帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第6章 ハヤト国会議員になる

6.7 重力操作及び新型核動力システムの開発

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 名古屋の山稜を切り開いた、新技術開発プロジェクトの構内で、原子励起試験機の試運転が始まろうとしている。この装置は、20m四方のコンクリートの基礎の上に、型鋼で架台を組みその上に組み立てられている。これは、まず心臓部の球形のステンレス製の励起炉と、電磁励起装置及びその前段の加熱炉と励起後の冷却装置及びそれらの電源装置がある。

 さらに銅シリンダーを収める電極付きのケーシングからのシリンダーの取り出しと挿入システムがある。これは、銅シリンダーを加熱炉の前でケーシングから取り出し、加熱・励起・冷却後のケーシング挿入のシステムと耐熱移送コンベア及び自動倉庫から成っている。

 自動倉庫は、励起対象のバッテリーを受け入れて送り出し、励起処理後のバッテリーを受け入れ貯蔵、搬出できることになっている。架台上のこれらの配置は洗練されたものではなく、いかにも試験装置という外見であるが、これは、何度も設計が変更されて配置しなおした結果である。

 従って、最終的な装置化のための設計は並行して進んでおり、実装置はその設計によることになる。なお、試験装置として組み立てられた、バッテリーの励起のためのこの原子励起システムは、あくまでバッテリー励起装置である。従って、励起のためには外部電源として最大5万kWが必要であり、この試験機では全て外部から引き込んでおり、地上に置かれる予定の実用機も同様である。

 しかし、発電機として機能させる場合には、大型のシリンダーが挿入された巨大バッテリーを用いて、それを励起した後、放電(発電)し再度励起するという繰り返しを行う。従って、装置としては加熱・励起・冷却装置による励起システムに、シリンダーを電極付きケーシングから取り出し挿入するシステム及び放電(発電)システム及びシリンダーを自動循環させるシステムからなる。

 なお、励起装置が今回のように、容量5千kWのバッテリーになった理由は、まず総重量50トンと想定されている重力エンジン戦闘機と重力エンジン旅客機と名付けられた総重量500トンと想定している機の動力を想定しているためである。

 これらは、その最高加速度・航続距離の違いから、戦闘機の場合の重力エンジンの最大消費電力1万kW、旅客機の場合は2万kWと想定している。1基のバッテリーは2つのシリンダーを収めて最大出力5千kWとして2時間で空になるが、2基のバッテリーを直列で使うことで1万kW、4基のバッテリーを直列の場合で2万kW の出力を得る。

 この電源装置を戦闘機の場合には4系列(予備1系列)、旅客機の場合には18系列(予備2系列)設置する予定になっている。戦闘機の場合は後述するが、旅客機は最大速度で長時間飛ぶので飛行可能時間16時間としている。もっともマッハ2の巡航速度であると1時間に2400km飛ぶので、16時間あれば概ね地球を1周してしまう。

 発電所用の原子励起システムも、設計は進んでおり基本的に100万kWの出力のものを並列に設置されることになった。そのことで、現在建設中の核融合発電所の計画は、抜本的に変更されることになった。電力の供給に便利ということで、千葉県の山中に位置が決められた建設中の核融合発電所は、発電機本体が1ユニットの核融合発電機から5ユニットの原子励起発電機に設計が大幅に変更された。

 出力は変わらないので、送電設備についてはそのまま活用することになったが、外部電源は1系列稼働すれば、他の系列に供給出来るので1系列分のもののみが必要になる。この変更で、核融合発電設備として、製作の途中で無駄になった設備があったが、結果的に言えば、総予算7千億円から5千億円に建設費は削減された。

 なお、これらの作りかけの設備は、最終的には先述した工業プラントに有効利用された。この建設は、政府の援助の元で東電が行っているが、大幅に建設費と所要面積が小さくなる、原子励起発電所の情報を得た各電力会社は、東電の追加発電所の建設も含めて、こぞって早期の建設を要望している。

 建設費としては100万kWの原子励起発電所で約5百億円程度というのが現状の見込みである。なお、プロジェクトの試験機は送電装置を簡略化するなどの簡易化によって300億円の建設費におさまっている。なお、現状の原子力発電は、燃料としてウラニウムを利用するが、建設途上の核融合発電機の燃料はトリチウムであるため、燃料の面では極めて経済的である。

 なお、原子励起発電システムは銅のシリンダーを励起して、銅原子を電子に変換することになるため、金属銅の内部が食われていくことになる。しかし、1gの銅原子が電力に変換すると3x10^7kWhであり、バッテリーの蓄電量5x10^3kWhの電力に対しては6千倍である。

 したがって、6千回の励起放電を繰り返しても、10kgのシリンダーから、わずか1gの質量しか減らないことになる。しかし、実際は1千5百回程度の励起によって、加温と冷却によるひずみによって機械的な問題が出ることが後に解ってきたので、シリンダーの交換は1千回の励起・放電で行うことになった。
 従って、この交換頻度では、シリンダーの重量に有為な差はない。交換後の銅シリンダーの銅は再利用できるので、燃料費としては極めて微々たるものになる。

 午前11時、試験機の稼働が始まった。政府からは西野経産大臣、斎藤防衛大臣が来ており、日本新世紀会からも、代表のハヤトや幹事長の水田を始め10人ほどが来ている。日本新世紀会のメンバーについては「これは、日本、いや世界のの科学と産業にとって歴史に残る日だぞ」という水田のあおりに乗って忙しい日程を割いてやってきたのだ。

 ハヤトや水田を始め若い新人議員は、それぞれ党の要人である西野大臣と遠藤大臣に挨拶し、水田が話しかける。「おはようございます、西野大臣、遠藤大臣。お忙しいところを良くおいでになられましたね」

「君たちも来たのか。まあそうだよね。君らの会が言い出しっぺだからね。このプロジェクト全体は我が省の目玉だから、私が来なくてはね」
 西野が皆に言って、続いて斎藤も言う。

「私は、シーレーン防衛で頭が痛かったのだが、このバッテリーがあれば、話が全く変わって来るからね。だから、ほら防衛研究所の御一行だ」
 斎藤は、8人のグループを指さす。そこには、ハヤトも良く知っている、背広姿の神谷防衛研究所の所長に、顔は見たことのある2名の幹部研究者に加え、現地のプロジェクトのメンバーの5人が一緒に居て、外来の3人に何やら説明している。

「しかし、これだけの成果を良く短時間で出せたものだ。これで、こういうプロジェクト方式は極めて有効であることが立証されたね。この場所は、今後も常設でこうした開発プロジェクトに使うことが閣議で決まったよ」
 西野経産大臣が言い、斎藤大臣も頷く。

 こうして、試運転会場には、国会議員を始め民間からも大勢きており、にぎやかな試運転日になった。
 装置は20m×20mの架台の上に高さ10mの屋根が張られ、樹脂材の壁が巡らされている。壁に配置されている、中を覗ける透明の窓からは球状の励起炉、電磁励起装置、加熱炉、冷却炉などの重要部分がごてごてと並び、かつ2つの自動倉庫を結んでコンベアが走っているのが部分的に見えるだけである。
 この装置には3本の太い電線が繋がれているので、あれが装置を動かす外部電源の引き込みであろう。

 こうした見学者の多さに係わらず、この試運転ではモニター画面でシリンダーの操作等の監視ができるだけで、電力が出てくるわけではないため、あまり見栄えはしない。しかし、装置の正面には、5面のモニターに並んで、シリンダーとケーシングに収まった状態のバッテリーが2セット展示されている。

 銅色に光っている、純銅の10㎏のシリンダーは径10cmで長さ約15cmであり、その2本がプラスチックのケーシングに収まった状態では幅40cmで厚さ20cm高さ40cmであり、銀製の2本の大きな電極が上部に突き出ている。これで、出力5千kWであり、2時間の放電が可能である。

 この前には、大勢の人だかりができており、皆しげしげと見ている。
「これで、1万㎾時の蓄電量か!俺たちがやってきたのは何だったんだ!」
 小さく叫んで、頭を掻きむしっているのは、電池メーカーの技術者であろう。

 予定時間の午前11時、女性の声のアナウンスがある。
 「ただいまより、励起を開始します。皆さまモニターのスクリーンをご覧ください」

 100インチの5面のモニターは屋外の装置の前面と、近くのコンベンションホールの中に置いてあるが、大臣2人とハヤトたちは、座って見ることのできる屋内を選んでいる。一つ目のシーンは自動倉庫から運ばれたケーシングから、マニュピュレーターによってシリンダーが取り出され、コンベアにその2本並んで立てられコンベアの爪に固定されて移動していく。

 2番目の画面は2本のシリンダーが加熱炉から入って出ていく。3番目の画面は、シリンダーが空冷庫から水冷庫に移動して乾燥される。4番目では、シリンダーがマニュピュレーターによってケーシングに挿入される。この状態では、当然ながら電極には絶縁カバーで覆われている。

 この動作が、1時間に50回繰り返されるわけであり、1時間後には最初に励起の終わったバッテリーが完成品倉庫から取り出され、試験機にかけられた。この試験の様子が5番目の画面に映される。試験員の言葉がアナウンスされる。

 「ただいま、試験装置とバッテリーを繋ぎました。バッテリーのスイッチを入れます。御覧ください。現在調整器の目盛りの0.2で出力しており、出力1千kWを示しています」
 そのように言って、順次0.2刻みで上げていき最後に目盛り1.0で5千5百kWとなった。

「このように、1号AEバッテリーの出力については問題ないことは確認されました。次には放電試験を行いますので、最大出力での放電を続けます。この放電によって、AEバッテリーの電池の特性がつかめれば、次回からの容量試験は放電することなく1分ほどで終わります。
 放電には2時間を見込んでおりますので、食事をしながら暫くお待ちください」
 そのように、再度アナウンスがある。

 なお、AEバッテリーはAtomic Excitation Batteryということで、名づけられたもので、放電された電力は交流に変換されて電力グリッドに返されている。この変換効率は、従来は98%程度が限度であったが、やはり知力の増強後のあるメーカーのエンジニアにより大幅に効率を改善されて99.5%が達成されている。しかし、100万kW級の変換になると、その損失による熱の問題が大きな課題になっている。 

 アナウンスを聞きながら、斎藤防衛大臣が、まだ40歳そこそこと若い神谷防衛研究所所長と、その一緒にいる一行に声をかける。
「神谷さん。皆も一緒に食事をしようよ。ちょっと部屋をとってもらっているから」
 その声に、「はい、私たちもお話がしたかったのです」と神谷が応じる。その一行に、神谷の秘書官が弁当と飲み物が用意されている本館の小さな会議室に案内する。

「あのバッテリーがあれば、新型の戦闘機ができるのだろう?」
 食事が大体済んだ後に斎藤が神谷に聞く。
「はい、戦闘機には基本的にはAEバッテリーを8基装着します。1基で5千kW の出力で2時間の放電ですから、2基直列で使って1万kWを今考えている戦闘機の重力エンジン用に使います。最大出力時の速度がマッハ5、秒速1.7kmですが、巡航速度をマッハ1程度にすれば、消費動力は3千kW足らずです。
 従って巡航速度でのみ使えば、2基ユニットで6時間以上の飛行が可能です。ですから、6基の常用、2基を予備とすれば、全速で6時間、巡航速度であれば36時間の飛行が可能です。どうです、十分でしょう?」

「うん、機体としては十分だね。しかし、操縦している人間がそもそも耐えられんだろう」
 大臣が喜色を浮かべて応じるのに神谷が答える。

「いえ、重力エンジンの場合には操縦士には今のジェット機のような加速が働かないのです。従って、乗員を今のようにがちがちに縛りつける必要はないので、機体の中でトイレも食事もできます。しかし、緊張することは事実ですから、自動操縦を組み込むとしても、1回のフライトは8時間程度が限度でしょう」

 それに対して斎藤が聞く。
「それで、機体のイメージというか、設計は進んでいるのか?」

「ええ、2ヵ月前に重力エンジンのスペックが決まり、さらにバッテリーについても今の形と能力は想定出来ていましたので、エンジンと機体についての基本設計は出来ています。これが、外見の図ですが、長さが15mで胴体の太さが2.5mです」

 プロジェクトに参加している、技術研究所のリーダーである土田康彦が図を示して説明する。
 それは、単純な円筒形の胴体の前部に円筒がついていて、その細い先は丸くなっており、臀部は丸い半球になっている。さらに胴体には両側にずんぐりした厚みのある翼のようなものが突き出していて、胴体の最前部上部には、キャノピーがついている。

「ちょっとスマートではありませんが、量産性を考えて、円筒、円錐と鏡板それと両横の武器収納ケースのみで構成しました。外板は25mm厚の超高張力鋼ですので、25mm機関砲の弾程度ははじきます。このかっこの悪さもこのように塗装によってそれなりになります」
 斎藤は、最初は灰色一色のそのダサイ外見に内心顔をしかめたが、続いて出された図は彩色によって印象がはっきりよくなっているのを意識した。

「実は、最初はスマートさにこだわったこの形でした」
 土田は別の図を示して言う。それは流線型の、いかにもスマートな高速で飛べそうな機体であった。

「しかし、この形と、先の形では力場の膜で覆うので速度に差はありません。一方でコストとして2割、なにより手作業で形を整えるので、製造期間に3割の差が出ます。どちらの方を選びますか?」

 土田の言葉に斎藤は一瞬躊躇ったが言う。
「彩色すれば悪くはないな。国民の評判は少し心配だが、性能で差がなく、コストと納期でそれだけの差があれば、考えるまでもないだろう」斎藤は戦闘機については一旦結論を出して、さらに聞く。

「それで、コスト的にはどの程度になりそうかな?」
「そうですね。武装を除いて1機10億もあれば十分でしょう」土田が答えるのに斎藤は驚いて聞く。
「10億?なぜ、そんなに安いのだ?」
「機体の材料の差と加工が極めて単純であること、重力エンジンそのものが安いせいですね」

 土田の返事に斎藤は頭を振って「ふう!」と吐息をついてさらに言う。
「旅客機レベルの輸送機はバッテリーでいいとして、艦船レベルの大型機の動力をどうするかだ」

「ええ、重力操作ができる以上、すでに海を住処にする艦船は時代遅れでしょう。しかし、これらのいわば航空護衛艦については、当然長期の運用が必要ですので、バッテリーでは明らかに動力としては不足です。どうしても連続で発電するシステムが必要ですが、現状の原子励起システムは一旦励起して放電という形をとるしかないようです。
 しかし、大型シリンダーを組み込んで発電所タイプにすれば連続発電が可能です。大きさは概ね1辺15mの立法体程度ですから、直径20mで長さ200mくらい重量1万トンの艦体にすれば収容可能です。出力は100万kWが得られますから、過剰ですが足りないよりはいいでしょう」

 そのような話の中で、自衛軍の次期主力戦闘機及び戦闘艦の構想と建造計画が煮詰まっていった。彼らがそのような話をしているうちに、所定の時間が過ぎ、SEバッテリーの容量が想定をやや上回るという結果が得られた。
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