帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第5章 5年が過ぎた

5.9 大地震来る!

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 ハヤトは、その時を自室のテレビの前のソファで待っていた。隣には、23歳のワールドジュエリー(WJ)に勤める森川裕子が座っている。裕子は、WJに勤務するうちにハヤトに仕事でちょくちょく会ううちに彼に熱を上げ始め、ハヤトも来るものは拒まぬタイプなのですんなり出来てしまった仲である。

 そのうちに、彼女は衆議院議員の森川健吾の娘であることを明かし、自分の父の後釜になるように熱心に薦めている。彼女は、身長は158cm、スレンダーで、栗色に染めた長髪のスタイルの良い美人である。細面で、良く動くキラキラした目が特徴で、陽気によくしゃべる。

「実際ねえ、うちのパパ、国会議員なんだけど頭は悪くないのに、物事を俯瞰的に見る能力と人を見る目がなくてね。その割に人が良くて人の世話をよくするけど見返りを求めないというか、基本的に国会議員どころか社会人としての能力が足りないのよ。私は好きだけどね。おかげで我が家はいつもピーピーよ。
 国会議員はパパが3代目で、もともとは利根市の大地主でだいぶ資産もあったけど、もはや残った資産は風前の灯よ。ママはもう怒っちゃって、次の選挙は出さないと言っているし、出ても危ないし、パパも引退したがっているのよ。でも、森川家の地盤を継ぐものが要るということで悩んでいるんだけど、ハヤトさんだったら理想的だわ。
 知名度はばっちりでうちの地盤なんか必要ないくらいだし、お金持ちだし、私が大好きだし」
 そう言って、舌を出して笑う。

「しかし、俺は中卒、子持ちで愛人持ちだぞ」
 ハヤトは言いながら少し気持ちが動くのを感じた。実のところ、日本の茶番のような議会とそれをはやし立てるマスコミには不満はあるが、現状の政府の国の運営そのものにはそれほど含むところはない。しかし、事業を始めてみて大いに不満なのは余りの法律他の規則が多すぎて、何をするにも手間がかかってしようがないことだ。

 ハヤトの言葉に裕子が応じる。
「いいじゃないのよ。日本人の7割は処方を受けていて、あなたの魔法の弟子に連なる者なのよ。特に利根市は日本の魔法使いの発祥の地で、ハヤトを知らないひとはいないわ。それにハヤトを嫌っている人もね。選挙に投票する人というのは、けっこう軽い気持ちなのよ、だから、なにか一つでも好意を持つ理由がある人には喜んでするわ。
 利根市を地盤にする限り、あなたが小学校卒業だろうが、100人の愛人と100人の子供を持っていても当選するわ。ところでね。みどりさんは、私にハヤトさんと結婚してもいいと言ったわ。その代わり、みどりさんが50歳になるまでは、週に1回ベッドを共にすることは譲らないと言っているけれど」

 ハヤトはその言葉に顔をしかめて応じる。
「アチャー、何だよそれは。女同士で何を話しているんだ」
 うつ向いて髪をガシガシとかき混ぜたハヤトは顔を揚げて再度言う。

「うーん、おれもちょっと政治に文句を言いたいのは、この国には法律や規則が多すぎる。法律が2000を超え(H25年1989)、それに付属する規則類が4000くらいある。だれがこんなもんを把握しているよ。これを減らすというのはどうだ」

「いいじゃん、多すぎる法律を減らす。これは良い公約よ。それで、いこうよ、じゃパパとママに会ってよ」
 裕子がハヤトの腕を捕まえて言うのに、ハヤトは裕子を睨んでやや真剣に言う。
「言っておくが、結婚を申し込みに行くわけでないぞ」

「うん、解かっているわ。私も今はその気はないし」
 そう言った時、テレビが絶叫する。
「揺れました、確かに揺れました」
 ほぼ同時にJアラートが鳴り始めた。

 静岡の観測点に初期微動が到達したのだ。テレビのアナウンサーの横に立っている皆川准教授が冷静に言う。
「確かに揺れましたね。本震は2分ほどで来ますよ。ここの揺れの予測は震度6強ですから、この高さ24mの市役所ビル屋上の振幅は2mくらいになります。ですから、しゃがんだ方がいいですよ」

 そう、NHKクルーは海岸に近くで津波を見るのに都合のよい、焼津市役所の屋上を選んだのだ。屋上には市の職員が50人ほど陣取っているが、記録を取るためのテレビカメラも3台が海を睨んでいる。それは突然であった。屋上がフアンとした動きで上下にゆすられ、左右にもより激しくゆすられる。

 ほとんどの人が立っていられなくなって座り込んでいるが、身体強化している10人ほどは軽々と揺れに同調して立っている。ずいぶん長く続いたような気がしたが、実際は2分半であった。その間に、市役所の建物自身が発する軋み音や何かが倒れるような音の他に、外からもギギ!バリバリといった破壊音が聞こえる。身体強化によって、揺れに適応して外を見ていた人々が叫ぶ声がする。
「ああ!組合の倉庫が!」
「あ!体育館の屋根が落ちた」
「3番街のビルが傾いていく」
「道路から水、いや砂混じりの水が噴き出している」
「ああ、寿町の住宅がまとめてつぶれている」

 やがて、ぎしぎしいう音が静まり揺れがとまった。テレビを見ていたハヤトにとっては、最初は画面が無茶苦茶に揺れて何がなにやら解らなかったが、身体強化をしたカメラマンが揺れに適応するにつれて、揺れる屋上の様子、その外で崩壊する建築物が見えるようになったきた。

 皆川准教授は立ち上がり、腕時計を見てカメラに向かって言う。
「ただいま、14時05分です。津波は本震の25分後ということでしたので、あと20分足らずで到達します。あの揺れだと震度6強というのは正しいでしょうね。ちょっと外にカメラを向けて頂けますか」

 彼がカメラマンに頼むと、映し出される外の市街地の様子は、コンクリートの建物で明らかに壊れているものもぼつぼつみられるが、皆古いもののようである。鉄骨の大きな屋根が変形あるいは落ち込んでいるものがいくつかあるほかに、木造らしき瓦屋根がつぶれているのが多くみられる。

 市内にはこれらの破壊によるものだろう、もうもうとほこりが舞っている。皆川が解説する。
「コンクリートの建物で、比較的新しいものは耐震補強が功を奏していますね。やはり、木造の古い家は多くが圧壊しています。しかし、こうして部分的に破壊された街に人が全くいないというのは、予知の成果です。人々が普通の生活をしていれば、火事も起きたでしょうし、多くの人が亡くなっています」

 そこで、アナウンサーが皆川に目配せの後にカメラに向かって言う。
「津波までまだ20分ほどあるようですから、他の地点の様子を映してみてください」その声に応じて、カメラは切り替わって、やはりビルの屋上らしき場所に、アナウンサーが立っている画面になる。

「静岡市の市役所に隣接する静岡区役所の地上72mの屋上です。ここでも、ものすごい揺れで、この屋上の振幅は2mくらいでしたが、地上からは柔構造のビルの中央が折れ曲がって見えたそうです。いまから下を映します」
 画面は静岡市内を見下ろしている。やはり焼津と同様に、市内にほこりがもうもうと舞い上がっている。

「ここでは、コンクリートの建物の古いものかなりの数が倒壊したり、傾いたり大きな亀裂が入っていますね。また、木造住宅は壊れた家が多いですね。これらの破壊によるほこりがすごいです」
 その後静岡市他の太平洋岸の都市の上空からのドローンから見た光景が映され、再度焼津市役所の屋上に戻った。画面は海を映しており、アナウンサーの声が聞こえる。
「ご覧になれますか。遠くに見える白い線を」

 その声と共に、画面がズームされるが、確かに白い壁が迫って来るのが判る。
「あれが、津波です。高さは10m弱で、近くに来ないとはっきりはわかりませんが、予知の数値に近いようです」
 画面は手前に移って防潮堤を映しズームする。アナウンサーが説明する。

「これが、防潮堤であり、高さが8mから6mあります。しかし、残念ながら津波の高さより1mほど低いわけですが、津波にはこの防潮堤にぶつかって、エネルギーを削り取られ、上の1mほどが中になだれ込むわけです。従って、中に入る水位は1mほどになります」そう言う説明のうちにも津波の白い壁が近づいてくる。

 腹に響くような重低音も聞こえてきて、みるみる防潮堤に迫りぶつかる。ドーンという音と共に防潮堤の振動が伝わって市役所の建物もびりびり震える。防潮堤を飛び越す白い壁はなだれ落ち、盛大な白い泡と共に激流となって、海岸に壁になっている建物群に迫る。建物群は2階の窓まで、何かの板で塞がれているが、そこに深さ1mか2mの急流がぶつかって10mほどもの波が跳ね返る。

 建物の間をすり抜けた流れは別の建物にぶつかる。こうして、中に入り込んだ水はエネルギーをすっかり吸い取られて、市役所に来たときはすっかり穏やかな水流になっている。この流れは木造住宅にぶつかっても、建物を揺らしはするが破壊することはない。防潮堤とその背後の建物群は、見事にその役割を果たしたのだ。

 アナウンサーが興奮して叫んでいる。
「何ということでしょう。悪魔の壁に見えたあの津波がここ焼津市においては、あのような穏やかな流れになりました。本当に大きな効果ですね、先生」
 これに対して、皆川が答える。
「ええ、ご覧のように家やビルはある程度水に漬かりますが、すでに1階からは畳も家具等も運び出していますから、掃除をすれば大きな損害無しにまた建物は使えるのです。耐震補強をしていない、多くの家が倒壊したのは残念ですが」

 7月16日午前10時20分に、予知通り東南海地震が起きたが、M7.8と海洋型地震としては大きな規模ではなかったので、地上の最大震度が6+で地域も限定的であったため地震動による被害は東海地震に比べ小さかった。また津波も焼津市においてはレベル1を大きく下回るの高さで、すでに整備済の防潮堤を超えるものはなかった。

 しかし、関東地震は訳が違っていた。もともと東京の下町は、極めて軟弱な地層を埋め立てたもので、軟弱層は厚いところで60mに達し、その厚さが30m以上の地域が広く分布する。今回予知された関東地震は、震源地が東京湾であり予測の最終的な計算値はM7.8であるが、関東大震災の震源地が相模湾であるのに比べより東京に近い。

 その結果、東京都心の大部分が震度7と予測され、山の手でようやく震度6-になっている。また東京は、市街化して長い年月が経っているためもあって、古くて耐震補強をしていない建物も数多く、さらに最近の研究でいわれる厚い軟弱地盤上の杭基礎の信頼性を考えると、悲惨なことになりかねないという懸念があった。関東圏においては、関東大震災の時でさえ、震度7で500gal級の揺れは経験していないのだ。

 中央防災会議の議長たる、内閣総理大臣の篠山は、賛否両論の議論に悩んだが結局、深さ50mを超える軟弱層の既成杭基礎の建物に対しては、耐震基準を満たしているという結果であっても避難命令を出した。さらに、地盤の液状化の恐れのある地域の避難所は基本的に使わないことにして、山の手寄りの軟弱層が薄い地域の避難所のみを使う措置を命じた。

 関東地震の発生時刻は7月17日18時であった。予知から4時間後の発生であったが、さすがに直下型の地震の予知は海洋型ほど正確にいかない。それは比較的短周期の揺れで、継続時間も1分半であったが、極めて激烈な揺れであって、地上にあっては到底立ってはいれらなかった。

 この地震によっての特徴は、極めて広い範囲の液状化である。何しろ東京湾沿岸には非常に緩い砂質地盤が広く厚く広がっており、しかもその地質の土地に世界一の経済力を生み出す建物・工場群の半分が広がっているのだ。道路・工場・広場あらゆる場所で砂と水が噴き出した。

 さらには、こうした地域に建っていたビル群の多くの、特に耐震が十分でない中小ビルが、ゆすられる中で亀裂を生じ、あるものは倒壊して行った。さらには、その中で高層ビル群の少なからぬ数のものが一つ、また一つと倒壊していく、周辺のビルを巻き込みながら。こうした光景は上空を舞っている多数のドローンによって、余すことなく記録され、またテレビのライブで放映されている。

 ハヤトの父母の住んでいる利根市の自宅は、予想震度6の位置である。その庭は安全と判断して、皆で立っている。しかし、地面は大きくうねっており、家もギシギシ、ガタガタ揺れている。身体強化の出来ない父の誠司は、立っておられず、地面に手を付いた四つん這い状態になっている。

 しかし、魔力が多く身体強化ができるようになった母、妹のさつき、浅井みどりに娘の美和を抱いたハヤトは軽々と揺れに対応して立っている。
「お、止まってきた!」
 揺れは徐々に収まり、やがて静まりかえった。
 6年前に買った家は、無論耐震設計であるので、震度6の揺れでも壁にところどころひびが見られるものの、特に大きく壊れたところは見られない。

「中を見てくるよ、余震があるから少し待ってね」
 ハヤトが美和をみどりに預けて中に入る。中では、背の高い家具は寝かせてあり、テレビなど壊れやすいものは布団でくるんである。中を見て回ったが、タイルの床にところどころひびがあるほかは、特に問題はないようだ。ハヤトは庭にでて皆に声をかけた。
「殆ど壊れてはいないようだよ。余震があっても、居間だったら大丈夫だろうから入ってよ」

 そのように皆に声をかけて、買っておいた自家発電機を起動する。そう、あらかじめ、電気・水道・ガスは止められており、職員が点検後に回復させることになっている。
 皆が居間に入ったところで、夏の日長ではあるが、すこし暗くなってきたのでさつきが電灯をつけ、ハヤトがテレビをくるんでいた布団から出して、スイッチを入れる。

 途端に、アナウンサーが絶叫している。「何ということででしょう、見たところ3分の1くらいが破壊されているビル街!最も安全と言われた超高層ビルも多くが倒れています。地面は砂と水に浸されています!」
 ハヤトは映像を見ながら、ドローンの撮った上空からの映像を見ながら言う。

「最悪の予想が当たったな。地下の動力、通信、ガス、水道、下水、皆当分ガタガタだろう。こりゃあ、暫くは首都機能がマヒするな。まあ、政府の機能は大宮に移した庁舎で賄えるだろうが、民間企業は本社機能が失われるから大変だな」皆がソファに落ち着いて、テレビを見ている中で父の誠司が言う。

「いや、民間企業もそれなりに備えはしているよ。それなりの企業はあの『事業継続計画』を立てて、すでに近いと予測されていたこの事態に備えている。だから…… お!余震だ」
 再度、余震によって建物の中はがたがた揺れるが、床に置いたテレビが倒れるほどではない。
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