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新婚旅行と林檎占い1

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 世の中は広い。自分より優れた人間がたくさんいることも、自分より大変な人がいることも知っている。だけど、どうしてこんなに私たちの馬車はとろいのだ。
 漆塗りかというほど光沢のある馬車に乗った私は、さっきから代わり映えのしない景色を眺め、私たちの馬車の倍の速度で追い越していく馬車を眺めていた。
 御者台に座るおじさんは、口笛を吹きながら、パンをかじっている。目的地まで速く届けようという意思はまるきり見えない。速度が出ない分、揺れが少ないので快適ではあるが、ここ三日、追い越しざまにこちらを見てくる人たちの視線が痛い。
 最初は知らなかったので、立派な馬車に乗っている人が珍しいのだなと思っていたら違った。それが分かったのは二日目の宿屋のことだ。

「新婚旅行かい?」
「はい、ヘンダーレ領に」

 追い抜いて行った馬車の持ち主と思われる人と宿の食堂で同席になった。

「ずいぶんと張り込んだね。いまどき寝台馬車とは、驚いたよ」
「御覧の通り、サイタリ族で期限が近かったもので、親類が喜んで」
「ああ、そうか。そういえば、このあたりだったか。サイタリ族の集落があるのは」

 私ははくはくと赤いスープに匙を進めた。この国のよくわからない肉の煮込みはうまい。名前も知らない動物で見たこともないが、煮込み料理にはずれは少ない。反面野菜料理はどうにも当たりはずれの波が激しい。元々生で食べるという習慣がないらしいが、その味付けが香辛料や塩によるところが大きいのだと思う。付け合わせの黄緑と赤のまざった玉ねぎのような形状の野菜を丸ごと焼いたものもなかなか刺激的な味だ。もちろん、食事を趣味にするしかない底辺の私だ。食べても安全ならば、涙を呑んでぴりぴりと舌にくる物体を飲み込むくらいなんてことはない。ただ、現代で出会っていたのなら、医療費との兼ね合いを考えて即座に吐き出す代物だ。いつもならそんな様子を見れば、ワラビが私の皿から危険物を取り除くのだが、ここのところワラビがおかしい。

「ええ、里帰りと妻の顔見世も兼ねて」

 ワラビはうっとりと頬に手を当てた。口直しにワラビの皿から謎の肉をひとかけもらい、代わりに玉ねぎもどきを献上した。

「妻?……女?」

 おじさんはワラビと私を見比べて何やら口をはぐはぐさせた。

「だが、あんたスカート」
「あら、だって私のかわいいハルがほかの男に言い寄られるかもしれないのですよ。それなら私がそんな不埒な男をぶちのめすのは当然のことでしょう。そのための餌ですよ」

 おじさんの顔がひきつった。

「そ、そうか。それにしてもあんたらの馬車はずいぶんと遅くないか?」
「おそい?」

 私は今まで何度もきいた言葉に顔を上げた。それはこれまで他の人たちから何度も言われた言葉だった。おそい、は早いの反対。やっぱり、そうじゃないかと思っていたが、そうだったのだ。私はワラビの袖を引っ張った。

「ワラビ」
「なんです。なんです、このかわいいの。くいくいってもう一度やってください」

 おかしいワラビは無視して続ける。

「おそい?早い、なる?」

 馬車をもう少し早くできるのではないか。私の言葉は奇跡的におじさんにも通じたらしい。おじさんが前のめりになった。

「おお、そうだ。どこか調子が悪いのなら俺はこれでも馬車の部品も商っているんだ。交換するなら新婚祝いにお安くするぜ」
「ありがたい申し出ですけれど、私ようやく伴侶を得て、今人生最高に幸せなのです。新婚旅行までの道行きも最高にゆっくり、一緒の時間を過ごしたい。お分かりですよね」

 いや、ちょっとよくわからないが、多分何か親切をしてくれようとしているらしいおじさんに向ける視線ではない。よくわからないがブリザードが吹いている。小市民の生存能力がアラートを鳴らす。煮込み料理が冷めるが仕方ない。危険な場所からは離れるのが鉄則だ。私は席を立とうとした。

「どこへ行くのです?ハル?」

 あなたのいない落ち着いて料理の食べられるところならどこへでも。満面の笑顔のワラビとその向かいでうつろな目をしているおじさんに小市民な私は空のお椀を指さした。

「……おかわり」
「あら、それじゃあ私も一緒に行きますね」

 よくわからない感情のまま煮込み料理のお替りをし、お腹一杯になった私は、なぜか宿屋の寝台ではなく、馬車の中の狭い寝台でワラビに抱き込まれながら眠ることになった。
 謎である。
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