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新婚旅行と林檎占い17

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「私のハルに……」
 私の前に出ようとしたワラビが、そのまま荷車の上腹を押さえてうずくまった。
「ワラビ!」

 やはり一刻も早く医者に連れていかないと。ワラビに駆け寄った私の目の前に剣がやってきた。いい加減、この脅しにも麻痺してきた。それでも命を奪う道具であることには変わりはない。私はリーダーっぽい男を見上げた。

「こんな夜更けに泥まみれで移動、しかも一人は死体とは……何者だ?」

 何者か、と聞かれて端的に説明できるなら、もうちょっと人生うまく回っている。旅行に来て、拉致られて、死にかけた。けが人と死体を運んでいる。それを指し示す言葉など知らない。そもそもそちらこそ何者なのだ。泥人形な自分のことを棚に上げて言わせてもらえば、こんな時間に徘徊している彼らだって十分怪しい。どうみたって飲み会の帰りには見えない。むしろ追剥ぎの類だと言われたほうがしっくりくる。もちろん、事なかれ主義なので、いらないことを言って危険を呼び寄せることなどしない。お騒がせしてもうしわけありません、な空気を醸し出しつつそっと隙が無いか確認する。ぐるりと囲まれていて荷車を引いて逃げ出すのは無理そうだった。こうなれば、一刻も早くこの男たちにお引き取り願うか、協力して医者まで連れて行ってもらうかの二択だ。もちろん殺されるのは論外である。とはいえ、この国の言葉で交渉などできないので、面倒ごとだと感じさせるか、同情を誘うしかない。同情を買える語彙はない。となれば選択肢は一つだった。

 私はあえて男の顔を見ないように視線を逸らすと、分かっているという気持ちを込めて頷いた。

「ない」
「なんだと?」
 暗闇でもわかるほどリーダーの眉間に皺が寄った。
「私、あなた、かんけー、ない」

 そちらの商売には関わらないのでこちらも見逃してもらえないだろうか。苦手だけれども上目遣いというものをしてみたりもした。

「なんだと!俺たちをなんだと思っている」

 男が怒鳴った。
 いつもなら即座に平身低頭、謝罪一択だが、今の私にはワラビを医者に連れていくという目標がある。腹の底に力を入れた。精一杯息を吸う。むせた。それでもなんとか精一杯心外そうに、目の前の男を睨みつけた。

『知らないよ!旅行にきて、拉致されて、殺されかけて、沼に放り込まれて、暗いし、寒いし、暑いし、痛いし、死にそうだし、死にかけだし、死んでいるし』

 呆気にとられている男たちにどんどん言葉を浴びせかける。

「な、なんだ、こいつ言葉が」

 男たちが戸惑ったような声を出した。リーダーっぽい男も目を丸くしていた。
 考える隙間を与えてなるものか。このまま寄り切って逃げ出すのだ。これまで私をいたぶってきた人間たちの悪いところをお手本に一生懸命言葉をつづけた。言っているうちにどんどんと腹が立ってきた。久しぶりに日本語で物事を考えたせいかもしれない。今まで見なかったふりをしてきた鬱憤をここぞとばかりに男にぶつけた。何のためにやっているのかは途中からすっぽ抜けていた。わめきまくった。突然、頭がくらりとした。体力の限界なのに、わめいたのだから当然だ。膝の力が抜け、地面に膝をついた。

「意気地なしの種無しとは、興味深い」

 頭の上から降ってきたリーダーっぽい男の言葉に地面を見たまま固まった。分からないけど分かる。これは怒っていらっしゃる。さっきの怒鳴ったのとは違う。冷静な人間の導火線に火をつけたときのアレだ。もしかしてあれか。最初のころ日本語でワラビを誤解させた何かが発動したのか。思わぬ地雷に、ちりちりと私の生存本能が焼けこげる。これはこのまま地面に頭をつけた方がよいのではないか。強いものに逆らってはいけない。私の中の本能と任務と情熱がせめぎ合う。そしていつだって勝つのは本能だ。

「ごめん」

 謝ることに躊躇いなどない。むしろ得意だ。速攻で手のひら返しをした私に男たちの間に何とも言えない空気が漂った。馬鹿なのか、という声が聞こえる。ワラビは守るつもりだが、怖いものは怖いのだ。それに謝るべきところは謝るべきだ。何に怒っているのか知らないけれど。リーダーっぽい男はため息をついた。疲れたように男たちを振り返った。男たちが剣を鞘に納めた。
 そこから男に色々聞かれた。もちろん私に答えられるはずもなく、ひたすら「なに」を繰り返したところ、男はおもむろにアスタを殺したヤツを指さした。

「これは誰だ?」
 ようやくの分かる質問に私は頷いた。
「私、ころす、です」
 私を殺そうとした人である。
「殺す、だと?お前が殺したのか? 」

 男たちがざわついた。
 とんでもない冤罪である。私は殺人が罪の国の人間である。寄ると触ると剣をぬくような人間ではない。だが、ここの法体系が分からない以上ヘタなことは言えない。ここでワラビだと言い切れるほど清廉潔白でもなければ、ワラビを守るために自分が人殺しだと言う覚悟も、犯人をでっちあげる才覚もない。

「ない。これ、私、殺す……ワラビ……けんか、いっぱい」

 とりあえず知っている言葉で嘘をつかないように単語を紡いだ。今ほど言葉が不自由な自分に感謝したことはない。たとえ何を言われようと、正真正銘、理解できない。理解できないものは答えようもない。拷問なんてされなくともちょっとひねられたらぺろっと喋ってしまうような弱い私にはそれくらいのハンデがないと、危なくていけない。

「喧嘩、だと?」

 私だって胡散臭いのは承知の上だ。立ち上がれなくてそのままじっとしていると、リーダーっぽい男が目の前に膝をついた。男の手が私の顔に伸びてくる。無作法に顔を撫でまわされ、遠慮なく頬をリフトアップされた。間近でみる男は三十くらいに見えた。

「女か」
「ヘンタイ」
「顔の泥を拭っただけだ」

 ワラビに男に触られたらいうのだ、と言われていた言葉を告げれば、男はものすごく嫌そうな顔をして、顔から手を離した。やはり、効き目は抜群だ。

「それで、このサイタリ族とお前との関係は?」
「私、ワラビ、ハンリョ」
「伴侶だと!?お前、サイタリ族の伴侶なのか」

 そうだ、私はワラビのご主人様なのだ。不本意ではあるが。頷けば、男たちの空気が変わった。

「伴侶だと。それじゃあ、この男、サイタリ族の伴侶に手を出そうとしたってことか」
「いや、これが手を出されるようなタマか。それより、このサイタリ族を自分のものにしようとして、伴侶を排除しようとしたのか。どっちにしろ伴侶がらみの争いか。噂にはきいていたがサイタリ族は物騒だな」

 さっきまで不審者を見る目だった男たちが、納得といくらかの哀れみを含んだ目でこちらを見ている。

「どっちなんだ?」
 どっちと言われてもよくわからない。そもそも男たちが何を話していたのかがよくわからない。しかし、なんだか流れが変わったようなのでここで相手を硬化させるようなことを言う必要もない。被害者を全開で装うことにした。

「私、縛る、ます。ワラビ怒る」
「こりゃひでえ。頭。こりゃ完全に被害者ですよ。縄で縛られて拉致されて怒った伴侶と決闘したというところでしょう。サイタリ族の美貌は伴侶の運命を変えるとはいいますが、こういう意味もあるんですねえ」
「ああ、だれかラオスキー卿のところへ走れるか。私事とはいえ、ラオスキー様の私兵だ。戻らなければ捜されるだろう。放っておくわけにもいくまい」
 数人の男が馬に乗って走りだした。
「な、なに行く」
「心配するな。悪いようにはしない」
「そうだ、俺たちは隊商でな。ちょうど荷物には薬もある。ですよね」
「ああ。旅の道中困ったら助け合うものだ」
「ワラビ、助ける?」
「そうだ、まずはその恰好をなんとかしなければな」
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