帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第10章 対アンノ戦争勃発

10.13 バトルオブ東南アジア

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 タイ・バンコク近郊の基地の魔力レーダーに反応があったのは、朝4時のことであった。
直ちに、警報のサイレンが鳴り響き、待機状態の“しでん”戦闘機及び“らいでん”攻撃機のパイロットは跳び起き、慌ただしくフライト・スーツを着込んで直ちにバイクで自分の乗機に向かった。
 朝4時という時間は、確かに迎撃側としては都合の悪い時間であり、昼間に比べると出動に時間がかかったのは事実である。そのことからも、サーダルタ帝国側が地球での情報を集めて、それを生かしていることは事実であろう。

 タイ空軍、ナルディン・ハイパッタ中尉は深い眠りからたたき起こされ、ぼけた頭でしみついている動作でフライト・スーツを着る。それにしても、このフライト・スーツを着るのはかってのF16搭乗時に比べれば、お話にならないほど楽だ。その意味では、“しでん”戦闘機の操縦そのものが極めて楽になっている。

 このことからも、ジェット戦闘機の機動による高いGは、如何にパイロットに負担になっていたかが良く解かる。
 実際に、Gと闘うことに頭がいって、戦闘については頭の一部で考えているのみであった面もあったとハイパッタは思うのだ。ジェット機を操縦しているときはそうは思っていなかったが、そうしたGとの戦いには無縁な“しでん”の操縦をしてみると、そのことがはっきりわかる。

 増して今は、自分もそうだが、すべてのパイロットが魔力の処方を受けているのだ。その意味では、今のパイロットの機能(人間の働きを機能と言って良ければ)は、従来の倍以上と考えていいだろう。
 加えて、確かに不細工ではあるが、しでんの従来の戦闘機と一線を画す性能!最大10Gの加速、最大加速を2時間続けられるバッテリー、宇宙空間まで上がれる環境装置、1基のレールガンに2基のガトリングガンという武装、さらに25mm特殊鋼板のボディで、機銃弾程度ははじき返す。

 ハイパッタは、ドラム缶と陰で悪口を言われることが多い、不細工な自分の機にほれ込んでいた。その意味では、自分の指揮下の8機のパイロットも多かれ少なかれその傾向がある。彼は乗機に向かうバイクに乗るとき部下の様子を見渡した。

 いつも素早いイムラッタッタのバイクはすでに走り始めており、いつも少しのろまなサンダークスは、まだ姿が見えない。約1㎞の距離を走り、自分の機に乗り込み、電源を入れて、声を出して機器のチェックをしていく。この声出し点検は、タイの軍のみならず民間にも導入された日本から導入された手法だ。

 最初は、ハイパッタも馬鹿らしい気はしたが、実際に軍に導入後のうっかり事故の減少のデータを見ると、その有用さは認めざるを得ない。今は、全く抵抗なく受け入れている。少し遅れて乗機に収まったサンダークスも、「点検終了、行けます」との連絡をしてきたので、ハイパッタは告げる。

「DD3小隊、発進!」
 その声に、8機は1Gで200m鉛直に舞い上がり、そこからAIから指令を受けたハイパッタが指示する方向に、斜め15度で5Gの加速を開始する。このAIによる管制システムも日本から導入されたものだ。ハイパッタ及び列機には、ヘルメットから投射されている3次元の画像が見えているので、自分の目指す方向にアンノ戦闘機が飛んでいるのが色のついた点として見えている。

 今回のアンノ母艦出現については、サーダルタ帝国側もイギリスでの失敗を教訓にしている模様であり、まず母艦出現前にアンノ機が多数出現して、母艦の出現を守ろうとしている。また、出現はマラッカ海峡付近上空で、非常にまとまった地区に出現して、効率よく守ろうとしている。

 したがって、防衛側は最初の作戦通り、魔力レーダーによる検出でその地点に“しでん”と “らいでん”が急行したが、すでにそこには個々の母艦に対してアンノ機が数十機弱遊弋して母艦を守っていた。さらに、その防衛圏は幾重にも重なって極めて高密度になり、とても各個撃破できる状態ではなかった。

 こうなると、30分間で出現した55隻のアンノ母艦に対して、哨戒していた“らいでん”8機、“しでん”50機という数の少なさが災いして、何倍ものアンノ機に囲まれて、袋たたきにあってしまった。結局、哨戒していた“しでん”と〝らいでん”は、ハイパッタ達が戦場に到着した時は、大部分が戦闘不能状態になっていた。しかし、それでも“らいでん”の1機が、運よくアンノ母艦を破壊することに成功している。

 ハイパッタの小隊が戦場についた時点では、すでに上空は数千機のアンノ機に占領されており、アンノ母艦は十重二十重のアンノ機に守られている。こうなると、的として大きく動きも鈍い“らいでん”はとても母艦に近づけず、自分のみを守って戦闘圏から離れた空域にとどまるしかなかった。

ハイパッタの小隊は、こうなると玉ねぎの皮をむくように、巨大な防衛圏を形成しているサーダルタ帝国艦体外側のアンノ機を、その機動力を生かして、1機1機撃墜していくしかない。このように、サーダルタ帝国の艦隊の守りは固いが、一面自分たちがこうして攻撃している限り、都市の上空に居座って都市を人質にはできない。そして、日本からの救援がすでに出発しているということなので、時間は自分ちたちの味方なのだ。

「いいか、無理をする必要はない。しかし、攻撃は続けるのだ。特に奴らの群れの中心に向かうようにレールガンを撃て」
 ハイパッタは列機にこのように指示をして、見本を見せるように、多数の空中爆弾を避けつつ、一瞬も停止することなく激しく機動して、敵に向かってレールガンを撃ち込む。

 厄介なのは、無数と言っていいほど散らばっている空中爆弾であり、これらは敵味方の識別ができて、その威力範囲に“しでん”などが近づくと爆発する。ハイパッタの小隊からもすでに3機が爆発に巻き込まれて、2機のパイロットは脱出して地上に逃れ、1機は戦闘はできないが、まだ飛べるので基地に帰ってしまった。

 アンノ機との空中戦は、機動力で歴然と勝り、動きがミサイル程度と鈍い主兵器が空中爆弾に対して、レールガンを持つ“しでん”に分があり、たいていは勝てる。しかし、無数に見える近接爆発をする空中爆弾と、近接すると撃ってくる機関砲にやられるものも多く、まったく気が抜けない。

「敵アンノ母艦、大型ミサイル発射、シンガポールに向かう。AD23小隊は処理しろ。他の小隊も大型ミサイルに留意すること、これ一発で大都市が滅ぶぞ」
 AIから連絡が入る。

 その連絡に、ハイパッタはさらに注意を喚起して、さらに敵機への攻撃を続ける。
「日本からの派遣部隊接近中、到着まで残り15分の見込み。その時間までに、敵編隊の上部と下部からは避退せよ!」

 AIからの連絡が再度入り、ハイパッタは神経を極限まで張りつめての激しい操縦に疲れてきた精神にさらに鞭をいれる。
「DD3小隊、あと15分だ。日本の大部隊が、宇宙空間からサーダルタ帝国艦体を一撃離脱で攻撃してくる。それで、たぶん全てのアンノ母艦は破壊され、アンノ機も数千機が破壊される。敵はそれで大混乱に陥るので、我々DD3分隊も全力で攻撃する。空中爆弾を避けるように自動操縦のインプットを確実にな。神経を尖らせろ!全力を尽くせ!あと1時間だ!」

 彼は列機に連絡・指示・激励し、残った4機から「おお!」「了解!」の回答がある。勝利での終わりが見えて皆声に張りがある。
 勝利の兆しを得た、DD3小隊は各々の機を必死で操った。それから15分の間に、5機の編隊1機減らして、さらに1機が空中爆弾の爆発で機の加速が鈍くなって、基地に帰って行ったが、10機のアンノ機を撃墜した。

「注意!注意!日本編隊の攻撃が始まる。できるだけ、敵編隊から離れよ!」
 突然、AIから緊急連絡が入る。ハイパッタの見ている戦闘空域の映像の、左上方から黄色い点の塊が急速に近づいてくる。

 それは、成層圏高度30万㎞から45度の角度で、高さ3万m概ね直径50㎞に広がったサーダルタ帝国艦隊に向けて、秒速5㎞から5Gで減速している“らいでん”100機、“しでん”6千機の大編隊であった。“しでん”については、当初3千機の予定であったが、アンノ母艦50機という予測もあったため、足りない可能性も考慮して全力で増やす努力をした結果である。

 編隊が、サーダルタ帝国艦隊を抜ける速度は秒速2㎞であり、まさに一瞬であったが、艦隊周辺を数多く浮遊している、空中爆弾をどうするかという問題があった。この点は、各機には新開発の斥力装置で、空中爆弾を押しのけるという解決法があった。これは、重力エンジンの重力操作の機能を、前方から押しのける力(斥力)として発揮するもので、実際にうまく機能した。

 しかし完全とは言えず、120機の“しでん”、5機の“らいでん”が、空中爆弾の爆発の衝撃で半ば破壊された。とはいえ、乗員が脱出したほど機が破壊されたのは半数であり、不幸にして爆発あるいは脱出の過程で、死者が12名生じた。

 日本編隊は、秒速2㎞の敵艦隊通過時に、アンノ母艦には“らいでん”により大口径レールガンを1発以上命中させて多くの母艦の機能を失わせた。この攻撃の際には、各々の“らいでん”は、AIにより浮遊装置を避けるように撃ちこんだが、2隻は起きた大爆発により、浮力が失われて自由落下した。

 1隻はスマトラ島のジャングルに落ちて大きな直接被害はなかったが、1隻はマラッカ付近の浅い海に落ちた。長さ550m重量25万トンの大質量が、1万m以上の高空から海に落ちた場合、津波を引き起こす被害が懸念されたが、途中まで部分的に浮力が効いていたこと、落ちた位置の水深が20m余と浅かったこともあって、津波は最大波高3mで範囲も狭かった。しかし、落ちた振動による地震もあって、死者50人の被害が生じた。

 一方で、日本編隊が通過した時には、アンノ機は1万2百機が飛んでおり、日本編隊の通過時の6千機の“しでん”の、1基のレールガンと2基のガトリングガンの全力射撃により、7千2百機のアンノ機が撃破できた。
 サーダルタ帝国艦隊は、この宇宙空間からの一撃離脱に全く対応できず、指揮艦であるアンノ母艦の機能が失われたため、その後の指揮系統も失われたことになった。そのため、アンノ機の動きはバラバラになって、すでに系統だった動きはできなくなっている。

「しでん戦闘機は、アンノ機を各個撃破せよ。らいでん攻撃機は指示するアンノ母艦を攻撃のこと、攻撃の際には空中爆弾に最大限の注意を払うこと」
 サーダルタ帝国艦隊を攻撃していた、東南アジアの“しでん”と“らいでん”の部隊は、日本編隊の攻撃で多くの機能を失った敵を、さらに攻撃するようにというAIの指示に奮い立った。

「DD3小隊、突っ込め!アンノ機を全滅させるぞ!」
 ハイパッタは列機に指示し、自らもアンノ機に向かって最大の10Gの加速で躍りかかり、直ちにその敵の機体をレールガンで打ち抜く。明らかに敵機は動きが鈍く、どう動いていいのかわからない様子だ。そうは言っても、敵の数は東南アジア連合の、残っている機体610機の5倍余の数がある。
 数の多いたアンノ機は、僚機が撃破されているのに気が付いて共同で反撃しようとする。

 そうやって、ハイパッタは夢中になって戦っているうちに、周りがアンノ機ばかりになって、囲まれた状態になってことに気が付く。『これはまずい』機体を旋回させて逃げようとするが、その方向にも敵がいる。しかし、その時、地上または海面すれすれまで降りた日本機が、反転して帰ってきた。

 自分の周りのアンノ機が、次々に下からの光の矢に貫かれて破片をまき散らしているのに気が付いた瞬間、自機のそばを赤い丸を描いた機体が下から通過していく。
「こちらタイ防衛軍DD3分隊A号機、ナルディン・ハイパッタ中尉だ。ありがとう。助かったよ」
 ハイパッタは日本機との連絡用のチャンネルに合わせ、その日本機に英語でお礼を言う。

「日本防衛軍、佐山敏郎准尉だ。どういたしまして、劣勢の機数での戦いに敬意を要します」
 日本機から返事が返ってくるが、それがバトルオブ東南アジアのほとんど終わりの闘いであった。

 結局、サーダルタ帝国はイギリスの敗戦を取り返そうと、守りが薄いと考えた東南アジアの制圧をしようとして、なけなしの艦隊で侵攻した。しかし、少数の東南アジアの“しでん”等の抵抗にてこずっているうちに、日本からの宇宙を通っての直接の増援に撃破されることになった。

 東南アジアは守られたが、その犠牲はイギリスと同様に小さいものではなかった。
 防衛軍の被害は、しでんが355機全損、らいでんが16機全損、死者は39人であったが、空中爆弾や機体の落下により、一般住民に2万5千人以上の死者が生じた。

 これ以降、サーダルタ帝国による他の地区の侵攻の試みは無くなった。しかし、すでにその空を制圧されて、住民への大きな被害を覚悟しないと開放もできない欧州は、そのまま残っている。欧州のサーダルタ帝国への属国化の動きは、バトルオブ東南アジアの後に始まった。
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