、どちらかで適性なしとなると、取得のための教習そのものを受けられない。地上走行車の場合には、このような魔力分析の結果は反映されないが、これは地上車に比べ乗用タイプで重量が2トン以上のある飛翔車を恣意的に破壊行為に使う場合には、その被害は極めて大きいものになるからである。
このようにコストは、地上走行車の概ね3倍以上であるにもかかわらず、飛翔車は人気がある。ある意味では当然であり、通常の人々にとって価格が高いといっても、買えないほどのものではなく、バッテリーのチャージが頻繁になる点はあるが、そのコストは嘗てのガソリン程度のものである。
なにより、その利便性は地上走行車に比べてはるかに大きい。都市内から飛翔車で飛び立つ場合は指定されたエリアから一定高度まで垂直上昇して、電子的に指定された円筒形ゾーンの中を飛行する。この円筒ゾーンは結節で繋がっているので、飛翔車はこの結節を辿って飛行していくことになる。
基本的にはそのゾーンの外には出てはならないことになっており、手動運転でソーン外に出ることはできるが、常時見張っているAIによってペナルティ(飛行禁止)が課せられる。汎用の飛翔車の速度は時速500km程度出るので、この飛行システムによって効率よく飛べば、300km離れた場所に1時間足らずで着ける。
従って、重力エンジン車のオーナーは距離100km位だったら十分に通勤範囲になる。それに、この場合に道路は必要ないのだ。だから、今や廃村程度の辺鄙な場所に住むのはある意味当然であり、高い山の尾根や、離島など人里離れたところに住み着く者も多く出ている。
しかし、そんなところにどうやって家を建てるかであるが、今は重力エンジン貨物機と建設ロボットを使えば、すでに完全プレハブ化された家の基礎を含めて、建てるのは3日もあれば十分である。
ちなみに、日本人の人口については、経済の大幅な改善と成長は、人々に気持ちを明るく前向きにした結果、減りつつあった人口は2025年をもって平衡に達し現在は緩やかに増加傾向にある。とは言え、主としてアフリカ東岸の亜州領への移動によって、日本本土の人口は2020年に比べて減っている。
そして、人々が大都市から出て行って、地方に移り住むようになって首都圏は目に見えて人の密度が減って、その分忙しなさも解消されてきた。一方で、都市としての利便性は失われていないので、海外からの旅行客及び日本の地方からやって来る人々で大変人気のある場所になっている。
だから、場所の魅力もあってEACには海外から100万人程度の人が押し寄せる。これは、この大会は超人たちが競う大会であって、生で見ることのできる唯一の場所であることももちろんであるが、地球上でもっとも便利の良く見どころが多い場所が日本であることも大きい要素である。
無論首都圏には、それだけの客の収容人数はないが、日本における交通網であれば、日本中どこに泊まっても観戦は可能である。むしろ、彼らは観戦と観光旅行を兼ねているので、お目当ての観光地に泊まって、自分の見たい競技を見るのだ。
ハヤトは、実はこの大会の名誉委員長になっている。実のところ全国規模のこの種の大会は、身体強化が日本中に行き渡る前から開かれて来ていた。人々が身体強化をできるようになってくると、ベースの体力は身体強化無しの状態であるので、身体強化の状態のパフォーマンスを上げるためには体を鍛える必要がある訳だ。
日本では、そのために大多数の人が一時期にはトレーニング・ジャンキ―になった覚えがあるはずだ。そうなると、その成果を試したくなるのは当然のことであり、最初は学校や職場単位で、市町村単位で、さらに都道府県、全国となっていくのに概ね2年を要した。
と言うより、身体強化を制限した大会の傍ら、制限なしの大会も並行して行われてきたのが実情である。しかし、それに加わりうるのは海外勢としてわずかに台湾のみということであり、国際大会にはなり得なかった。しかし、日本国籍以外の人々からもその混血で魔力が高いもので、参加するものも出ていたことから、国際大会の体裁を取ろうよということになった。
まあ、アメリカのプロ野球がワールドシリーズと言うようなものだ。その際には、やはり魔法を持ち込んだ張本人であるハヤトにその代表をしてもらおうということになったのだ。ただ本人は事務局として、段取り等をやるつもりはないので『名誉委員長』ということになって、委員長にはオリンピックの水泳で金メダルをいくつも取った有名人を充て、事務長にはやり手のイベント屋が座った。
事務長、山中司はこのイベントは絶対に当たるという確信があった。その証拠がNカンパニーのパフォーマンスの海外公演がどこでも大人気であることである。政界からも『日本新世紀会』の後押しもあって、日本政府も全面的に後援して、3年前に開いた第1回大会は大成功であった。
しかし、第3回の今回、選手が基本的に日本と台湾に限られる現在、山中としてはややマンネリかなと危惧していた。そこに異世界の存在が明らかになり、マダンやジムカクなど魔力の強い人々の住む世界で、友好関係を結ぶところも出てきた。これらの世界では、身体強化が普通にできるのを知って、彼は僥倖であると歓喜して今回は両世界から各々数十人ずつ程度招待している。
地球の海外からの観客が来る理由は、基本的には身の回りでは見ることの出来ない、身体強化をかけた超人的なパフォーマンスを見たいという心理からである。無論、競技の模様は世界中にテレビ放映がされており、サッカーのワールドカップ並みの世界で10億~20億人が見ている。それでも、生で見たいというものはやはり多いのだ。
ハヤトは今回の大会で開会の挨拶をするが、選手としても出場することにしている。彼は第1回大会の時に、100m走と総合格闘技に出場して、100mでは2位、格闘技では優勝しているが、第2回の時には、マダンに出かけていて出場していない。
大会初日は、様々な競技の予選があるが、役員席からトラック競技を見ている。すでに、彼は100m走の第一予選は走り終わって、5秒653で予選32人中の現在5位につけている。2年前の本戦の記録が6秒520であったので少し落ちている。
22歳で日本に帰って来た時に自衛隊の朝霞基地で測った記録が、5秒22であるので、その頃と比べるとかなり落ちていることは否めない。現在35歳の彼は、確かに全盛期のベースに比べ体力は落ちている。魔法の処方を受けた者の知力・気力の衰えは、実質的に70歳台から始まるほどに遅いが、体力の衰えは20代から徐々に始まる。
このことから、身体強化の効果も、力の衰えに相応して落ちていくことは避けられない。100m走のように剥き出しの力がものをいう種目ではそのことはとりわけ顕著である。ある意味ハヤトが100m走に出場しているのは、最も基本的な能力の一つである走るということで自分がどの程度が試すためもある。
魔力の強さと、身体強化の結果は明らかに相関があるが、一定以上の魔力になると頭打ちになって差がなくなる。そうでないと、知られている限り圧倒的に魔力の保有量の大きいハヤトが、どのような競技でも圧倒的に勝つはずだが、そうでないのはその現れである。
出場者エントリーは競技会等である程度の成績を収めた者ということになっており、その中から本戦への出場を争う予選会がある。それなりの成績を残すには、一定の魔力があって、身体強化ができること、つまり対象者は日本人が台湾人に限ることになる。一応国際大会であるが、会場は日本であり首都圏で行われる。
これは、出場者数の偏りを考えると当然であろう。とは言え、本選出場者に日本人または台湾人以外もそれなりにいる。これは日本人の2代目程度のものは日本人にそれほど劣らない魔力を持っており、この大会に出場して来るものもいるのだ。
この大会の趣旨は、身体強化した人間がどこまでの能力を発揮できるかという点に焦点を当てているので、オリンピックと違ってそれほど競技の種類はない。また、国別の争いは基本的にないために、個人の能力を競う競技のみに限られている。陸上と水泳に、屋内の競技は体操と各種格闘技あるのみである。陸上はトラック競技として100m、400m、5千m、1万m競争、また25㎞のロードレースがある。
さらにフィールド競技として高跳び、幅跳び、弾投げ、槍投げがある。この場合走り高跳びと幅跳びは普通の方法であるが、弾投げとやり投げは50m先の的へ投げつけて、的への的中による点数と、投げた弾と槍の速度の両方で評価する。
水泳は、まさに泳ぐ速さを競うもので100m、400m、1600m、3200mの自由形の競泳のみである。また体操は、単純に床運動のみで、1人、4人、8人のそれぞれ男女のみと混合の競技がある。格闘技は、素手で何でもありの総合格闘技、木剣で争う剣技、木槍で争う槍技、水中で素手により争う水中格闘技である。
本戦は、5日間で行われるが、前年度にベスト16まで入ったものの予選は免除であり、それ以外のものは先立って行われる予選会で、各競技の所定の出場人数内の順位に入る必要がある。この予選会には本戦出場者の3倍以上の申し込みがあり、そのレベルも様々であるため逆に面白く、大変人気がある。
EACの競技種目は単純化されて数が限られているが、同じく身体強化ありの各種目の日本選手権は従来の国体と同じく、男女、体重などごとに区分けされて従来と同様に数多くの競技がある。これは結局、記録・レベルとしては世界最高峰であることは間違いないために、国内のみならず全世界向けに放送されて、EACほどではないが多くの視聴者を得ている。
むろん、この身体強化ありの中学、高校、大学の選手権も同様にあって、身体強化なしの大会も一応はあるが参加者は減る傾向にある。国際大会については身体強化なしが条件になるため、こうした大会を目指すものは、身体強化なしとして監視機能付きの大会に出場して鍛えている。
なお監視機能は当初は人が行っていたが、現在では魔力レーダーの応用で、身体強化に魔力を用いていれば検知できるようになっており、監視機器が開発されている。一方で、処方が日本ではほぼ完了し海外に広がりつつあった時点で、サッカー・バレーボールなどの団体戦、柔道やレスリングなどの対人競技において、身体強化を使わなくても日本人選手の勝率が極めて高くなった時期があった。
これは、結局知力増強による戦術眼などの改善効果であって、度重なる相手チームからの抗議に、こうした国際大会への出場を自粛していた時期がった。この傾向は、世界的に知力増強が行き渡った結果解消に向かったが、日本人の国際大会への出場の意欲を削ぐ一因となった。
ちなみに、大会が行われる日本の首都圏であるが、現在そのエリアへの集中は完全に止まって、今や逆に大きくその人口は減少しつつある。これの原因をなすのは、2020年頃の日本国民への処方の広がりを受けて、いわば日本において後世に言う『変革の爆発』が起きことによる。
それに伴って、社会システムの変革と共に様々な技術的な革新も起きたが、長距離交通としての全国へのリニア網の拡充と共に、重力エンジン駆動車による中短距離交通手段の整備もあった。それに加えて、当然のことながら、それ以前から進んでいた情報通信手段の加速は人々の働き方を変革した。
その結果、人々は首都圏の便利さには魅かれてはいたが、やはり過密でやすらぎの場の少ないことには不満があったところに、必ずしも首都圏などの大都市圏に住む必要がないことに気づいたのだ。また、国もこのチャンスに乗って、自らも省庁の地方移転を進め、企業にも促して地方分散を図った。
実際のところ、官庁の許認可は残っているにしても、今や担当者が顔を合わせて説明する必要などはないし、どうしても必要であっても2023年ごろには実用化された、スマホを使った映像付きの会話は実際に現地に行く必要を殆ど無くしてしまった。
民間同士も同じことで、別段、北海道の業者と鹿児島の業者が、こうした媒体を通じて商取引をするのに殆ど障害はなくなっている。実際に目端の利く企業は、地方に大きな拠点を移して、住環境と周辺環境の良さを謳って優秀な人材の取り込みに走るものもでてきていた。
そのことから、北海道、東北、中部、四国、中国、北陸、九州までまずは地方中核都市への企業支社の分散・移転が始まり、そこへの人口の移動、さらに中核都市周辺への人口の分散に繋がっていった。これは交通システムとして、リニア網で東京から北海道でも1時間半、鹿児島でも2時間で移動でき、収入との比率で言えば、精々東京から名古屋に行く程度の費用で移動できる。
また、都市内の交通は大都市ではやはり地下鉄や高架鉄道が便利であり、これにはリニアになった車両が走っている。もっともスピードは曲がりが多いためにそれほど早くないが、従来に比べれば5割ほどのスピードアップは果たせている。
道路の交通については、日本においては2030年期限で、内燃エンジン駆動は禁止され全て電動地上車かまたは、重力エンジン駆動車に代わることになり、実際に実行された。都市内及びその周辺における道路周辺での重力エンジン車の飛行は、決められたルート以外は禁止されており、そのような道路では重力エンジン車は重力操作による推進力によって車輪で走ることになる。
動力源は電動地上車に重力エンジン車も、AEバッテリーであるが、重力エンジン車の電力消費量は地上車に比べ2倍以上であり、しかも車体が地上走行機能も備えた重力エンジン車は複雑になるため価格は2倍程度になる。それに加えて、重力エンジン車については飛行機能がある(飛翔車と呼ばれる)ということで、3次元機動の操縦能力を身に着ける必要があることから、その操縦には飛行免許が必要になる。
この免許はかつての飛行免許に比べると簡単なものである。それは飛翔車が従来のプロペラ、ジェット式の飛行機にくらべ極めて安定しており操縦士しやすいためであるが、恣意的に危険な操縦をすれば無論重大な危険がある。従って、この免許はどちらかというと、技量より人間性をみるものになっている。
その点では、暴力的、衝動的あるいは金銭による示唆などに負けやすい人間、言ってみれば犯罪性向の強い人間については、今では魔力の分析から判別できるのようになっている。これは実のところはアメリカで最初に見出された方法であり、その技術を日本に導入したものだ。
アメリカでこの技術が開発された訳は、アメリカの場合にはとりわけ白人の魔力が小さいという特徴があったために魔力増幅に至るまで、様々に魔力の研究がされた中に、魔力の属性についての研究成果が上がってきたのだ。もう一つの理由は、やはりアメリカ人に暴力的な性向が強い面があって、こうした人を分類上見出すのが易しかったという面もある。
だから、今の飛翔車の空中操縦免許試験にはこの魔力分析が入っており、ある傾向を見せた者には免許取得はできないようになっている。また、3次元運動に適応する能力も必要であるため、この免許取得できる割合は半分以下である。
この免許取得を目指す場合には、まず3次元シュミレータに入れてその適応性を見て、その間に魔力分析を行い、どちらかで適性なしとなると、取得のための教習そのものを受けられない。地上走行車の場合には、このような魔力分析の結果は反映されないが、これは地上車に比べ乗用タイプで重量が2トン以上のある飛翔車を恣意的に破壊行為に使う場合には、その被害は極めて大きいものになるからである。
このようにコストは、地上走行車の概ね3倍以上であるにもかかわらず、飛翔車は人気がある。ある意味では当然であり、通常の人々にとって価格が高いといっても、買えないほどのものではなく、バッテリーのチャージが頻繁になる点はあるが、そのコストは嘗てのガソリン程度のものである。
なにより、その利便性は地上走行車に比べてはるかに大きい。都市内から飛翔車で飛び立つ場合は指定されたエリアから一定高度まで垂直上昇して、電子的に指定された円筒形ゾーンの中を飛行する。この円筒ゾーンは結節で繋がっているので、飛翔車はこの結節を辿って飛行していくことになる。
基本的にはそのゾーンの外には出てはならないことになっており、手動運転でソーン外に出ることはできるが、常時見張っているAIによってペナルティ(飛行禁止)が課せられる。汎用の飛翔車の速度は時速500km程度出るので、この飛行システムによって効率よく飛べば、300km離れた場所に1時間足らずで着ける。
従って、重力エンジン車のオーナーは距離100km位だったら十分に通勤範囲になる。それに、この場合に道路は必要ないのだ。だから、今や廃村程度の辺鄙な場所に住むのはある意味当然であり、高い山の尾根や、離島など人里離れたところに住み着く者も多く出ている。
しかし、そんなところにどうやって家を建てるかであるが、今は重力エンジン貨物機と建設ロボットを使えば、すでに完全プレハブ化された家の基礎を含めて、建てるのは3日もあれば十分である。
ちなみに、日本人の人口については、経済の大幅な改善と成長は、人々に気持ちを明るく前向きにした結果、減りつつあった人口は2025年をもって平衡に達し現在は緩やかに増加傾向にある。とは言え、主としてアフリカ東岸の亜州領への移動によって、日本本土の人口は2020年に比べて減っている。
そして、人々が大都市から出て行って、地方に移り住むようになって首都圏は目に見えて人の密度が減って、その分忙しなさも解消されてきた。一方で、都市としての利便性は失われていないので、海外からの旅行客及び日本の地方からやって来る人々で大変人気のある場所になっている。
だから、場所の魅力もあってEACには海外から100万人程度の人が押し寄せる。これは、この大会は超人たちが競う大会であって、生で見ることのできる唯一の場所であることももちろんであるが、地球上でもっとも便利の良く見どころが多い場所が日本であることも大きい要素である。
無論首都圏には、それだけの客の収容人数はないが、日本における交通網であれば、日本中どこに泊まっても観戦は可能である。むしろ、彼らは観戦と観光旅行を兼ねているので、お目当ての観光地に泊まって、自分の見たい競技を見るのだ。
ハヤトは、実はこの大会の名誉委員長になっている。実のところ全国規模のこの種の大会は、身体強化が日本中に行き渡る前から開かれて来ていた。人々が身体強化をできるようになってくると、ベースの体力は身体強化無しの状態であるので、身体強化の状態のパフォーマンスを上げるためには体を鍛える必要がある訳だ。
日本では、そのために大多数の人が一時期にはトレーニング・ジャンキ―になった覚えがあるはずだ。そうなると、その成果を試したくなるのは当然のことであり、最初は学校や職場単位で、市町村単位で、さらに都道府県、全国となっていくのに概ね2年を要した。
と言うより、身体強化を制限した大会の傍ら、制限なしの大会も並行して行われてきたのが実情である。しかし、それに加わりうるのは海外勢としてわずかに台湾のみということであり、国際大会にはなり得なかった。しかし、日本国籍以外の人々からもその混血で魔力が高いもので、参加するものも出ていたことから、国際大会の体裁を取ろうよということになった。
まあ、アメリカのプロ野球がワールドシリーズと言うようなものだ。その際には、やはり魔法を持ち込んだ張本人であるハヤトにその代表をしてもらおうということになったのだ。ただ本人は事務局として、段取り等をやるつもりはないので『名誉委員長』ということになって、委員長にはオリンピックの水泳で金メダルをいくつも取った有名人を充て、事務長にはやり手のイベント屋が座った。
事務長、山中司はこのイベントは絶対に当たるという確信があった。その証拠がNカンパニーのパフォーマンスの海外公演がどこでも大人気であることである。政界からも『日本新世紀会』の後押しもあって、日本政府も全面的に後援して、3年前に開いた第1回大会は大成功であった。
しかし、第3回の今回、選手が基本的に日本と台湾に限られる現在、山中としてはややマンネリかなと危惧していた。そこに異世界の存在が明らかになり、マダンやジムカクなど魔力の強い人々の住む世界で、友好関係を結ぶところも出てきた。これらの世界では、身体強化が普通にできるのを知って、彼は僥倖であると歓喜して今回は両世界から各々数十人ずつ程度招待している。
地球の海外からの観客が来る理由は、基本的には身の回りでは見ることの出来ない、身体強化をかけた超人的なパフォーマンスを見たいという心理からである。無論、競技の模様は世界中にテレビ放映がされており、サッカーのワールドカップ並みの世界で10億~20億人が見ている。それでも、生で見たいというものはやはり多いのだ。
ハヤトは今回の大会で開会の挨拶をするが、選手としても出場することにしている。彼は第1回大会の時に、100m走と総合格闘技に出場して、100mでは2位、格闘技では優勝しているが、第2回の時には、マダンに出かけていて出場していない。
大会初日は、様々な競技の予選があるが、役員席からトラック競技を見ている。すでに、彼は100m走の第一予選は走り終わって、5秒653で予選32人中の現在5位につけている。2年前の本戦の記録が6秒520であったので少し落ちている。
22歳で日本に帰って来た時に自衛隊の朝霞基地で測った記録が、5秒22であるので、その頃と比べるとかなり落ちていることは否めない。現在35歳の彼は、確かに全盛期のベースに比べ体力は落ちている。魔法の処方を受けた者の知力・気力の衰えは、実質的に70歳台から始まるほどに遅いが、体力の衰えは20代から徐々に始まる。
このことから、身体強化の効果も、力の衰えに相応して落ちていくことは避けられない。100m走のように剥き出しの力がものをいう種目ではそのことはとりわけ顕著である。ある意味ハヤトが100m走に出場しているのは、最も基本的な能力の一つである走るということで自分がどの程度が試すためもある。
魔力の強さと、身体強化の結果は明らかに相関があるが、一定以上の魔力になると頭打ちになって差がなくなる。そうでないと、知られている限り圧倒的に魔力の保有量の大きいハヤトが、どのような競技でも圧倒的に勝つはずだが、そうでないのはその現れである。
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20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
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