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7.恵
恵
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「今日はちょっと早いかな。」
いつも正確に時間通りのこの新聞配達と交わす挨拶が、恵の時計代わりだった。
恵はペースをスローダウンすると、額を流れ落ちる汗を首に掛けたタオルで心地良さそうに拭った。
少し先の道の端に黒いワゴン車が停まっていた。
眼下の砂浜に目をやると、犬を連れた一人の老人が波打ち際を散歩しているのが見えた。
彼もまた毎朝出会う顔馴染みの常連の一人だった。
「今日は車なのかな。おはよーございまーす!」
恵は老人に向かって大きく手を振り、挨拶をした。
犬と戯れている老人の耳には、彼女の声は届かなかった。
「オーイ!…って聞こえないか。ヨーシ!」
恵は立ち止まると、さらに大声を出すべく大きく息を吸い込もうとした。
その瞬間、背後に停まっていたワゴン車の横のスライドドアが静かに開き、ぬっと突き出した男の腕が、乱暴に恵の鼻と口にハンカチを押し付けながら、力づくで車内へと引きずり込んだ。
まったくタイミングが悪かったのだ。
ツーンと鼻をつくクロロホルムらしき臭いを大量に嗅いだ恵は、次第に目の前がぼーっとしてきた。
かすれてゆく視線の先に、まだ犬と戯れている老人が見えた。
「助けてー!助けてッ!!」
残っている最後の力を振り絞り豊富な肺活量で、恵は助けを求めた。
いつも正確に時間通りのこの新聞配達と交わす挨拶が、恵の時計代わりだった。
恵はペースをスローダウンすると、額を流れ落ちる汗を首に掛けたタオルで心地良さそうに拭った。
少し先の道の端に黒いワゴン車が停まっていた。
眼下の砂浜に目をやると、犬を連れた一人の老人が波打ち際を散歩しているのが見えた。
彼もまた毎朝出会う顔馴染みの常連の一人だった。
「今日は車なのかな。おはよーございまーす!」
恵は老人に向かって大きく手を振り、挨拶をした。
犬と戯れている老人の耳には、彼女の声は届かなかった。
「オーイ!…って聞こえないか。ヨーシ!」
恵は立ち止まると、さらに大声を出すべく大きく息を吸い込もうとした。
その瞬間、背後に停まっていたワゴン車の横のスライドドアが静かに開き、ぬっと突き出した男の腕が、乱暴に恵の鼻と口にハンカチを押し付けながら、力づくで車内へと引きずり込んだ。
まったくタイミングが悪かったのだ。
ツーンと鼻をつくクロロホルムらしき臭いを大量に嗅いだ恵は、次第に目の前がぼーっとしてきた。
かすれてゆく視線の先に、まだ犬と戯れている老人が見えた。
「助けてー!助けてッ!!」
残っている最後の力を振り絞り豊富な肺活量で、恵は助けを求めた。
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