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31 留守番と探検と不穏な影1

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セドの日、森の番をするために森に行けば、顔の周りをぐるりとマフラーのような布で覆ったアスタが洞穴から出てきた。
そりゃ、仕事中に職場を抜け出すのだ。目立ちたくないのはよくわかるが、これから街へ行こうというのに、目だけがのぞく姿は怪しいことこの上ない。逆に目立つのではないか。目立つ、は……。

「アスタ、ばか?」
「なんだと、お前の代わりにセドに出てやろうっていうんだぞ、馬鹿はないだろう」
「アスタ、一人、ぴっかぴか。皆見る」
「目立つ、と言いたいのか?」
「めだちゅ」
「つ、だ。つ」
「つつつつつ」
「なんだその呪文は」

アスタは呆れたように片眉を上げると、私の隣に立つワラビを見た。

「で、そちらは?前も会ったな。前とはずいぶん雰囲気が変わったな」
「その節はお世話になりました。ワリュランス・ビュナウゼルと申します。ハルの伴侶です。今日もセドに行っていただくようでありがとうございます」

優雅にお辞儀をしたワラビだが、どうみてもありがとうという雰囲気ではない。威嚇具合が半端ない。誰にセドを頼んだのだと聞かれうまく言い訳できなかったため、連れてくる羽目になったが、やはりおいてくるべきだったのかもしれない。

「伴侶? サイタリ族のか?」

アスタがなんとも形容しがたい顔でこっちを見た。
何か答えを求められている。
そういえば、私は気絶していて覚えていないが、初めてこの森に来た日にワラビもアスタと会っているのだ。だがそれにしてもこの空気はなんだ。一体二人の間に何があったのか。もしかしたら気絶した人間の介抱をどちらがするかで無用の対立があったのかもしれない。アスタもいい人だし、きっとそうだ。ワラビを紹介するべく勇気を出して一歩踏み出す。

「これは、ワラビです。私の……」
なんだろう?友達、ではない気がする。家族はもちろん違う。同居しているのだから。
「同じ、住む」
「結婚しているのか?」

少し驚いた顔のアスタの言葉にワラビがぱあっと笑顔になった。忙しいやつだ。だが、「結婚」とはクッチャ亭のおじさんやおばさんのような関係性だ。
意思疎通は正しく行いましょう。ワラビがいつも言っている。私は首を振った。

「ケッコンちがう。いっしょ、住む」
成り行き上、というのはなんというのか。そう、
「いやいや」

アスタは目を見張り、ワラビがこの世の終わりのような顔になった。
うん?違ったか。

「しぶしぶ?」

ワラビの目に涙が溜まった。

「しかたない?」

こっちを見ている。目が落っこちそうだ。

「ハル!伴侶です、伴侶」
「ない」

ワラビが突如早口で何か言いだした。早すぎて理解できない。アスタの目が残念なものを見る目に変わった。どちらをとは言わない。言わないったら言わない。
何のジェスチャーなのか、手を振ると、私の頭をぽんとたたいた。

「あー、まあ。同居人ってことだろ。ちょうどいい、ハルじゃ背格好が足りないと思っていたからな」

アスタは着ている外套を脱ぐと、ワラビに差し出した。ぼろ着に見えるが、その外套は確か森の番人の制服のようなものなのだったはずだ。確かにワラビとアスタは同じくらいの背格好なのでちょうどいい。私が着ても裾を引きずってしまう。

「それを着ていてくれれば、見回りがきても誤魔化せる」

ワラビは嫌そうな顔をしていたが、アスタが何かをいうとしぶしぶ外套を羽織った。フードをかぶると、ワラビの長い緑の巻き毛が隠れ、ぼろ着の隙間からのぞく肌の白さと唇の艶めかしさが印象的だ。

「きれい」
「ハル!」

思わずつぶやけば、ワラビに抱き着かれた。痛い、痛い、ハグではなくしめ落としである。内臓が出る。

「おい、ハルが白目向いてるぞ!」

アスタが止めてくれなければ、惨事である。今更申し訳なさそうに恥じらってみせたってだめだ。ほんと、セドで売られていた過去さえなければ、リドゥナ取ってこいと突っ込みたくなる力である。いやこの美貌だと多勢で来られると危ないし。強そうな人間が強いわけでも、弱そうな人間が真実、弱いわけでもない。ワラビの腕から自分を解放すると、改めてアスタに頭を下げた。

「おねげーしま!」
「ま、頑張ってみるさ」

アスタはいつものように、にかっと笑うと、足取り軽く出発した。
さて、留守番だ。アスタが戻ってくるまでこの森の中の探検だ。

留守番をするにはまずやるべきことがある。その場所の偉い人へのご挨拶だ。
つまり、お肉様へのワラビの紹介である。

「あの、ハル。それは」

ワラビの視線は巣の奥から出てきた親鳥にくぎ付けだ。その足元で雛鳥たちがケケケと走り回っている。

「おにくさま」
「ニカンルーですよね」
そうともいう。
「大丈夫、なのですか?」
「だいじょぶ、よいひと」

子守要員ではなく、身代わり要員であったとか、もろもろ思うことはあるが、親ならば子供を守るために手を尽くすのは当然のことだ。
子守の駄賃のつもりなのか、今では抜け落ちた冠羽をいただけるので、危険手当ということでよしとしている。今は貯めておいて、いずれ販売ルートを探すつもりだ。
もちろん過保護なワラビにいうつもりはない。

「だいじょぶ、さんぽいく」
「散歩、とは」

ワラビはぼっとしたまま動かない。仕方なく手を引いてみた。ワラビの周りを好奇心旺盛な雛鳥たちが囲んだ。
ぽてぽて、ケケケ。
私の後ろを歩く雛鳥たちは今日も自由だ。隊列なんてなんのその、種族を超えてもその美貌の威力がきくのか、はたまた外套からのぞくワラビの長い髪が揺れるのが面白いのか、それともいつもと違う時間にいる私に若干テンションが上がっているのか、歩きながらケッケ、ケッケと跳ねている。
ま、私がいて嬉しいという線はなさそうだな、と思ったら、膝カックンのように足裏を突かれ転んだ。何するんだ、という間もなく、ケケケケとお肉様まんじゅうの下敷きになる。

「ハル!大丈夫ですか」

ワラビの声に、雛鳥たちは大興奮、私の背中で跳ねてくださる。いや、こちらに来てから肩こりのない生活なので、痛いだけだ。
ワラビが焦って、私の上から雛鳥たちを避ければ避けるほど、ワラビに遊んでもらっていると勘違いした雛鳥たちのテンションは上がっていく。この鳥頭め、心の内で罵るが、こうなった雛鳥たちは飽きるまで止まらない。私はしばし無になることにした。
一番後ろからは監督よろしくついてきていた父鳥が呆れているように見えたのはきっと気のせいではないと思いたい。

「あの、ハル、どこまで行くのですか?」
「ダイジョブ、ここ。ワラビ、教える」
「教える?何をですか」

何をと言われると困る。すでに雛鳥たちの相手で疲れ気味のワラビに紹介するのは少しばかり気が引けるが、ワラビなら大丈夫だろう、うん。
なんたらかんたらという、ものすごく長い名前の大樹の前に立つと、上に向かって叫ぶ。

「とーまーと」
グオーッツ。

振動が幹を通し体に伝わる。ばさばさっと枝が揺れた。とまとが下りてきた。

「ハル!」
「ダイジョブ」

後ろから私を囲おうとするワラビに頷くと、私はとまとに近づく。とまととは、私を食べよう、いや弄んだクニューである。あれから森へ散歩にくるたびに仲良くさせていただいている。アスタ曰く、まだ若い雄で非常に好奇心旺盛でアグレッシブな個体なのだそうだ。あの夜も、ちんまいのが動いているのでとりあえず遊んでみたくらいの感覚だろうとのことだった。牙のある口の中に入れられる遊びは、人間的には命がけであるということを申し上げたいのだが、クニューの中でも変わった個体であるらしく、期待しないほうがいいということだった。本来クニューは木の上に住まないし、水に潜ったりもしないらしい。それは動物の定義として考え直したほうがよいのではないかと思うが、人様の趣味にケチをつけられるほど立派な人間ではないのでスルーしている。
大樹の上から落ちるように下りてきたとまとは私の真ん前に顔を突き出した。
驚いた?驚いたでしょ?と深紅の瞳を輝かせた。

「ああ、びっくりした」

棒読みであるが、とまとは心なしか満足そうに顔を上げた。図体はでかいが中身は小学生男子のようなやつである。少し、かわいいと思えないこともない。その牙をむき出しにしてにかっと笑わなければ。

「ハル、それは?」

ワラビの顔が強張っている。気持ちはよくわかる。

「これは、とまと」
「クニューですよね」
そうともいう。
「あなたは一体、いつも何をやっているのですか」
「私、さんぽ、する」

ワラビは大きなため息をついた。膝をつき、私の目を見る。

「よいですか、ハル。散歩というのは外を軽く歩くことです。決して、王家の森に侵入したり、王家の飼っているニカンルーを手なずけたり、まして、王が飼っているというクニューと遊ぶことではないのです」

何やらお疲れのようだ。足元にいた雛鳥を一匹捕まえて献上してみた。さっきワラビに特別に懐いていたやつだ。

ケ?

触り心地がとてもよいので、心が和むはずだ。
なぜかワラビは首を振った。さっきよりもさらに大きなため息をつかれた。
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