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第1章 異世界からの帰還、現代への再適応
1.7 魔法による身体強化発祥の地、狭山第2中学校
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ハヤトは、狭山第2中学校の恐喝問題を早々に解決したが、不良グループと彼らからの恐喝の対象になった一般生徒の反目は強いものがあった。絶対的な強者であるハヤトが校内にいればこそ、一般生徒も不良グループを恐れる必要はないが、いなくなれば元のようになるのではないかと、教師の間ですら懸念されていた。
ハヤトも、正直なところいつまでも中学校に居る気はないので、早いうちにそれを感じて解決策を考えていたが、なかなか良い策は見つからなかった。その点を、田郷教頭と何度も話をした結果ようやく結論に至る。ハヤトが田郷に言う。
「先生、スポーツででも何か強いクラブがあって、多くのものが参加できれば不良グループだった者達が一般生徒に溶け込めると思うのですがね。でも、この学校のスポーツは低調のようですね」
田郷が困った顔で言う。
「ああ、例の恐喝事件のせいだろうね。学校全体の雰囲気が悪くて、和気あいあいとクラブ活動を楽しむという空気はなかったのだよ。しかし、最も大きな問題は解決されたが、恐喝され暴力を振るわれた被害者の生徒が加害者を恨むというか、わだかまりがあるのはよくわかるしね」
少しの沈黙の後、田郷が続ける。
「なにか、元の不良グループも含めて皆が参加できるようなことがあればなあ」
それに対してハヤトが躊躇いながら言う。
「先生、私の身体能力が人並み外れているのは知っていますよね」
「ああ、人並外れてというより、人間の域を超えていると思うよ」
田郷が何気なくひどいことを言う。
「まあ、これは体内の魔力にマナも補助的に使って筋力をかさ上げして、さらに鋭敏性も上げているのですよ。それなしだと、僕の場合でまあオリンピック選手くらいですかね。また、私は人の魔力を見ることが出来ますから、日本人もある程度の魔力を持っていることは判っています。
多分、訓練すればこの学校の生徒たちもある程度身体強化が出来るでしょう。しかし、問題はこの強化は才能によるので全員が強化されるとは限りませんし、強化できるとしてもその程度にも大きな差が出ます。
また、もう一つの問題はそうやってかさ上げされた生徒がスポーツをした場合、当然それなりの結果を残すでしょうが、これは他の生徒、また他の学校に対して公平とは言えないと思います。例えば、当校のクラブがそれで勝った場合、相手はそれを知ればズルをしたと非難するでしょうね」
田郷は、ハヤトの言うことを聞いて最初は目を輝かせていたが、最後は難しい顔をして考え込んだ。やがてきっぱり言い始める。
「うん!しかし、ハヤト君。私はこう考えるのだよ。人間は進歩するものだ。君のいう訓練は機械とか薬を使うものではないよね?また、君だけしか教えられるものではないよね?」
田郷から見つめられてハヤトは答える。
「ええ、無論いかなる機械も薬も使いませんし、強化が出来るようになった人は全員ではないですが、他の人にも教えられます」
「では、この学校の生徒を身体強化ができる先駆者として教えてくれよ。無論、かれらにはもともと持っていた能力を使って、自分の身体能力を上げるということを言い聞かせるよ。そして、その能力を使うことは、まだその訓練をしていない人に対しては不公平になることもね。
全員がその能力を持てないことは、これはしょうがないよ。もともと人は、そして人の作る社会は不公平なものだ。勉強に関しても、努力してもなかなかできない者がいる一方で、大した努力をせずにそれ以上の成果を上げる者もいる。スポーツの才能の差は同じようなものだけど、スポーツの才能に君の言う魔力による身体強化の能力が加わるわけだ。これが、我が狭山第2中学校が先駆者として世に広まっていくことになるのだよ。
これはワクワクして来るね。ただ、現在のスポーツ・エリートにはつらいかもしれないなあ。しかし、メリット・デメリットを比べれば、少なくともメリットの方が大きいと私は思うし、世の中に害をなすことはないと思うよ。君がそれでよければ、ぜひ生徒に訓練を施してやってほしい。どうかね?」
キラキラする田郷の目に見つめられて、ハヤトはその熱意に動かされるのを感じる。また、ハヤトも自分を生かせる道の一つとして、生徒に身体強化の訓練を行う理由を探している面もあったので、田郷の話はまさに渡りに船であった。
「田郷先生、わかりました。この世界の身体強化発祥の地がこの中学校というのは面白いですね。やりましょう。ただ、強化ですから、ベースの体力次第で当然結果が左右されます。ですから、各々の地道な体力強化は是非必要ですね」
ハヤトはそう言って、具体的な方法を話し合った結果、次の日から訓練を始めることになった。
いじめられキャラの白石将司は、体育の授業が始まる前の集合時に、かって彼にしばしば暴力を振るい現金を脅し取っていた、同級の不良グループの顔を見て、脅し取られた金が返され、かつ暴力を振るった連中からの謝罪が行われた日を思い出していた。
その日、白石を含め同じいじめられていた10人ほどが、それら同級の不良グループから気味が悪いほど丁寧に来てほしいと案内され校舎裏に呼ばれた。そこには、今や学校の最強とされている3年の山切、かってのボスの座から落ちたと言われ、反省したとのことでつるつるの坊主頭をした田所に、ハヤトも来ている。
従来であれば、生きた心地なく怯えるところであるが、すでに不良グループが脅しとった金を返し、かつ彼らから馬鹿丁寧に謝られたという話は伝わってきていた。この件については、半信半疑ではあるが“ハヤトさん”の存在がある以上、暴力を振るわれたり金をとられることはあり得ないと確信できていたので、怯えることはなかった。
連れてこられた皆が止まるように促されたところで、不良グループが田所を含めて正面に立つ。ハヤトと山切は仲裁人の態で、向かい合った2つのグループの横に立っている。不良グループはなかなか神妙な表情であったが、最初に田所が頭を深々と下げて謝る。
「みな、すまない。皆を脅して金を集めていたのは俺の命令だった。許してはもらえないと思うが金については全額返す。今後は絶対同じようなことはしないので、こいつらは許してほしい」
そう言って同級のカツアゲを実施した者達を指す。
6人のかれらは、指されたのを合図のように一斉に深々と頭を下げ代表して一人が言う。
「皆すまない。もう絶対しないので許してほしい。気が済むのだったら殴ってくれ」
集まられた10人はお互いに顔を見合わせていたが、白石は『これはけじめだ』とっさにそう思い叫ぶ。
「岩田、そこへ立て!」
岩田は覚悟を決めたような顔で進み出る。白石は「歯を食いしばれ!」言って、こぶしを固めて、全力で殴りかかる。ボクンというような鈍い音がして、大柄な岩田の顔が背けられ体がのけぞったが倒れることはない。一方の白石は、殴った右手のこぶしを左手で握って、「いてえ!」と叫びうずくまった。
しかし暫くして「ははは!」と笑いがこみ上げてきた。ひとしきり笑った後、ほおが赤くなった岩田に向かい言う。
「100%満足ではないけど、だいぶすっきりしたよ」
その後、それぞれの生徒と不良グループとの脅しとった金の聞き取りと調整が行われて、白石には12万円もの金が帰って来た。最後に、まず山切からの話があった。
「皆、おれは直接カツアゲをしていないし、この学校の普通の生徒に暴力を振るったこともない。しかし、グループでやっていることは知っていてそれを見逃してきた。その点は俺も同罪なので皆に謝る。済まなかった」
そう言って深々と頭を下げて続ける。
「皆は、俺たちのグループのことは恨んでいると思う。やったことは明らかに犯罪行為で、警察に言われてもしょうがない。しかし、そうすると学校全体が大騒ぎになって、マスコミ相手で皆も嫌な思いをすることになる。それに、皆も知っているようにこれにはある組も絡んでいる。
返した金は殆どその組から出てきたものだが、警察沙汰になるとその組からみで厄介なことになる。勝手な言い分だが、これで手打ちにしてほしいというのが、お願いだ」
山切は再度深々と頭を下げる。
次にハヤトも話をした。
「俺は、この学校には恩師の田郷先生のために来た。俺も山切君と同じお願いをしたい。警察沙汰になると田郷先生が責任を取らなくてはならないので、警察あるいはマスコミにこの件をいうのは止めてほしい」
ハヤトも深々と頭を下げる。
その時聞いていた西田啓二は、この件では怒りに燃えていた。何度も金を脅し取られてしかもなぐられ蹴られて、死ぬような思いをしたのだ。金を返して謝られたぐらいで許すものか、警察に言ってやると固く決心していた。山切の話を聞いても『勝手なことを言いやがって』と言う気持ちで一杯であったが、ハヤトが前に立つと急に怒りが溶けていくのを感じる。
そして、その話を聞くにつけ、『警察沙汰になったら校長先生も首だな。いい感じの先生なのになあ。ああ、それとハヤトさんが来なければ、卒業まで同じ状態だったんだ。そういう意味ではハヤトさんを呼んだ田郷先生のお陰だよね』などと、警察に通報しない理由を探し始め、その話が終わった時点では通報しようとしたことも忘れていた。ハヤトの心理的な働きかけが功を奏したのだ。
『正直、あの金は助かったな』白石はそう思う。ほとんどはお年玉を貯めたものだったが、毎月のこづかいもほとんどとられていたので、金が返されたことでいっぺんに余裕が出てきて気持ちのゆとりが出てきた。それに思い切って、主としていじめられていた岩田を力一杯殴ったことで、彼の場合は殆どわだかまりが溶けていた。
集合している皆の前に、体育の教師のみでなく、教頭の田郷、さらにハヤトがやって来る。なんだろうと、皆の視線が主として青のジャージを着たハヤトに集まる。
「みな、注目!」体育教師の赤城が叫び、注目した皆に呼びかける。
「今日は、この二宮さんから君たちに身体強化という訓練を指導してもらう。私もこのことについては全く知らないので、一緒に指導を受けようと思う」
次に教頭の田郷が口を開く。
「今日から、体育の時間に今赤城先生が言った身体強化の訓練をしてもらう。この能力を身につければ、最大で人間の筋力並びに瞬発性を倍程度かさ上げできるというものだ。これは、皆がもともと持っている、魔力と呼ぶ能力を使って筋力や骨格の強化と神経を含めた瞬発性を向上させるものだ。
ただ、人によってその魔力には差があり、効果には大きな差があると考えられる。また、場合によって、ほとんど効果のないものもいる可能性もある。そのことは承知しておいてほしい」
それを聞いた生徒は余りに途方もない話にざわざわ騒ぐ。
白石も驚いたが、次いでハヤトが皆の前に立ち、語り始めた話を集中して聞く。
「ええ、田郷先生が言われたように、まだ知られていないが、人はある程度の魔力をもっている。それをうまく使えば、魔法やその一つである身体強化ができる。しかし、地球上では魔法を使うことを媒介するマナの濃度が非常に薄いために、火魔法などの魔法を使えるものは非常に少ないと思う。しかし、身体強化は魔力がある程度あれば発現しやすいので、多くの人は強化ができると思う。それで、身体強化の訓練を行いたい。いいかな?」
ハヤトは皆を見渡すが、皆どう反応していいのかわからないようであるが、少なくとも反対するものはいない。それを見て、ハヤトは続ける。
「では、基本的な説明をする。魔力は基本的に脳、その前頭葉に蓄えられているが、現状のところ機器などで測定する方法はない。しかし、私もそうだが、ある程度その魔力の量が大きいものは他のものの魔力の強さを感じることが出来る。身体強化は、その魔力を体に漲らせ本人の意思を込めることで肉体の機能を高めるというものだ。
なお、魔力は使うこと、つまり訓練することによってその量が増大する。まだピンと来ないかもしれないが、そういうものだということをとりあえず信じてほしい」
ハヤトは言葉を切って再度皆を見渡す。白石も含めて半分ほどが頷くのを確認してハヤトは続ける。
「そこで、訓練は魔力の高いものを数人選びだして、まず彼らに魔力を意識させ、それを体に漲らせる方法を教える。彼らは比較的簡単にそれをできるようになるが、普通の人も彼ら実行する例を見て、というより感じて触発されて出来るようになる、という方法を取りたい。
では、その魔力の高いものを選ぶ。私から呼ばれたら出てきてほしい」
ハヤトの言葉に応じて43人の生徒のうちの4人が進み出る。皆は、ハヤトが何もしゃべらないのに白石を含めた進みでる4人を怪訝な顔で見る。ハヤトがニコリと笑って説明する。
「彼らは、みな私の思念を受け取ったのだよ。魔力が強いから送るこちらも楽だったよ。さて、皆も同じことをしてもらうので、今から私たちがやることをよく見るというか感じてほしい」
ハヤトは整列した4人に、見ている人々にもわかるように言葉と一緒に思念を送る。
「魔力の在りかはここだ。私の魔力を感じてくれ」
ハヤトが頭の前部を指さすが、思念の導きもあって、4人はすぐに感じることが出来る。それを感じ取ったハヤトは続ける。
「できたようだな。では次は自分の魔力を感じてくれ」
これはそう簡単ではないが、さまざまな試行とハヤトの思念による誘導の結果5分程度でいずれも「これですね。感じられました」と回答する。ところが、それを熱心に見ていた生徒たちのうち3人が、「ハヤトさん、わたしも感じているとおもうのですが勘違いでしょうか?」口々に言う。
ハヤトは少し驚いて、かれらに思念を集中したが、なるほど確かに自分の魔力と自分の魔力をしっかり感じている。「うん、間違いないな。では魔力を感じたと思う人はここに出てきてくれ」ハヤトが招き、声を上げた3人が出てくる。
「では、次はその魔力を体に巡らせる。まず私がやるので、感じて真似をしてくれ。これは、時間がかかると思う」
ハヤトはさらにそう言って、いつものように体に魔力を巡らせそれをほぼ全力で前に立っている7人だけでなく、そこに出席している全員に向かって思念でやり方を送る。
ハヤトも、正直なところいつまでも中学校に居る気はないので、早いうちにそれを感じて解決策を考えていたが、なかなか良い策は見つからなかった。その点を、田郷教頭と何度も話をした結果ようやく結論に至る。ハヤトが田郷に言う。
「先生、スポーツででも何か強いクラブがあって、多くのものが参加できれば不良グループだった者達が一般生徒に溶け込めると思うのですがね。でも、この学校のスポーツは低調のようですね」
田郷が困った顔で言う。
「ああ、例の恐喝事件のせいだろうね。学校全体の雰囲気が悪くて、和気あいあいとクラブ活動を楽しむという空気はなかったのだよ。しかし、最も大きな問題は解決されたが、恐喝され暴力を振るわれた被害者の生徒が加害者を恨むというか、わだかまりがあるのはよくわかるしね」
少しの沈黙の後、田郷が続ける。
「なにか、元の不良グループも含めて皆が参加できるようなことがあればなあ」
それに対してハヤトが躊躇いながら言う。
「先生、私の身体能力が人並み外れているのは知っていますよね」
「ああ、人並外れてというより、人間の域を超えていると思うよ」
田郷が何気なくひどいことを言う。
「まあ、これは体内の魔力にマナも補助的に使って筋力をかさ上げして、さらに鋭敏性も上げているのですよ。それなしだと、僕の場合でまあオリンピック選手くらいですかね。また、私は人の魔力を見ることが出来ますから、日本人もある程度の魔力を持っていることは判っています。
多分、訓練すればこの学校の生徒たちもある程度身体強化が出来るでしょう。しかし、問題はこの強化は才能によるので全員が強化されるとは限りませんし、強化できるとしてもその程度にも大きな差が出ます。
また、もう一つの問題はそうやってかさ上げされた生徒がスポーツをした場合、当然それなりの結果を残すでしょうが、これは他の生徒、また他の学校に対して公平とは言えないと思います。例えば、当校のクラブがそれで勝った場合、相手はそれを知ればズルをしたと非難するでしょうね」
田郷は、ハヤトの言うことを聞いて最初は目を輝かせていたが、最後は難しい顔をして考え込んだ。やがてきっぱり言い始める。
「うん!しかし、ハヤト君。私はこう考えるのだよ。人間は進歩するものだ。君のいう訓練は機械とか薬を使うものではないよね?また、君だけしか教えられるものではないよね?」
田郷から見つめられてハヤトは答える。
「ええ、無論いかなる機械も薬も使いませんし、強化が出来るようになった人は全員ではないですが、他の人にも教えられます」
「では、この学校の生徒を身体強化ができる先駆者として教えてくれよ。無論、かれらにはもともと持っていた能力を使って、自分の身体能力を上げるということを言い聞かせるよ。そして、その能力を使うことは、まだその訓練をしていない人に対しては不公平になることもね。
全員がその能力を持てないことは、これはしょうがないよ。もともと人は、そして人の作る社会は不公平なものだ。勉強に関しても、努力してもなかなかできない者がいる一方で、大した努力をせずにそれ以上の成果を上げる者もいる。スポーツの才能の差は同じようなものだけど、スポーツの才能に君の言う魔力による身体強化の能力が加わるわけだ。これが、我が狭山第2中学校が先駆者として世に広まっていくことになるのだよ。
これはワクワクして来るね。ただ、現在のスポーツ・エリートにはつらいかもしれないなあ。しかし、メリット・デメリットを比べれば、少なくともメリットの方が大きいと私は思うし、世の中に害をなすことはないと思うよ。君がそれでよければ、ぜひ生徒に訓練を施してやってほしい。どうかね?」
キラキラする田郷の目に見つめられて、ハヤトはその熱意に動かされるのを感じる。また、ハヤトも自分を生かせる道の一つとして、生徒に身体強化の訓練を行う理由を探している面もあったので、田郷の話はまさに渡りに船であった。
「田郷先生、わかりました。この世界の身体強化発祥の地がこの中学校というのは面白いですね。やりましょう。ただ、強化ですから、ベースの体力次第で当然結果が左右されます。ですから、各々の地道な体力強化は是非必要ですね」
ハヤトはそう言って、具体的な方法を話し合った結果、次の日から訓練を始めることになった。
いじめられキャラの白石将司は、体育の授業が始まる前の集合時に、かって彼にしばしば暴力を振るい現金を脅し取っていた、同級の不良グループの顔を見て、脅し取られた金が返され、かつ暴力を振るった連中からの謝罪が行われた日を思い出していた。
その日、白石を含め同じいじめられていた10人ほどが、それら同級の不良グループから気味が悪いほど丁寧に来てほしいと案内され校舎裏に呼ばれた。そこには、今や学校の最強とされている3年の山切、かってのボスの座から落ちたと言われ、反省したとのことでつるつるの坊主頭をした田所に、ハヤトも来ている。
従来であれば、生きた心地なく怯えるところであるが、すでに不良グループが脅しとった金を返し、かつ彼らから馬鹿丁寧に謝られたという話は伝わってきていた。この件については、半信半疑ではあるが“ハヤトさん”の存在がある以上、暴力を振るわれたり金をとられることはあり得ないと確信できていたので、怯えることはなかった。
連れてこられた皆が止まるように促されたところで、不良グループが田所を含めて正面に立つ。ハヤトと山切は仲裁人の態で、向かい合った2つのグループの横に立っている。不良グループはなかなか神妙な表情であったが、最初に田所が頭を深々と下げて謝る。
「みな、すまない。皆を脅して金を集めていたのは俺の命令だった。許してはもらえないと思うが金については全額返す。今後は絶対同じようなことはしないので、こいつらは許してほしい」
そう言って同級のカツアゲを実施した者達を指す。
6人のかれらは、指されたのを合図のように一斉に深々と頭を下げ代表して一人が言う。
「皆すまない。もう絶対しないので許してほしい。気が済むのだったら殴ってくれ」
集まられた10人はお互いに顔を見合わせていたが、白石は『これはけじめだ』とっさにそう思い叫ぶ。
「岩田、そこへ立て!」
岩田は覚悟を決めたような顔で進み出る。白石は「歯を食いしばれ!」言って、こぶしを固めて、全力で殴りかかる。ボクンというような鈍い音がして、大柄な岩田の顔が背けられ体がのけぞったが倒れることはない。一方の白石は、殴った右手のこぶしを左手で握って、「いてえ!」と叫びうずくまった。
しかし暫くして「ははは!」と笑いがこみ上げてきた。ひとしきり笑った後、ほおが赤くなった岩田に向かい言う。
「100%満足ではないけど、だいぶすっきりしたよ」
その後、それぞれの生徒と不良グループとの脅しとった金の聞き取りと調整が行われて、白石には12万円もの金が帰って来た。最後に、まず山切からの話があった。
「皆、おれは直接カツアゲをしていないし、この学校の普通の生徒に暴力を振るったこともない。しかし、グループでやっていることは知っていてそれを見逃してきた。その点は俺も同罪なので皆に謝る。済まなかった」
そう言って深々と頭を下げて続ける。
「皆は、俺たちのグループのことは恨んでいると思う。やったことは明らかに犯罪行為で、警察に言われてもしょうがない。しかし、そうすると学校全体が大騒ぎになって、マスコミ相手で皆も嫌な思いをすることになる。それに、皆も知っているようにこれにはある組も絡んでいる。
返した金は殆どその組から出てきたものだが、警察沙汰になるとその組からみで厄介なことになる。勝手な言い分だが、これで手打ちにしてほしいというのが、お願いだ」
山切は再度深々と頭を下げる。
次にハヤトも話をした。
「俺は、この学校には恩師の田郷先生のために来た。俺も山切君と同じお願いをしたい。警察沙汰になると田郷先生が責任を取らなくてはならないので、警察あるいはマスコミにこの件をいうのは止めてほしい」
ハヤトも深々と頭を下げる。
その時聞いていた西田啓二は、この件では怒りに燃えていた。何度も金を脅し取られてしかもなぐられ蹴られて、死ぬような思いをしたのだ。金を返して謝られたぐらいで許すものか、警察に言ってやると固く決心していた。山切の話を聞いても『勝手なことを言いやがって』と言う気持ちで一杯であったが、ハヤトが前に立つと急に怒りが溶けていくのを感じる。
そして、その話を聞くにつけ、『警察沙汰になったら校長先生も首だな。いい感じの先生なのになあ。ああ、それとハヤトさんが来なければ、卒業まで同じ状態だったんだ。そういう意味ではハヤトさんを呼んだ田郷先生のお陰だよね』などと、警察に通報しない理由を探し始め、その話が終わった時点では通報しようとしたことも忘れていた。ハヤトの心理的な働きかけが功を奏したのだ。
『正直、あの金は助かったな』白石はそう思う。ほとんどはお年玉を貯めたものだったが、毎月のこづかいもほとんどとられていたので、金が返されたことでいっぺんに余裕が出てきて気持ちのゆとりが出てきた。それに思い切って、主としていじめられていた岩田を力一杯殴ったことで、彼の場合は殆どわだかまりが溶けていた。
集合している皆の前に、体育の教師のみでなく、教頭の田郷、さらにハヤトがやって来る。なんだろうと、皆の視線が主として青のジャージを着たハヤトに集まる。
「みな、注目!」体育教師の赤城が叫び、注目した皆に呼びかける。
「今日は、この二宮さんから君たちに身体強化という訓練を指導してもらう。私もこのことについては全く知らないので、一緒に指導を受けようと思う」
次に教頭の田郷が口を開く。
「今日から、体育の時間に今赤城先生が言った身体強化の訓練をしてもらう。この能力を身につければ、最大で人間の筋力並びに瞬発性を倍程度かさ上げできるというものだ。これは、皆がもともと持っている、魔力と呼ぶ能力を使って筋力や骨格の強化と神経を含めた瞬発性を向上させるものだ。
ただ、人によってその魔力には差があり、効果には大きな差があると考えられる。また、場合によって、ほとんど効果のないものもいる可能性もある。そのことは承知しておいてほしい」
それを聞いた生徒は余りに途方もない話にざわざわ騒ぐ。
白石も驚いたが、次いでハヤトが皆の前に立ち、語り始めた話を集中して聞く。
「ええ、田郷先生が言われたように、まだ知られていないが、人はある程度の魔力をもっている。それをうまく使えば、魔法やその一つである身体強化ができる。しかし、地球上では魔法を使うことを媒介するマナの濃度が非常に薄いために、火魔法などの魔法を使えるものは非常に少ないと思う。しかし、身体強化は魔力がある程度あれば発現しやすいので、多くの人は強化ができると思う。それで、身体強化の訓練を行いたい。いいかな?」
ハヤトは皆を見渡すが、皆どう反応していいのかわからないようであるが、少なくとも反対するものはいない。それを見て、ハヤトは続ける。
「では、基本的な説明をする。魔力は基本的に脳、その前頭葉に蓄えられているが、現状のところ機器などで測定する方法はない。しかし、私もそうだが、ある程度その魔力の量が大きいものは他のものの魔力の強さを感じることが出来る。身体強化は、その魔力を体に漲らせ本人の意思を込めることで肉体の機能を高めるというものだ。
なお、魔力は使うこと、つまり訓練することによってその量が増大する。まだピンと来ないかもしれないが、そういうものだということをとりあえず信じてほしい」
ハヤトは言葉を切って再度皆を見渡す。白石も含めて半分ほどが頷くのを確認してハヤトは続ける。
「そこで、訓練は魔力の高いものを数人選びだして、まず彼らに魔力を意識させ、それを体に漲らせる方法を教える。彼らは比較的簡単にそれをできるようになるが、普通の人も彼ら実行する例を見て、というより感じて触発されて出来るようになる、という方法を取りたい。
では、その魔力の高いものを選ぶ。私から呼ばれたら出てきてほしい」
ハヤトの言葉に応じて43人の生徒のうちの4人が進み出る。皆は、ハヤトが何もしゃべらないのに白石を含めた進みでる4人を怪訝な顔で見る。ハヤトがニコリと笑って説明する。
「彼らは、みな私の思念を受け取ったのだよ。魔力が強いから送るこちらも楽だったよ。さて、皆も同じことをしてもらうので、今から私たちがやることをよく見るというか感じてほしい」
ハヤトは整列した4人に、見ている人々にもわかるように言葉と一緒に思念を送る。
「魔力の在りかはここだ。私の魔力を感じてくれ」
ハヤトが頭の前部を指さすが、思念の導きもあって、4人はすぐに感じることが出来る。それを感じ取ったハヤトは続ける。
「できたようだな。では次は自分の魔力を感じてくれ」
これはそう簡単ではないが、さまざまな試行とハヤトの思念による誘導の結果5分程度でいずれも「これですね。感じられました」と回答する。ところが、それを熱心に見ていた生徒たちのうち3人が、「ハヤトさん、わたしも感じているとおもうのですが勘違いでしょうか?」口々に言う。
ハヤトは少し驚いて、かれらに思念を集中したが、なるほど確かに自分の魔力と自分の魔力をしっかり感じている。「うん、間違いないな。では魔力を感じたと思う人はここに出てきてくれ」ハヤトが招き、声を上げた3人が出てくる。
「では、次はその魔力を体に巡らせる。まず私がやるので、感じて真似をしてくれ。これは、時間がかかると思う」
ハヤトはさらにそう言って、いつものように体に魔力を巡らせそれをほぼ全力で前に立っている7人だけでなく、そこに出席している全員に向かって思念でやり方を送る。
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