帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第12章 異世界へ潜入

12.6 瀬川少尉の冒険2

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「お嬢さん、待ってください。私は〇〇からの偵察隊のパイロットです。サーダルタ人は気絶させました」
 斜め後ろからの意味の解らない声に続いて、サーダルタ語での言葉にミーナリアは思わず振り返る。暗さに慣れた目にぼんやりと見える男は、色は分らないものの明らかにサーダルタ監察隊の制服と形が異なる。

 それに、魔法で人の感情がある程度解かる彼女には、相手がいままで会ったことのないタイプの思考形態であることが判った。そして少なくともサーダルタ人でないこと、そして敵意の無いこともはっきり分かった。彼女は足を止めて同じく足を止めたその男に向って立つ。

「私は、チキュウという隣の世界のものです。我々は、一旦はサーダルタ帝国を退けましたが、それを恒久化するため、この世界から彼らを追い払うために来ました。私の名前は瀬川英二です。エイジと呼んでください」
 ミーナリアは、判らない言葉でしゃべるその声に続いて、胸元の小さな何かの装置からサーダルタ語でアナウンスされるのを聞いて、その技術の高さに驚いた。

 彼女は皇室の一員として支配者たるサーダルタ語は必須であるので、聞こえている言葉は良く解かった。しかし、全く違う言語を殆ど遅れなく自動的に翻訳するとは。この世界では、ラジオ、テレビ、無線機、音声レコーダー程度は実用化しているが、いずれも真空管を使った大きなもので、とても翻訳を持った機能をどう実現するか見当もつかない。

 サーダルタ帝国にしてもそんな技術は持っていないはずだ。しかし、そのテクノロジーについての感嘆の思いは、チラッと頭に浮かんだだけで、彼の言葉に重要性にほとんどの注意が引かれた。隣の世界の名前は知らなかったが、このエイジの言葉で『チキュウ』という名で、サーダルタ帝国の侵攻を跳ね返したのは確かなようだ。

 しかも、彼らはこの世界マダンからサーダルタ帝国を追い払おうとしていると言っている。とは言え、新たな支配者が来るだけでは何にもならないし、より厳しい事態に追い込まれるかも知れない。そのあたりは慎重に探らなくてはと彼女は思う。

 さらに、彼女がこの地にいたことは、すでに監察隊の本部に知らされているはずだ。だから、できるだけ早急に逃げなくてはならない。彼女は乳母から逃走時の手段を聞いていた。それは彼女の息子が営んでいる運送会社が近くにあって、そこに行けば逃走用の自動車が手に入るということで、彼女は前にその息子にも会っている。

 彼女は警務隊員に会話を思い浮かべていが、どうも彼女はこの男のとばっちりで捕まったようだと思っている。多分、あの警務隊員たちはこの男を追ってきたのだろう。そのことを忌々しく思いながらも、サーダルタ帝国に軍事的に立ち向かえる異世界のものに会ったというのはイイーザススの神の御導きとしか思えない。

 しかし、逃げるのが先だ。ミーナリアは瀬川に話しかける。
「エイジね。私は、ミーナリア・アジャスタよ。ミーナリャと呼んで。とりあえず逃げましょう」
 しかし、瀬川は振り返って言う。
「いや、1人追って来た。あいつは探査が使えるな」

 懐中電灯の光が再び近づいてくるのを見て彼は思った。この男は、ミーナリアは破裂させた閃光音響弾によって気絶していた最後の一人だ。
『探知魔法が使える奴を残したら逃げるのは無理だ』

「ここに居ろ!」
 彼は全速でその光めがけて走り寄り、鉄球を全力で投げる。10m足らずの距離で、走る勢いを乗せて投げられたその弾は、小走りに走ってくるサーダルタ人の顔面に真正面から当り半ば食い込んだ。鉄の球に脳を破壊されたその男は、運動中枢がやられて崩れるように倒れる。

 こうなると、逃げ延びるためには倒した者達もそのままにはしておけない。瀬川は気分が悪くなりながらも、先ほど倒した5人の首筋を蹴り上げる。身体強化した足での手加減なしの強力な蹴りは、死なないとしても少なくとも当分意識は戻らないだろう。

 ミーナリアは気配を探って瀬川が何をしているかを知って、これも気分が悪くはなったが必要性は認めざるを得なかった。だから彼女は瀬川に声をかける。
「行こう。逃げなくちゃ。ここからできるだけ早く離れよう」

 瀬川は頷くが、彼女の両手首を拘束している手錠を見ていう。
「その前に、その手錠を外そう」
 それから彼女に歩み寄り手錠を掴み、腰の後ろに着けていたフソト鞘から電磁ナイフを抜いて、手錠を結ぶ鎖にその赤黒い光を発しているその刃を当てると、頑丈そうな鎖があっさり切断される。

 驚いている彼女をよそに、さらに彼は彼女の右手の手錠をできるだけ手首の肌から離して、その鍵の部分に刃を当て切り取ってその手錠を外す。左手の手錠も同様に外されて、彼女はそのうっとうしい手錠から自由になった。おもわず、ヒリヒリ痛む両手首を交互に揉んでいたが、こうしている場合ではないと再度瀬川に話しかける。

「ありがとう、助かったわ。でも行こう!」
 彼女は瀬川が後ろについて来ているのを確認して、先導して速足で歩き始める。歩きながらも、彼女は隔絶した技術レベルに感じ入っていた。その翻訳機といい、鉄のリングをやすやすと切り裂いたナイフのようなものは、彼女の世界の技術レベルではどうやって作るのか想像もできない。

 だから、彼らの世界がサーダルタ帝国の攻勢を退けたという点は事実だろうと思う。そして、彼らの世界が自分の世界を守るために、この世界からサーダルタ帝国の勢力を追い払おうとしていることも事実だろう。問題はその際に、自分たちマダン人をどうしようと考えているかである。

「エイジ、あなた達はこの世界からサーダルタ帝国を追いはらおうとしていると言ったわよね。その際には彼らの制圧下に置かれている人々はどうする気なの?」
 考えたあげく、その重大な質問を彼女は発した。

「もちろん、自分たちでやってもらうさ。俺たち地球でも他の民族を武力で押さえつけ支配した民族は沢山あったけど、短期的にはともかく長期的にみると憎しみを買うだけで何も得なっていないのだよね。それよりは交易をおこなって、相互に利益のあるようにした方がいいというのが、今の我々の世界の結論だ。
 サーダルタ帝国の被征服世界は解放するというのは、われわれ地球同盟の大原則だ。そんなことより、違う文明社会と交易をしたいというのが本音のところだ」

 ミーナリアは、彼の感情を探りながらそれを聞いて心から安心した。それは、彼の隠すつもりのない本音であることは明らかであったので、彼の地位が低く全体を知りえる立場にないとしても、まず反対のことが真実であることはないだろう。

 1㎞ほども歩いて、やがて彼らは立ち並ぶ家々になかにひと際大きく見える建物の、明かりがついた窓の隣のドアの前で立ち止まる。彼女はそのドアをはっきり聞こえるようにノックすると、中から「誰だ?」という声が聞こえる。

「ミーナリア」
 彼女の短い答えに、ドアが開いて瀬川と同じくらいの身長で横幅はかなり太めの男が中に入るように招く。光を背景に、身体強化を解いた瀬川には顔はよく見えないが、中に招き入れられて少しして、明るい光に目が慣れてきて2人に異世界人が明かりの中ではっきり見えるようになった。

 それは身長175cmの瀬川より15cmほど背が低くほっそりした女性と、それより10㎝ほど高い太めだが筋肉質の男である。どちらも肌色は白人のようだが、男は日に焼けており、髪と眉の色は茶色で、髪は柔らかそうで女は肩までのストレート、男はおかっぱみたいな形で長めだ。

 ミーナリアの服装は、上下ベージュの柔らかそうな生地のスラックスに長袖のシャツで部屋着のような服装だが、実際に部屋着の状態で捕まったらしい。男は、グレイの折り目のついたズボンに茶色のボタン止めの上着であり、襟元にシャツが覗いていている。

 彼らは、容貌は白人に似ているが、表情は全体に柔らかく、なによりくりッとした目が印象を和らげており、耳が長い毛に包まれている点が地球人と違っている。ミーナリアはそのシャツを押し上げている2つのふくらみとほっそりして均整のとれたスタイル、さらにその整った顔は大変な美少女だ。というより可愛く、その人とは違っている耳があっても瀬川の好みのど真ん中である。

「〇×▽ ▽■〇?」
 男ガリククが何やら話しかけるが、さっぱり解からず翻訳機も機能しないところを見るとマダンの現地語だろう。ひとしきり、ミーナリアとそのガリククのやり取りの後に、彼がドアをあけて、大きな空間に沢山の明らかに車両が止められているガレージに案内する。

 彼はそのガレージの明かりを点けて、まさにセダン型の乗用車に案内する。それは、地球の1950年代のものにそっくりな4人から5人乗りの乗用車で、ハンドルがバイクのようなものになっている以外は、ブレーキとアクセルも足元にあるあって本当に似ている。

 エンジンはやはり運転席の前にあり、それをガリククがボンネットを開いて見せると、エンジンの配置も地球の者と大同小異であるが、ラジェエターはないので空冷らしい。エンジンとその細いタイヤを見る限りは大した馬力は出ないだろうが、自動車には違いない。

 エンジンは、キーを差し込んで取っ手を引っ張ることで掛かるから、バッテリーで着火はしているようだ。ガレージの大きな扉を開いてくれたガリククに見送られて、ミーナリアの運転で走り出す。道路は舗装されているが、ガレージの外の道を踏んでみた限りは瀝青材で固められたアスファルト舗装らしい。燃料油を精製しているのだから瀝青材は作っているのだろう。

「ミーナリャ、どこへ行くんだ?」
 走行中の貧弱なエンジンのやかましい音の中で、音に負けないように大きな声で瀬川が聞く。速度はそれでも60km/時程度はでているだろう。

「ジルルカン、第2の都市よ。大体500㎞の距離よ。私の従姉妹がいるの。あなたに会わせておきたいの」
「ああ、いいけど。俺にも多分近く助けが来るよ。来たら帰るからね」
「ええ!助けがくるの?でも、あれだけ沢山のサーダルタ帝国の戦闘機が飛んでいるのにどうやって?」

「ああ。でも、その場になるまでは方法は言えない。捕まってサーダルタ帝国に伝わったら困るからね。それと、その時、ミーナリャも一緒に行かないか?我々の幹部も、このマダンの人々のことを知りたいはずだし、君が行けばたぶんここの人々の今後のために有利だよ」

 そういう瀬川は、ミーナリアの通訳でガリククと話すなかで、皇室の一員という彼女の立場を知ったのだ。そして、彼らが国民から未だに強く尊敬されていることも。
「うーん、そうね。ところであなたたちの部隊はどこにいるの?」

「上だよ、上空。数百㎞の高空でサーダルタ帝国の戦闘機や母艦では届かないところだ」
「数百㎞の高空?(実際はサーダルタの距離に換算して話し合っている)そんなところに!でもいるだけでは何もできないでしょう?」

「うん、一部はその通りだ。地上に配備されているサーダルタ帝国の戦闘機の数が多すぎてわが方の戦闘機で太刀打ちできない。しかし、我々は超強力なガンを持っている。だからその気になれば、地上を好きなように破壊できる。
 だけど、その場合サーダルタ帝国の戦力だけでなくマダンの人々を殺し、建物を壊すことになりかねないので、慎重になっているのだと思う。そのあたりをどうするか、多分我々のような地上に脱出したパイロットを救出した後で行動に移すと思う」

「そう。そういうことなら、是非連れて行って欲しいわ。できるだけ人々に犠牲が出ないようにしたいから。だけど、地上を破壊するといっても、具体的にはどうするの?」

「それは、今頃話し合われているだろうと思う。しかし、俺だったらサーダルタ帝国のガリヤーク母艦を全て破壊するな。また、少し時間をかければ高空からガンで打ち落としていけばガリヤーク機だってすべて破壊できる。
 だけどガリヤーク母艦がいなくなれば、異世界間を渡れないので地球にとっては問題ない。その場合は今あるものを全て破壊して、例えば我々の母艦を1隻この世界に張り付けておけば、サーダルタ帝国がまた母艦を送り込んできても簡単に排除できる。
 なにしろ、我々は高空という安全地帯を使うことができ、そこから地上に向けて攻撃ができるからね。ただその場合の問題は、我々が狙った相手の近くに君たちの街があれば、巻き込まれてしまうことだ」

 瀬川の答えにミーナリアは運転をしながら考えて言う。
「なるほど、私達にしてみれば、支配者たるサーダルタ帝国の総督府はいま手を出せない敵を高空に抱えているわけね。ガリヤーク母艦の数はそれほど多くはないので、地上で破壊する分には大きな被害は出ないと思うわ。ただ、都市の上空に浮かんでいるときに落とされるとその被害はひどいことになりそう」

「ああ、その艦が高空から自由落下すれば、その被害たるや半端ではない。しかし我々は地球上で都市上空でもあれらを撃ち落として緩やかに落とす方法を開発している。完全ではないが、ほぼ大丈夫だよ」
 そのような、会話をしながら彼ら2人はクラッシックなその車で精一杯の速度で爆走していくのだった。
  
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