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第16章 ハヤトとその後の地球世界

16.1 ハヤトに迫る危機1

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 ハヤトは、広い闘技場を見渡して苦笑していた。先日サーダルタ帝国の皇帝に謁見した時に、近日中に開かれる帝国魔法選手権大会の参加を打診され、断り切れず結局参加することになったのだ。

 その会場は、惑星サーダルタの帝都サダンの郊外にある競技場であり、事実上その大会だけのために使われるものになっている。会場の大きさは概ね直径200mの半球であり、その外郭は厚さ50mmほどの鋼板にリブが入っていて、各所にゲートのついた巨大な開口があるが今は閉まっている。内部は明かりの魔法で程よく照らされ、隅々までクリヤーに見える。

 むろん、その構造で半径100mものドームが支え切れる訳はなく、魔法具によって外向きの張力をかけて安定させている。床には数多くの高さ10m~20mの小山が出来ているので、殆ど平らなところがない凸凹している土でできており多数の枯樹木が林立している。これらは、鋼製で樹木を模したものであるらしい。

 その小山の上に立ったハヤトの50mほど離れた向かいには、銀髪の黒いマントに身を包んだ男が立っている。彼は地球の架空の生物であるエルフに似たこの種族らしく、色白で引き締まった美貌に鋭い目つきである。
 この競技場には地上から20mほどの高さに、5列の観客席がドームを1周しているが、その収容人数はわずか4千人余である。これは、高位の魔王使いの戦いは、周囲に対しても非常に危険なものであるため、観客席で見る者は自分で十分なバリヤーを張れることが確かめられた選ばれた人々のみである。

 観戦は基本的にテレビによることが原則であり、常時20台もの魔力で操られるカメラで試合を追っているテレビの方が視覚的にはずっと迫力をある観戦ができる。ただ、この場合は戦いの中でほとばしる魔力の動きは全く見えないので、それなりのレベルの魔法使いは、やはり現地で携帯機により映像を見ながら観戦するのを楽しみにしている。

 ハヤトがこの選手権に出場するに当たっては、地球側の使節団のなかでひと悶着あった。ハヤトの地球における重要性と唯一の存在であることから地球同盟からの使節団団長アメリア・カーターを始め、多くの幹部が出場に反対ではあった。しかし彼らも、この話が謁見したサーダルタ帝国皇帝イビラカカン・マサマ・サーダルタから出た以上、断ることが難しかったのは承知している。

「ハヤトさん。サーダルタ帝国がハヤトさんを除きたがっているのは間違いないと思いますよ。確かに今の段階では、地球同盟が持っている戦闘機等の優位性の面で、帝国に負けることはないでしょうし、再度進攻があっても退けられます。
 しかし、彼らもこれらのテクノロジーの面では追いついてくるでしょうし、強力な魔法が使える者が多い彼らに対して、我々の戦力にハヤトさんが加わると加わらないでは、その生かし方が全く違ってきます。なにより我々にとっては、ハヤトさんが魔法による転移によって人員を好きなところに送り込むことが出来る点が大きいのです。
 それに調べたところ、あの帝国魔法選手権大会では結構な数が死んでいますから、もしハヤトさんに何かあって『事故だった』と言われても、反論のしようがないのです」

 “むつ”艦長の山本大佐が真剣な顔で言うのに、ハヤトが応じる。
「まあ、もはや出ると言った以上はしょうがないでしょう。しかし、皇帝が少なくとも『貴君が万が一のことが無いように万全の策をとる』と言っているのだから、露骨なことはしないでしょうよ。また私はジャンプが使えますからね、会場外に出るのは反則らしいけれど、いざと言うときは、負けるのを承知でジャンプによって逃げればいいのですよ」

「ううむ、ジャンプですか、確かに最後の手段として逃げるのはありですね」
 と、このようなやり取りで、使節団のしぶしぶの了解を得たのである。
 このようにハヤトの出場が決まり、そのメンバーの多くが魔法を使えない地球の使節団は、通常であれば観客席には入れないのであるが、幹部の5名に限っては厳重にガードされた貴賓席から観戦することになっている。

 ハヤトは、決勝トーナメントである予選を勝ち抜いた15名に加わって16名の戦いに出ることになっている。この決勝トーナメントに出場するメンバーは、その年の帝国数百万の魔法使いの頂点にたつ者達であるので、その実力は半端なものではない。ハヤトはその15名には会ったが、確かに彼らの魔力は彼自身には聊か及ばないまでも、ラーナラにおいての魔王に匹敵するレベルであるのを確かめている。

 しかも、彼らはその成熟した社会でその魔力を練り上げ、魔法として様々に使いこなしているいるのだ。ハヤトも希望して予選を観戦したが、その多様な魔法による攻撃・防御に彼が知らないものも多く含まれており、トーナメントでの戦いは楽観できるものではないことを思い知っている。また、戦いは手加減無しの激しいものであり、敗者の中には多分死んだだろうというものが、10人中1人か2人は含まれていた。

 ある意味ではそれは当然であり、この大会の上級者の部で優勝することは、100億人近いサーダル人の中の最強の称号を得ることであり、死ぬまでその栄誉に預かれるのだ。だから、出場者は皆必死であり、とりわけ実力者同士の戦いでは手加減などはする余裕はない。

 ハヤトの初戦の対戦相手は、アーマド・ディラ・マブラヌという若手の選手であり、過去にも決勝トーナメントに出場経験のある実力者である。彼に限らず出場者の過去の戦歴の映像は公開されているが、当然ハヤトのものはないので、ハヤトもその種のデータの閲覧を断っている。

 ハヤトの戦いは最初の4試合の内の最終であり、観衆は初めて見る地球の魔法戦士の戦いにかたずをのんで見守っている。ハヤトは、迫る戦いを前にして、最初に繰り出す魔法だけは決めて心を澄ませている。これは、相手がどういう出方をしてくるか判らない魔族との多くの闘いのなかで身に着けたもので、最初の魔法だけは決めて、あとは本能的に判断して対処するというものだ。

 やがて、聞いていたパアンという弾ける音と、刺激的ではないがはっきり知覚できる光がチカリと輝く。“始め”の合図だ。ハヤトは魔力を振り絞ってマナを集め、着火し火の玉を作ると同時に相手に向かって投げつける。
 相手のマブラヌも魔法を発しようとしたが、ハヤトのファイヤボールの形成の早さに敵わないのを感じ取り、風のボールで迎え撃つ。しかし、ハヤトは力押しで押し切ろうとすると同時に、直径1m余りのボールの温度を上げていくので、その色が赤から黄色さらに黄白色になっていく。

 相手の力による抵抗でファイヤボールの速度は早足程度に遅くはなったが、猛烈な相手の風のボールにもその形は崩れない。苦し気な顔になったマブラヌは、風のボールを変えて刃の形にしてハヤト目掛けて投げつけ、自らは空中に舞い上がる。ハヤトは、ファイヤボールの制御を放して、その風の刃を自分の風の刃で迎え打ち、斜めに突き上げて相手の刃の軌道を上に大きく逸らして、自分の風の刃を相手にたたきつけようとする。

 ハヤトから制御を外されたファイヤボールは、すでに確固として存在しているので、勢いを失って軌道を下げて小山の一つに打ち当たる。それは火花を派手にまき散らして地面に広がり当初は黄白色に輝きやがて暗い色になりながら暫く燃える。

 見ていた観衆は、ハヤトのファイヤボールが見たことのない白っぽさになっていったのに嘆声を漏らしていたが、それが地上で地面を溶かしながら暫く燃えるのを見てさらに驚いた。彼らの常識では、そのようなファイヤボールはあり得ないのだ。

 ハヤトの風の刃はマブラヌが必死に張ったスクリーンで止められたが、頭上からの力づくの純粋な力(念動力)に対応する余裕がなく、地上5mから地上に叩きつけられて気絶した。場内にどよめきが起きる。場内の特別室で見ていた地球連盟の一行には、わずか5秒足らずのその闘いに何が起きたかもよく解らなかったがハヤトが勝ったことは判った。それに、サーダルタ帝国の外務省の職員で自らも魔法を使う者が解説する。

「ハヤト氏は凄いですね。なによりあのファイヤボールの形成の早さ、それに色が白っぽく変わっていったのは温度を上げたのだと思いますが、ああいうことが出来るとは思っていませんでした。また、一つ一つの技が早くて力強いです。相手のマブラヌも実力者ですが、明らかに力負けしていましたね。これは、ハヤトさんが優勝ということもあるかもしれませんね」

 それに対して、カーター女史が叩き落された相手を心配して言う。
「あのマブラヌさんは大丈夫ですか?大分激しく叩きつけられたようですが」
「大丈夫です。あのファイヤボールが当たったらなかなか大変ですが、今の程度だと骨折程度の負傷ですからすぐ治りますよ。即死しなけらば、治療魔法によって大体はすぐ治ります」

 その席に加わっている“むつ”艦長の山本大佐は、始めて見るハヤトの魔法での闘いを見てショックを受けていた。概念的には判っていたつもりではあったが、銃とその派生型の武器で戦うことを叩きこまれていた彼は、まさに魔法という道具によらない力のぶつかり合いに驚いたのだ。

 それにしても、彼から見てもハヤトは余裕があるように見え、よほどの相手がでてこない限りは大丈夫だと思えた。準決勝の次は2試合が戦われるが、最初に戦うのはハヤトとシャレーヌ・ダ・ムヤイムという女性である。昨年の大会で3位になった選手であるそうだ。

 彼女の服装は、相当に防御力があるものらしい赤い厚手のジャケットにパンツであり、大柄ですらりとした体形、鋭い目つきのサーダルタ帝国人らしい美人である。魔法については、筋肉量のように男女間の差はないが、戦闘意欲(狂暴性とも言える)で男が勝っていることから女性の優勝は、10回に1度程度らしい。ハヤトの対戦相手の彼女は、近く優勝すると見られているというほどの実力者という。

 最初の試合と同じく“始め”の合図で、ハヤトは足元がずるりとさらわれ倒れかけて魔力の集中を乱される。そこにすかさず、ビリビリと体にしびれが走る。いずれも大きな威力はないが、スピードを重視して相手の集中を乱す魔法であり、それで失神するほどのことはないので、ハヤトにはまだ余裕があった。

 しかし、それにとどまらず今度は直近で風のパンチが現れ飛んでくるのを、ハヤトはとっさに風のパンチでそれを跳ね上げてそらし、そのまま正面に立つ彼女に投げつけようとするが、彼女はその飛翔時間を待ってはくれない。今度は、足元がボコッと盛り上がり、バランスを崩したところに、盛り上がった土の塊が背後から鋭く飛んでくる。

 ハヤトは、投げつけようとした風のパンチの魔法を手放し、とっさに横倒しになりながら眼についた小山の上にジャンプする。視覚に入る距離の短距離ジャンプは瞬時に実行することが可能なのだ。そこで、体勢を整えながら相手がようやく消えたハヤトの位置を捉えたのを見て、再度その体の後ろにジャンプする。

 まだ振り向けない相手に、背後から『これで終わり』と思いながら廻し蹴りをいれるが、それは柔らかくしかし堅固な壁に阻まれる。彼女は、最初から力のスクリーンを自分の体に展開していたのだ。しかも、そのスクリーンを地上に固定しているので、ハヤトの蹴りを食らっても小動ぎもしない。

『なかなかやるな』ハヤトは内心ニヤリとしながら、振り上げた足をそのままにして念動力で後ろに自分を吹き飛ばす。電流の腕が彼女から伸びてくるのを感知したのだ。すこしビリビリするのを感じながら、「これでどうだ!」と叫んで彼女の頭上に火の塊を出現させそれを引き落とす。

 観客から見ると、それまでは派手な動きはないところに、ハヤトの周りに土の山がぼこぼこと出現し、それを避けるためかハヤトが消えたと思ったら、離れた小山の上に彼が出現した。そっちに眼をやると、彼は体勢を整えてまた消え、ムヤイムの背後に出現して蹴りかかるが、何かに阻まれるとそのままの姿勢で勢いよく飛び下がる。

 ハヤトがまだ飛んでいる途中で、空中に火の玉が出現して広がりながらムヤイムの頭上から降りかかる。ムヤイムは炎に包まれるが、体の周りには明らかに空間があって、スクリーンの存在を示している。ハヤトが炎の温度を上げようとすると、今度は彼女の頭上に水の塊が生じ、バシャリと頭上から落ちる。

 場内のあちこちには、くぼみに水が溜まって池になっており、彼女の使った水はそこから持ってきている。魔法といえども無から有は生じないので、水源がないところから水を得ようとすると大気中の水分を抽出するしかないので、僅かな水しか使えない。

 だから、水魔法の使い手のために、場内に池を作っているのだがそれらはあまり綺麗な水ではなく濁っている。そのため彼女が作ったウォーターボールの水は濁っていたが、その効果には関係ない。火の塊に大量の水がかけられたことで、ショックはなかったが爆発的に水蒸気が発生してもくもくと白い蒸気が爆散する。

 ハヤトはそのため、ファイヤボールが維持できなくなって、それを放棄して今度は電流を発生する。彼女のスクリーンは空気を通しているはずである。だから、頭からかぶる大量の水は完全には防げないはずなので、電流の通りはさぞかし良いだろうと見ての雷魔法である。

 しかし残念ながら雷魔法を得意とするムヤイムに電流は通じないようで、全く効果はなく彼女は垂直に飛び立ち、ハヤトに向けて風の刃を投げてくる。止まったままでは不利と見てでのことだろう。彼女の風の刃は通常通り自分の傍に出現させて飛ばしてくるのではなく、相手の直近で出現させて飛ばしてくるもので非常に防ぎにくい。

 それをハヤトは強力な力をまとわせた手刀で霧散させ、風のパンチを相手に投げつける。それは彼女を後方で吹き飛ばすが、依然としてスクリーンは有効でまったく効いた様子はなく、却って相手を遠くに逃がす格好になる。ハヤトはしかしジャンプで彼女の直近に現れ、そのまま浮かびながら相手に手を差し伸べては力で引きずり下ろしにかかる。

 彼女は、前の敗者と同様に地上に引きずり落とされるのを防ぐために力で抵抗せざるを得ず、何かを仕掛ける余裕がない。しかし、力の差で地上に着いたとたんに、ハヤトは収納から愛刀の微塵を取り出し、真っ向から切りかかる。それはハヤトの魔力を振り絞って乗せたもので、彼女は必死で自分のバリヤーを強化する。

 青白い火が走り、バシュッという音とともに、バリヤーが負けて消失し、微塵の鋭い刃が彼女の頭上1㎝で止まる。彼女はとたんに白目を剥いて崩れ落ちる。パンという大音響と光が走り、試合が終わったことを知らせる。「勝者、ハヤト」のコールは数瞬の後のことであった。


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