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7 その名はワラビ

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好きなおかずの日に限ってお腹を壊したし、修学旅行では浮かれて財布を忘れた。メインのテーマパークに行けずに財布を探したのは苦い思い出だ。
つまりである。肝心なときを逃すのはもう、折り込み済みだ。予定調和だ。
私という存在がある以上規定路線である。
そう、思おう。
翌朝、起きたらベッドに緑の人がいた。……まあ、いい。
テーブルの上の怪しい色のご飯を飲み込んだ。食べれない、こともない。

『ウーオ?』
「うーお?まあうおおおって叫びだしたいほどまずくはないよ。ずっと食べたいほど優しい味でもないけど」

緑の人は笑顔でぱんと手をたたいた。何かいいことがあったのだろうか。心なしか雰囲気が華やかになった気がする。

「とりあえず、ずっと緑の人ってのもあれだし、名前教えてよ。私は楠小春」

自分を指差しゆっくりと言う。

「くすのき、こはる」

緑の人はさらに笑顔になって抱きついてきた。

「いや、いらないから。ほら、言ってみて」
「クシューノゥクィハル」

なんだ、その言語は。

「もう一回」
「クシューノゥキハル」
「くすのき」
「クシューノゥクィ」
「こはる」
「クォーハル」

どうして伸ばす。なぜ長くする。うなだれられると落ち着かない。

「はる」
「ハル!」

若干発音が貼るっぽいがもういい。頷くととても嬉しそうだ。何回も唱えている。そのうち、某シップが飛び出しそうな勢いだ。

「それで、あなたの名前は?」

緑の人は私の前に来ると片膝をついた。

「いや、いらないから。膝つくとか。買ったってことになってるみたいだけど、あれは成り行きってもんで、助けるなんてつもりはこれっぽっちもなかったっていうか」

緑の人は恭しく私の手を取った。

『我、古き名の約定にのっとり、ハルを伴侶とする。我が名を捧げ証とす。ワリュランス・ビュナウゼル』
「えっ、長っ。もう一回言って名前」

ハルと言って自分をさし、相手をさせば、緑の人は頷きゆっくりと口を開いた。

『ワリュランス・ビュナウゼル』
「ワリラビナ」

分かっている、違うってのは分かっているだから、そんな捨てられた犬みたいな目で見ないでほしい。

『ワリュランス』
「ワリユラシ」

そんな残念な子を見るような目で見ないほしい。

『ビュナウゼル』
「ビナゼール」

それから何度も何度も緑の人は自分の名を繰り返した。二分で妥協した私に、緑の人はもう三十分である。鬼だ。もう無理である。何度繰り返しても私にはその発音は無理である。こっちが妥協したのだ。いい加減、緑の人も妥協すべきだが、その気配は一向にない。
大体、恐らく、私が主人らしい。ならば、ここは日本ではないのだ。もっと尊大にいってもいいのではないか。まだ何度も自分の名前を繰り返す緑の人を見つめる。緑の人が頬を染めた。どこに照れる要素があったのか。謎だ。
ともかく、新しい人間関係の構築は、最初が肝心だ。
そう、デビューだ。いけ、自分。
どん、と足を鳴らし、大げさに手を振り上げた。

「ああ、もう無理。ワラビ、ワラビ、ワラビ」
『どうしてですか、私が伴侶となるのにふさわしくないからそんな意地悪をするのですか。あなたが名を先にくださったのに』

勝手な名付けに何やら抗議をしてくるが無視である。これ以上呼べないものに時間をかけても仕方ない。
びしっと指差す。

「ワラビ!」

決定だ、とばかりにキメ顔をしてみる。
緑の人―ワラビ―がこっちをぽかんと見ていた。
この路線でいけるかもしれない。
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